東方労働記 〜 Beautiful Labor Days   作:水仙寺 桔梗

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そろそろ上達の兆しが見えてもいい頃ではないかと思いつつも、いつもと同じ様な駄文が連なります…
文章もいつもと比べれば若干短めです
毎回このくらいだと良いですね…


労働記 【妖】
第三話 「検証始動‼ 白玉パニック肝試し」 前編


寝起きの体調は(すこぶ)る快調だった。

 

昨日あれだけ働かされたにも(かかわ)らず、ベットという名の安息地が、つかの間の安らぎを俺に与えてくれたおかげだ。

 

これから毎日、寝ることが楽しみになってしまうのではないかと心配になる程に、その寝心地は安物の煎餅布団や借りてきた寝袋などとは比べものにすらならなかった。

 

ベットに横になった瞬間から感じたあのふかふかな感触が、疲れ切った体をソフトに包み込んでくれていた。

 

実に至福と言うに相応しい時間だった。

 

まぁ、あくまで『だった』なのだが…。

 

現在午前8:30を回り、朝食を済ませ、幾つかの部屋の掃除を終えてきたところ。

 

因みに今朝(けさ)の朝食のメニューもパンだった。

 

あれは『イギリスパン』と言う物だったか?

 

ふっくらとした山のような形、日本で言えば普通のトーストに使用する食パンと大差ないものだとは思う。

 

外側はサクッ、内側はふっくらとしていて元の世界で貧相な暮らしをしていた俺にとっては勿体無い程の朝食だ。

 

就職二日目にしてここまでの待遇はなかなかのものだ。

 

まだ執事らしいことは何もしていないが、掃除をしているだけでこの生活が保証されるのならば、ここは天国と呼ぶに相応しい場所かもしれない。

 

しかし、いつまでもこんな夢の世界で手をこまねいているわけにもいかない。

 

俺の帰る場所はここじゃない。

 

幼馴染共も樹希さんもこの世界にはいない…ああ、あと爺さんも。

 

兎に角、今はできる限り情報を集めなければ…元の世界に戻るための情報を。

 

モップを肩に掛けながら廊下を移動していると、唐突に後ろから声をかけられた。

 

「おや? おはようございます。 朝からお掃除とはご苦労様です」

 

「ん? ああ、おはようございます」

 

振り向きざまに挨拶を返し、声の主の姿を確認する。

 

「これはこれは珍しいですね、紅魔館に男性の方がいらっしゃるとは。 もしかして、新人さんでしょうか?」

 

「ええ、昨日から新しく雇われた者でして『御社 奏』と言います。 失礼ですが、あなたは?」

 

「おっと、これは失礼しました。 私は」

 

その時、名前を名乗ろうとした彼女の背後から物凄い勢いで飛んで来るナイフを目視した。

 

反射的に危ないと感じたが、咄嗟のことに、その言葉が出てこない。

 

一瞬の判断で彼女をナイフから遠ざけようと手を出してみたが、既に間に合いそうになかった。

 

最悪の結末が頭を(よぎ)ったその瞬間、いつの間にか少女の姿が視界から消え去り、その代わりに俺の目の前に鋭く光る銀色のナイフが現れた。

 

完全に標的を俺に変えたナイフはスピードを落とすことなく俺の喉を目掛けて飛んでくる。

 

その状況を把握した頃には時既に遅く、ナイフの刃先は数cm近くまで迫っていた。

 

最悪の結末が自分に置き換えられ、俺は頭の中で廊下に血飛沫(ちしぶき)を上げて倒れ伏す自分の姿を想像した。

 

だが、その時。

 

ナイフは俺の喉に到達する直前で、その動きを止めた。

 

と言うより、物理的に止められていた。

 

見ると、さっき俺の視界から一瞬にして姿を消した少女が人差し指と中指で器用に刃を挟み、今にも俺の喉に突き刺さろうとしていたナイフを、いとも容易(たやす)く受け止めていた。

 

「あやややや…いつもいつも手荒い歓迎…誠に痛み入りますね〜…。 いや、本当に…」

 

そう言う少女はヘラヘラとしながら困った様に笑っていた。

 

どうやら少女はさっきの一瞬で身体を左側に傾けてナイフを避けた後、それと粗同等のスピードで腕を伸ばしてナイフを受け止めたらしい。

 

実際に彼女の動きが見えていたわけではないので俺自身には彼女がどの様にナイフを避けたかなど知る(よし)もないが、今の彼女の立ち位置を見るに、そうと捉える他、説明のしようがなかった。

 

「今のは、私が止めていなかったら危なかったですよ? それとも、あなた程の御人が部下を見殺しですか?」

 

「御心配なく、私ならあそこからでもそれを止められるわ。 それに、あなたが避けなければ良かっただけの話よ」

 

そう言って廊下の先の方からこちらへ歩いて向かって来るのは、左手にモップ、右手にナイフを握り締めた咲夜だった。

 

「そうですか? 私には止めようとしている様には全く感じませんでしたけどね。 まぁ、これはこれで良い記事のネタになりそうですが。 『発覚! 紅魔館のメイド乱心⁉ 日々のストレスを刃と共に部下のK氏へ』みたいな?」

 

「良い加減その減らない口をどうにかしてくれないかしら? それとも、私がどうにかしてあげましょうか?」

 

「あややや…どうやら矛先はK氏からA記者に向けられてしまったようですね…。 これはマズイ予感がビビビッと伝わってまいりました」

 

「さて、お掃除の続きといきましょうか? 大きな大きな、不法侵入者と言う名のゴミの清掃を」

 

咲夜はモップを置くと左股のホルスターからナイフをもう一本取り出してこちらに向かってきた。

 

「おっと、これはマズイ。 では、私はこれで失礼しますね。 あっ、これ差し上げます」

 

「え…⁉」

 

ナイフを俺に渡した少女は背中から鳥の羽の様なものを生やして颯爽(さっそう)と廊下を飛んで行った。

 

「待ちなさい!」

 

咲夜も時間を止めて追いつこうとするが、停止を解いた瞬間にヒョイっとナイフを(かわ)されては距離を離され、また追いついては避けられて距離を離されを繰り返しながら、二人して廊下の奥の方へと姿を消して行った。

 

しばらく世界が止まったり動いたりを繰り返したが、それが収まったのはそれから数分後のことだった。

 

その間俺は、俺を助けてくれた少女から受け取ったナイフをしばらく見つめて感謝の念に浸っていた。

 

「そう言えば、俺本気で殺されかけてたよな…」

 

しばらく咲夜に近づくのは勘弁願いたいところだ…

 

やはり昨日、生意気な態度をとったことが悪かったのだろうか…?

 

できる限り早く謝っておきたいが、なんと言えば許してもらえるのか検討すらつかない。

 

「そう言えば、結局名前…聞きそびれちまったな…」

 

考えることを放棄し、俺はさっきの少女のことを思い返していた。

 

あれは確実に人間ではない。

 

しかし、悪い人ではなさそうだった。(まぁ、人じゃないんだろうけど…)

 

「今度会ったら礼を言っておかないとな」

 

俺は一言そう呟き、胸にしまっていた布でナイフを包み、ズボンのポケットに入れて次の持ち場へと移動を開始した。

 

しかし、そこでまた背後から俺を呼び止める声がする。

 

「あの、すみません」

 

「はい?」

 

振り向くと、そこには白の長袖シャツに黒のロングスカートを履いた紅毛の女性が立っていた。

 

どこか見覚えのある服装に一瞬身体が後ずさる。

 

「どうかなさいました?」

 

「いえ…なんでもありません。 それより、自分に何か御用ですか?」

 

「ああ、そうでした。 私、主人から、あっ主人というのはレミリアお嬢様ではなくて、私のご主人様のことなんですけど。 その方から貴方に言伝を頼まれまして」

 

「言伝ですか? 自分に?」

 

「はい。 言伝と言うよりは指示ですけどね。 紅魔館で新しく雇われた新人さんを図書館へ連れて来いと」

 

「えっと…その方は何故自分を?」

 

「一度顔合わせしておきたいとか。 まぁ、そんな感じだと思うんですけど…。 実際、何の為なのかは聞かされていないので、はっきりとお答えはできませんが…それほど大した用事ではないと思いますよ」

 

少し申し訳なさそうな顔で彼女はそう言った。

 

「そうですか…分かりました。では、案内をお願いできますか?」

 

「はい、そこまでが私の仕事ですからね。 では、早速行きましょうか」

 

「はい、お願いします」

 

返事をすると、二人は移動を開始した。

 

途中掃除道具を片付ける為に寄り道をしたが、其の間ずっと俺はあることが気になっていた。

 

しかし、そのあることは実に本人には聞き辛いことで、モヤモヤとしながら長く続く廊下を歩き続けていた。

 

「そう言えば、自己紹介がまだでしたね。 私は『小悪魔』。 ご主人『パチュリー・ノーレッジ』様の使い魔にして、この紅魔館の大図書館で司書を務めています。 パチュリー様からは愛称で『こあ』と呼ばれていますが、御好きに呼んで頂いて構いませんよ」

 

「はい、分かりました。 ああ、自分は『御社 奏』と申します。 まぁ、昨日雇われたと言うことは既にご存知のようですね。 今後とも宜しくお願いします」

 

歩きながら簡単な挨拶を済ませたが、まだ俺のモヤモヤは解消されていない。

 

「あの…先輩。 良いですか?」

 

「……先輩?」

 

勇気を振り絞って、あることについて訊ねようとしたが、小悪魔は何故が不思議そうな顔をして俺にそう訊き返した。

 

「先輩って、私のことですか?」

 

「え? ええ、まぁ。 役職的に直接の関わりはありませんから、上司というわけでもありませんし。 二人とも共通して主人がいるという点は同じなので、この場合先輩と呼ぶのが妥当かと思ったのですが……。 いけませんか?」

 

因みにこの理屈で言えば美鈴も先輩と呼ぶのが妥当なのだろうが、何故かあの人を先輩と呼ぶのは自分の中で何とも言えない抵抗があったので『美鈴さん』と呼ぶことにしていた。

 

「いえ、ダメと言うわけではありません……。 ただ、『先輩』と呼ばれるのには、少し慣れていないもので」

 

恥ずかしそうに(うつむ)きながら、小悪魔は少し考えた末にニコッと笑顔でこちらに振り向いた。

 

「そうですね。 では、御言葉に甘えて、ここは『先輩』と呼んでもらうことにしましょう」

 

「はい。 では、これから色々と宜しくお願いしますね。 先輩」

 

「いえいえ、こちらこそです。 そう言えば、何か私に訊ねようとしていましたよね?」

 

「ああ……いえ…その…やっぱり、何でもありません」

 

彼女の頭の左右に突き刺さっているのか、着けているのか、生えているのか、分からないコウモリの羽のような物をじっと見つめながら、俺はそう答えた。

 

結局、彼女の頭にあるその異物について、俺はあまり考えない様にしようと決意を固める。

 

俺の見立てでは彼女はこの紅魔館で唯一の常識人の可能性が高い。

 

この振る舞いに丁寧な対応、ぶっ飛んだ特殊能力を見せつけて来るわけでもなく、俺の常識の範疇を全く飛び出していない。

 

頭のあれは確かに不自然ではあるが、他の人達の奇行と比べれば、まだまだ常識人として全然セーフと言えるレベルだ。

 

こんな所で余計なことを言って、もし気に障りでもしたら、この人も敵味方構わずナイフ投げて来るあの上司みたいになりかねないかもしれない。

 

この人には是非とも俺の常識の女神様でいてもおうと心に決めた。

 

「どうかしましたか?」

 

「いえ、何でもありません! さぁさぁ、先を急ぐとしましょう」

 

これ以上ここで立ち止まっていると我慢できなくなって訊いてしまいそうだったので、そんなしがらみを打ち払うべく、(わざ)と廊下に響くような大きな声で話を断ち切り、早く目的を果たす様に()き立てた。

 

「そうですか…。 そうですね、これ以上パチュリー様をお待たせするわけにもいきませんし。 では、参りましょうか」

 

「はい」

 

そう返事をすると二人は地下へと続く階段を目指して再び歩き始めた。

 

「ふふ、私が先輩かぁ」

 

「何か言いました?」

 

「いえ、何でもありませんよ」

 

どこか浮かれた足取りの小悪魔について行くと、廊下の左手に薄暗い地下へと続く階段を発見した。

 

「この階段を降りて行くと図書館です。 地下は少し薄暗いので、しっかりとついて来て下さいね。 あと無闇な行動はしないで下さい。 もし中で迷ったりしたら…まぁ、色々と大変な目に遭うかもしれないので…」

 

「大変? 中が迷路みたいに入り組んでいて出られなくなるとか…?」

 

「まぁ、それもなくはないかもしれませんが…。 もし図書館と間違えて妹様の部屋に入ったりしたら…」

 

小悪魔の顔から笑みが消え去り、真剣な眼差しで地下へと続く階段の先を見つめている。

 

「先輩?」

 

「ああ、すみません。 少し考え事を…。 ………では、しっかり着いて来て下さいね」

 

「……はい」

 

首筋に冷や汗が流れ、何かを恐れているような小悪魔に少なからず不安を抱きながら、言われた通りに俺は目の前の先導を見失わないように階段を降り始めた。

 

(まぁ、考え過ぎか…。 最近は妹様の精神も安定しているようですし…)

 

小悪魔が心の中で呟いたその言葉が耳に届くことはなく、二人はただ黙って薄暗い階段を降りて行った。

 

階段を降りた後、狭く、暗く、紅い通路を無言のままに進んでいく。

 

中は幾つかの通路に枝分かれており、もし一人だけでここに来ていたら確実に迷っていたことだろう。

 

しばらく歩き続けると小悪魔が一枚の扉の前で歩みを止めた。

 

その大きな両開き扉は如何(いか)にも洋館らしいデザインが施され、それだけでかなりの威圧感を感じさせていた。

 

しかし、小悪魔は顔色一つ変えることなく取っ手部分に手を掛けて静かに扉を開く。

 

ギギギという不気味な音と共に左右に開かれる古めかしい扉。

 

小悪魔は振り返ると、手で『どうぞ』というそぶりを見せ、扉の向こう側へと歩みを進めた。

 

俺もそれに続いて中に一歩足を踏み出す。

 

すると、そこには驚くべき光景が広がっていた。

 

この館にきて色々な物を目の当たりにし、正直もう早々驚くことはないだろうと高を(くく)っていたが、この扉の先にあったそれには館の真髄(しんずい)とも言うべき最高峰の衝撃を受けた。

 

小悪魔に連れられて入った扉の先にあった部屋は宣告されていた通り図書館だった。

 

しかし、ここはもう既に図書館などと言う簡単な言葉で片付けて良いような場所ではなかった。

 

辺り一面に立ち並ぶ、自分の身の丈を優に超える大きさの本棚。

 

地下から入ってきたと言うのに、天井は地上よりも遥かに高い場所にあり、その小さな天窓から僅かな光が降り注いでいた。

 

館自体が殆ど二階建ての造りになっているのにも拘らずこの部屋だけで多くのフロアが存在しており、その全てに立ち並ぶ本、本、本!

 

数えきれないほどの本の巣窟(そうくつ)に一瞬立ち眩みを起こし、船酔いと同じような症状に陥る。

 

本に酔いしれる経験をしたことがある者は多いかもしれないが、本に酔うという経験をした者はなかなかいないだろう。

 

全国全ての図書館を探してもこの図書館の比になる大きさの図書館は何処(どこ)にも存在しないと自信を持って言っても過言ではない。

 

しかし、ここで一つ(まぁ、この図書館に対する疑問は一つどころでは済まないが…)大きな疑問が浮上する

 

この図書館全体をこの場所から見渡しただけでも、ここの広さは外から見た時の館全体の大きさに匹敵するほどの広さを有している。

 

では、この図書館は一体どこに建っていると言うのだろうか?

 

「………」

 

歩き続けながら思考を巡らせるが、その答えが導き出されること決してなかった。

 

翌々考えればこの館は部屋の数と外観の大きさが明らかにおかしい。

 

普通、端まで辿り着くのに引くぐらい時間を要するあの長過ぎる廊下や、何のためにあるのか分からないあの空き部屋の数々がこの館に全て収まり切る筈がない。

 

これはまた何か得体のしれない異能の力が働いているに違いないと思いつつ俺は目線を前方へと戻した。

 

「………あれ?」

 

しかし、そこに小悪魔の姿は何処にも見当たらなかった。

 

暫く余計な思考を巡らせているうちに見失ってしまったようだ。

 

「嘘だろ……?」

 

こんな広い場所で迷子とは…我ながら何たる不覚。

 

数日前にも幼馴染を見失って、一人で山中を迷う羽目にあったというのに…流石にもう勘弁願いたい。

 

だが今日に限っては全く心配の必要はないだろう。

 

幸いなことにここはかなり広い。

 

大声で呼べばきっと直ぐに見つけてもらえる筈だ。

 

「ふふふ、不幸の神よ。 どうやら今回ばかりは俺の勝ちの様だな。 さてと」

 

一人不気味に含み笑いをしながら八百万の内の一人に勝ち誇った態度で、俺は肺にありったけの酸素を溜め込み、それを声に変えて大きく吐き出した。

 

「せ!ーー」

 

だが、大声で『先輩』と叫ぼうとしたその時、俺の横に大きく貼り出された赤い警告の文字が目に入った。

 

『図書館では御静かに』

 

「…………」

 

常識の枯渇したこの世界では、この当たり前の言葉が異様に心に染み込んでいくのが感じられた。

 

結局、俺はこの常識に満ち溢れた言葉に渾身の叫びを阻止されてしまった。

 

「ははは…神よ…今回ばかりはお前に勝ちを譲ってやる…。 常識万歳だよ…この野郎……」

 

仕方なく俺は歩いて小悪魔の捜索を開始することにした。

 

「皆も図書館では静かにしような」

 

はて、誰に向けて言っているのやら…?

 

しかし、これだけ広くてはどうしたって見つけ様がない。

 

周りはいつの間にか背の高い本棚で囲まれてしまい、辺りを見渡して探すこともできなさそうだ。

 

「こんなことなら手でも繋いでおくべきだったか…?」

 

『子供か!』とツッコミを入れたくなるような独り言に自ら呆れながらも、それも一つの手としては悪くなかったと全否定できない自分がいて複雑な心境になる中、本棚を見渡していると、ある一つの本が目に止まった。

 

その本は綺麗な真紅色の箱に収納されていて、背表紙にはイタリック体で『Vampire』という文字が金色のインクで記されていた。

 

その文字を見ると同時に頭の中で、あのレミリアという少女の姿が浮かんでくる。

 

自らを夜の王、吸血鬼と名乗り、背中に蝙蝠の翼を生やした少女。

 

今だに彼女が吸血鬼だという実感が全くわかない。

 

まぁ、その見た目が一番物を言っているのだろうけど。

 

しかし、今更彼女を人間だと思うのもおかしな話だ。

 

ここまで、まだ二日しか経っていないというのに真面(まとも)な人間には一人として出会っていない。

 

一番の常識的な性格の持ち主であるあの小悪魔でさえも自らを使い魔と呼んだ。

 

だとしたらあのレミリアという名の主様も、本当に吸血鬼というモノなのだろう。

 

何しろ、こんな常識離れした住人達のご主人様を務めているくらいだ、それくらいでなければ釣り合わない。

 

「とすると…本当に居たな……朝方の妖怪…」

 

あの時、大法螺(おおぼら)を吹いたつもりだったが、まさか本当に存在していたとは…

 

その前にレミリアは吸血鬼だという割に、なぜ昼間から活動しているのだろう?

 

吸血鬼という者は夜に人を襲う怪物だと思ったが、俺の知識が間違っていたのだろうか?

 

東洋の妖怪についてなら、そこそこ教え込まれた知識があるので何となく理解している奴が多いが、西洋のモンスターとなると全くの専門外だ。

 

「………」

 

俺は小悪魔の捜索を続けなければいけないと思いつつも、自然と手がその本へと吸い寄せられていた。

 

「……まっ、ちょっとだけならいいか」

 

本を棚から引き出し、箱から本を取り出そうとする。

 

しかし、手袋が滑ってなかなか開けることができなかった。

 

「ああ、くそっ…」

 

少しイライラしながらも手袋を外し、行儀良く胸のポケットに仕舞うと、すんなり本を箱から取り出すことに成功した。

 

「ん…? あれ…今なんか……」

 

本に素手で触れた瞬間、一瞬だけ手に何か変な違和感を感じた。

 

けれど、本には大して何の変化も見られない。

 

「まぁ、いいか」

 

気にしていても仕方ないと思い、俺は考えることを止めて手元の本へと目を落とした。

 

箱から取り出してもその本は鮮やかな真紅色で、表紙には大きく『Vampire』の文字が記されているだけで、やけにシンプルだった。

 

「主のことを知るのも立派な執事の仕事だよな、うん」

 

(しばら)く本を見つめてそう呟くと、俺はゆっくりとその本の表紙を開いた。

 

しかし、その刹那。

 

「日符「ロイヤルフレア」!」

 

唐突に発せられた声に対して一番始めに思ったことは『図書館で大きな声を出すなよ』というものだった。

 

「ん?」

 

身体の左半身から感じる熱。

 

こんな、熱など全く似付かわしくないような場所で発生したそれを不審(ふしん)に思い、俺は落としていた目線を本から離して熱源を確認しようと目を向けた。

 

たが、その時。

 

『ゴォォォ!』という音と共に、手元に持っていた筈の本が、物凄い勢いで飛んできた何かによって吹き飛ばされた。

 

「熱っ!」

 

肌に感じる高熱。

 

紙の焼ける匂い。

 

火傷をしなかったのは幸運だったとしか言いようがないだろう。

 

しかし、そんなことに安心している暇はなかった。

 

「な⁉」

 

顔を上げて見ると、無数の炎の塊がこちらに物凄い勢いで飛んで来るのが確認できた。

 

それを見た瞬間、脳で考えるよりも先に、反射的に身体が動いていた。

 

身体を(かが)め、本棚から遠ざかるようにして反対側へと飛び込む。

 

炎の塊は執事服を(かす)めるようにして空中を飛んで行き、百数メートル飛行した所でその全てが床や壁に被弾して爆発する。

 

静寂に満ちた図書館に『ドーン!』という音が鳴り響き、被弾した辺り一面を炎が襲った。

 

だが不思議なことに、その炎は爆発の後、何一つとして燃やすことなく消滅した。

 

まるで火の塊自体が自ら燃え尽きたように消え失せていく。

 

そんな不思議な炎を唖然として眺めていると、背後から唐突に声が掛けられた。

 

「ネズミが入り込んだのかと思えば、普通の不審者? こんな所にただの人間が、よく入り込めたものね」

 

振り返ると、そこには全身真っ白の、寝巻きの様な服装の少女が分厚い本を片手にこちらへ向かって歩いて来ていた。

 

「さて、あなたが今ここにいる理由を教えてもらえないかしら、場合によっては多少のことには目を(つぶ)ってあげるわ」

 

目の前の少女は本を開いて魔方陣のような物を空中に出現させ、顔色一つ変えることなくそう言った。

 

「いっ…いや…。 自分は勝手に入り込んだわけではなく、ここの人に呼ばれてですね…」

 

無言の威圧感に押されながら、俺はそう答えた。

 

「ちょっ、パチュリー様! 何してるんですか⁉︎」

 

「こら、静かにしなさい。 今、話の途中なのだから。 それより新人は連れて来てくれたのかしら」

 

パチュリーは爆発音を聞きつけて慌てて飛んで来た小悪魔にそう訊ねた。

 

「物凄い音がして何かと思って来てみれば…本当に容赦ありませんね…。 相手は生身の人間なんですよ、いくらスペルカードとは言っても、パチュリー様の魔法を食らったらひとたまりもありませんって…。 それくらいちゃんと考えて下さいよ」

 

「私をあまり見くびるんじゃないわよ。 魔理沙とは違うんだから、火力の調整くらいちゃんとしてるに決まっているでしょ。 それより、頼んでおいた新人はどうしたの? 早く連れて来なさい」

 

小悪魔は呆れはてたような目でパチュリーを見つめると、無言で人差し指を立てて指し示した。

 

「…………」

 

パチュリーはその指の先を見るなり、静かに魔方陣の展開を止めて本を閉じた。

 

「はぁ…そういうことは早く言いなさい」

 

「いや…パチュリー様が早とちりしただけじゃないですか…」

 

「ごほっごほっ…。 全く無駄な力を使ってしまったわ…」

 

「『全く』はこっちの台詞ですよ…。 奏さん、大丈夫でしたか? 何処かお怪我はありませんか?」

 

小悪魔は床に座り込む俺に手を差し伸べてくれた。

 

「ありがとうございます。 はい…一応無事です。 すみません、御心配お掛けしまして…」

 

俺は小悪魔に手を引いてもらって立ち上がる。

 

「いえいえ、こちらこそ主人が御迷惑をお掛けして…本当に申し訳ありません…。 ほら、パチュリー様もちゃんと謝って下さいよ」

 

小悪魔の優しさに心が()え、俺の目には彼女が本物の天使の様に見えた。

 

悪魔が天使なんて…皮肉なもんだけどな

 

「何よ、あなた達随分親しいわね。 まぁ、別にいいけど 」

 

「パチュリー様」

 

小悪魔は少しだけ怒った態度でパチュリーに謝罪を求めた。

 

「ああ、はいはい分かったわ。 さっきはごめんなさい。 でも、はっきり物を言わないあなたも悪いのよ」

 

「すみません、奏さん。 この人、あまり素直じゃない方でして…でも、悪い人ではありませんよ。 少々、人との付き合いが方上手ではな…痛った!」

 

小悪魔が最後まで言い終わる前にパチュリーが、持っていた本の背表紙で小悪魔の頭を『ゴンッ』と叩いた。

 

「こあ〜。 私をからかうのはそんなに楽しいかしら?」

 

「ぼっ…暴力はんた〜い…」

 

小悪魔は俺の背中に隠れる様にして片腕を弱々しく挙げながら反対運動を開始した。

 

「ああ…もう…扱い辛い使い魔ね…。 ねぇ、そこの新米執事さん、これの代わりにここで働いてみる気はない?」

 

「えっ? 自分ですか? いや、それは…レミリア様に御訊きしない限りは何とも…御答えのしようが…」

 

「ええ⁉ まさかの解雇宣告ですか?」

 

「一々うるさいわね…。 冗談よ…レミィがそんなの許すわけないでしょ。 その執事が今の一番のお気に入りようだし」

 

小悪魔が俺の後ろで胸を撫で下ろして安堵の息をつく。

 

「そう言えば、自己紹介がまだだったわね。 私は『パチュリー•ノーレッジ』普段はこの図書館で魔法についての研究をしているわ。 貴方のご主人様とは古くからの友人よ。 まぁ、我儘(わがまま)で困り者の親友だけど、レミィのこと宜しく頼むわね」

 

「あなたがパチュリー様でしたか。 自分は『御社 奏』です。 こちらこそ御世話になっている身分ですから。 今後とも宜しくお願い致します」

 

互いに丁寧な挨拶を済ますと、後ろから突然に声が掛けられた。

 

「パチュリー様、先程の爆発は一体?」

 

そこには、咲夜が立っていた。

 

「あら、いたのね咲夜。 いえ、別に何でもないわ。 大した損害物も出てはいないし、気にする必要はないわよ」

 

「……そうですか、それはそうと、少し奏をお借りしても宜しいでしょうか?」

 

「借りて行くって、何か急ぎの用事でも?」

 

「はい、お嬢様が奏をお呼びで、早急に連れて来るようにと」

 

「ああ、レミィか…。 まぁ、別に構わないわよ。 彼は私の物ではないし、今日はただ顔を見ておきたかっただけだから。 好きにしなさい」

 

「はい、ありがとうございます」

 

二人の間で勝手に話が進行して行く。

 

「ほら、行くわよ。 早くしなさい」

 

「え、ああ…はい! では、自分はこれで失礼します。 ああ、先輩。 色々とありがとうございました」

 

「いえいえ、お互い様ですから気にしないで下さい」

 

「御気遣いどうも、では」

 

咲夜の登場という唐突の出来事に置いてけぼりを食らったが、本当の意味で置いてけぼりにされないように、俺は即座に挨拶を済ませて咲夜の後に着いて行った。

 

 

「あーあ、行ってしまいましたね、パチュリー様」

 

「…………」

 

「顔見せだけって言ってましたけど、本当は色々と用があったのでは?」

 

「…………」

 

「えっと…パチュリー様? どうかなさいました?」

 

黙って立ち尽くすパチュリーを不審に思い、小悪魔はパチュリーに訊ねた。

 

「………こあ、貴女の足元にあるそれ、何だと思う?」

 

「え? これですか? ん〜…本みたいですけど…かなり焼け焦げてますね…」

 

「それ、よく見せてくれないかしら?」

 

「良いですけど、手が汚れてしまいますよ?」

 

「手なんて後で洗えば済むでしょ、それより早く見せなさい」

 

小悪魔はパチュリーに言われたとおり、落ちていた黒焦げでボロボロになっている本を拾って手渡した。

 

「………やっぱり」

 

「あの、パチュリー様? その本、結構価値のあるものなんですか?」

 

「いえ、本自体は大した物ではないわ。 でも、これはかなり不可解ね…」

 

「不可解と申しますと…?」

 

「分からない?」

 

「ええまぁ、私にはパチュリー様のお考えはさっぱり…」

 

「そう、なら自力で考えなさい。 私はまた暫く部屋に篭るから」

 

「え…」

 

「ああ、それとそこら中に散らばったこの本の灰もしっかり片付けておきなさい」

 

「ええー…。 これ、燃やしたのパチュリー様ですよね…?」

 

「良いから早く取り掛かりなさい、元はと言えばあの新人を一人にしたのは貴女の責任でしょ」

 

「うっ…。 はい…分かりました…。 頑張ります…。」

 

「じゃあ、宜しく」

 

そう言うと小悪魔はせっせと掃除を開始した。

 

その姿を確認する間もなく、パチュリーは焼け焦げた本を片手に自室へと戻って行った。

 

部屋に戻ったパチュリーは、ただじっくりとその本を見つめて考察していた。

 

「やっぱり、私の魔法障壁が破られてる…」

 

館内の本は全て私のかけた防火防水防刃防弾の魔法障壁で守られている筈だ。

 

この魔法障壁は大妖怪が全力攻撃でもしない限り、ちょっとやそっとでは傷一つ付けることもできない。

 

元々、本自体が弾幕に巻き込まれるのを回避するためにかけた魔法なので、それが私の弾幕によって焼き焦げることなど普通に考えてあり得ない。

 

この魔法の効力が私の意思とは関係なく自然に切れることは先ずない。

 

だとすると…考えられることは……

 

「『御社 奏』……。 ふふふ…レミィったら…思った以上に厄介そうな仕事を押し付けてくれたものね……。 でも……少し興味が湧いてきたわ」

 

机の上の資料に新たに何か書き足していくパチュリー。

 

彼女の魔女としての血が、また新たな知を求め更にその意欲を掻き立てて行く。




奏:「今回から始まりました。 次回予告ですよメイド長」

咲夜:「本編第三部からって…また中途半端に始まったわね…」

奏:「そこはあまりツッコミを入れないであげてください…」

咲夜:「で、結局何をするのか聞かされていないのだけれど」

奏:「まぁ、ネタバレしない程度に次の話について語れと」

咲夜:「そう、なら早く終わらせるわよ。 まだまだ仕事が溜まっているんだから」

奏:「はい了解です。 では次回は」

咲夜:「私達二人が冥界へ行きます、幽霊っぽい娘と亡霊が出ます。 以上」

奏:「短か⁉ しかも、その割には結構ネタバレしてますしそれ…!」

幽々子:「呼んだ?」

奏:「わぁーー‼ 何勝手に出てきてくれてんですかー!」

妖夢:「幽々子様いけませんよ、こう言うのは段取りと言うのが大切なんですから。 ほら、行きますよ」

奏:「そう言う貴女も勝手に出てきてるじゃないですか…」

幽々子:「段取りも何も、見ている限りは何も決まっていない見切り発車感が満載だけれどね」

妖夢:「兎に角、あまり長くお邪魔するわけにはいきませんから、帰りますよ幽々子様」

幽々子:「そうね、じゃあ帰りに甘いものでも食べて帰りましょう」

妖夢:「ダメです。 これから御夕食の準備があるんですから、寄り道している時間はありません」

幽々子:「ケチね〜…」

奏:「メイド長…こんな感じで良かったんですかね…?」

咲夜:「まぁ、良くはないでしょうね。 でも、予告なんてあってもなくてもいいくらいだから別に問題ないわよ。 ほら、それより早く終わらせて、私達も帰って仕事に取り掛かかるわよ」

奏:「はっ…はい…。 次回の次回予告ではゲストの方がしっかりやってくれる人であることを祈ります。 個人的には美鈴さんか先輩あたりに来てもらいたいところですね…。 それでは、後編もお楽しみに」
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