東方労働記 〜 Beautiful Labor Days   作:水仙寺 桔梗

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初の本編です
一話構成では40000文字を越えてしまったので、前編後編構成で書いていきます
ここから、原作キャラが多く出演してきます
イメージと違うや、口調がおかしいなどの感想を抱かれるかもしれませんが、そこはできれば大目に見て下さい…
久しぶりで、読みにくい箇所も多々あるとは思いますが、宜しくお願いします

※これまでのあらすじ
『主人公、御社 奏は実家の寺を継ぐことに嫌気がさし、中学卒業とともに家を出て行く
その後は毎日バイトに明け暮れ、金を稼いでは学費を払い高校卒業後、今年の春に大学生となった
夏休み直前、奏は幼馴染の氷梶也に誘われ旅行とは名ばかりの妖怪探索に行くことになる
仕方なく実家に荷物を取りに行くが、そこで久しぶりに再開したもう一人の幼馴染、華恋と再開し、三人で旅行へ行くことに
しかし、旅行先で氷梶也の勝手な行動により、奏一人が山で遭難してしまう
奏は持ってきていた寝袋で一夜を明かすのだが…』

まぁ、こんなところですかね…
それでは、本編をどうぞ



労働記 【紅】
第一話 「就職先決定⁉︎ 悪魔の館の紅い月」前編


 

 

夢を見ていた。

 

「なぁ、奏」

 

「何、お父さん?」

 

まだ小かった頃の何気ない親子の日常会話。

 

「お前は、将来何に成りたいんだ?」

 

「ええっとねぇ~。 野球選手でしょ~サッカー選手に、コックさんに、御医者さん。 それと、消防士さんに、運転手さんに、仮面ライダーに、スーパーヒーロー!それから、それから!」

 

子どもの頃には誰しも、やりたいことや成りたいものがある。

 

そしてそれは、必ずしも一つとは限らない。

 

子供の頃の可能性は誰にでも平等であり無限なのだから。

 

「ハッハッハ。 奏は成りたいものが沢山あるんだな~」

 

「うん!でもね。 一番は、お父さんみたいに、お化けと戦う強くてカッコいい人になりたい!」

 

強くて、優しくて、面白くて、それでいて凄くカッコよくて。

 

俺はそんな父親が大好きだった。

 

「……そうか……嬉しいこと言ってくれるな…奏は」

 

その時の親父の顔は、凄く嬉しそうで、けれど、どこか凄く寂しく、悲しそうに見えた。

 

「どうしたの、お父さん?」

 

「ん? いや…なんでもないよ」

 

「じゃあ、奏が大きくなったら、その時は、お母さんや御爺ちゃんや、色んな人のことをしっかり守ってくれるか?」

 

「うん! 僕がちゃんと皆のことを守るから安心して!」

 

「そうか。 じゃあ、大船に乗ったつもりでいさせてもらおうじゃないか! よろしく頼むぞ、奏」

 

「うん!」

 

親父に任されたのが嬉しくて、そんな重大な責任を軽々と背負うことにすら俺は何の抵抗も感じてはいなかった。

 

「我が御社家は、代々悪霊や悪い妖怪達を封じて、大切な物を守ってきた。 お前もこれから先、大切な人や物が沢山出来る筈だ。 だからその時は、必ずそれらを最後まで守り通して欲しい」

 

「うん、分かった!」

 

軽々しく笑顔で返事をした。

 

子供ながらになんとなく理解したつもりだったこの言葉は、今となればとても重いものだったということに思えてならない。

 

「そうか、頼んだぞ奏」

 

そんな、簡単に答えた返事で成立した約束なのに、親父は嬉しそうで、なのに、やはり何故か寂しそうで、悲しそうで。

 

「じゃあ、お父さんはそろそろ行くからな」

 

「うん、頑張ってね! お父さん。 今度は、いつ帰って来るの?」

 

「さぁな~? でも、それまでは、お前がこの家を頑張って守ってくれるんだろ?」

 

「うん! 僕に任せてくれれば安心だよ!」

 

「……ハッハッハッ。 ああ、それは安心だな」

 

いつもの満面の笑みを交わしながら、親父は玄関で草鞋を履き、戸に手を掛ける。

 

「お父さん。 帰ってきたら、また一緒に打ち上げ花火見に行こうね」

 

「ああ、もうそんな時期か…全く時が経つのは早いもんだな〜…」

 

「絶対忘れないでよね? 金魚掬い、今度は絶対僕の方がお父さんよりも、たくさん掬うんだから!」

 

「ふっふっふ、悪いが俺は例え我が子相手でも手加減できん男でな。 どんな勝負でも、挑まれたからには圧勝させてもらうぜ!」

 

「じゃあ、約束ね!」

 

「……ああ…約束だ!」

 

別れ際に親子で男の契りを交わして、親父は玄関の戸を開けた。

 

優しい父の笑顔を浮かべながら、あの人は言う。

 

「じゃあ、行ってきます」

 

「うん! 行ってらっしゃい!」

 

そして……もう……親父は帰って来なかった……

 

 

 

 

「ふわぁ~……眠……」

 

久しぶりに、よく寝られた。

 

「ここ……何処だっけ……?」

 

辺は見渡す限り、木々が立ち並んでいる。

 

なぜ自分がこんなところで寝ていたのかという疑問が、寝ぼけている頭の中で浮上する。

 

そして、その答えに辿り着くための思考を取り戻すには、僅かながらに時間を要した。

 

「ああ…そうだ、遭難したんだ……」

 

徐々に、昨夜のことを思い出してきた。

 

あの悪夢のような一日のことを。

 

「本当に夢だったら…どんなに良かったか…」

 

ぼやきながら、俺は寝袋から体を半身這い出す。

 

それにしても体が怠い。

 

おまけに痛い。

 

筋肉痛のようだ。

 

しかもさっきからやたらと暑い。

 

寝袋に収まっていたせいかと思ってたが、どうも気温的に暑いらしい。

 

その証拠に木々の隙間から見える太陽が、俺に向かって鬱陶しい程の光と熱を振り注いでいる。

 

太陽よそんなに熱く燃え盛りやがって……そんなに楽しいか?

 

太陽に疑問を投げかけながら空を仰いで見ていると、また一つの疑問が浮かんだ。

 

「ん…俺こんなとこで寝てたっけ?」

 

寝起きのぼやけた目で辺りを見渡してみると、そこは昨夜いた場所とは明らかに樹の配置が変わっていた。

 

具体的に言うならば、樹の間隔と高さが違うのだ。

 

昨夜は、月がよく見えるくらいに樹が疎らに立っいたし、もっと背の高い樹が聳えていた。

 

それに対して、今俺を囲んでいる樹々はあまり高くもなければ、そこまで低いわけでもなく、樹と樹の間隔も狭くて木漏れ日まで出来ている。

 

「気のせいか…? まぁ、木が動く筈もないし…」

 

そんなことを考えながら空を仰いでいると、俺は太陽が高く昇っていることに対しても疑問を持ち始めた。

 

今まで、『暑い』と思って気にはしていたが、全く触れることのない疑問に今更気がついた。

 

そして、恐る恐るズボンのポケットの中の携帯を開き、現時刻を確認する。

 

何故、携帯を持っているのに、氷梶也や華恋に連絡しないのかって? そんなのは決まっている。圏外だからだよ…

 

「十時三十分…………」

 

既に朝ではなかった…

 

通りで身体が怠い訳だ…いつもの二倍以上は寝たな…というか完全に寝過ぎた……

 

昨夜、明日は氷梶也と華恋を探さなければいけないから早めに寝て、早朝に捜索に乗り出そうと決めていたのだが…思った以上に疲れが溜まってしまっていたようだ…

 

「マズイな…早く探さないと氷梶也のやつ、何仕出かすか分かったものじゃないし…」

 

何より折角の休暇が勿体無い。

 

勿体無い精神に駆られて寝袋から飛び起きると即座に荷物をまとめ始めた。

 

こんなことならどっかでバッグだけでも預けてくればよかった…。

 

邪魔で仕方ない…

 

リュックの方に入っていた寝袋等の重い物は出来る限りバッグに詰め込み、一つにまとめて運んでしまう。

 

その方が効率が良いと引越し屋のバイトで培った癖がこんなところで発揮される。

 

犯罪的なやつ以外で、高収入にして高時給のバイトは今も昔も引っ越し屋が筆頭。

 

ただし、始めの内は次の日に身体が動くかどうかは全く保証できないがな…

 

「まぁ、バッグは重くなったけど、リュックは軽くなったし。 まぁ、いいか」

 

サッサと二人と合流して、残り少ない休暇を有意義に過ごせる様に仕向けないといけない。

 

そして、俺は二人の捜索を開始した。

 

さっきまで色々と頭の中で考えていた疑問のあれそれは、この新たな目的によって上書きされ、綺麗さっぱり消え失せた。

 

 

そして、数分後

 

 

「おかしい…明らかに不自然だ…」

 

氷梶也捜索に乗り出した俺であったが、数分歩き続けても、一向に二人どころか神社らしきものすら見つけることが出来ないままだった。

 

だが、そんなことは想定の範囲内。

 

何も不自然に感じることは無い。

 

しかし、この状況で不自然に感じたことは、それとは全く無関係のある事実にあった。

 

「ここ…山なんだよな…? なんでこんなに傾斜がないんだ?」

 

ここ数分というもの、木々が立ち並ぶ道無き道を進み続けていたが、全く疲れを感じることはなく、平坦な道を歩き続けていた。

 

だが、そんなことがあり得る筈がない。

 

何故なら、昨夜俺は氷梶也を追いかける華恋を追いかけて、キツイ急斜面が続く山の中を走り抜けて来た為である。

 

就寝時は、斜面を避けて平らな場所で眠りに就いたのは覚えているのだが、ここまで歩き続けても未だに平坦な道が続いているなどというのは考えられなかった。

 

「同じ場所を行き来している訳でもなさそうだしな…となると、地形そのものが変わったとか……? いや、氷梶也じゃあるまいし、何を考えてんだよ俺は……そんな馬鹿な話がある訳が…」

 

そう、自問自答しながら俺は辺りを見渡してみた。

 

「でも、こうやって見ると、山っていうよりは、普通の森って感じなんだよな…。なんか、樹も、さっきより密集してきて暗くなってきてるし……ん?」

 

辺りを見渡すと、遠くの方で薄暗い樹々の周りを球状の黒く大きな未確認物体が、ふわふわと空中に浮かんで漂っているのが見えた。

 

「……なんだ…あれ…?俺…まだ疲れてんのかな……?」

 

何度も目をこすって確認してみたが、その未確認物体は消えることなく、ただただ、ふよふよと宙に浮かんで漂い続けるだけであった。

 

あれが何なのかは分からんが…俺の勘が、関わるなと告げている気がする…

 

そんなことを思いつつ、黒い物体を眺めていると。

 

ドンッ! という音を立てて、木にぶつかって、地面に落下した。

 

しかし、また空中に浮かび上がり、何事も無かったかのように、ふよふよと漂い始めた。

 

「本当に、何なんだよ…あれ…。 しかも、何かこっちに、どんどん近づいてきている様な気が…」

 

初めは、黒い物体が、徐々に大きくなっている様にも見えていたのだが、今みたいに樹に打つかっては落ち、また浮いて打つかっては落ちを繰り返しながら、少しづつ俺との距離が積まってきているのだということが分かった。

 

ここに居続けると鉢合せしそうな勢いだ。

 

そう思い立った瞬間、何かを察したように黒い物体が、俺目がけて勢いよく飛んできた。

 

「ゲッ、こっち来んのかよ⁉︎」

 

それを確認すると共に、急いで逃げようとし、体を方向転換させようと試みたが、咄嗟のことで反応が遅れた上、荷物を持っている状態では満足に体を動かすことも叶わなかった。

 

逃げ遅れてその場に立ち尽くしていると、猛スピードで突っ込んでくる黒い物体の方が先に俺を呑み込んだ。

 

ほぼ視界がゼロになり、何も見えない暗く深い闇の中へと引きづり込まれたような感覚に陥った…

 

何だか解らないがピンチなんじゃないのか…?

 

と、内心でそんな風に思いながら、不安に押しつぶされそうになる様な闇の中で動けずにいると。

 

何かが俺の額に『ガンッ!』、物凄い勢いで衝突してきた。

 

「ぐはぁ!」

 

「きゃうっ!」

 

その衝撃によって、俺は後方に倒れ、更に後頭部を地面に強く打ちつけた。

 

「……痛った~……何なんだよ、今のは…!」

 

いつの間にか、視界は元に戻っており、太陽の光がいつもと変わることなく降り注ぐ。

 

それと同時に、今もズキズキと悲鳴を上げている俺の頭に、また新たな疑問が浮上する。

 

「あれ……今、俺の悲鳴の他に『きゃうっ!』って聞こえたような気が……それに、何か体が重いし……」

 

そう、口にしながら、俺は重たい体をゆっくりと起こして見た。

 

「…………誰…………この子……?」

 

そこには、俺の身体に乗っ掛かるように、一人の少女が倒れていた。

 

金髪ショートヘアーに白く短いラインの入った赤いリボンをしている、幼い少女。

 

まだ残暑が残る秋口だというのに白の長袖ブラウスの上に、胸元までの黒のロングワンピース。

 

こんな格好をして暑くないのだろうかと呑気なことを考えながら、少女の顔を伺った。

 

「………」

 

どうやら、気絶している様だ。

 

「おいおい…勘弁してくれよ…」

 

こんな薄暗い山の中で、気絶した少女を自分の体に横たわらせているところを誰かに見られては、確実に変質者扱いされてしまうだろう…

 

まぁ、人通りも少ない場所なので、そんな心配は必要ないのかもしれないがあの二人にだけには絶対見られたくない。

 

しかし、流石に気絶したままの少女をこんな場所に置き去りにするわけにもいかない。

 

「それよりも、この子どっから現れたんだ? もしかして…あの黒い塊が………まぁ、そんな訳ないか…」

 

難しそうな原因解明をするよりも、先ずはこの子の意識を取り戻させることの方が先決だと考えた。

 

意識が戻れば、この子にも色々と訊けるだろう。

 

「ねぇ、お嬢ちゃん、大丈夫かい?」

 

「………………」

 

返事がない…ただの屍のようだ…

 

一応声を掛けてみたが、起きてはくれなかった…

 

「仕方ないか…不本意だが、体を揺すってみるか…? でも、気絶している相手の体を無闇に動かすのは、やっぱりマズイよな……?」

 

そんな風に動かすべきか、動かさざるべきかを、迷い続けていると。

 

「ん~〜〜………」

 

女の子が、唸り声を上げ始めた。

 

おいおいマジかよ……

 

「大丈夫かい⁉︎ 何処か痛む所でもあるのか?」

 

俺は、少女の安否を確認しようと必死で問いかけた。

 

こんな所で、もしこの少女が重傷だったとしたら本気(マジ)で絶望的だ。

 

麓まで戻ったとしても病院が近くにある訳でもないし、先ず戻れるかどうかすら分からない。

 

「ん~~~………」

 

そんな、俺の心配もよそに少女は唸り続ける。

 

「くそっ…!」

 

迷ってても仕方ない。

 

ここは氷梶也を見習って、考えるよりも先ず行動することが先決だと考えた。

 

「取り敢えず急いで下山しないと…」

 

そして俺は少女を担ごうと思い、少女の肩に手を伸ばした…その時。

 

「ん~~~………んへへ~~もう、食べられないのか~~~………」

 

「…………」

 

暫くの間、俺は動くことすら出来なかった…

 

「うわ~……ベタだな………」

 

どうやら少女の意識は既にあったようだ。

 

「全く…心配して損した気分だ…それにしても、この子スッゴイ幸せそうな顔で寝てるなぁ……」

 

まぁ、このままそっとしておいてやろうかとも思ったが、置き去りにしていく訳にもいかない…

 

かと言って、この子を負ぶって二人を探し続けるわけにもいかない。

 

迷った末、止むを得ずこの子を起こすことにした。

 

「お~い、お嬢ちゃん? 起きてくれないか?」

 

「ん~眩しいのか~……」

 

やっと起きてくれたようだ。

 

普通に起こすだけなのに、かなりの時間と労働力を要してしまった気がする…。

 

「ん~? お前、誰なのか~?」

 

随分眠たそうに赤い眼を擦りながら、少女が俺に訊いてきた。

 

それは、こっちの台詞だ…

 

だが、ここは焦らず大人な対応で接するべきだろう。

 

「んっ? ああ、僕の名前は御社奏って言うんだ。 まぁ、好きに呼んでくれて構わないよ。 それと、君のお名前を教えてくれないかな?」

 

「私か~? 私はルーミアだ」

 

少女はルーミアというらしい、髪の色や、目の色、それに名前、どれを取ってみても、完全に、日本人だとは思えない…外人さんなのだろうか?

 

そう言われてみれば、話し方も少しだけおかしい気がする。

 

いや、流暢には話せているのだけれど…

 

「そう、ルーミアちゃんっていうんだね? それで、どうしてこんな山奥に一人で居たのかな? お父さんやお母さんは一緒じゃないの?」

 

出来るだけ優しい口調で、少女に話しかけた。

 

「私は、ただこの辺りを飛んで食べ物を探していただけだ。 それに私には親なんてものはいないし、ここは山じゃなくて森だ、お前バカなのか~?」

 

「……ああ……へぇ~…そう…なんだ……」

 

聞くだけ無駄だったろうか…?

 

食べ物を探して飛んでいた…?

 

まったく…子供の想像力というものは本当に豊かなものだ。

 

それに、両親がいないとは…それで、一人でこんな処に居る理由が分からない…

 

しかし、俺も大人であり、ここはあえて話にノってあげるのが、正しい子供との接し方なのだろう。

 

「ええっと…飛んで、食べ物を探してたってことは、よくわかったよ。 でも、まだちょっとお兄さんにもわからないことがあってね。 一つ確認しても良いかな?」

 

「ん~? まだ何あるのか、人間?」

 

「うん…まぁ、一つだけね…」

 

ああ…確かに好きなふうに呼べとは言った…

 

だが…人間は無いだろ人間は…本当に子供の考えていることはよく分からん…

 

これ以上話していても恐らく疲れるだけだと感じ始めたので、さっきこの子の言葉の中にもあった、数分前に俺が気にしていたことを早急に訊ねてみることにした。

 

「さっき、森の中を飛んでたって言ってたけど、ここは本当に山じゃなくて森の中なのかい?」

 

「こんな平坦な山が存在するとでも思っているのか~? やっぱり、お前バカなのか~」

 

「………」

 

確かに、正論だ…

 

俺自身、こんな傾斜の存在しない平坦な道ばかりが続く場所を山だなんて普通は思わない…

 

しかし、俺は確かに昨夜、山で寝ていた筈なのだ…ここが山でないとするならば、一体ここは何処なんだ?

 

俺は…寝ている内に下山でもしたのだろうか…?

 

全く考えが纏まらない最中、俺の思考を遮るように、今まで、ぼう~と、立っていたルーミアが俺に話しかけてきた。

 

「なぁ~私は、今お腹が減っているんだ。 お前は食べても良いのか〜?」

 

しかし、考え事をしていたせいで、最初の辺りを聞き逃してしまった。

 

「えっ? 何か言った?」

 

考えごとをしていてよく聞き取れなかった。

 

今『俺のことを食べてもいいか?』って訊いてきたような気がする…

 

しかし、その言葉がどういう意図で発せられたのか、俺には理解できなかった。

 

流石に、物理的に腹を満たす方の食べる、という意味ではないだろう…いくら子供だからといっても、見た目的に十歳くらいだろうし、そんなことを本気で口にするとは思えない。

 

だとすると……もう一つの意味の方なのか……?

 

最近の子供は……昔と比べて、随分マセてんだな…

 

俺もまだ、昔を語れるような年ではないのだが、取り敢えずここは大人な対応を見せるべきだと考えた。

 

「いやぁ~流石にそれはちょっと……色々と問題があって…そういうことは、もう少し大きくなってからというか…いやいやいやっ別に大きくなったからといって言ってもいいと言う訳でもなくて…どちらにしても、無闇にそういうことを、年上の男の人に言うのは、あんまり良くないんじゃないかなぁ~……」

 

と、注意しいたのだが…

 

「はぁ~? お前、何言ってんだ~?」

 

見事に撃沈した……

 

こんな、小さな子を相手にして、少しだけ照れが入ってしまっていた…何が大人な対応だ…

 

全然、伝わってすらいなかった…

 

「もう、我慢できない…。いただきま~す!」

 

「えっ⁉︎ ちょっ! 待てって」

 

俺は、ルーミアの抑えきれない感情を止めることが出来ず、俺に向かって飛び込んでくる彼女に対して、どう反応して良いか分からずに立ち尽くしてしまった。

 

そして。

 

「ガブッ!」

 

「………」

 

頭を噛まれた…

 

「痛ったぁーーーーー!」

 

頭を数回上下させ、なんとかルーミアを引き離すことに成功した。

 

「お前、見かけの割に結構硬いんだな~噛み切れなかった…」

 

痛みの走る頭を抑えながら、俺は閉じていた瞼を開き、ルーミアに改まって向かい合おうとした。

 

しかし、目線を下に傾けてみてもルーミアの姿を確認することは出来なかった。

 

「お前、どこを見ているんだ~? 私はここだ~」

 

確かに声は聞こえているのだが、その声は有り得ない場所から発せられていた。

 

まさかそんなことが有る筈はないだろうと思いつつも、俺は声の発せられている方向へと顔を上げた。

 

そこには、確かにルーミアはいた。

 

しかし、その光景を目の当たりにした瞬間、俺は驚愕の言葉を口にした。

 

「……マジかよ………」

 

彼女は、両手を大きく左右に開きながら宙に浮かんでいた。

 

それは、何かの機械を使っている訳でもなく。

 

はたまた、糸やワイヤーで吊られているわけでは断じてない。

 

ルーミア自身が何者の力を借りることなく、宙にふよふよと浮いているのだ。

 

「なに、珍しいものを見たみたいな顔で、私をじー見つめてるのか~?」

 

「いや、珍しいも何も…有り得ないだろ……?」

 

人が何の道具も使うことなくして、空を浮遊するなどということは科学が発展したこの時代であっても、未だに達成されてはいない。

 

人は、空を飛ぶことに憧れ、飛行を研究した。

 

そして、その偉業は飛行機や飛行船、ヘリや、グライダーという形で辛うじて達成され、今の人間社会の目覚ましい進歩を象徴する一つの技術と言ってもいいだろう。

 

しかし、それはあくまで道具ありきの科学世界の話であり、人間が何も身につけることなく空を飛ぶことなど、常識的にそして物理的に考えたとしても先ず不可能だ。

 

では何故、彼女は空に浮いているのだろうか?

 

本当に人間だなのだろうか…?

 

だったら何故?

 

困惑する自分に対して、ルーミアは依然として変わらぬ態度で俺に話しかける。

 

「次は、しっかり喰ってやるから、そこをあまり動くんじゃないのか~」

 

ルーミアは、また俺を喰うと言った。

 

さっきの言動といい、ルーミアはまるで俺を本当に食事的な意味を込めて美味しく頂こうとしていように思えた。

 

食べるというのは、もしかしてガチの食事的な意味の方なのだろうか?

 

それに飛べるっていうのも、全然意味分からな………

 

「…………あ」

 

これまでの言動を全て考慮し、考えた末、俺は思い出した。

 

今まで、ずっと現実に染まり過ぎていて忘れていたが、俺は確かに知っていたのだ。

 

日本の伝承として古くから語り継がれ、空を飛び、地を這い、人間を喰らい、人の理解を超える奇怪で異常な現象を引き起こす存在を……それは……

 

『妖怪』

 

その言葉が頭に過ぎった瞬間、既に俺は体を反転させ、木々の生い茂る中を全力で駆け出し、ルーミアから距離をとった。

 

しかし、体の軽量化を図るために、今まで肩から掛けていた衣類や寝袋等が入っていたバッグをそのまま置き去りにしてきてしまった…

 

流石に財布や貴重品の入ったリュックまでは置き去りにはしてこなっかたが、これはかなりの失態である…

 

「まぁ…仕方ないよな…この状況的にはベストな判断だ……あれが、もし妖怪だったとして、そんなの相手にしてたらマジで死にかねない……」

 

この場の状況判断としては確かに最善の策をとったと言えなくはない。

 

事実、確実に荷物がない方が小回りが効く上、スピードも落ちることはない。

 

「逃がすものか~!」

 

後方で、獲物を捉えようとする狩人のような叫び声と共に、ルーミアは懐から何の変哲もない一枚のカードを取り出した。

 

そして、逃げる標的に向かい、ルーミアはそのカードを掲げ、高らかに告げた。

 

「夜符 「ナイトバード」!」

 

その言葉とともに、ルーミアの持つカードが無数の光の弾と化し、横一直線上に放たれた。

 

二度、三度と、青と水色の光の弾が放たれ続ける。

 

しかし、光の弾は俺を狙う訳でもなく、それぞれ一つ一つが無作為に森の中を駆け抜け、木々に被弾する。

 

被弾した木々が木端微塵に砕かれ、ミシミシと音を立てて倒れゆく音が、響き渡った。

 

「なんだよ、あれ…。 あんなの…当たったら怪我どころじゃ済まないだろ⁉︎」

 

一瞬だけ、背後を確認すると、また全力で森を駆け抜ける。

 

ルーミアに追いつかれたとしても、弾に被弾したとしても、生き延びることが出来る確率はほぼゼロに等しいと言っても過言ではなさそうだ。

 

ならば、ただひたすらに逃げるしかない。

 

俺は少し霊感が強いだけの、ただの人間で、相手は人知を遥かに超越した本物の化物なのだから。

 

息を切らしながらも、走り難い森の中で立ちはだかる樹木を上手く躱して、俺は直進する光弾から、そしてルーミアから逃げ続けた。

 

しかし、この木々の茂る森という地形が逆に功を奏した。

 

幸運にも、弾は一つとして俺に被弾することはなく、全て木々に被弾して消滅した。

 

「待て〜!」

 

しかし、一向にルーミアの声が遠くなる気配がない。

 

だが、一直線に走り続けた甲斐もあり、出口も近くなってきているようだ。

 

数メートル先に樹々の間から、強い日の光が差し込んでいるのが見える。

 

「よし! やっと、出られる!」

 

そう、確信し陽光を遮る物のない森の外へと、一直線にダッシュ。

 

そして、ようやく俺は森を抜けた。

 

暗所から、急に日差しの強い場所に出た所為か、視界が一瞬定まらなかったが、徐々に視力を取り戻してきた。

 

「うわっ寒っ! 何だよここ…?」

 

森を抜けた先には、巨大な湖が広がっていた。

 

まるで森を切り開いて、人工的に作られたのではないかと思うほどに美しく見事な湖に、一瞬俺は心を奪われてしまっていた。

 

「スゲェ……。 なんて感心してる場合じゃない! 早く逃げないと!」

 

と言っても、今の状況を言葉で表すと、文字通り背水の陣。

 

湖を泳いで逃げ切ることは不可能に近い。

 

となると畔沿いに走って逃げるのが妥当なのだが、それでは隠れる場所も盾となる障害物もなくなる。

 

後退すれば、ルーミアと鉢合わせする可能性もあり、確実にアウトだ。

 

「どうする…考えてても追いつかれちまうし……ああ、なんかさっきから寒気もしてきて上手く頭が働かない…」

 

まだ夏の厳しい残暑が残る時期にも拘らず、この湖の畔で足を止めた瞬間から感じていたこの寒気は、追いかけられていることへの焦りや恐怖から来ているものなのだろうとも感じられたが、それにしては森の中との寒暖差がありすぎる。

 

恐らくそうではないようだ。

 

「なんでこんなに、寒いんだよ…って、今はそんなことどうでもいい…冷静になれ…俺……」

 

そうこう、しているうちに俺を付け狙うハンターが、獲物を追い詰めたとも言わんばかりに叫ぶ。

 

「もう、逃がさない!」

 

俺は、その声の主と対峙した。

 

そこには、あの黒く大きな球体の塊が浮かんでおり、その中から嬉々に満ちたルーミアの声が聞こえてくる。

 

「………やっぱり、その黒い塊の正体はお前だったんだな…俺なんか喰ったところで、美味くもなんともないと思うが…? 森に帰って動物かなんかを料理して喰った方がよっぽど美味いと思うぞ? よければ手伝ってやろうか?」

 

一応、話し合いに応じるかどうか確認してみた。

 

「ごちゃごちゃうるさい! 私は今お腹が減ってるんだ~。 だから、今すぐにお前を食べる!」

 

やはり、妖怪は目の前にある欲望に忠実ってことか…精神年齢が低いなら尚更だ…

 

「今度は逃がさない! 絶対に仕留める!」

 

ルーミアは、そう口にするとともに、闇の中からさっきと同じように声を張り上げて告げた。

 

「闇符 「ディマーケイション」!」

 

その声を耳にするのと同時に、俺は体を屈めて左足に重心を傾けた。

 

そして前かがみとなり、爆撃を回避するように、地を蹴り左方向へと跳んだ。

 

森の中で放たれた物とは異なる、赤と緑の小さな光とともに繰り出される密集した青光の直進攻撃。

 

俺の立っていた場所に集中して降り注がれるその光は、土を抉り、湖を荒らしたが、スタントマン並の緊急回避を運良く成功させられた俺には少しもかすることなく、なんとか避け切ることが出来た。

 

「同じ手が通用すると思うな! 人間様をなめんなよ!」

 

受け身まで、見事に成功させて直ぐに体勢を立て直し、捨て台詞のようにそう言いってまた駆け出す。

 

「何っ⁉︎ まだ声がするのか〜? まさか今の弾幕を避けたのか~⁉︎」

 

ルーミアが驚愕の声を上げる中、俺は今の発言を疑問に思った。

 

『まだ、声がするのか?』ということは、もしかしてルーミアには、俺の姿が見えていないのだろうか……?

 

だとしたら、このまま逃げ切れる可能性も……

 

そう思いながら足を止めることなく湖沿いを全力でダッシュし続ける。

 

だが……流石に体力的にも限界が近づいていた。

 

しかし、ルーミアは俺に休ませることなく襲い掛かる。

 

「もう…いい加減に観念しろ~! 月符 「ムーンライトレイ」!」

 

三枚目のカードからは、これまでにない程に圧縮された二本の青い光砲が俺の左右に放たれた。

 

その光も俺を狙って放たれている訳ではないらしく、正確に放たれたとは感じられなかった。

 

恐らく、俺が見えていないというのは間違いではないようだ。

 

「でもな…」

 

狙いが定まっていないとは言っても、この二つの巨大な光砲をずっと避けて走り続けるのは流石に無理がある…

 

「はぁ…はぁ…どうしたもんか…」

 

息も上がってきた…

 

左右はどちらも光砲で塞がれ、森へ逃げ居ることも、湖に飛び込んでやり過ごすことも出来なくなってしまった。

 

「はぁ…はぁ…くそっ…何かないのかよ…この状況を打開する策は…」

 

そんなことを考えていると。

 

「コラァァァ! やめろーー! ここは、あたいの湖だぞー!」

 

後方から、大声で叫びながら一人の少女が現れた。

 

その少女は、背中に氷のように透き通った羽が生えており、青と白のワンピースを着た、ルーミアと同じくらいの歳の少女だった。

 

「そこの黒いお前! お前ルーミアだな⁉︎ あたいの湖を荒らすのは許さないわよ!!!」

 

「うるさい、チルノ! 私は今取り込み中なんだ~あっちへ行け~!」

 

少女はチルノというらしい、もしかしたら助けに来てくれたのだろうか?

 

「なにー! もう許さないわっ! 氷漬けにしちゃうんだから!」

 

そう言ってチルノは一枚のカードを取り出した。

 

「おいおい…! マジかよ⁉︎」

 

「氷符「アイシクルフォール」!」

 

状況は更に悪化した。

 

ルーミアの放つ光の弾と共に、そのルーミアを狙ってチルノが無数の氷の(つぶて)を放つ。

 

しかし、ルーミアはそれを軽々と避け、避けられたチルノの流れ弾がほぼ全部こっちに向かって飛んできた。

 

「うぉぉぉぉ‼ 分かったか氷梶也ー! これがお前の会いたがっていた妖怪だ! 見ろ! 碌なことにならないだろうがー‼‼」

 

そこに居ない人物に怒りを現しながら俺は全力疾走で走る。

 

しかし、走るスピードは体力が減っていくのに比例して遅くなり。

 

いつまでもつかなど、時間の問題だった。

 

「はぁ…はぁ…はぁ…」

 

息を切らし走り続ける。

 

そんな絶望的な状況の中、俺は思った。

 

折角の旅行だってのに、二人とは逸れるし…山だと思ってた場所は知らないうちに森になってるし…頭をぶつけて気を失ってる女の子を助けたら、実は妖怪で喰われそうになるし…それで、助けが来たかと思ったら最終的に、状況悪化で大ピンチって…

 

「何で…俺がこんな目に合わなきゃいけないんだよ…?」

 

ただ、休みを満喫したかっただけなのに。

 

「何で………?」

 

ただ、昔に忘れてきた宝物を取り戻したかっただけなのに。

 

「何で………?」

 

ただ、良い思い出になるようにと願っただけなのに。

 

「俺…こんなとこで死ぬのかな……?」

 

走るスピードは徐々に衰える。

 

「まぁ……良いかな…必死に生きてきたけど、何一つとして叶えられたものなんてなかったし……」

 

これまで自分の定められた運命が嫌で、それを変えてやろうと、抗うように、ただひたすらに働いて過ごしてきた。

 

けど…

 

それで、その結果がこの状況だ…

 

こんな最低な人生なら、輝かしい未来など何処にも存在しないというのならば、もう、ここが運命に流された最終地点だったとするならば。

 

もう、諦めようと思た……

 

「ちっ…ホント…くだらねぇ人生だよ…畜生……」

 

しかし。

 

もう、心の中では諦めようとしているのに、記憶の中で語りかける声があるのだ。

 

『僕と、友達になってくれる?』

 

初めて、自分を認めてくれた子の言葉だった。

 

『私をっ…! イエローにして下さい!』

 

初めて、俺を必要としてくれた人の言葉だった。

 

『奏ー。良い旅にしような~!じゃあなー!』

 

いつも、一緒にいた親友の言葉だった。

 

『お帰り、カーくん』

 

いつも、自分のことを想って心配してくれた幼馴染の言葉だった。

 

『また何時でも帰っておいで』

 

いつも、自分を気遣って、優しくそして暖かく接してくれる人の言葉だった。

 

『奏ーーー!!!!! 早く戻ってこんかーーー!!!!』

 

御節介で…でも自分のことを大切に思ってくれている人の言葉だった。

 

『お前は、将来何に成りたいんだ?』

 

「………嫌だ………」

 

何時も周りにいてくれた。

 

「嫌だ………」

 

何時も優しく笑ったり、時には叱ってくれた。

 

「まだ……死にたくない……」

 

まだ、何の職にも就いてないし、子供の頃の夢なんて一つも叶えられてない。

 

「俺は……」

 

まだ、あの人との約束も果たせてない……

 

「俺は……生きたい!」

 

そう懇願するも、後ろで降り注がれる光の嵐は止むことはなく、容赦無いままに俺に襲い掛かる。

 

「誰か………」

 

生きたいと願った。

 

「誰か………」

 

助かりたいと願った。

 

「誰か! ……助け…」

 

そう、叫ぼうとした時だった。

 

 

 

「騒がしいわね……」

 

 

 

こんな危機的状況の中でも、その声だけは、ハッキリと聞こえた。

 

その呆れた声の主は、湖畔で日傘を持ちながら、一人佇んでいた。

 

彼女はその呆れ顔でこちらを見ると、日傘を肩にかけるようにし、両腕を左右へと広げると、一言こう呟く。

 

「紅符 「不夜城レッド」」

 

一瞬の出来事だった、彼女の顔をよく目視することも出来ないままに、俺は大きな紅い光に包まれた。

 

「なっ⁉︎」

 

紅く立ち上る気柱は、その場にいた全員を見境なく包み込む。

 

その光は、まるで燃え盛る炎のようで、今まで降り注がれていた全ての光の弾を、その主ごと薙ぎ払った。

 

「キャアーーー!×2」

 

後方で二人分の悲鳴が上がる。

 

「うわぁぁぁーーー!」

 

妖怪をも薙ぎ払うその光に呑み込まれた俺も、そう叫んだ。

 

死んだと思った。

 

火の海に飛び込んだ感覚…熱が襲い、肌が焼け、衝撃に体が吹き飛ばされる。

 

そう確信していたのだ。

 

しかし。

 

「あぁぁぁ! …………ん?」

 

紅い光の中、俺は気がついた。

 

「熱く……無い? …というよりも、全然痛くも痒くも何ともない……」

 

俺は、燃え盛るように立ち上がる紅い気柱の中で平然と立ち尽くしていた。

 

「はぁ…はぁ…何だか判らんが…もしかして助かったのか……?」

 

一寸先も見ることが出来ないような濃い紅に包まれながら、俺はそんなことを思う。

 

ゴォォォという音だけが響き渡るこの紅い光の中で、息を切らしながら俺一人だけが立っている、そう感じられた。

 

「ああ、もしかしたら…全部夢でした! ってやつか…? ……いや…さっきルーミアに噛まれた時…痛かったよな…」

 

夢ではないことを改めて確信する。

 

「じゃあ、何なんだこれ…チルノもルーミアも悲鳴をあげてたし、ひょっとしてこの光の御影なのかな…? それともさっきの女の子が…?」

 

一瞬、確実に目にした筈のあの日傘の少女、走っていてよく見えなかったけど、白っぽい服を着ていた様に見えた。

 

しかし、確かにそこに居たはずのその少女の姿も、この光の中では確認することが出来なかった。

 

「はぁ…はぁ…あの子が助けてくれたのだろうか…? でも、こんな光を出現させられるなんて、もしかして…」

 

息を切らせながら考え、一瞬その子も妖怪だったのだろうか?とも思ったが、それなら俺を助けてくれるなんて考えられなかった。

 

故に。

 

「はぁ…もしかして、あの子は俺を助けてくれた天使だったんじゃ……そんな訳ないか………」

 

自分で言葉にしてみて少し恥ずかしかった…

 

「まぁ、どちらにしても助かったんだし、感謝だな。 それよりも早くここを離れないと」

 

ルーミア達の悲鳴が聞こえて、姿が確認できないとは言っても、相手は妖怪。

 

またいつ襲ってくるとも限らない上に、ここがどこなのかすら俺には分からない。

 

二人を追って入ってきた山は、いつのまにか平地の森になっていて、地図にすら載っていなさそうな、湖の畔にまで来てしまった。

 

「兎に角、まずは人を見つけて、ここがどこなのか訊かないと…」

 

早くこの場を離れて、二人を見つけて、駅の近くの街で休もう。

 

こんな訳も分からない妖怪達がいるような所に、あの二人を居続けさせるわけにはいかない。

 

もう妖怪は懲り懲りだと、心からそう思った。

 

「はぁ…はぁ……よし、出来るだけ早く抜け出せると良いんだけど……」

 

まだ息も整っていないうちから俺はまた走り出した。

 

今は何にしても時間が惜しい。

 

そうして光の中を勢いよく走り出した俺であったが、その駆け出しのスピードのまま、光に隠され目視出来なかった何かに足を取られて、体のバランスを崩してしまった。

 

「うぉっ!」

 

咄嗟に前に倒れ込みそうになり、条件反射的に手を動かして辺りの何かしらの物を掴んで持ち直そうと試みたが、こんな湖の畔にそんな物があるはずがない、俺はそう思った。

 

しかし。

 

「えっ?」

 

明らかに何かを『パシッ』と、掴んだ感覚があった、だが俺はそれに体重を支えてもらうことが出来ず、そのまま地面に倒れ込む。

 

そして、その感覚とともに、さっきまで俺を包んでいた紅い光が飛散する様に消え去った。

 

視界が一気に開け、目の前の映像が鮮明に映し出される。

 

「はぁ…はぁ………」

 

俺は息を荒げる他、何も口にすることが出来なかった。

 

口にしなかったのではない、何を口にすれば良いかが全く分からなかったからだ。

 

それだけ、転んだ先のなんとやら…俺の目に飛び込んできた映像は衝撃的だった。

 

そこには………顔があった。

 

初めて見る顔…いや正確に言えば、さっき見たばかりの初対面の人物の顔がそこにはあった。

 

近くに転がっていた日傘がそうであると、俺に告げている。

 

「はぁ…はぁ…ええと、その……」

 

なんと言えばいいのかが全く分からなかった。

 

今の体勢は確実に俺が押し倒しているような体勢になってしまっている。

 

さっき、手にあった何かを掴んだ感触も、この少女の腕を掴んだ感触だった様だ。

 

つまり俺は今、少女の腕を掴んで、地面に馬乗りになって押し倒している状態となっているわけだ。

 

こんな状況で何を言ったところで、確実に俺は変質者扱いを喰らうだろう。

 

ジリジリと少し傾いた太陽の日差しが俺を、そしてそれと共に少女の身体に照りつけ、少女の驚いたように見開かれた眼が俺を見つめて………と、そのように感じられたが、少女は俺を見つめてはいないようであった。

 

俺ではなく、俺の背後のその先にある……

 

と、その時。

 

「ん?」

 

辺り一面が薄暗く、というより太陽の光が何かによって遮られ、俺達の周りを囲うように日陰となった。

 

そして、振り返ろうとしたその瞬間。

 

「お嬢様に触れるなぁぁぁぁーーー!!!!!!」

 

ドッ! と鈍い音が響く。

 

「カハッ!」

 

左脇から抉る様に繰り出されたその蹴りは、鳩尾(みぞおち)を的確に捉え、少女から俺を引き離した。

 

呼吸が上手く出来ず、意識が飛びそうになる。

 

しかし、その蹴りをお見舞いしてきた人物は更に止めを刺すかの如く、俺に追い打ちを掛けてきた。

 

「この、不審な男が! 御嬢様に何をするつもりだった⁉︎ はぁ…はぁ、と息まで荒げて! 可愛いか⁉︎ お嬢様はそんなに可愛かったかぁぁぁーー⁉︎」

 

「グハッ! ガハッ! ゲホッ!」

 

二度三度と繰り出される腹と鳩尾を的確に狙った蹴りは、徐々に俺の意識を奪っていく。

 

朦朧(もうろう)とする意識の中、俺は見た。

 

そこには、メイドの衣装に身を包んだ少女がナイフを持って立っていたのを……

 

そして、俺は気を失った。

 

 

「この不審な男が! 御嬢様に何をするつもりだった⁉︎ はぁ…はぁと息まで荒げて。 可愛いか⁉︎ 御嬢様はそんなに可愛かったかぁぁぁーー⁉︎ 」

 

隣で私の従者の声がする。

 

何でも迅速に、そして確実に(こな)す完璧な筈の私の従者が、隣であの男を蹴り飛ばしているのが見える。

 

「全く……先ずは主を起こす方が先ではないかしら……? 」

 

日傘を渡してくれたことはありがたいのだけれど、主を地に寝かせたまま不審者の討伐とは……取り乱すにも程がある。

 

「ふふふ…後でお仕置きが必要みたいね 」

 

それにしても、一つ気になることがある。

 

押し倒されたときに感じたあの感覚。

 

まさか、あの男が?

 

今も蹴られ続けている人間の男を見つめて少女は思う。

 

ただの人間にそんなことが出来るわけ……でも現に…もしそうだとしたら…

 

一つの疑問は幾ら考えても解消できるものではなかった。

 

「まぁいいわ。 確かめてみれば済むだけのことだろうし、もし本当にそれが可能なら暫くは御茶を飲むだけの退屈な生活とはお別れできるわね」

 

口元に薄い笑みを浮かべると、少女は日傘を手に立ち上がり、メイドへと命令する。

 

「咲夜。 もういいわ、ご苦労様。 もう下がりなさい」

 

少女は人差し指を突出し、そう命令するのだが。

 

「とっととくたばりなさい! この下賤な不審男! あなた如きが御嬢様に触れようなんて何百年、いえっ! ∞にあってはならないことなのよ!」

 

咲夜には全く主の言葉が耳に届いていなかった。

 

「咲夜~」

 

「私だって最近は少しも触れ合っていないのに…あんなに密着して…あんなに顔と顔が至近距離で……っ」

 

咲夜はそう言葉に詰まると、左足の太ももに着いたホルスターからナイフを一本抜き取った。

 

「さぁ~て、どうして上げようかしら? ケーキに調理して妹様に差し出すのも良いわね~。 それとも、その血管を断ち切って抽出した血液を紅茶として御出ししようかしら~ふふふ。 さぁ、あなたの血は何型なのかしらね~?」

 

冷酷な笑みを浮かべナイフを上下に振るう咲夜。

 

そして徐々にナイフと目標物との距離を詰め、咲夜は左手に握り締めたナイフを振りかざし、一気に奏へと振り下ろした。

 

「咲夜~。 今すぐに止めないと、即刻メイドをクビにするわよ?」

 

「……………」

 

まさに紙一重。

 

ほんの数ミリというところでナイフの動きは静止し、それと同時に咲夜の動きも止まる。

 

咲夜が静かに後ろを振り向くと、そこには満面の笑みを浮かべる主が立っていた。

 

しまった、少し取り乱しすぎた……と咲夜は思う。

 

「咲夜」

 

「はっ…はい御嬢様」

 

「何をしているのかしら? 」

 

「いっ…いえ、そのですね…御嬢様に害をなす不審な賊の排除を行っている最中でして…。 今すぐに片付けますので少々御待ち下さい」

 

館にティーセットを取りに行っている間に御嬢様が襲われ、そんな賊を事前に排除することが出来なかったことに対し、確実にお怒りを買ってしまったのだろう。

 

咲夜はそう確信していた。

 

「こんなことなら、時間を止めておくべきだったわね………」

 

咲夜は後悔しながら小声でそう呟いた。

 

「咲夜」

 

「……はい、お嬢様…」

 

「館へ戻ったら、お仕置きね」

 

御嬢様は笑顔でそう告げた。

 

「はい…何なりと………」

 

メイドが苦笑でそう応えた。

 

「それと、折角用意して持ってきてもらって悪いのだけど、ここでのお茶は中止よ。 館に戻ってからゆっくりと頂くわ。 それと、そこに転がっている人間の男も館へ連れて行くから運んでちょうだい」

 

「では、館にて始末を? 」

 

「いえ、彼は少し面白そうだから。 館に迎え入れるのよ」

 

「はっ⁉︎ この男をですか⁉︎ しかしこの男は!」

 

咲夜には理解できなかった。

 

いつも唐突に事を思いつき、それを行動に移すたびに厄介事を起こしてらっしゃる御嬢様だけれど…

 

それにしても、さっきまで御嬢様を襲っていたこの男を館に迎え入れるなど考えられない。

 

「しかし御嬢様。 この男は御嬢様を襲おうとしたのですよ? たかが人間と言っても危険なことに変わりはありません。 それに御嬢様に無礼を働いた罪は今ここで死を以て償わせるべきです! 」

 

「あら、あなたも人間じゃない? 良いのよ。 私は寛大なの、それくらい許してあげないとカリスマの名が泣くわ。 それとも…咲夜は私の言うことが聞けないのかしら? 」

 

「………畏まりました」

 

咲夜はこれ以上御嬢様の御機嫌を損ねるわけにはいかないと渋々命令を心得た。

 

「しかし、私一人では少々力不足です。 美鈴に運ばせますので、少々御待ちください。 十秒程で戻って参ります」

 

「ええ、宜しく頼むわ」

 

「では」

 

そう言うと、咲夜は胸ポケットに仕舞ってある懐中時計を手に取った。

 

その瞬間、咲夜の姿は音を発することもないままに跡形もなく消えてしまった。

 

「はぁ…全く扱いにくいメイドね…まぁ咲夜以上の働きを見せられるメイドなんて、館には他にいないから仕方ないけれど…」

 

愚痴をこぼしながら待つこと数秒程。

 

「お待たせいたしました。 御嬢様」

 

まるで瞬間移動の手品の如く、さっき消えたばかりの咲夜が突然出現した。

 

「あら、遅かったわね。五秒も遅れるなんて」

 

「申し訳ありません…門番が健やかに寝息を立てていたもので…少々を手をやかされまして」

 

「もぉ~。 咲夜さん酷いですよ~…ちょっとうとうとしてただけじゃないですか〜…」

 

「あら、門番はまた昼寝をしていたのね? 良いご身分だこと。 ねぇ~美鈴」

 

「ああ~…いえ御嬢様。 本当にただ、うとうとしてただけで…昼寝をしていただなんて全くもってそんなことは……」

 

とても慌てた様子で冷や汗を流しながら弁解を試みる美鈴。

 

「ええ! それはもうぐっすりと。 普通に呼びかけても全く起きようとしなかったので、ナイフ投げつけて、その後にも色々して無理矢理連れて来ました」

 

「あれは酷かったですよ…帽子に鉄板仕込んでなかったら今頃死んでますよ…」

 

「中国拳法の達人なんでしょ? それぐらい避けなさい」

 

「いやいやいや…達人って言っても瞬発力には限界がありますから…時の止まった世界から放たれたナイフを粗ゼロ距離で避け切るのは不可能に近いかと……」

 

「まぁどちらにしても昼寝をしていたことは認めたわね? 」

 

「あっ………」

 

美鈴は恐る恐るお嬢様の方へと振り向く。

 

「あの〜…」

 

御嬢様は笑顔を浮かべて言った。

 

「今夜の夕食は、抜きね」

 

「そっ…そんな~………」

 

門番は、膝から崩れ落ちた。

 

「ふふ、当然の報いね」

 

あざ笑う咲夜を他所目に、今まで放ったらかしにされていた奏へと御嬢様は視線を移した。

 

「美鈴。 それで、あなたを呼んだ理由なのだけれど。 彼を館まで運んでちょうだい」

 

御嬢様は人差し指を奏に突き立ててそう指示したが、美鈴は今だに膝を折って地に伏せたまま動かなかった。

 

「はぁ…分かったわ……。 夕食一品だけなら食べてもいいから、早く働きなさい」

 

「本当ですか⁉︎ 御嬢様! 」

 

復活した。

 

「全く、調子の良い門番ね…」

 

「そうね、私も咲夜に同感よ…ほら本当だから早くしなさい。 あと、この人は誰だ? とかそういう質問はもういいから」

 

「畏まりましたー! 」

 

元気を取り戻した美鈴はすかさず奏に駆け寄り、抱きかかえようとした。

 

「ん………?」

 

しかし、持ち上げようと手を差し伸ばした瞬間、美鈴が疑問の声を漏らす。

 

「どうかした?」

 

「いえ、あの…御嬢様? 一つ質問良いですか?」

 

「だから、その男が何処の誰かなんてどうでも良いのよ、早く館へ運びなさい」

 

御嬢様への質問を、咲夜が横から割り入るように返しす。

 

「いえ、そうではなくて……」

 

「だったらなによ?」

 

「この人、生きてますよね…?」

 

二人は呆れ顔を浮かべて美鈴の質問へ返答する。

 

「そうね…確かに虫の息なのは見ただけで分かるわね。 でも、死んではいないわよ。私が殺される前にちゃんと止めたもの」

 

「御嬢様の仰有るとおりよ。止めをさすつもりはあったけれど、刺したつもりはないわ。それに、生きているか死んでいるかなんて、そんなのはあなたなら簡単に見分けられるでしょ?」

 

咲夜の言う通りだ。

 

美鈴は人間ではなく異能の力を持つ妖怪である。

 

彼女は中国拳法を扱うことができ、それと共に人間、動物、植物、無生物に至るまで、あらゆる気の流れを読み、気を使う力を持っている。

 

つまり生死の区別などつかない筈がない。

 

「いえ…まぁそうなんですけど…。 なんかこの人からは違和感を感じるというか…何も感じられないというか…?」

 

全く煮え切らない発言をする美鈴に咲夜は痺れを切らした。

 

「いいから早く運びなさい! それとも、また夕食のおかずをなくして欲しいの⁉︎」

 

「ああっはい! 分かりました。 運びます! 運びますから、それだけは勘弁して下さい! 」

 

美鈴は慌てて奏の手を掴んで、肩に背負った。

 

「お…?」

 

「まだ何か…?」

 

「ああ、いえ…ただこの人、見た目よりも随分重いなって感じただけですよ」

 

「あら、あなたが重いって言うなんて珍しいわね?」

 

何時も重いものを難なく運ぶ美鈴に対し、御嬢様が疑問に思う。

 

「まぁ、持てない程ではないんですけどね、疲れてるんでしょうかね?」

 

「昼寝ばっかりしているくせに、何寝ぼけたこと言ってるのよ。 運べるなら黙って運びなさい」

 

「面目次第もございません…」

 

 

 

少女移動中

 

 

 

湖から少し離れた場所、そこに彼女たちの住む館は建っていた。

 

外観は全て赤一色で統一され、窓が異様に少なく、周りを森で囲まれた西洋建築の館。

 

赤と緑という世間的にはクリスマスカラーと呼ばれるこの二色だが、目に良いのか悪いのか…全く分からない配色な上に周りの景色に対して館は酷く浮いてた。

 

その敷地も、館自体も、とても大きいが、その内装は空間を操る咲夜の力によって制御され、外観で見るよりも何倍も大きくなってる。

 

現在四人は気を失っている奏を連れてその館の謁見(えっけん)の間に移っていた。

 

「取り敢えずそれをそこに置いて、あなたは直ぐに仕事に戻りなさい。 良いこと? 寝るんじゃないわよ? 」

 

咲夜は床を指差しながら美鈴にそう忠告する。

 

「は…は~い(良いのかな…? )」

 

床に気絶した人を寝かせることに躊躇いつつも、そう返事をすると美鈴は奏を降ろして手を離した。

 

「じゃあ、私はこれで仕事に戻ります…」

 

いつもの仕事に戻ることに全く気乗りしない様子で美鈴は言うと、部屋を後にしようとドアへの方へ向かった。

 

「御嬢様、これを如何なさいますか? 」

 

奏を指しながら、咲夜は尋ねる。

 

「そうね、取り敢えず玉座の前まで移動させておきなさい」

 

「畏まりました。では今すぐに」

 

咲夜は返事をして承引すると、床に倒れている奏を引きずって移動させようと奏の手を握った。

 

「ん?」

 

咲夜は自分の体に何か違和感を感じた。

 

その時。

 

ゴゴゴゴゴゴッ!

 

地響きのような音が館全体に鳴り響いた。

 

「何? 何の音?」

 

館中の一同全員がこの響音に耳を傾けた。

 

そして。

 

「キャア!(複数)」

 

ドーン! と言う音が館全体に響きわたり、館のあちこちから叫び声が上がる。

 

しかし、謁見の間は何の変哲も無いままだった。

 

「咲夜、今すぐに状況を確認して私に報告しなさい! 場合によっては速やかに事態の収集にあたりなさい! 美鈴、あなたは外の状況確認と共に警備体制を整えなさい! 十分に警戒を怠らないこと! 」

 

「承知致しました」

 

「了解です! 」

 

主の指示に一言返事をすると、メイドと門番が迅速に動く。

 

「一体何なのかしら…? 侵入者なら、美鈴が一早く気づく筈よね…? 」

 

そう思いながら、館の主である御嬢様は徐に視線を下へと落とし一言つぶやく。

 

「侵入者……ねぇ……」

 

「御嬢様。 只今戻りました」

 

先に戻ってきたのは咲夜だった。

 

「ご苦労さま。 それで館の状況は? 」

 

「はい、それが…館に施した筈の私の空間拡張が何らかの力によって突然元に戻ったようでして…。 多くの部屋が収縮し、館が元の大きさに戻ってしまったようです」

 

咲夜は切らした息を即座に整え、冷静に館内の状況を報告した。

 

「元に戻った? 咲夜が戻したわけではないのね? 」

 

「はい…原因は今だ掴めぬままですが…少なくとも私自身が解いたのではありません…。 先ほど再び空間を広げ、館の大きさは元通りにはなったのですが…」

 

「咲夜の意思ではないとすると…何者かに咲夜の能力が解かれたということかしら? 」

 

「確かに何者かの妨害工作の様にも感じられるのです…。 先程の地響きの際、私の身に何か不審な違和感を感じました。 しかし、魔法や術の類のものであれば少なくとも妨害されたことにも気づきますし、奇襲を目的とするならば、現段階で私の能力が使用可能な状態にあること事態が明らかに不自然です。 それに、私は図書館や各部屋一つ一つを別々に拡張しておりますので、館全ての部屋の拡張を解くにはかなりの力と手間がかかる筈です。 それを館内一斉にとなりますと…侵入者がいたとするならば、かなりの手練れではないかと…」

 

咲夜は自分自身の所為ではないと主張する。

 

しかし、原因は咲夜にあるのか、それとも他にあるのか、全く見当がつかない。

 

「そう…それで被害は? 」

 

「縮小された部屋に置かれていた物は少なく、元の大きさに戻る際に縮小前の部屋に積み込まれた形となり、破損物は粗見受けられませんでした。 現在は空間も戻り、家具が散乱した部屋と何も置かれていない部屋とに分かれている状況です。 調理室は元から拡張しておりませんので、食器類は全て無事です。 地下倉庫の食品等も丁度供給前で整理しておくように妖精メイドに指示して館の外に出して置きましたので、全て問題はありません。 図書館はパチュリー様が壁が迫ってくるとともに、魔法で棚や本を縮小して事なきを得たそうです。 館内での物品への被害はほぼ無いに等しいかと。 しかし、まだ怪我人の確認が済んでおりませんので直ちにそちらへ向かおうと思います」

 

この短時間でこれだけの状況把握能力。

 

これが、咲夜がこの館ー紅魔館で完璧なメイドと呼ばれる理由の一つだ。

 

彼女は人間でありながら、この世の全ての時間を操ることが出来る。

 

世界の全ての物質のスピードを速く、又は遅く、そして完全停止に至るまで、彼女の世界ではありとあらゆる物の時間は全て彼女に支配される。

 

だが時を止めることだけが彼女の有能さを語るわけではない。

 

時の止まった世界で彼女だけが動き続けるということはほんの数秒のことの様に感じられるかもしれない。

 

しかし、実際彼女からすれば何時間もかけて館全体の被害状況を把握してきたということである。

 

それだけの長時間の労働ですら時を止めて素早く淡々と熟すことから、人々は彼女を『完璧で瀟洒な従者』と呼んだ。

 

「そう、ありがとう。 流石は私の従者、仕事が早いわね」

 

御嬢様からのお褒めの言葉を耳にした咲夜は、ほっとした顔で優しい笑を浮かべ。

 

「有り難きお言葉、感謝いたします」

 

そう答えた。

 

「御嬢様ー! 咲夜さーん! 」

 

咲夜の状況報告が終わると、次いで美鈴が戻ってきた。

 

「ご苦労さま。 それで外の状況は? 」

 

「はい! 館の周りを三周程回りましたが、外はいつもと変わらず何の変化も見受けられませんでした。 気を探っても見ましたが、怪しい人物の気は感じられず何者かに侵入された形跡は全くありません」

 

この広い館の周りを三周もしてきたというのに、息一つ切らさず、外の状況を報告する美鈴。

 

「……侵入者は無かったということね? 」

 

「はい、恐らくそうなるかと…」

 

美鈴の答えに御嬢様は納得がいかなかった。

 

咲夜は自分の所為ではなく、何者かの妨害工作ではないかと主張した。

 

それに対して美鈴は侵入者があった形跡は全く見受けられないと言う。

 

明らかに二人の意見が矛盾している。

 

「あの…御嬢様…? 」

 

咲夜が考え込む主に対して心配そうに声をかける。

 

「原因が咲夜でも、館の者でも、架空の侵入者でもないとするならば…」

 

そう考えた末、またお嬢様は床に視線を落とす。

 

「まさか…ね……」

 

「あの、御嬢様。 これから如何いたしましょうか? 」

 

二人が主に指示を仰ぐ。

 

「ん…? ああ、そうね。 咲夜は引き続き細かい被害の確認及び、さっき言っていた怪我人の確認をしなさい。 美鈴は…そこの男を玉座の前まで移動させて、咲夜と共に部屋に押し込まれた物の整理をしてきなさい」

 

「はい、畏まりました! 」

 

二人揃った返事と共に、美鈴が奏を軽々と移動させた。

 

「では、行って参ります」

 

二人は部屋を後にしようとする。

 

「ああ、咲夜! 」

 

「はい、何か? 」

 

「出来れば大きめの物が良いのだけれど、手袋を用意出来ないかしら? 形状は…確りと肌を覆えれば、どんな物でも構わないわ」

 

「手袋ですか? 直ちに用意させて頂きますが…一体何にお使いに? 」

 

「少し気になることがあって…まぁ、怪我人の方を優先すれば良いわ。 兎に角お願いね」

 

「はい。 では少々御待ち下さい」

 

二人は部屋を後にし、事態の収拾へと向かった。

 

部屋から二人が出て行き、部屋には二人だけが残された。

 

「……ふふ、面白そうなことになってきたじゃない」

 

「………」

 

「やっぱり、何度試してみてもダメね…全く見えやしないわ…」

 

「………」

 

「ふふ…まぁ、良いわ。 運命は私のものだもの。 どんな風にでも、変えてみせるんだから……」

 

館内で怪我を負った者は見受けられず。

 

自体の収拾も夜までには片付づいた。




さて、こんな感じで始まりましたけれど…
如何でしたでしょうか?
ハーメルン読者の方々には自分の作品はどう感じられるのでしょうかね…?
少し不安も残りますが、これからも同じように続けて行きたいと思ってはいます

何か指摘していただけるようなことがあれば、助言や感想をいただければ幸いです

では、今後も更新して行きますのでまた次話
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