東方労働記 〜 Beautiful Labor Days   作:水仙寺 桔梗

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タイトル通りです
では、どうぞ


プロローグ最終話 「現夢の境」

「はぁ…やっと着いたな」

 

目的地である山の麓に辿り着いた一行。

 

降りた駅の近くでは、小さい温泉旅館や土産などを売っている売店があったりと、多少観光地の様な雰囲気もあった。

 

活気や人通りは少なかったが、旅行に来たという実感を感じるには十分だ。

 

しかし、電車を降りてからというもの、俺達は氷梶也の言うがままにそこから数キロ離れた山まで歩かされ、人里離れた山の麓まで来てしまっていた。

 

当然、人通りなど全くありはしない。

 

「いや~。 まさか電車がいきなり運休するなんて、ツイてなかったよな~?」

 

「まぁ、結構古い電車だったしな。 仕方ないんじゃないか?」

 

俺達の乗っていた列車は一時運転見合わせとなった。

 

数時間前、車両内で響き渡ったあの車掌さん独特のアナウンスは到着を知らせるものではなく、まさかの到着時間の遅れを知らせるものだった。

 

どうやら動力部にトラブルが発生していたらしい。

 

その所為でかなり時間が経ってしまい、現在約十八時を回ろうというところか。

 

もう夏も終わりと言うだけあって辺りはかなり薄暗くなり始めている。

 

今にも山へ沈もうとする太陽は、一日の終わりを告げているように侘しく辺りを照らし、そしてその輝きは美しくもあった。

 

「御陰でもう日が暮れちゃったわよ…宿の予約も取ってないって言うし…本当に大丈夫なの?」

 

「なぁなぁ、二人共。 顔上げて見てみろよ! ほら、すげぇ綺麗な茜色だぜ!」

 

「全く…あんたは……」

 

「まぁ、良いじゃないか。 ここに来るまでにも、ちらほら宿はあったから、泊まるとこは何とかなるだろ? それに、綺麗なのは本当だしさ。 こんな景色、あっちじゃ滅多に見られないぞ。 これを見れただけでも、ここへ来た甲斐があったってもんだろ?」

 

華恋の作った握り拳にそっと手を添えながら、俺は説得の言葉を口にする。

 

今、氷梶也にダウンされては面倒ごとが増すだけだ。

 

「……そうね。 氷梶也の勝手を許した訳じゃないけど…ちょっとは感謝するべきかもね…」

 

夕日に照らされて赤らめいた華恋の顔にも、小さいながらに笑みが戻り、それに比例するように握られた拳も徐々に力を失った。

 

全く、今日一日本当に世話を焼かせやがる。

 

「じゃあ、下見も済んだことだし。 そろそろ駅の近くに戻ろうぜ」

 

昨日から全く休む暇なく身体は動きっぱなしで、流石に体力も限界に近づいていた。

 

なので、早く戻って久しぶりの大きい風呂で俺はゆっくりと温まりたいのだ。

 

「そうね、そうしましょ。もうクタクタよ…」

 

いくら鍛えているといっても、華恋も女の身体。

 

流石に長時間の移動は堪えたらしい。

 

「よしっ、じゃあ行くか。 なぁ氷梶也? って…あれ……?」

 

氷梶也に同意を求めさせる為、振り返って辺りを見渡したが、さっきまで夕日に向かって黄昏ていた奴の姿はどこにもなかった。

 

「……華恋、あいつどこ行った…?」

 

「さぁ…知らないわよ…。 さっきまで、そこにいたじゃない」

 

「おーい! 何やってんだよ二人とも〜! 早く来いって!」

 

突如頭上から俺達二人に向かって発せられたその声に顔を向けると、そこには樹に掴まりながら獣道の中で悠然と立っている阿保の方の幼馴染がいた。

 

「何やってんの…お前…?」

 

「何って…登ってんじゃん? 山を」

 

「何の為に…?」

 

「今更その質問かよ、妖怪探す為に決まってんだろ?」

 

「いつから…?」

 

「今でしょ!」

 

「…………」

 

こいつ…やはり手におえない程のバカだったらしい…

 

「あんたね…今何時だと思ってるのよ…⁉︎ さっき夕日見てたわよね⁉︎ 夕日よ夕日! 夕日って分かる? 太陽が今にも沈もうとする状態のこと! そんな状態で山に登るなんて言うのは完全に自殺行為以外の何物でもないでしょ! 分かったら、とっととそこから降りて来なさい!」

 

隣で俺と氷梶也の質疑応答をイライラしながら聞いていた華恋も遂に我慢できなくなり、氷梶也に向かって怒鳴りつける。

 

「大丈夫だって。 懐中電灯もあるし、そんなに高い山でもないからさ。 それに早くしないと本当に暗くなっちまうし、神社までの道も正確に解ってる訳じゃないから時間が勿体無いだろ? それに、始めから山に登って神社で二日間張ろうっていう約束だったじゃないか?」

 

「奏⁈」

 

華恋が睨みを効かせながら振り返る。

 

「いや、知らん…! 俺は知らんぞ、そんな約束!」

 

そんな約束を交わした覚えはない…あれは、氷梶也が勝手に言っていただけだ。

 

あの時俺は、氷梶也を諭して観光旅行に引き込むつもりでいたのだから。

 

「いいから、早く降りて来なさい! 行くなら明日の朝から早起きして行けば良いでしょ⁉︎」

 

「何言ってんだよ! 時は金なりって言うじゃないか⁉︎ なぁ、奏。 お前ならこの言葉の大切さが分かる筈だ! お前からも、こいつに言ってやってくれよ!」

 

複数の人に同時に、どの選択肢が良いかと尋ねられれば、大抵少しは迷うものだが…今回の場合は考えるまでもない…

 

「奏、分かってるわよね〜?」

 

「おいおい、そんなに俺を睨むなよ…。 安心しろ、俺も戻って休む側に賛成だ」

 

「そうでなければ、無理矢理にでも連れて行くから別に良いけど?」

 

「何言ってんだよ、疲れてんだろ? 俺とあいつを引きずって帰れるくらいの体力が残ってる様には見えないけどな」

 

「そっ、そんなこと……」

 

「ちょっとは身体にも気を遣えよ。 一応は女の子なんだからさ、怪我でもしたら大変だろ?」

 

「一応って何よ…一応って!」

 

「……まぁ、ここは俺に任ろ。 こうなることは想定の範囲内だ」

 

短い付き合いでもあるまいし、氷梶也が好奇心を抑えられず、勝手な行動を起こすなどいつものこと。

 

実はこうなることを見越して、焦らず、冷静に対処するため、昨夜即席で予め使えそうな台詞を考えておいたのだ。

 

「氷梶也!」

 

「おお! どうした? 行く気になってくれたのか?」

 

「いや違う。ただ一つだけ、お前に言っておくことがある」

 

「何だ?」

 

「実は、妖怪についてのことなんだが」

 

「おっ! なんだなんだ? 何か良い情報でもあるのか?」

 

「ああ、彼奴らを探す上では、かなり有益で必要な情報だと思うぜ、だからよく聴いておけ!」

 

「おう!」

 

「実はな……」

 

「実は……?」

 

張り詰めた空気が流れ、辺境は異様な緊張感に包まれる。

 

「実は………妖怪は皆…朝方なんだよ!」

 

「………」

 

「日本の三大妖怪である鬼や天狗や河童も、夜はグッスリ御休みモード! 夜は墓場で運動会なんて嘘っぱちだ! それどころか、ちょっと洒落た西洋妖怪の狼男や吸血鬼やフランケン達ならば、朝は人間と変わらず、散歩やスポーツや御茶を楽しんでいたに違いない!」

 

「………」

 

「だから、今山に登ったとしても起きている彼奴らを見つけるのは至難の技だ…明日の朝に捜索を開始した方が効率が良いと、俺は思う」

 

御社奏、人生初、一世一代の大嘘だった。

 

隣で華恋は口を挟むことなく、死んだ魚の様な目で、俺を見ている。

 

しかし、俺も何の考えもなくこんなことを言っているわけではない。

 

氷梶也の妖怪に対する情熱はかなりのものだ。

 

だが、こいつは生まれてこの方、一度も妖怪と言うものに会ったことがない。

 

つまり、妖怪のことを知識でしか知らないということ。

 

そこで、妖怪に何度も出くわした経験のある俺が、如何にも真実であるかの様に力説してやれば、どんな馬鹿げた嘘であろうと氷梶也はきっと全てを鵜呑みにして信じてくれるに違いない。

 

氷梶也の俺に対する信用を利用した、心理的作戦…かなり下衆だとは思うが、この際仕方ない。

 

今の状況を考えれば多少強引だったとしても、四の五の言っている場合ではないのだから。

 

「そう…なのか……」

 

効果はそれなりにあったようだ。

 

氷梶也は何かを考え始めた。

 

どうだ、見たか華恋!

 

頭を使わない奴には頭ごなしに怒鳴ったところで軽く流されるだけなのだ。

 

重要なのは、目には目を、歯には歯を、馬鹿には馬鹿の視点に合わせて発言すること!

 

伊達に約10年間、お前らと一緒にいる訳じゃないんだよ。

 

これで、旅館での安らかな時間は保証されたと、俺は確信した。

 

今日ばかりは、質素で色んな意味で冷めた食事、時間制限があり、たまに水しか出なくなるシャワー、ペラペラで風通し機能だけがズバ抜けて素晴らしい煎餅布団とはおさらばだ。

 

久しぶりの豪勢で温かい食事に、広くて温かい風呂、そしてふかふかで暖かい布団を想像するだけで心まで暖かくなっていくのが感じられた。

 

しかし、その時だった。

 

「じゃあ、早く行かないと皆寝ちまうってことだな⁉︎ こうしちゃいられないぜ!」

 

「………は?」

 

「いや、もしかしたら。 夢にまでみた、誰も成し得なかった妖怪への寝起きドッキリが現実に⁉︎」

 

「おい、氷梶也……?」

 

「待ってろ妖怪達よっ! 今日こそ、その姿この目で拝んでやるぜっ!」

 

俺の暖かな幻想は、この無邪気な一言で無残にも砕かれた。

 

どうしようもない夢を心に抱いて、夢見心地の妖怪を叩き起こそうと企てる青年は、そう叫ぶと、山の奥を目指して走り出した。

 

「………逆効果…?」

 

「……何が『任せろ』よ‼ あいつの好奇心を逆立てするような真似してどうするの⁉︎」

 

「いやっ! 全くそんなつもりは…」

 

「うっさい! 兎に角連れ戻すわよ! 待ちなさい氷梶也ー‼」

 

「ちょっ待て華恋! この展開は絶対あれなやつだって! 早まるなー‼︎」

 

かくして、俺も二人を追いかける羽目になってしまった……

 

あゝ…俺の、明るく楽しい旅行計画が………

 

 

 

そして、十分後

 

 

 

「ははは…どうしてこう最悪の展開というのは予想通りになるんだろうな……」

 

簡潔に言えば、二人と逸れた上に遭難したのである…

 

「やっぱりこうなったか…どうしてこうなった……?」

 

正直に言って俺の嘘は氷梶也には滑稽な程に通用していた。

 

何がいけなかったのかと言えば、氷梶也の妖怪に対しての執着心が強すぎたということ…

 

後悔は、やはり先には決して立たぬ物なのだと改めて痛感した…

 

「全く…妖怪なんかのどこが良いんだよ…」

 

今まで会って来た全ての妖怪が悪い奴だったと言うつもりはない。

 

中には、俺のことを色々と助けてくれた奴等もいた。

 

しかし、圧倒的に襲われる回数の方が多かったのは、紛れもない事実。

 

あんなのに遭ったところで碌なことはない。

 

「追いかけ回されて最後には喰われるのがオチだろうが…。 今まで生きているのが不思議なくらいだしな……」

 

これまで、何度も妖怪に追いかけ回されたが、必死に逃げ続けて気づいてみると、何故かいつも知らないうちに彼奴らは姿を消す。

 

「喰わせろと言う割には、思ったより近づいて来ないんだよな…あいつら…。 まぁ、昔のことを今更考えても仕方無いか…今考えるべきは、これからどうするか…だ」

 

舗装も何もされていない山奥で一人。

 

さっき華恋も言っていたが、これ以上暗い山奥で動き回るのが、かなり危険なことくらい素人の俺にでも十分理解できる。

 

それに妖怪は、夜の方が昼間と比べて圧倒的に活動が活発化する。

 

これは長年の経験上確証を持って言えることだ。

 

朝方の妖怪?

 

どこの世界に、昼間っから太陽の下を闊歩する健康的な妖怪が居るってんだよ⁉︎

 

もし居るなら会ってみたいものだ。

 

「まぁ、二人は心配ないだろうし、当面の問題は俺自身のだな…」

 

あの後。

 

華恋は、どこにそんな体力が残っていたのか……物凄い猛スピードで山を駆け上がって行った。

 

きっとあの早さなら、既に氷梶也は捕まってボディに一撃や二撃喰らっているだろう。

 

それに、氷梶也は妖怪や幽霊に嫌われてるんじゃないかというくらいに遭遇率が限りなく0に近い。

 

言うならば、虫除けスプレーならぬ幻想除け人間。

 

あいつと一緒にいれば、取り敢えずは華恋も大丈夫だろう。

 

昔から氷梶也と一緒に居た時は、本当に彼奴らは近寄って来なかった。

 

俺にもそんな特性があったら良かったのに…

 

好きな物ほど手に入れにくく、苦手な物ほど周りに溢れる。

 

実際はそうでもないのだろうが、何故かそんな気がしてしまう…

 

「何にしても、暗いな…」

 

辺りには街灯など存在する筈もなく、星と月明かりだけが俺を照らしてくれている。

 

「あっ、そういえば荷物の中に懐中電灯あったよな」

 

氷梶也が電車の中で俺の荷物を確認していた時に、懐中電灯の存在を確認した気がする。

 

「おっ、あった」

 

手探りで何とか目当ての物を探しあて、スイッチを入れた。

 

「………つかねぇ。 そういえば異様に軽いな……」

 

まさかと思いつつも、懐中電灯の底のフタを開けてみると。

 

「電池…入ってないじゃん…」

 

氷梶也が替えの電池と言っていたので、てっきり入っているものだと思っていた…

 

「はぁ…まあ良いか…物が全く見えない訳じゃないし、電池も新品みたいだから、使うの勿体無いしな」

 

電池は高価な代物、そう簡単に手を出すわけにはいかない。

 

「となると、もう食って寝るしかないか…。」

 

リュックをあさり、中に入っていた今夜のメインディッシュである乾パンを数個口すると、駅で買った炭酸飲料で一気に腹へ押し込んだ。

 

「はぁ…虚しい……。 本当なら、旅館でもっと美味い物を食べてた筈なんだけどなぁ……」

 

食べ終わると、それらを全てリュックに詰め込み、中から寝袋を取り出し俺は就寝の準備を始めた。

 

「はぁ…本当なら、ふかふかで暖かい布団に包まれて居た筈なんだけどなぁ…まぁ、いつもの布団よりはましか…」

 

リュックを枕代わりにして寝てみると、寝袋の中は思ったより快適で、それでいて何故か安心感も感じられた。

 

「明日は、早起きで二人を探さないとな…折角の休みをこんなことに費やしてたまるか…」

 

そう決心すると何だか急に眠気が増してきた。

 

なんだかんだで、今日は最高の一日となる筈が最高に疲れた最悪な一日となってしまった。

 

バイトのせいで不眠となり…華恋からは理不尽な暴行を幾つも加えられ…電車はいきなり停車し…挙句の果てには一人で遭難……正に悪夢のような一日だった……

 

「はぁ~…せめて、夢の中だけでも良い思いが出来ると、良いんだがな…」

 

恐らくこんなに疲れていては、夢など見ている余裕もなく直ぐに爆睡してしまうだろう。

 

「あぁー…昼間に華恋の絞め技喰らった処がまだ痛い…明日になったら引いてると良いんだけど…そういや、何であんなに痛かったんだろう…?」

 

あれだけの体格差があれば、多少腕力があった処で、あそこまで痛くはない筈だ…それに相手が女なら……

 

「ああ…そう言うことか……」

 

ウトウトとしながら、一日の反省をしていると、俺はあることに気がついた。

 

「華恋…そこは成長しなかったんだな……」

 

そんな他愛もないことを思いつつ、俺は眠りについた。

 

疲れが溜まっていた所為もあり、直ぐに熟睡してしまった。

 

寝袋の中は心地よく、その身を包む温もりは俺に安堵と懐かしさを感じさせる。

 

空には小望月が昇り、星々は乏しく輝いている。

 

静寂なる秋の星の下。

 

孤独の中で眠る夜に。

 

俺は……

 

『紅い幻想(ゆめ)を見た』




次回から本編突入!
お待たせいたしました
やっと幻想入りです!

目指すは、旧作以外の全キャラ出演!
これからも、頑張ります
ここまで読んでいただきましてありがとうございました
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