東方労働記 〜 Beautiful Labor Days   作:水仙寺 桔梗

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今回も主人公とは別視点の話となります


プロローグ3.5 「青春」

 

「守る自信なんてない…か…」

 

変わらないと口では言っていたものの、やはり彼は変わってしまったのだろう。

 

「余り期待はしてなかったけど。あそこは…『守ってやる』って…言って欲しかったかな…」

 

私がまだ小さかった小学生の頃、彼は私のヒーローだった。

 

こんな髪と目の色で、入学当時はクラスの誰もが珍しがり、初めは皆、興味を持って私に話しかけてくれた。

 

しかし、あの頃の私は日本語を上手く理解することができず、言葉を介してのコミュニケーションは難しくて、会話の内容を理解したり友と呼べる人を作るのにはかなりの時間を必要とした。

 

多くの子に一斉に話し掛けられても、対応など仕切れる筈もなく、言葉を聞き続けるだけで、質問にすら答えられない。

 

そんな対応に呆れ果てていくクラスメイトは徐々に私の周りから離れ、根気強く仲良くなろうとしてくれた子だけが、私と共にいてくれた。

 

言葉も少しづつ覚え、日常的な会話も、そうしていれば話せるようになっていく。

 

このまま、クラスに溶け込み多くの友達が出来ることだろう。

 

友達百人などあっという間だ。

 

と、私は期待していた。

 

しかし。

 

それは長く続くことは無かった。

 

私はいつからか、化け物扱いを受け、気味がわられるようになっていた。

 

そこに見えない何かを確かにあると主張し、時にはその者と会話し、時にはその者に怯え、時には暴れ出すそれを自分の所為にされ。

 

確かにある筈なのに、誰も理解してくれない。

 

誰も、私を相手にしようとすらしなかった。

 

仲の良かった筈の友達すら、私を避けるようになり、嘘つきと(さげす)む者すら現れた。

 

私はそうして、自ら望んだわけでもない力に苦しめられた。

 

だからと言って、決して彼らを責めるつもりは今の私にはない。

 

誰にも見えない物をあるということが嘘吐き行為だというのは、筋の通った話だ。

 

そのため、あの頃の私の主張を、子供の戯言(たわごと)だと言われても仕方が無いということは理解している。

 

人は、噂話に惹かれる。

 

そして厄介なことに、その噂は性質(たち)の悪い場合が多い。

 

髪の色も、目の色も、話す言葉も違う化け物少女の噂は、クラス内、そして学校内に一気に広がりを見せ。

 

私と会話したがる者など誰一人としていなくなってしまった。

 

勿論、父や母にも相談し、教師に訴えもしたが、私の狂言を正当化するようなことはできる筈もなかった。

 

そして次第に、唯一信じられる存在であった両親も、心の深くで、私のことを疑う様になっていった。

 

学年が一つ上がろうとも、その噂が消えることは無い。

 

それとともに、私への(いじ)めも徐々にエスカレートし、生きる喜びも見出せず、私は笑顔の作り方すら、思い出せなくなってしまっていた。

 

しかし、学年が一つ上がり数日経ったある日のこと。

 

変わる筈のない私の絶望に満ちた運命は、崩壊を見せ始める。

 

そう、あの日。

 

私は、あの二人に出会ったのだ。

 

 

 

 

 

「嘘吐き!」

 

「バケモノ!」

 

ある、放課後の帰り道。

 

一人、公園で泣いていた私に対し三人の男子が私を数メートルの間隔で囲み、そう言いっていた。

 

「私…嘘なんて言ってない!」

 

ただ、黙って居ればそれで何もされずに済んだのかもしれない、それでも私は言葉にすることを止めようとはしなかった。

 

分かって欲しかったとは既に思ってはいなかった。

 

けれど、せめて自分は嘘吐きではないということを、あの頃の私は突き通したかったのだろう。

 

しかし、その主張は反感を煽ること以外の何物でもない。

 

「うるさいっ! 嘘つきは成敗だ!」

 

そう言うと、男の子達は私を大きな樹の下に追い詰め、少し距離を取り、辺りにある石を拾い上げて私に投げつけた。

 

「きゃあっ!」

 

しかし、小学生のコントロールでは流石に百発百中とはいかない。

 

身を竦めると、石は私へとは当たらず、後ろの樹に命中する。

 

「くっそ~外した…」

 

「はははっ、じゃあ次、僕がやる!」

 

無邪気な子供達は、これを虐めではなく単なる遊びとしか捉えてはいなかった。

 

私を悪の対象物として、彼等はそれを倒す正義の味方、この時の彼等はそんな風に自己を映し出していたのではないだろうか。

 

きっと、さぞ楽しかったことだろう。

 

「止めて、私…本当に嘘なんて…だから…」

 

決して自分は悪などではないのに、何故誰も私を認めようとしてくれ無いの?

 

私は、本当にここに居ちゃいけないの?

 

お父さんやお母さんも、優しくしてくれても、私を救ってはくれなかった…。

 

誰も…私を守ってはくれないの…?

 

私は…誰からも、必要とされていないの…?

 

もう、誰も私を人として接してはくれないの?

 

幼いながらに、私は絶望に浸っていた。

 

そして最後に、そこに追い打ちをかける様に石を手にした男の子が、石と共に私にこう言い放った。

 

「消えちゃえ! バケモノ!」

 

その言葉を耳にした後、もう私は全てを諦め、体は動く気配すら見せずにただそこにしゃがみ込み、無抵抗のまま石が命中するのを避けようとすらしなかった。

 

石は上手く軌道を掴み、私に一直線に飛んでくる、今度は完全に命中することを誰もが確信していた。

 

だが、その時。

 

全てを諦めていた私の前に、急に何かが立ち開るのを感じた。

 

「ガッ!」

 

石がぶつかる音が鈍く響く。

 

しかし、驚くベキことに私は全く痛みを感じなかった。

 

「痛ったぁ……!」

 

「…⁉︎」

 

その声に気付き顔をあげて見ると、私は更に驚愕した。

 

そこには私の代わりに、苦痛の声を上げる少年がいた。

 

「おい、お前そこどけよ!」

 

男の子達は邪魔されたことに腹を立て、私の前で頭を抑えて痛みに耐える少年に向かって遺憾の言葉を放つ。

 

「……女の子一人を…三人で虐めるのは…どうかと思う…」

 

痛みが治まらないのだろう、言葉も途切れ途切れに、その少年はそう返答した。

 

「うるさい! そいつはバケモノなんだ! だから、それを僕らが倒すんだ! 邪魔するな。それとも、お前も、そのバケモノの仲間なのか?」

 

男の子達の中心にいる子がそう叫び、問いかける。

 

「バケモノ…?」

 

私の前で痛みに耐えながらしゃがみ込んでいたその少年は『バケモノ』という言葉に反応し、すくっと立ち上がると、その場で振り返って私の顔を覗き込んできた。

 

「ひっ……」

 

引きつった声で涙を浮かべて怯えた私の顔をしばらく見つめた。

 

「………うん、違う」

 

「えっ……?」

 

その少年は何かを悟ったように微かに笑みを浮かべ、私の頭を優しく撫でた。

 

「おい! 何してんだよ、やっぱりお前もそのバケモノの仲間なんだな⁉︎」

 

その言葉を耳にした少年の腕が一瞬ピクっと反応するのを感じ、それと同時に少年は私の頭から手を離して立ち上がった。

 

「バケモノ…? ここには人しかいないみたいだけど?」

 

そう言う少年の顔からは先までの優しい笑みは失われ、何かを悲しみ、そして何処か呆れ果てているかのような形相へと変わっていた。

 

「バケモノなら、お前の目の前にいるだろ、いいからそこどけよ、じゃないとお前も一緒にやっつけてやるぞ!」

 

「目の前?」

 

少年は、そう言ってもう一度私の姿を確認するように見下ろした。

 

「ねぇケンちゃん。あの子、学校で見たことあるよ」

 

「思い出した。あの子、二組の奏っていう子だよ、ほらもう一人の嘘つきの」

 

「なんだ、やっぱり仲間だったんだな」

 

私は、その言葉を聞いて落胆した。

 

同じ学校ということは、既に私の噂も知っているのは当たり前。

 

特徴的な髪の色、目の色、バケモノと連呼される姿、それを見て、噂の中心人物が私であるというのは、きっと直ぐに理解される。

 

「ああ、この子が…」

 

少年のその言葉を聞き、私はまた、もう誰にも救われることはないのだろうと確信した。

 

「この子は、普通の女の子じゃないか」

 

「……⁉︎」

 

その言葉に、そこにいた全員が唖然とした。

 

「何…? だってそいつは…!」

 

「もう見間違ったりしない。この子からは何も感じないし、普通のヒトだよ。見た目や噂だけで判断するのは止めろよな。それと、本物の化け物も見たことが無いくせに、知ったような口をきくな」

 

少年のその言葉に、何か熱い物が込み上げてくるのを私は感じた。

 

他人は、誰も私を人だと思いはしなかった…嘘つきと罵られ、バケモノと呼ばれた少女を、彼は人として見てくれた。

 

止めることの出来ない熱い雫が頬を伝っていくのを感じながら、私は少年を見つめていた。

 

「うっ…うるさい!嘘つきはやっつけてやる、二人共やっちゃえ!」

 

「おおー!×2」

 

少年の発言に焦りを感じた様子の三人。

 

「危ない! 逃げて!」

 

私は、立ち続ける少年にそう言った。

 

私を人間扱いしてくれた彼が、私の代わりに傷つくなんて絶対に嫌だった。

 

しかし、彼は逃げようとはせず、私に言った。

 

「父さんと約束したんだよ、大切なものを守り通すって。僕の友達が君に会いたがってたし、バケモノって呼ばれてるのを黙って見てるのは…何か嫌だ。だから、僕が守ってやるよ」

 

まだ、日本語を全て理解していた訳ではないが、守ってやるという言葉が、私の傷ついた心には、受け止めきれない程に暖かく感じた。

 

その時の言葉は幾年経っても忘れることはない。

 

「いくぞー!」

 

男の子達はそれぞれ、手に持っていた石を振りかぶって構え、今にも投げつけようとしていた。

 

しかし。

 

「ぶはっ!」

 

どこからともなく放たれた水柱が、彼らを捉え投石を阻止した。

 

「やっほ~!奏、遅れてごめん!」

 

「遅いよ氷梶也。遅刻するなって言ったのは氷梶也だろ、時間守れよ!」

 

「いや~、これ見せてやろうと思って、持ってくるのに時間かかったんだよ。ごめん!」

 

突然現れたもう一人の少年は、体に不釣合なほどの大きな水鉄砲を得意げに担ぎながら、男の子たちに向かって放水していた。

 

「何だよその、でっかいの?」

 

「誕生日に買ってもらったんだよ、良いだろ~」

 

「あぁ゛⁉︎ 自慢か⁉︎」

 

「まぁ、いいだろ?役にたったんだし」

 

放たれている水の先では『がぼがぼ』と溺れている三人の姿が伺える、かなり苦しそうだ…。

 

「氷梶也、やりすぎ…」

 

「まだまだ出せるぞ?」

 

「もういいから、止めてやれよ…」

 

「……分かったよ…仕方ないな~…」

 

氷梶也という名の少年は残念そうに、水鉄砲の水圧を弱める。

 

「げほっげほっ…お前等…覚えてろよ…!」

 

「ケンちゃん…! あれ、学校一の暴れん坊の氷梶也だよ、ここにいたら危ないって」

 

「何⁉︎ 早く逃げろー!」

 

「ちょっと待ってよ、二人ともー!」

 

子供たちは、悪役の捨て台詞のようなものを残して、一目散に走り出した。

 

「氷梶也…暴れん坊って呼ばれてみたいだけど?」

 

「そんなの一々気にしてたらキリがないだろ? 呼ばせておけばいいんだよ。 それより、悪は逃げ去ったみたいだし、あれやろうぜ、あれ!」

 

「えっ…? 本当にやるの…あれ…。でも、まだ名前とか…」

 

「いいって、絶対カッコいいって、いくぞ奏!」

 

「はぁ…仕方ないなぁ…」

 

そう言うと、私を守ると言った少年は、全く乗り気ではない様子で、ノリノリの様子の氷梶也という少年の元へと走り寄り、二人で何か、打ち合わせのようなことをし始めた。

 

私は、御礼も言わせてもらえず、ただただそれを眺め続けていた。

 

すると、二人は話し終えたようで、私はその機会を狙って、勇気を振り絞り、声をかけた。

 

「あっ、あの…」

 

しかし、声をかけた瞬間、私は衝撃的な光景を目にすることとなった。

 

「幽霊!妖怪!奇々怪々!あらゆる幻想を守るため、幻想(ゆめ)の世界からやってきた!」

 

「荒ぶる悪は許さない! 怨霊、悪霊、悪妖、邪神、全てを鎮めるが我らが使命!」

 

「幻想を求める正義のヒーロー!」

 

妖神戦隊(ようじんせんたい) オカルティクス!×2」

 

静まり返った公園で、声高らかに宣言する二人。

 

昔流行った○○ライダーのように左右に不格好に挙げられた二人の腕がヴィクトリーの文字を作り出している。

 

「………」

 

ヒューと吹く春の暖かい筈の風が通りすぎていくのが、異様に寒く感じられた…。

 

「奏、そこはもうちょっと腕を高く挙げた方が良いって、そこは綺麗に合わせようぜ!」

 

「いや、氷梶也が挙げすぎなんだよ! Vを意識しすぎると、逆にカッコ悪く見えるって、もうちょっと下げろよ!」

 

何やら、言い争いを始めたらしい。

 

どうしていいか分からない私は…ただじっとそれを見続けるしかなかった…。

 

というより、彼らは既に私がここにいることを忘れているのではないだろうか、とすら思えてくる。

 

「なぁ、氷梶也…腕の上げ下げの前に、やっぱりこの名乗り、もう止めない…?」

 

「えー…。カッコ良いだろ? 戦隊ヒーローって奏も好きって言ってただろ。 どこが不満なんだよ?」

 

「まぁ、ヒーローは好きだから、ポーズキメるのは良いんだけど…何?『オカルティクス』って…?」

 

「えっ⁉︎ 奏、オカルトって知らないの? 妖怪とか、UMAとか、超常•怪奇現象とか、そういうのを総称したもののことだよ。オカルティクスはそれをモジって名づけてみたんだ」

 

「いや、その言葉は聞いたことあるけど…そんなセンスもカッコも語呂も悪い戦隊ヒーロー聞いたことないよ…?」

 

「うっそ⁉︎ カッコ良いだろこれ⁉︎ 昨日寝るまでずっと考えてたんだぞ!」

 

「大体これ、レッドとかブルーとか、呼ぶときどうやって呼ぶんだよ?」

 

「オカレッド、オカブルー?」

 

「何だよ! オカレッドって、カッコ悪さが滲み出てんだよ!」

 

「なっ⁉︎ そんなこと言うなよ! レッドは奏に譲ってやったんだからさー」

 

「いつから俺はレッドになったんだよ…?」

 

「仕方ないだろ、俺お化けとかまだ見たことないし…。 兎に角、奏がレッドな」

 

「こんなカッコの悪いヒーローのリーダーは断固拒否する!」

 

「何だとー⁉︎ もう一回言ってみろ!」

 

「ちょっ、水鉄砲をこっちに向けるなって!危ないだろ!」

 

私は、この一部始終を木陰でじっと見ていて切にこう思った。

 

何…⁉︎ このバカ達……?

 

「おらっ!」

 

「ぶはっ、冷た!やったな、この!」

 

「ぶはっ、手で(さえぎ)るのは止めろってこっちにまで跳んでくるだろ!」

 

「なら、向こうに向けろっての!」

 

その時、奏は無理やり自分から水を遠ざけようと、水鉄砲を持つ氷梶也の腕ごと掴み、銃口の方向を別の角度へと押しやった。

 

「へっ⁉︎」

 

「あっ…!」

 

何が起きたかなど既に言葉にするまでもない、この気の抜けた声と二人の言動で察していただけたことだろう。

 

そう、変えた方向が運悪く、私のいた木陰の方へと向いてしまっただけの話し。

 

「………」

 

さっきのヒーローごっこの時とは、違う種類の沈黙が公園内を包み込んだ。

 

「あ~あ…やっちゃな…奏…」

 

「えっ⁉︎ 俺が悪いの⁉︎ 元はといえば、氷梶也が俺に水をかけるから―」

 

「ほら、早く謝って来いよ」

 

「おい、聞けよ!」

 

しばらく、ずぶ濡れのまま待たされた挙句、奏という、確実に被害者であろう方が私の方へと、歩み寄ってきた。

 

「あの~…ごめんなさい。 だから…その…許して下さい…」

 

「………」

 

「……何か言ってくれないと困るんだけど…」

 

「………」

 

「あの…」

 

「ふふ…ははははっ」

 

私に向かって素直に謝って来た彼の姿を見ていたら、これまでのギャップに何故だか急に笑いがこみ上げて来てしまった。

 

「…なぁ、氷梶也。 何で俺笑われてんのかな…?」

 

「さあ?その濡れてペッタンコになった髪が可笑しいんじゃないの?」

 

「いやっ、だって…ははは…あなた…ふふ…さっきまで、私を守るって…はは…言ってたのに…そんな風に…ふははは…くっ苦し…」

 

ここまでお腹を抱えて笑い転げたのは、恐らく人生で初だった。

 

笑っている途中で、私は何故こんなに笑っているのだろうとも思ったが、そんなことがどうでもいいとすら思えた。

 

これまで、笑い方すら忘れていた私にとって、今のこの時間は恐らく、幸せと感じられる数少ない時間なのだろう。

 

こんな風に笑えることを、私は諦め果てた心の奥底で、ずっと願っていたのかもしれない。

 

そうでなければ、こんな初対面の男の子達の前で大笑いし続けるなんて恥ずかしいことをいつまでも続けていられる筈がない。

 

「ははははっ」

 

「ねぇ…そろそろ、笑うのを止めてもらえると嬉しいんだけど」

 

「いや、ふふふ…止めたくても…ははは…止まらないから…」

 

「じゃあ…どうすれば止められるかな? 何でもするから、早く笑い止んでよ…じゃないと、笑われてるこっちが恥ずかしいから…」

 

「はは…けほっ…ふふふ…ごほっごほっ…えっ…な、何でも…してくれるの?」

 

「うん」

 

驚くことに、何でもしてくれると聞いた瞬間、私の笑いは少しづつ治まり、徐々に冷静さを取り戻していった。

 

「本当に…本当に…何でもしてくれる…の?」

 

「まぁ、出来ることなら…」

 

「………」

 

私は、呼吸を整え、その言葉の重大性をよく思考した。

 

そして、今私が一番求めているものを言葉にしようと、心の内に仕舞い込んだ願いを、叶えたかった想いを口にしようと、勇気を振り絞る。

 

「本当に、何でも…してくれるのね…?」

 

「ああ」

 

「なら……私を…私を……」

 

「私を…?」

 

これまで、口にできなかった想いを、小さな胸の奥で誰にも伝えられなかったそれを、私はついに、彼に告げた。

 

「私をっ…!イエローにして下さい!」

 

 

 

ああー…バカだったな…あの頃の私…。

 

 

 

 

 

 

あれが私の色んな意味での黒歴史…それでも、あの不格好な小さな二人のヒーローが私を救ってくれたことには代わりはなかった。

 

「はぁ~…全く、あの馬鹿どもは…まぁ、あの二人が馬鹿だったからこそ今の私があるのかな…」

 

あのまま、誰からも認められず、孤独の中で生きていたら、きっと今の私は…。

 

「守ってもらえたって言うのは、あながち間違いじゃないんだよね…でも…」

 

成長して戻ってきた奏は、確かに大人になったのだと思う。

 

けれど、今の奏を見ていると異様に切なく感じてしまう。

 

「絶対に戻って来てくれるとは言ってたけど…それでもちょっとだけ…」

 

もう、あの頃のようには戻れない。

 

分かりきったことだけど、私は…どこか、彼に守ってもらうことを、まだ望んでいたのかもしれない。

 

「ああーもうっ!」

 

なんか、少しだけ腹が立ってきた。

 

こんな風に感慨にふけるなど私らしくない。

 

「そうよっ! いつまでも甘えてなんかられないわ! 今度は私が奏を支えてあげる番じゃない!」

 

昔から、あれには世話をやかされたが、よく考えれば支えてあげられたことなど一度もなかった。

 

「今からでも遅くないわ! この約十年間、何のために彼氏いない歴年齢を貫き通してきたと思ってるのよ! 私!」

 

中学、高校は荒んだ青春時代だった…。

 

それもこれも全て…私が…あのデリカシーの欠片もないバカのことを…。

 

「………」

 

止めよう…なんだか恥ずかしくなってきた…。

 

「でも…全然カッコ悪くは、なかったわよ…ね? 昔と変わらず、能天気なとこはあったけど、身長も結構伸びてたし、声も低くなって、体も逞しくなってたし…。 まぁ、私の発言に戸惑ってる姿は何にも変わらかったけど…。ああ、そういえば、一緒に旅行行くんだっけ」

 

勢いとはいえ、冷静になって考えれば、何とも大胆なことをしたものだと思う…。

 

「……べっ、別に一緒に泊まるなんて子供の頃はよくやってたことだし、氷梶也もいるんだから、決して何かこう…何かあることを狙ってるとかそういうわけじゃなくて…! ただ久しぶりに会えたから、もっと一緒に居たかっただけというか…」

 

私はいったい、誰に向かって弁解しているのだろうか…?

 

「アドレス交換したのだって、打ち合わせをスムーズに終わらせるためで…」

 

徐にポケットから携帯を取り出して開く。

 

「……そういえば、奏とアドレス…交換したんだよね」

 

マズイ…何か、用もないのに、非常にメールを送りたくなってきてしまった。

 

考えてみれば、携帯を持つのは早かったけど、奏とメールをしたことは勿論今まで一度もない。

 

「………旅行を楽しみにしているって言うだけなら…別に送っても、おかしくはないわよね…?」

 

それを言い終わる前には既に自分の指は勝手に、携帯のタッチパネルを叩いていた。

 

「ええっと…」

 

『奏と旅行なんて行くのは初めてだよね? どこに行くのかは知らないけど、御当地の美味しい物めぐりとか、そういう観光もしてみたいな。 それと、妖怪探索とか言ってたけど、私のことは心配しなくてもいいから。 昔から奏と一緒にいたら、何故かそういうのは余り寄り付いて来なかったし。 だから、奏の傍にいられれば平気みたいだから、安心して。 旅行楽しみにしてるよ)

 

「……ダメだ…」

 

よく考えずに文章を打っていたら『傍にいられれば平気とか』…何を打っちゃてるんだろう…私は…。

 

「兎に角、もう一度書き直して…」

 

「やぁ、華恋ちゃん」

 

「キャッ⁉︎」

 

びっくりした~、誰よこんな時に急に声かけてくるのは…あれ?

 

そう言えば今ピッ、て音がしたような…。

 

恐る恐る、手元の携帯へと目を下ろしてみた。

 

「あっ…」

 

「どうしたの? 華恋ちゃん?」

 

「いっ、いえ…別に何でもありません…もぅ…脅かさないで下さいよ、樹希さん…」

 

「いや~ごめんね、でも本堂の前で携帯見つめて何してたの? そういえば奏君には、もう会ったかい?」

 

「ええ、さっき会いましたよ……」

 

どうやら、意識してない内に、私は本堂まで歩いて来てしまったようだ。

 

「あれ…? 華恋ちゃん何かあった…?」

 

「いえ…何でもありませんよ」

 

「もしかして、また奏君と喧嘩でもしたのかい?」

 

「いえ、そんなことは…」

 

「全く。 奏君も、こんなに可愛い幼馴染を置いて何処かに行っちゃうのは、あまり賛同できないけど。 彼も色々考えてやったことだと思うから、そこは穏便に見てあげて」

 

「なっ⁉︎ いえ、そんなんじゃないですから! 私はただ、玄司さんに届け物を…そういえば、玄司さんを見ませんでしたか?」

 

「さっき倉の方に行ったと思うけど? 合わなかったのかい?」

 

行き違いになってしまったのだろうか?会った記憶がない。

 

「じゃあ、ここに置いておくので、これを渡しておいてもらえますか?」

 

出来れば、手渡しで渡しておきたかったが、今はそんな悠長なことは言っていられない。

 

さっき声をかけられた時に、誤って送信ボタンを押してしまった私の心境は、大変マズイことになっている。

 

今すぐに、弁解のメールを送らないと気が済まない。

 

「うん、分かった。 渡しておくね」

 

「はい、では私はこれで」

 

直ぐに御暇(おいとま)しようとしたその瞬間、返信を告げる着信音が、ピロピロリン!と響き渡る。

 

「ゲッ…!」

 

「んっ…?」

 

「あっ、いえ何でもないです…」

 

「そう…? じゃあ玄司さんには宜しく伝えておくから」

 

「はい、お願いします…」

 

「……華恋ちゃん」

 

「はい…?」

 

「また、三人で仲良く出来るといいね、僕、応援してるよ。 またね」

 

「……はい…。さようなら」

 

樹希さんには、昔から良くしてもらったけど、今日以上に、この人の優しさに対して、お節介さを感じたことはなかった…。

 

「……一人になったのは、良いものの…」

 

見づらくて仕方がない。

 

反面、ドキドキしていたりもするが、あんな文面のメールを送っておいて、なんと返ってくるのものなのか…。

 

「ええい! 何を迷ってるのよ、私!こういうのは勢いが大事なんだから」

 

そう自己暗示して、私は目をつぶりながら、そのメールを開き、ゆっくりとその文面を確認した。

 

「………」

 

落胆や、絶望とはまた違う劣等感に押しつぶされそうになった黄昏時。

 

散りゆく、乙女の儚い心。

 

静寂は…ひぐらしのなく頃に…。




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