東方労働記 〜 Beautiful Labor Days   作:水仙寺 桔梗

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約45日ぶりの更新です……
自分自身で話の内容忘れるくらいに休んでしまいました……
これからはもっとマジメに更新していきます

では、本編をどうぞ


第八話 後編

レミリアは芳醇なワインの香りに酔いしれながら星空を(あお)いだ。

 

「たまにはこう言う静かな宴も悪くないわね」

 

境内の中心では誰も彼もが騒がしく、ゆっくりと酒を堪能するどころではない。

 

しかし、レミリアが陣取ったこの場所ならば宴の喧騒から外れ、心に余裕を持ちながら至福のひと時を過ごすことができた。

 

「でも残念……月があんなに欠けてちゃ、酒の肴にもならないじゃない」

 

空には細い筆でなぞったような一筋の黄色い曲線が浮かんでいた。

 

それは、薄過ぎて見失なってしまいそうなほどに存在感がなく、月見酒には向かないコンディションだとレミリアは深く溜息をついた。

 

三十日(みそか)月を肴にお酒をというのも、なかなか乙なものだと思うけれど? なんなら、もう一度満月でも浮かべてあげましょうか?」

 

冗談とも本気とも取れる口調で永琳はレミリアに声をかける。

 

「あんな偽物で私が満足するとでも? あなた達が作った月で飲むくらいならあの月で飲んだ方が何倍もマシよ」

 

消えかけの月を仰ぎ見ながらレミリアは言った。

 

「そんなことより、手筈通りに働いてくれたみたいね。 礼を言うわ」

 

「いえ、いいのよこれくらい。 こちらとしても、あなたに貸しを作っておくのは(やぶさ)かではないもの。 それに、お酒が安全に飲める薬だって嘘ついて渡したら簡単に飲ませてくれたし、楽な仕事だったわ」

 

「そう……まあ、この借りはいつか返してあげるわ。 いつか、ね」

 

「もし忘れてしまっても大丈夫よ。 こちらからちゃんと請求しに伺うから」

 

チッと小さく舌を打つレミリアに永琳は悪戯な笑みを浮かべて続ける。

 

「それにしても、部下に薬を()ってくれだなんて、また随分物騒な依頼をして来たものね。 彼、そんなにマズイことしちゃったのかしら?」

 

「別にそんなんじゃないのよ。 言うことは聞くし、よく働くし、今のところ良くやっているわ」

 

「あら、ならなぜ?」

 

「ちょっと試してみたいことがあったのよ。 薬を飲ませることでそれはもう確認されたわ。 ご苦労様」

 

労いの言葉をかけながらレミリアはグラスを傾け、底に残ったワインを口元へと運んだ。

 

「そう、まあ冷やかしでも、そうでなくても貸しは貸し。 借りたものをちゃんと返してくれるのであれば、こちらとしては何も言うことはないわ」

 

「はいはい、言われなくても約束くらいちゃんと守るわ」

 

更に深く釘を刺されたレミリアは不機嫌そうに肩を竦めて話す。

 

やはり月と関わりのある連中は、いけ好かない。

 

全てパチェが使い物にならないのが悪いのだとレミリアは斜めだった機嫌を更に傾けていた。

 

「そうだ。 こちらからも一ついい?」

 

「ええ、どうぞ」

 

「奏に飲ませた(アレ)は、いったいなんなの?」

 

レミリアは境内の中心へと目を向ける。

 

その視線の先には一人の少女を遠巻きに見つめる奏の姿があった。

 

腕を組んで柱にもたれかかる奏は腹を空かせた獣のように息を潜めて少女(獲物)の隙を伺っていた。

 

金髪ショートに金色の瞳。全体的に黒を主体とした服装の少女は白縁の返しのついたとんがり帽子を被っており、その頂点には赤い三日月型の飾りがついている。

 

少女はそんな奇抜な格好でバイオリンを演奏していた。

 

彼女の名は「ルナサ • プリズムリバー」

 

姉妹で結成しているプリズムリバー楽団のリーダーであり、三姉妹の長女として責任感がとても強く、常に音楽と真剣に向き合う真面目な少女。

 

喧々たる宴の中でも彼女の奏でるバイオリンの音色は一際(ひときわ)優雅で美しく響きわたり、聴く者の心を陶酔(とうすい)させる。

 

しかし、それだけ曲に集中するがあまり演奏中のルナサは実に無防備だった。

 

それを好機と悟ったのか、奏は口元にニヤリと笑みを浮かべると柱からその身を起こし、ルナサの背後へゆっくり忍び寄った。

 

着崩された執事服に掻き上げられた髪、普段の生真面目な青年の面影はもやはどこにも見当たらない。

 

奏はルナサの肩から覆いかぶさるように腕を回すと、細く繊細な彼女の指先に自らの指をそっと重ねた。

 

「…………」

 

自分の執事がとった一連の行動にレミリアは凍りつき、言葉も出ない。

 

肩を優しく抱くようにしているその姿は(はた)から見れば、とても仲睦まじいカップルのようにも見えなくはないーーが、もちろん奏にそんな幸せを共有する相手などいるはずもなく、

 

「きゃあぁぁぁぁ!」

 

絹を裂くような悲鳴が盛大に木霊した。

 

「あらあら、若いっていいわね〜。 や〜るぅ〜!」

 

道端でイチャつくカップルを目にした近所のおばちゃんのような口調で永琳は言った。流石、数億単位で生きてる人は言葉の重みが違う。

 

「若いって……貴女からすれば人類皆、赤ん坊みたいなもんでしょ。 そんなことより、なによあれは? また芸もなく媚薬を使ったのね」

 

奏の変態的な症状からレミリアは永琳の使った薬を媚薬だと決めつける。

 

「人を年中媚薬作ってる危ない人みたいに言わないでくださる? 別に媚薬は私の十八番(おはこ)じゃないし、個人的に情熱注いでるわけでもないんだから、そんな風に思われるのは侵害だわ」

 

永琳はプイッと可愛くそっぽを向いた。

 

やけにテンションが高いのはバカにされているのだと認知して良いのだろうか。

 

レミリアはツッコミどころ満載のセリフをあえてスルーすることで永琳に対抗した。

 

「媚薬じゃないならいったい奏は何を飲んでああなったのよ?」

 

永琳はつまらなさそうに眉をひそめると小さくため息をついてから口を開く。

 

「彼に飲ませたのは、覚醒剤(・・・)よ」

 

「覚醒……剤?」

 

「あら、驚かないのね?」

 

「初めて聞いた薬の名前にどう驚けって言うのよ?」

 

「それもそうね……幻想郷でこの冗談が通じるわけがなかったわ」

 

「……いい加減に嘘をやめて説明しなさい! 私はくだらないジョークが嫌いなの!」

 

「あら、別に嘘ばかり言ってるわけじゃないのよ? 覚醒剤とは人を快楽に堕とし、放心させ、服用者の身を(むしば)む薬のことを言うのだけどーー

 

永琳が薬の説明を始めると、唐突にバリンッというガラスの割れる音が辺りに響いた。

 

「身を蝕むって……確かに私はどんな薬でも構わないとは言ったけれど、そんな危険物を飲ませて良いとは一言も言ってないわよ?」

 

レミリアの手に紅い血が滲む。握りしめた掌を開くと粉々になったワイングラスの破片がキラキラと光りを反射しながら夜の闇へと散らばっていった。

 

「あらあら、そんなに彼が大事なのね」

 

「…………」

 

「そんな怖い顔しないで。 大丈夫よ、私が彼に与えたのはそれとは異なる意味の覚醒剤(もの)だから」

 

怒りを露わにするレミリアを前に永琳は冷静さを保ったまま淡々とした口調で話す。

 

「彼が飲んだのは、普段人間が理性によって心の奥底に縛り付けている人格を呼び覚ます薬。 つまり()を解き()ち、裏の自分を覚醒させる。 そういう薬よ」

 

「裏の人格の覚醒……?」

 

「ええ、本来はうちの姫の引きこもり脱却を願って、やる気に満ち溢れたニュータイプの姫を覚醒させようと作った薬だったのだけど。 まだデータが足りなくて、うちのてゐやうどんげ以外に被験者になってくれる人を探してたのよ」

 

「それで、奏を実験台にしたわけ……?」

 

「そんなに心配しなくても大丈夫よ。 同じ薬を飲んだ兎どもはピンピンしてるし、一応(・・)安全ということは検証済みだから。 わざわざ覚醒剤という危険な言葉を使ったのは、それを聞いた貴女の反応が見たかっただけなのよ。 まあ、言葉自体聞いたことがなかったみたいだからあまり意味はなかったけれど、良い反応は見せてもらったわ」

 

うふふっと永琳は上品に笑って見せた。

 

「そう……裏の人格なんてものが本当に存在するのかは疑問だけど、あなたの言うことならあながち間違いでもないのかしら?」

 

薬の詳細を聞いて安心したのか、レミリアは落ち着きはらった態度を取り戻していた。

 

手の傷は既に跡形もなく再生し、ついた血をナフキンで念入りにふき取っている。

 

「あら、誰しも自分の認知していない人格の一つや二つ持っていてもおかしくはないでしょ? 酔っ払った時の自分がどんな性格で何をしているのか貴女にはハッキリ分かるのかしら?」

 

「酔っている時の自分を人格の一つに加えるのはどうかと思うけれど?」

 

「例えばの話よ、自分の認識の及ばない自己という風に考えれば一番わかりやすいでしょ? 人は無意識の内に必要のない感情を理性という鎖で心の内に縛り付けて生活している。 だから、貴女にも居るかも知れないわよ、心の奥底で眠っている自分の知らないもう一つの人格が」

 

永琳が楽しそうに微笑みかけるとレミリアはくだらないとでも言いたげにあざ笑うような視線を返した。

 

「じゃあ、あれが奏の裏の姿だって言うの?」

 

「ん〜そうね、薬で少し暴走してるとはいえ、元から凄く真面目そうだったから、結構溜まってたんじゃないのかしら?」

 

「溜まってたって、なにが?」

 

「それは、まあ色々よ」

 

「ふ〜ん。 それより、あれ直ぐ元に戻るんでしょうね? うちにはただでさえ、どうしようもない変態が一人いるんだから、これ以上変なのを増やされるのはごめんよ」

 

「…………」

 

永琳は露骨に目をそらした。

 

「なによ、その沈黙は……まさか?」

 

「ええっと……まあ、元には戻るのだけれど、直ぐに戻るかと聞かれれば、なんとも返答し難いのよね」

 

「はぁっ⁈ でも、先に実験台になった兎はピンピンしてるって言ってたじゃないの? 」

 

「ええ、ピンピンはしてるわ。 してはいるのだけど……同時期に服用した2人のうち、てゐだけが今だ元に戻らないのよ」

 

頬に手を当てながら、どうしましょと他人事のように笑う永琳。

 

そんな仕草がレミリアの堪忍袋を徐々に刺激していった。

 

「うどんげの方は薬を飲んだ途端、急に仕事を放棄したり暴れたりしたから物理的に気絶させて一晩放置したら元に戻ったんだけど。 てゐの方は働き者で純粋な、とっても可愛い良い子ちゃんになっちゃって、戻す理由もないからそのままにしておいたら、もう十日もずっとそのまま……。 元に戻ったうどんげも、たまに表の私がとか裏の私がとか一人で呟いて二重人格患者っぽくなっちゃっているし……安全ではあるんだけど色々と欠陥が残るとこが否めないのよね、あの薬」

 

その時、我慢を積み重ねて擦り減り続けたレミリアの堪忍袋の緒がプツっと音を立ててブチ切れた。

 

椅子から飛び上がると、両羽をパタつかせて永琳の大きく膨らんだ胸倉を強く引き上げる。

 

「さっきから妙にテンション高いと思ったらそれが理由か! 自分のやらかしたことを少しでも軽く見せようとしてんじゃないわよ! なに人の従者にしょうもないもの飲ませてくれてるの!」

 

「あら、貴女が薬なら何でも良いって言ったんじゃない?」

 

「身体に異常をきたすだけの物を薬とは呼ばないでしょ! もっと真面(まとも)な物を作りなさいよ、この腐れマッドが‼︎」

 

「まあ、失礼ね。 人が丹精込めて作った薬を毒みたいに」

 

「貴女の薬なんて十中八九毒みたいなものじゃない! ああっ、そうだ解毒剤は? それくらい貴女なら簡単に作れるものね。 あるんでしょ解毒剤。 早く出しなさい!」

 

取り乱したレミリアの痛快な姿を前に永琳は悦楽に浸っていた。

 

この上ないほど清々しい満面の笑みを浮かべ、ためていた一言をサラッと口から滑らす。

 

「ない」

 

「はぁっ⁈ なんで?」

 

「ない、と言うか、作れないのよ。 作り方は分かるけれど、それを作るための材料がそろっていないから」

 

「毒と解毒剤くらいセットで作っておきなさいよ! それが正しい悪役の姿でしょ!」

 

「あら、里で奇跡の美神女医と(うた)われたこの私を悪役呼ばわりだなんて……あなた今、私に救われた沢山の人間を敵に回したわよ」

 

あの薬は誰よりも先に永琳(こいつ)が飲むべきだなとレミリアは思った。

 

「もぉ〜なんでこうなるのよ! 私はただ、貴女の作った薬が奏に効くのかどうかが知りたかっただけなに!」

 

「あら、そうだったの? なら初めから彼が体調悪い時にでもお客として来てくれれば、普通の風邪薬程度で手をうったのに。 ああ、お詫びに私が彼を隅から隅まで研究してあげましょうか?」

 

「誰が貴女なんかに頼むものか! 今回は全部パチェの計画だから仕方なかっただけよ! ああ、くそう! なんでどいつもこいつも全然私の思い通りに動いてくれないのよぉ!」

 

レミリアは永琳の胸倉を勢いよく振り離すと、う〜う〜と(うめ)きながら頭を抱えてもがき始めた。

 

その姿は駄々をこねる子供のように可愛らしく、大人びた女性の目の前というシチュがその愛らしさを更に引き立てる。

 

その時、その鳴き声を聞きつけて、天から二人の少女が舞い降りて来た。

 

「いかがなされました⁈ お嬢様!」

 

「師匠〜! こんなところにいたんですか!」

 

二人は地上に足を着けると、大人気《おとなげ》ないそれぞれの上司に声をかける。

 

「うぅ〜咲夜〜! 帰って来るのが遅いじゃない‼︎ 何をもたもたしてたのよ、私をこんなのと一人にしないで!」

 

「申し訳ありません……妹様を連れ戻す際、容赦無く抵抗されまして、予想に反して時間がかかってしまいました……」

 

咲夜の後に続いて空から美鈴が戻ってくる。

 

その背中でフランはすやすやと寝息を立てて眠っていた。

 

「そんなことより、いかがなされましたお嬢様? そのように頭を抱えられて、どこかお怪我でも?」

 

レミリアは今まで永琳に蓄積させられた不満を全て咲夜へぶつけた。

 

バカにされた態度を取られたこと、依頼した薬のこと、かくかくしかじかでは表し切れないそれら全てのストレスを全部吐き出し、レミリアは疲れきった顔でテーブルに突っ伏した。

 

「それはお疲れ様でしたね。 私がいながら御苦労をおかけして申し訳ありません……」

 

レミリアは咲夜に頭を優しく撫でられながら徐々に自制心を回復していった。

 

撫でる方も撫でられる方も顔を緩ませ、互いに幸せを共有し合う微笑ましい和みの光景。

 

しかし、若干撫でているほうが嬉しそうだ。

 

「ああ……師匠、またあの薬使ったんですね……。 どうするんですか? もうこれで被害者3人目ですよ。 てゐもまだ治ってないのに、いったい何がしたいんです?」

 

レミリアの猛抗議を耳にした鈴仙が、もういい加減にしろよと呆れた態度で師に問いかける。

 

「うどんげ、これには姫の将来と私達の平穏な暮らしがかかっているのよ。 だから、少しの犠牲くらい目をつむって見過ごしなさい」

 

少しの犠牲者扱いを受けた鈴仙。

 

赤く染まった狂気のジト目が永琳を捉えて離さない。

 

「そう言えば、なぜ貴女がここにいるの? 姫を一人にして来ちゃダメじゃない」

 

「ああ、そうでした。 実は姫から伝言を頼まれまして、今直ぐ永遠亭に帰って来るようにと」

 

「あらそう、じゃあ用も済んだことだし、そろそろ帰りましょうか。 行くわよ、うどんげぇっ⁈」

 

永琳が石段の方へと足を向けたその時、机に突っ伏したままのレミリアが永琳のまとめられた長い髪をぐいっと引っ張って止めた。

 

「待てい!厄介ごと押し付けてトンズラなんて許さないわよ」

 

「なによ? もう私の仕事は終わりましたでしょう?」

 

「私もできることなら、貴女には今直ぐ“帰れ!” って言いたいけど、帰るならアレを何とかしてからにしなさい!」

 

レミリアは参道付近で呆然と立ち尽くす奏を指して叫んだ。

 

「彼なら気絶させれば元に戻るわよ……多分。 それで戻らなかったらまた連絡して後日診断ってことで、ごめんなさいね」

 

永琳がそう言い終えた時、レミリアの手に銀の結髪は握られていなかった。それどころか、まるで神隠しにでもあったかように永琳と鈴仙の二人はレミリアの前から忽然と姿を消してしまった。

 

「……チッ、兎風情(ふぜい)が……」

 

狂気の瞳にしてやられたと気付いた頃には既に遅く、レミリアは二人の残り香だけが漂う虚空を固く握りしめる。

 

「全く、あのマッドめぇ……もし戻らなかったらただじゃおかないんだから! ……咲夜! いつまでも撫でてないで、さっさと奏を気絶させて来て。 今日はもう帰る!」

 

「はっ……⁉︎ あぁ……はい、(かしこ)まりました」

 

咲夜は、正気に戻ると渋々手を引っ込めて緩んだ顔を引き締め、肩を落としながら奏を迎えに行った。

 

「えぇ⁉︎ もう帰っちゃうんですか? まだ私、一口も飲んだり食べたりしてないんですよ⁉︎」

 

美鈴はまるで腹を空かせた子犬のように瞳をうるうるさせながら物を乞う。

 

「うるさいわね……静かにしないとフランが起きちゃうでしょ。 料理なら帰って咲夜に作らせるから、後で好きなだけ飲み食いすればいいじゃない」

 

「ええ⁉︎ 本当ですか? 咲夜さんの手料理食べ放題ですか⁉︎ ヤッター!」

 

「あぁ、もう! 黙れ‼︎」

 

 

 

 

お開きムードが漂うこちら側とは対照的に、参道で佇む青年は全くこの場を退くつもりなどはなかった。

 

「まったく……幻想郷(ここ)の女の子はちょっと活きが良すぎるな……だがそれも良い」

 

奏は不敵な笑みを浮かべながら紅潮してヒリヒリと痛む頬を優しく摩っていた。

 

「しかし、声もかけさせてもらえないんじゃ誘うことすらできやしない。 次はもう少し慎重に行くべきか」

 

抱きつく、叫ばれる、平手炸裂。レミリア達の見ていないところで起こった悲劇の結末に奏は全く動じることなく、次の狩りに向けての算段を立てていた。

 

「うわっ⁉︎」

 

奏が策を練っていると、突然に一人の少女が、背後からぶつかって尻餅をついた。

 

奏は直ぐに振り返って、その少女の姿ーー主に容姿を確認する。

 

「イタタ……ちょっとそこのお兄さん! こんなところで、ぼーっと立ってたら通行の邪魔だよ!」

 

美しく澄んだ緑色の髪と瞳、スマートな肢体に、あどけなさが残る顔立ち、活気に溢れる子供らしい声色、そのショートヘアーの中にちょこんと生えた触覚を除けば彼女が人外のモノだとは誰も思うまい。

 

少女の名は「リグル•ナイトバグ」

 

燕尾状に別れた黒マントを羽のように(なび)かせ、大群の蟲を操り率いる昆虫の女王。

 

しかし、今の奏にぶつかった彼女は、まさに飛んで火に入る夏の虫。燃え盛る色欲の炎が、リグルに襲いかかろうとしていた。

 

「おい……何だ、その格好は?」

 

「へ? ああ、これのこと?」

 

少女は頭の上の触覚をちょんっと触る。ピョンと跳ねるように動いたそれは、アホ毛のようなチャームポイントとは言い難く、紛れもない昆虫の触覚だった。

 

「ああ、もしかしてお兄さん外から来た人? だから、私みたいな妖怪を見るのは珍しいんだね」

 

「いや違う、俺が言っているのはそういうことじゃない。 それに君が妖怪だなんてことは触覚(それ)を見なくてもなんとなく分かる」

 

「え? じゃあ何がっ⁉︎」

 

奏は地面に座り込んだままのリグルに目線を合わせると両腕でその小さな肩をガッチリ固定した。

 

「…………気に入らないな」

 

リグルの身体を上から下まで舐め回すようにじっくりと観察した奏はため息をつき、小声で一言呟いた。

 

「いっ、いきなりなに、を⁈」

 

吐息が交わるほど近づき合う2人の顔。

 

強引に掴まれたリグルの肩が小刻みに震え始める。

 

薄っすらと瞳に涙を(にじ)ませたリグルに奏は常人が素面では決して口にできないような言葉を躊躇なく口に出す。

 

「せっかくこんなにカワイイのに、何だその服装は? もったいない。 あと、口調にももう少し気を配った方がいいな、せっかくの綺麗な声が台無しだ」

 

「……え?」

 

白い半袖ブラウスに紺色のキュロットパンツを履いていたリグルはその外見から男の子に見間違われてもおかしくない容姿をしている。

 

だが、性に敏感になっている今の奏はリグルの身体、顔、毛質、香りから彼女を女の子だと断定。

 

リグルが身にまとっている物が本来の彼女の良さを全く引き出せていないと考えた結果、サラッと口が大きな爆弾を投下してしまった。

 

「ええっ‼︎ かっ可愛い⁈ わわっ、私……が⁈ かっ、かか⁉︎ 可愛い、って……」

 

てっきりぶつかったことを怒られるとばかり思い込んでいたリグルは拍子抜けした顔を真っ赤に染めて慌てだした。

 

「ははは、ああ、カワイイよすごくカワイイ。 なんなら、もっと可愛くなるように俺が上から下まで君の全てをコーディネートしてあげようか?」

 

奏が低めの甘い声でリグルを誘い出したその時、背後から奏の脳天を目掛けて(かかと)が振り下ろされた。

 

「求愛行動はそれくらいにしておきなさい、この変態ごみ虫」

 

冷やかなその声の主はレミリアの(めい)で奏を迎えに来た咲夜だった。

 

咲夜は罵倒を浴びせながら、凍りついた視線で奏を睨んで見下している。

 

「おや……誰が襲ってきたのかと思ったら、メイド長でしたか。 これは納得です」

 

間一髪、殺気を感じ取り素手で踵を受け止めた奏。

 

咲夜の足を頭上から手放してゆっくりと立ち上がると凍てつくような視線に対して暖かな微笑みで向かい合った。

 

「ははは……人の恋路を邪魔するなんて、メイド長も野暮な御人ですね。 それとも、ヤキモチですか?」

 

「いいえ〜誰が色気付いたクソ虫なんかにそんな感情を抱くもんですか。 虫同士お似合いのカップルじゃない? なんなら仲人でも引き受けましょうか?」

 

「あっ……あの〜……」

 

冷暖渦巻く二人の会話の中に一匹の虫がそろりと加わってきた。

 

「ああ? なによ? さっさと巣に帰りなさい、虫ケラ!」

 

「ひっ⁉︎ ひぃぃぃ〜!」

 

鋭い眼光で睨みつけられたリグルはそそくさとその場を退散。

 

チルノやルーミア達の居るライブステージの方へと飛んで行った。

 

「はっはっは、どうやら今日のメイド長は虫の居所が悪いようですね。 なんちゃって」

 

首筋に飛んできた手刀を奏は腕で受け止める。

 

「上手いことを言ったつもり? 全然面白くないわね」

 

「おっと……このジョークはメイド長のお気に召しませんでしたか?」

 

「いい加減にしないと怒るわよ。 本気(マジ)で」

 

「ははは、そんなにカッカしないでくださいよ。 ちょっと気を紛らわそうとしただけじゃないですか。 そんなことよりメイド長、何なんですかこの手は?」

 

咲夜の手刀にはめられた純白の絹手袋を見て奏は訊ねた。

 

「メイド長はとても綺麗な手をお持ちなのですから、こんな物で隠したりせず、もっと出して行きましょうよ」

 

「あなたに素手で触りたくないからに決まってるじゃない。 せっかくの美しい手が汚れちゃう」

 

本当は素手で奏に触れると、紅魔館が大変なことになって、また無駄な作業に追われることになるため着用していた手袋なのだが、咲夜はわざと人が傷つくような言い回しで奏の問いに答えた。

 

「それより、あなたこそ何なの? その(みだ)らな髪型に乱雑な着こなしは? 身嗜みはいつも整えておくようにって一番初めに教えたわよね? ああ! もしかして、脳内メモリーの許容量が少な過ぎて大事ことが全て消去されてしまったのかしら? あら、かわいそう」

 

「メイド長はご存じないのかもしれませんが外の世界の酒の席ではこれが正装なのですよ。 堅苦しい態度を取っ払うことで、相手に余計な気を使わせないという、ね」

 

「外の世界の常識には疎い方だけどそれが嘘だということくらい私にもわかるわ」

 

「ははは、やっぱりバレちゃいましたか。 お堅いですねメイド長は、そんな風に気を張って隙を伺っていては疲れますよ? もっと肩の力を抜いて気楽にされては如何ですか?」

 

咲夜は奏の発言に驚かされた。

 

他愛のない会話の最中、隙あらば気絶させてやろうとあれこれ感づかれぬようにしていたのに、それを奏にあっさりと見破られてしまっていた。

 

「あなたこそ気を抜きすぎなんじゃない? お嬢様の命令を放棄してこんなところで油を売って、お陰で私と美鈴が妹様をお連れするハメになったんだから少しは反省してもらいたいものね」

 

「それは申し訳ありませんでした。 しかし、お言葉ですが、メイド長はこの自分に空を飛べと仰るのですか? 妹様が魔理沙を追って遠くへ飛んで行ってしまった以上、もう自分にできることはないと判断したのですが」

 

「…………」

 

どれだけ会話を続けても奏はいつものように退こうとはせず、何度も言い返してきた。

 

それだけの自信が今の奏には満ちているのだろうと咲夜は思う。

 

二発の打撃をあっさりと受け止められ、己が不利な会話の中でも全く物怖(ものおじ)じせず、決して隙を見せようとはしない。

 

このまま長期戦になればレミリアの機嫌が更に悪化し、お叱りを受けてしまうだろう。

 

だからと言って無闇に襲いかかれば直に触れられてしまう可能性も考えられる。

 

最も効率的かつ迅速に事を終わらせる方法を咲夜は考えた。

 

「…………そうね、少し言い過ぎたわ。 ごめんなさい」

 

「いえいえそんな、自分の方こそメイド長にご迷惑をおかけしましてっ……⁈」

 

奏が謝罪し終える直前、咲夜は奏の胸に倒れこむように寄りかかった。

 

「本当にごめんなさい……私、最近ちょっと疲れていて、誰かに甘えたかったのかもしれない。 だから、ついあなたに八つ当たりな態度をとってしまったの……」

 

咲夜はさっきの威圧的な態度とは一変、まさかのお色気作戦に売って出た。

 

素肌が晒されている腕を奏の胸に自然と押し当てて寄り添うことで(じか)に触れられるのをガード。

 

後は両手に気を配りつつ自慢の持て余す身体(ボティ)を存分に使って奏を(おとしい)れるのみ。

 

「……今夜は随分積極的なんですね、メイド長。 自分でよろしければ、好きなだけ甘えてもらっても構いませんよ」

 

溢れ出る性欲を抑えることを知らない今の奏にとって、この作戦は効果覿(てき)面。

 

両手を咲夜の腰に優しく回すと艶かしい視線を向けて小声で囁いた。

 

「もぉ〜……メイド長なんて呼ばないで……咲夜って、呼んで」

 

咲夜はもう一押しと、甘くとろけるような猫なで声で奏に卑怯なお願いをする。

 

我ながら何をやっているのかと自分に落胆しつつも咲夜はお嬢様の為と頑張り続けた。

 

「……ふっ、咲夜」

 

「……奏」

 

宴会会場のド真ん中だと言うのに、まるで恋人同士のような雰囲気を醸し出す二人。

 

興味津々で遠くから見つめる者、気まずくなって目を背ける者や初めから気にも止めない者など反応は人、妖怪、様々。

 

だが、咲夜はもう吹っ切れたとばかりに作戦を佳境(かきょう)へと進めていく。

 

「ねえ、奏……。 その……目、瞑って」

 

いい雰囲気になった男女だけが辿り着ける境地、恋のラストスペルを咲夜は唱えた。

 

「ん……? ははは、まったく、今日の咲夜は甘えん坊だな」

 

「いいから、ねえ?」

 

「ふふふ、しょうがないな」

 

美少女のこの言葉に屈しない男はいない。

 

それは薬を飲んで劣情を(たぎ)らせている奏も例外ではなく、奏は静かに目を瞑ると、なにかを悟ったように受け入れの大勢に入った。

 

まさか、ここまでうまくいくとはと咲夜は内心で思う。

 

その呆れが冷静さを生み、殺気を上手く隠しながら奏の肩に両手を固定した。

 

「ありがとう、奏」

 

男って本当に馬鹿な生き物だと思いながら、咲夜はガラ空きの鳩尾(みぞおち)に容赦無く膝をめり込ませた。

 

「……っ⁉︎ かはぁっ‼︎」

 

予想だにしない突然の衝撃で肺に溜まった空気を一気に押し出され、もがき苦しみながら地に(ひざまず)く奏。

 

「咲夜……何を?」

 

(おぼろ)げな意識で、奏はか細い声を絞り出して目の前の非情なメイド長に問いかけた。

 

「ふんっ、気安く呼ぶんじゃないわよ下衆。 呼ぶんならせめて、いつものあなたに戻ってからにしなさいよ、ねっ‼︎」

 

空高く振り上げられた踵が掛け声とともに振り下ろされ、脳天に直撃。

 

避けることも防ぐことも叶わず、追撃を真面に食らった奏の意識は再び心の奥の闇へと沈んで行った。

 

「ふぅ、終わった終わった。 さてと、お嬢様に報告しませんと……」

 

咲夜は倒れ伏す奏の襟を掴んで引きずりながら、レミリアの元へと運んで行く。

 

本物の下衆はあんただろ……と、その場にいた誰もがそう思い、冷徹なメイドと不憫(ふびん)な執事の噂は後日、瞬く間に幻想郷中を駆け巡った。

 

こうして、長い一夜の狂宴は呆気なく幕を閉じ、また新たな労働の日々が始まろうとしていた。




パチュリー&小悪魔:「次回予告コーナー!」

小悪魔:「と言うことで、今回のコーナーは私たち‘‘紅魔館インテリコンビ”が担当ですよ! パチュリー様!」

パチュリー:「‘‘宴会お留守番組”とも言うけれどね。 と言うか、あなたがインテリジェンスを語って良いの?」

小悪魔:「良いんです! それを証拠に、今回はいつもと違う画期的な予告システムを考えて来ましたから」

パチュリー:「へぇ〜……久しぶりの登場でハイテンションなのはいいけど、空回りしないかがすごく心配ね」

小悪魔:「大丈夫ですよ、今回は予告の内容をザッとまとめて来た台本があるんですから! ささ、コレの通りにお願いしますねパチュリー様」

パチュリー:「台本って……そんな物を本番でいきなり渡されても……」

小悪魔:「では、参りましょう! 3! 2! 1!」

パチュリー:「えっ、ちょっと待って⁉︎」

小悪魔:「スタート!」


少女予告中☯


パチュリー&小悪魔:「さぁて、次回の労働記は?」

小悪魔:「大変ですパチュリー様! レミリアお嬢様が幼女化してしまいました‼︎」

パチュリー:「えっ⁉︎ ……ええっと……」

小悪魔:「パチュリー様、そこです。 その『パ』って印ついてるところ」

パチュリー:「あっ……! さっ、サービスサービス!」

小悪魔:「館全体を使っての鬼ごっこ⁉︎ 敗者にはきつ〜い罰ゲームですって⁉︎」

パチュリー:「オッス! オラむきゅ〜! ワクワクすっぞぉ〜!」

小悪魔:「スペカ、能力、弾幕ごっこ、何でもありのバトルロワイアルにハラハラドキドキ‼︎」

パチュリー:「執事は生き残ることができるか……?」

小悪魔:「次回『幼気(いたいけ)な新月⁉︎ 恐怖のリアル鬼ごっこ!』前編」

パチュリー:「知識王に私はなる!」

小悪魔:「次回もまた見てくださいね〜! うふふふふふふ」


少女予告完☯


小悪魔:「完璧ですね!」

パチュリー:「そうね……完璧に色々ぐっちゃぐちゃね……」

小悪魔:「ええ⁈ どこがおかしいと言うんですか?」

パチュリー:「あげればキリがないけど……例えば最後の台詞とか、いきなり何言ってるの私? 何宣言? クイズ王決定戦じゃないんだから……」

小悪魔:「えっ⁈ ご存じないんですかパチュリー様? 予告を小さくまとめるには決めゼリフなどを付けると、綺麗に締まって印象にも残りやすいんですよ」

パチュリー:「小さくまとまっても全体的に大きくズレてちゃ意味ないでしょ……主にオリジナリティと言う点で……」

小悪魔:「もぉ〜せっかく15秒程度にまとめて来たのにパチュリー様が尺を延ばしてちゃ意味ないじゃないですか」

パチュリー「私のせいだって言うの……? あなた……病み上がりで頭おかしくなってない? それともまだ酔ってるの?」

小悪魔:「はい、酔ってます!」

パチュリー:「よかった、素面(しらふ)みたいね」

小悪魔:「ちょっと、渾身のボケをスルーしないでくださいよ……」

パチュリー:「いつまでもボケたこと言ってないで、いつも通りに締めてさっさと終わるわよ」

小悪魔:「うわぁ……急に素に戻りましたね」

パチュリー:「いつまでもあなたの遊びには付き合っていられないもの。 これでも私は忙しいんだから」

小悪魔:「あ、はい……すみません。では、気を取り直して。 次回は紅魔館の皆さん、全員が頑張ります!」

パチュリー:「私は知的に労働回避を……」

小悪魔:「パチュリー様、そんな不健康な思考ではダメですよ。 そろそろ身体を動かすことも覚えてください」

パチュリー:「はぁ……面倒くさいわね」

小悪魔:「もし頑張ってくだされば、その疲れきった身体を手取り足取りこの私が揉みほぐして差し上げますから」

パチュリー:「遠慮します」

小悪魔:「もう、連れないお方ですね……それでは!」

パチュリー&小悪魔:「次回もお楽しみに!」
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