そして神は人と成る ─GOD EATER 2─   作:嵐牛

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第13話

 

◇◇◇

 

 

 空を貫くような勢いで迫るジンの拳を、シエルは内側から軽く力を逸らすようにして後方へ逃がす。

 返す刀で打ち込んだ掌打はヘッドバットで迎撃された。手のひらに浸透していくような痺れる感覚に、シエルの表情が僅かに歪む。

 ジンの頭の向こうでは既に左の拳が放たれる準備が整っており、それは直後にシエルの胸骨に向けて撃ち放たれた。

 そして考えるより先に、身体が勝手に染み着いた答えを出力する。

 突きを打って伸びきったジンの右腕に、シエルの身体が蛇のように絡み付く。ともすればアクロバットとも見間違えそうな、見事な三角絞めだった。

 

 「っ!」

 

 ジンの首にがっしりと巻き付いた両脚。

 右腕にかかるシエルの荷重で、がくん、とジンが膝をつく。肩関節と首を巻き込むように組み付かれているため脱出ができない。

 ここで落とす、とシエルは頸動脈を圧迫する両脚に力を込める。

 

 ここで信じがたい現象が発生した。

 シエルの背中から地面が離れていく。

 シエルという重りが右腕に組み付いているはずのジンが、その場で強引に立ち上がり始めたのだ。

 

 「な……………っ!?」

 

 「ふぅぅゥゥウ─────………」

 

 薄く息を吐き出すジン。

 全力で収縮していく筋肉がギリギリと軋む。

 下手をしたら組み付いた両脚まで振り切られてしまいそうな………互いの体重と体格差から考えても、男女の性差では到底説明できない、常軌を逸した現象だった。

 やがてジンは完全に立ち上がった。

 右腕にぶら下がったシエルに、黒と金の眼光が狼牙のように突き刺さる。

 自由に動く左手の形は拳。

 天高く掲げられたそれが凶悪な力を宿し、まさにシエルに向けて打ち下ろされようとしていた。

 

 「───!!」

 

 もはや思考はなかった。

 脊髄反射の域で右手が閃き、いつもは脇に吊り下げてあるモノに指先を伸ばしたその時だった。

 

 「はいストーーーーーップ!」

 

 ピリリリリリリリリ!!とアラームが鳴った。

 戦闘状態にあった二人の動きがピタリと止まる。

 しばらく膠着状態に入った後、シエルがジンから身体を放した。綺麗に受け身を取って立ち上がるシエルと凝りを解すように肩を回すジンに、見ていたメンバーから称賛の声が上がった。

 

 「いやー凄えもん見た。格闘術でシエルと互角にやり合うたぁな。こん中の誰も勝てねえのに」

 

 「シエルも途中から明らかに本気だったからな。制限時間がなきゃわからなかったんじゃないか?」

 

 「すっごい力持ちだねー!私ちょっと自信無くしちゃったかも……」

 

 そうなのか?とさして嬉しくもなさそうなジン。

 今は全員が運動着に着替えて、定期的にメンバー全員で行っているトレーニングの真っ最中。日頃から命懸けの激務をこなしている彼らだが、こうして暇な時間には休息以外にもこういう肉体的なトレーニングを行う場合もあったりする。

 筋トレなりランニングなり、高めた身体の質が生死に直結するのだ。暇なら休むという選択肢が取りづらいのも彼らゴッドイーターの辛いところだった。

 

 「というか、俺達の職業はそもそもバケモノを殺す事だろう。こういう対人戦闘訓練なんて必要なのか?」

 

 「一応は、必要とされています」

 

 シエルが服に付いた汚れを簡単に払いながら言う。

 

 「私達の訓練における想定の中には、サテライト住民などの暴動も入っています。無論そのような状況に陥らない為に治安の維持に気を遣っているのですが、何より不安定な時代と環境なので………神機を使って制圧するわけにはいきませんからね」

 

 「使っていいと思うけどなあ。相手側の反抗を抑え込むのに最適な手段は、相手より強い力を持ってるんだと見せ付けてやる事だぞ」

 

 オイオイ、と冗談めかして笑うリョウだが、ジンはどこまでも真顔だった。言っている事は確かに正しいのかもしれないが、正しいだけだ。そんな事を実際にやった日には極東支部の外聞は地に落ちる。

 しかしこいつならひょっとしてマジでやるんじゃないかと内心で疑いを持ちつつあるリョウの横でギルは、しかしなぁ、と苦い顔をした。

 

 「そもそもお前のそれは………もっとマイルドにしないと、まず一般人には使っちゃダメだけどな」

 

 それはそう思う、と他のメンバーも無言で同意したのがわかった。

 ここで自分達が訓練で身に付けている格闘術は、あくまでも相手を可能な限り無傷で制圧・無力化する為のものだ。

 しかしジンのそれはまるで真逆。徹底的に容赦がない。

 足を踏み砕こうとするわ股間を蹴り上げようとするわ、挙げ句に喉を突こうとした時は全員で羽交い締めにした。

 相手がギルだろうがナナだろうが関係無し、この時間だけで何度『お前コレ訓練だぞ』と突っ込まれたことか………いくつかの危険な攻撃に縛りを設けてやっと普通の格闘術になったが、シエルの指導を受けていなかったら確実に何人かが再起不能になっていただろう。

 

 「ジンさん。あなたのその格闘術は、どこかの軍事訓練で学んだものですか?」

 

 「ん。 あー………ま、ちょっとな」

 

 「そうですか……」

 

 少しだけ考えた後、シエルは皆に号令をかけた。

 

 「ひとまず、本日の訓練はこれで終了です。皆さんはゆっくり身体を休めて下さい」

 

 「「了解」」 「りょーかーい」

 

 そうして三々五々にメンバーが散っていく中、シエルら同じようにふらりとどこかに行こうとしたジンを呼び止めた。

 

 「ジンさん。この後お時間よろしいですか?

お聞きしたいことが何点か………」

 

 「? ああ」

 

 

◇◇◇

 

 

 指定した場所であるラボラトリ、その自動販売機前のイスにシエルは腰掛けていた。

 相手より一足早く到着する事に成功した彼女は、頭の中で改めて質問内容を纏めようとして………聞きたい事が多くて困り顔になった。

 その人の情報と普段の振舞い・言動を擦り合わせれば、その人の背景におおよその見当はつく。

 しかし旺神ジンからはそれら一切がわからない。

 こちらに一切の興味を示さないからだ。

 知り合ってからまだ数日な事を差し引いても、収穫できるものが何もない。

 なので少しだけ強行策………こちらから色々と聞き出す腹だ。

 今は待ち時間を利用して、より効率よく聞き出せる形を練っている所である。

 

 (………そう言えば)

 

 機関で教わった心理学の一節をシエルは反芻する。

 “他者への関心から生じるものは他者への好感・悪感であり、他者に対しての無関心は、他者と深く関わる事で自分が傷付かない為の自己防衛の手段である“、と。

 ……彼のあの態度は、かつて大切な人を失ったか───過去の誰かとの過ちの上にあるものなのかもしれない。

 少しだけ切り込む糸口が見えてきた気がした。

 ようやく見つけた具体的な筋道に気持ちがやや前を向き始めたその時、どこからか少し騒がしい声が聞こえてきた。

 だんだん上へと昇ってくる───どうやらエレベーターの中で一悶着起きているらしい。

 

 (この声は───)

 

 そして開くエレベーターのドア。

 そこから現れたのは。

 

 「あのね、君はちょっと戦い方を考えた方がいいよ!

明らかに力で押し過ぎだから!」

 

 「………だから、その場にいなかったあんたにどうしてそれがわかるんだ」

 

 「神機を見ればわかるよ。君の神機、『脚』に相当な負荷がかかってた。一回で土台をあれだけ酷使するって並大抵じゃないからね!? それ以前にシールドには掠り傷一つ無いし!」

 

 楠リッカと旺神ジンだった。

 ここラボラトリに来る途中で捕まったようで、かなりガッツリお説教されている………というよりは、噛みついてくる子犬を流そうとしているのに近い態度だ。

 扱いに困っているのがありありと見て取れる。

 コウタには『五月蝿い』と掌底を食らわせていたが、彼の中ではどの辺りに線引きがされているのだろう。

 

 「ああわかったわかった。わかったからあっち行ってなさい。今から大事らしい話があるんだよ、俺は」

 

 「真面目に聞いてる!? それと私の方が歳上なんだってば!」

 

 聞いてる聞いてる、と繰り返すジンに、まだ納得のいかない様子で不承不承引き下がるリッカ。

 ふー、と肩を落として疲れきった息を吐くジンが、ふとこちらを振り向いて言った。

 

 「ん、ああ。俺に聞きたい事があるって言ったのはあんたでよかったかな?」

 

 「え、ええ。私が直接頼んだので」

 

 「そうか。いや、頼まれたのは覚えてたんだが、『誰に』の部分を忘れてな」

 

 「………そうですか………」

 

 がくーん、と肩を落とすシエル。

 名前を覚えるのが苦手なのは別にいいとして、そこを忘れられるとは……そんなに自分は存在が薄いのだろうか?

 

 「で、話というのは?」

 

 「あ………はい」

 

 話が本題に戻り、慌てて自分の佇まいを直す。

これからの流れを頭の中でざっと反芻し、シエルは最初の文句を口にした。

 

 「ジンさん。出来れば怒らないで聞いて頂きたいのですが……」

 

 「?」

 

 「私にもよくわかっていないのですが、私はジンさんが仲間になった時から、あなたに漠然とした違和感のような……何かが引っかかるような、そんなイメージを抱いてしまっているんです」

 

 「っ……?」

 

 ピクリ、とジンの眉が動く。

 どうやら彼にとって余り快くない部分に触れてしまったようだ。

 

 「どれだけ考えても、このイメージを具体的な形に出来ないんです。

 私自身で考えるよりも、ジンさんに話してみた方が意味がわかるかもしれません。失礼なのは理解してしますが、共に戦う仲間にこんな感情を抱きたくないんです。

 ……よろしければ、解明を手伝って頂けませんか?」

 

 「…………、ああ」

 

 やはり警戒されている。

 しかしそれは真っ先に想定していた事、彼の『協力』を取り付けたので特に問題はないのだが……。

 

 (自分に関する事を聞かれて、疑問に思うのでも訝る訳でもなく警戒した。……何か触れられたくないものがある?)

 

 早くも何かキナ臭いものが見えてきた。

 しかしこうなると、こちらも言葉を慎重に選ばないとどこかで口を閉ざされてしまう恐れも出てきた。

 なるべく婉曲な所から探っていくべく、シエルは丁寧に質問に入る。

 

 「今までのあなたを見ていて思ったのですが、あなたにはいまだに頭に残ってしまっている、『忘れたい』と思っている過去がありませんか?」

 

 「忘れたい過去? ………どうかな。覚えてないが、まあ吐いて捨てる程あるんじゃないか」

 

 「自分に干渉される事を敬遠しているようにも感じるのは、そういった事が原因でしょうか」

 

 「……敬遠というか、気に留めないんだ。俺に関わろうなんて奴はいなかったし、そもそも周りが鬱陶しいのばっかだから、関わろうともしなかったしな」

 

 これは予想通り。

 彼があまり明るくはない時間を過ごしていたのは既に皆も気付いているし、自分達がそれを察していることは彼もわかっているだろう。

 これは分かっていると思われている事を分かっていないかのように聞いて、ジンの警戒を緩めされるための口上だ。

 

 「となると、『自分に対して悪意が無く、積極的に干渉してくる』ような人に対しての接し方がわからなかったり?」

 

 「……まあな」

 

 やはりそうか、とシエルは心中で頷く。

 過去に見た目で迫害されていたとなれば、他者から距離を置くのは必然というものだろう。そして他者と関わらないと言うことは、自分の事だけを考えるという側面も持つ。

 彼の周囲に対する無関心はここから来ていたわけだ。

 

 「一つ推測をしてよろしいですか?」

 

 「ああ」

 

 「周囲に関わろうとしなかったとあなたは言いましたが……あなたには、影響を受けた『先生』のような人がいませんか?」

 

 「何で……」

 

 「喋り方です」

 

 少しだけジンの口元が反応したのを見て、シエルはさらに確信を深めていく。

 ───いる。今の彼を彼たらしめる重要なファクターとなっている人物が。

 ここからは彼個人に対する質問は控え、その『人物』についての話題を中心に話を広げていく。何せ自分が影響を受けるまで近く、深く関わった人物だ。彼にとってその人物が好ましい人であるか……そうで無くとも心象は悪くない人なのだろう。

 自分のことについては口を閉ざしても、自分以外の人についてなら話してくれる可能性は高い。

 そういう外堀から埋めていけば、いずれは浮かび上がってくるだろう───そう、旺神ジンという男の全体像が。

 

 「人の振る舞いというものは、その人が成長してきた環境に依拠します。あなたが周囲から遠ざかろうとする理由はわかりましたが、しかしあなたの喋り方には粗暴さが全くありません」

 

 「…………」

 

 「それにあなたは、少し特殊な人に対する接し方にも覚えがあるようでした。あなたは決して交遊関係がなかった訳ではないはずなんです。

 周囲から阻害されていたジンさんにそこまでの教育を施したあなたの『先生』とは────」

 

 

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