そして神は人と成る ─GOD EATER 2─   作:嵐牛

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第14話

 「で、あんた結局何が聞きたいんだ?」

 

 

 ズン、と突き刺すような声。

 低いトーンの詰問が、シエルの言葉を遮った。

 

 「さっきから聞いてりゃ随分と要領を得ないじゃないか。あんたは俺のイメージに形を付けたいとか言ってたが、これじゃ俺への尋問じゃないか?」

 

 「っ!………失礼しました」

 

 しまった───踏み込み過ぎた。

 予想以上に頭が切れる。これ以上の続行は不可能と判断したシエルは、すぐに謝罪して場を切り上げようとした。

 

 しかし。

 今度は、ジンが止まらなかった。

 

 「尋問。そうか、質問の仕方を考え直してみれば、最初からそれが目的だったみたいだな」

 

 「え……」

 

 「あんたは最初に俺に関する問題を取り上げて、体よく俺の『協力』を取り付けた。

 

 「俺の見解と擦り合わせようと嘯いた割には、質問はあんたからの一方通行だ。まるで俺から少しでも情報を引き出そうとしてるみたいにな。

 

 「ゴーグルさんとかさっきのバンダナさんとのやりとりも含ませてたな。上手いもんだ、遣り口としては詐欺師とかのそれだが。

 

 「あんたらの事だ、どうせ俺を知ろうとかそんな話になってるんじゃないか?

 

 「それにしても単なる質問攻めじゃなくてこんな搦め手を使ってくる辺りがどうもくさいな。

 「さっきの格闘訓練の時、あんた脇に手を伸ばしかけただろ。普段なら拳銃を提げてる所だよな? それに俺のやり方をまず『軍事訓練の成果』と考えたらしいのも気になる。

 あんたこそ軍閥かどこかの出身じゃないのか? その人の事を知りたい=尋問って並大抵の思考じゃないぞ。

 いや、どうしてもそうなるんだろうな。まず咄嗟とはいえ拳銃に手を伸ばすあたり。

 俺に友達がどうとか言ってたけど、あんたこそ相当浮いてただろ?いや、あるいは今もか。そもそも生きてきた環境からして既にかけ離れてるんだから────

 

 

 「あ、し………し、失礼しますっっ!!」

 

 ジンの返答も待たずにシエルはソファから立ち上がり、逃げるようにその場から去る。

 いや、逃げたのだ。全力で。

 矢継ぎ早に己の心の痼を突かれ、焦燥を孕んだ足跡が消えていくのを確認し、ジンは自分の部屋に戻る。

 シエルも自室に避難しているため計らずも追い掛ける形になっているが、追い掛けているわけではないのでまた出会したりはしない。

 まだ生活感の出ていない室内、ジンはドアに内側からロックをかけた。

 これで誰かが入ってくる事もない。

 ジンはポケットから端末を取り出し、そのまま通話ボタンを押す。反応は迅速だった。

 

 『────』

 

 「ああ、ちょい報告する事がありまして。……いや、別に昨日の今日で変わった事なんか起きやしませんよ。強いて言えばメシがやたら旨いくらいで………いやふざけてる訳じゃなく。だから報告する事はあるんですって」

 

 えーと、と頭を掻きながら言葉を探すジン。

 

 「何か妙に鋭いのがいますね。今しがた尋問されてきたとこです………ああ違うバレたんじゃないバレたんじゃない。追っ払いましたよそうなる前に。

 そうですね、こっそりやらないとどっかから嗅ぎ付けるかも知れないです」

 

 んじゃこれで、と通信を切る。どさりとベッドに倒れ込み、ジンはさっきのシエルとのやり取りを思い浮かべる。

 トントン拍子に自分の内部に切り込んできたあの話術。意図に気付くのがもう少し遅ければ、何か決定的な違和感を抱かせていたかもしれない。

 それがどんなに些細なものでも、あの女はそこにメスを入れてくるだろう。そんな確信があった。

 

 「………いや、実際危なかった……」

 

 彼はそう呟いて、ひやりと首筋に汗を伝わせた。

 

 

 その後シエルはしばらくの間、ジンに対して非常にギクシャクと接するようになってしまった。

 他のメンバーが何があったかをジンに聞いても「お互いに気になる事を聞いてただけだ」としか言わず、シエルに事のあらましを聞いてようやく事態を理解した。

 『観ていたつもりが観られていた』。

 シエルがこぼしたその言葉が、ブラッドメンバーの頭にこびりついた。

 

 

◇◇◇

 

 

 「隊長さん。俺は今まで、重大な見過ごしをしちまってたようだ」

 

 「見過ごしスか」

 

 「そうだ。一番注目する部位でありながら、時として口よりも多くを語る。それは見るだけで、その女性の内面、そして気品すらも写し出す映写機になる」

 

 カツン、とカウンターにグラスを置く音が際立って響く。

 

 「そう。俺の新たなるムーブメントは───『目の形』だ」

 

 「な、なるほど………」

 

 第四部隊隊長、真壁ハルオミは今日も今日とて絶好調だった。彼の探求心はどこへ向かおうとしているのか───今日も背景に煉獄の地下街が見える。

 ビリヤード台に腰掛け真面目にバカな話を展開していくハルオミ。

 胸だの脚だの腰だのと、様々なフェチを極める『聖なる探索』とやらに引っ張り回され(乗った自分も自分だが)そろそろ収まった頃だろうと思っていたらこれである。

 そういえば物によってはアラガミすらセーフゾーンなのを忘れていた。

 

 「ピックアップするパーツがどんどん細分化されてってませんか?その内うなじとか鎖骨とか言いそうですよ」

 

 「ん? 今そこはかとなく隊長さんのツボが垣間見えたような気がするなぁ」

 

 「馬鹿言わないで下さい。……でもそうですね、人となりが目に出るっていうのは何となくわかります」

 

 ブラッドメンバーで言えば、そう。

 シエルの目からは凛とした気品があるし、ナナには溢れんばかりの元気が輝いている。ギルなんかはもう誰が見たってザ・兄貴分といった風情だ。

 他にも藤木コウタやジーナ・ディキンゾンなど、リョウが出会ってきた人の多くは、目を見て感じた印象と性格が一致していたようにも思う。

 

 (あいつもそうだったら良かったんだけどな……)

 

 ちらりとリョウは中央のカウンターに目をやる。

 そのキッチンにはムツミの代わりにナナが立っており、皆に料理(というかアイテム)を振る舞っていた。

 久し振りにナナのお料理ロシアンルーレットが開催されたのだ───彼女の元に怖いもの見たさの勇者(バカ)が集い、そして撃沈されていく。

 エリナが悶絶している横で涙目で眉間を押さえているアリサ。

 チラリと見えるのはコウタとエミールだ。だいぶキツいのに当たったらしい、せめて倒れまいと踏ん張る膝が大爆笑している。

 

 そしてそれらを尻目に平然と料理(というか錠剤)を平らげていく男が一人。

 旺神ジン、奴である。

 

 「はいジンくん、どーぞ!」

 

 「食える。次」

 

 「はい!」

 

 「食える。次」

 

 「はい!」

 

 「食える。次」

 

 「はーい!」

 

 「次」

 

 ………なんか前にムツミが話していた『ワンコソバ』なる料理を思い出す光景だった。渡されたブツを次々と口に放り込んでいくその様は工場のラインに近い。

 奇跡的にイケる味の料理(というかアンプル)を引き当て続けているのかそれとも我慢しているのか………揺らぎもしない異類の瞳からは、その程度の推測すらでなかった。

 

 「もー! 食べれるとかじゃなくて味の感想も言ってよー」

 

 「俺は味に拘りはない。大切なのは食えるか食えないかだ。そしてあのジュースの味を知ったら大抵の物は食える」

 

 色とりどりの粒をポリポリやりながらジンはナナの抗議を平然と受け流す。平気で食べれているなら大丈夫なはずと横を通りかかったダミアンが、ジンが食べているものと同じ粒を囓った瞬間に地に沈んだ。

 果たしてあれは何味だったのだろうか………今でこそ自分はここで見物しているが、そろそろ『隊長もどーぞ』とお鉢が回ってくるかもしれない。

 

 (……あの分ならアリサさんの料理の特訓にも付き合えそうだな……)

 

 いやでも手料理を『食える』『食えない』で判定されるって相当な屈辱だよな多分、ととりとめもなくリョウは思いを巡らせる。

 

 「あ、そうだジンくん。覚えてる? 今日は私とミッションに行くんだからね」

 

 「…………………、ああ、うん。覚えてる覚えてる」

 

 「今だいぶ間が空いたよー!」

 

 いやいやそんな事はない、と口の中からポリポリ音をさせつつ反論する彼だが、アレは鉄板で忘れている。

 じゃあキッチンの片付けが済んだら準備しようか、と二人の話が纏まった時、ナナの視線がリョウに向いた。

 

 「あ、たいちょー! 隊長にもほら、おすそわけ!」

 

 やはり来たか───

 トコトコと小走りでこちらに駆け寄り、手のひらにポトリと迷彩色の錠剤(でいいや、もう)を落としてきた。これは何と何と何をミックスして完成したケミストリーなんだろう。

 「食べるな」と本能が言っている。しかしナナのこの屈託のない笑みを裏切る訳にはいかない。

 南無三───

 意を決して口に放り込み、そして咀嚼。

 密封されていた味覚成分が口の中に広がっていく。

 

 「どうかな?」

 

 「………ああ。うまさ控えめだな」

 

 辛うじてそれだけ絞り出した。

 隣にいたハルオミに後で聞く所によると、その時の自分の顔は怒り状態のヴァジュラ並に皺が寄っていたらしい。

 

 

◇◇◇

 

 

 「いやー、ここっていつ来ても静かだよねー」

 

 「いつ来てもと言われても、俺は今日初めてここに来たんだが」

 

 所々に積もった雪をざくざくと踏みながら、ナナとジンは蒼氷の峡谷を歩いていく。

 吐く息は白い。

 雪を被った山に囲まれているだけあって気温は相当な低さだろうが、ゴッドイーターとして強化された彼らにとって、それは動作に支障をきたす程の障害にはなりはしない。

 のだが。

 

 「………………寒くないのか。それ」

 

 「へーきへーき!私暑いほうが苦手なんだよねー。お腹空いちゃうんだ」

 

 「そうか………」

 

 見てるこっちが寒い、とばかりにジンが片手で二の腕を擦る。絶対カゼ引くだろ、と若干引き気味に呟いている。今まで誰に対してもほとんど無関心だった彼に心配させたという点では、実はナナはこの時点で結構な功績を為したのかもしれない。

 

 「この気候で進んでそんな格好をしようとする気が知れないな。他の服は無いのか、他の服は」

 

 「うーん、服はあるんだけど、動きやすいからいっつもこれになっちゃうんだよねー。ジンくんは寒いの嫌い?」

 

 「大嫌いだ。地軸が傾けばいいのにと思う」

 

 白い息にすら忌々しそうな視線を向けるジン。

 今回も例によって『新入りとコミュニケーションをとろう』キャンペーンの第二段である。前回シエルが自分の奥深い場所まで暴かれそうになってあえなく撃退されてしまい、今回はナナのターンだ。

 ………とはいえ『彼の情報を引き出そう』とか、ナナはそこまで固く考えてはいない。

 

 仲良くなればいい、とこれだけである。

 

 単純。しかしそれ故に正鵠を射ていた。

 シエルは彼を苦手に思ってしまっているようだが、きっとそれは誤解のはずだ。ごはんをたくさん食べて誰かと分けあえる人に悪い人はいない。

 香月ナナ十七歳、細かい事とおかわりの数は気にしないのである。

 

 「………あ、もしかして寒さに備えて脂肪を蓄え」

 

 「はい黙っちゃってねー」

 

 それはそれ。香月ナナ十七歳、最近お腹回りが気になり始めているのである。

 恐らくそれがもう一瞬遅ければ、ナナの神機の柄の先端がジンの腹をどついていただろう。

 ぴくりと耳を動かしたジンが、何かを探すように首を回し、そしてある一点で止まる。

 

 太いパイプを震わせるような咆哮と、鈴を転がすような声。異なる二つの鳴き声が、しんと冷えた空気を動かした。

 

 「………来たみたいだぞ」

 

 「だね」

 

 がしゃ、と二人が神機を構える。

 崩れた建造物、ジンが見詰めていた一角から、二つのシルエットが姿を現した。

 ミッション名《氷纏華(ひょうてんか)》。

 峡谷に接近しつつあるデミウルゴスと、猛毒性のサリエルを撃滅せよ。

 

 「今回も俺が総獲りだ」

 

 「おっきい方は頭と両腕のかまぼこ以外すっごくカタいから気をつけてね。それとジンくん、後で話あるからね」

 

 そして二匹は二人の前に降り立った。

 片や不遜にも神の力を宿した人間。

 片や傲慢にも幾多の命を喰らった邪神。

 互いに相容れぬ者同士───ともかく、白い一匹が走り出した。


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