そして神は人と成る ─GOD EATER 2─   作:嵐牛

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第15話

 今回のケースもまさにそれだった。

 鈍重なデミウルゴスをサリエル堕天の毒のカーテンがカバー、二人が攻めあぐねる隙を突いて闇神による大質量の突進(チャージ)が襲いかかってくるのだ。

互いの弱点を完全にカバーしている。

 

 「あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙ウゼェぇぇええええ!!!!」

 

 「ジンくん口調! 口調!!」

 

 額に青筋を浮かべるジン。

 片方を集中して先に倒す策はもう失敗している。切り崩す隙がないのだ。

 さらにこの戦闘音を聞きつけたのか、戦闘エリアに小型のアラガミが集まりつつあるらしい。

 

 「小型アラガミ!? いたっけそんなの!!」

 

 「知るか!」

 

 もう時間をかけてはいられない。多少危険だがやるしかない。

 ナナは自分の『血の力』をジンに説明している───即興の連携だが、向こうが合わせてくれるのを信じた。

 宙に跳んで大きくハンマーを振りかぶり、それに呼応するように彼女のハンマーが眩い光を放った。

 香月ナナのブラッドアーツ、《ナナプレッシャー》だ。

 

 「そりゃぁぁぁあああああ!!!」

 

 ッッッッゴオン!!!

 降り下ろされた鉄槌が地面を砕く。

 完全な空振りだが問題ない、メインはそれをトリガーに発動する『誘引』だ。

 サリエル堕天とデミウルゴスの注意がナナに逸れ、二匹が彼女一人に狙いを定める。

 一見ピンチに見えるが、違う。

 二匹が一人に集中する。即ち、もう一人のフレームアウト。

 ……実の所ジンはナナから受けた説明をすっかり忘れていた。

 ナナの『血の力』が発動した瞬間、思わずそちらに注意を持っていかれてしまったが、自分がどう動くのが最適か理解できたのは彼のセンスのおかげだろう。

 

 「──────ッッッ!!!」

 

 吹っ飛んでくるジンのハンマー。

 とっさに身を躱したサリエル堕天のスカートが、粉々に砕け散った。

 

 「きゅるる……ッッッ!」

 

 サリエルの注意がジンに戻る。

この不意打ちで仕留められなかったのは面倒だが、これで構図は一対一。そして連携もクソもないのなら、サリエルなどに遅れをとりはしない。

 

 「きゅるるるるるるるるるッッ!!」

 

 次々と放たれるレーザーを、ジンは速度を緩めずに掻い潜る。ジグザグに跳びつつも真っ直ぐに獲物に向かって駆けるその様はまるで猟犬のようだった。

 やがて距離はほぼゼロに縮まり、レーザーの有利が消えた。

 サリエル堕天は即座に毒粉を撒き散らし自分を守ろうとする。

 それよりも早く。

 

 「よお一発殴らせろ」

 

 フラストレーションの全てを込めた右ストレートが魔女の頬に突き刺さる。きゅ、と顔面が歪になったサリエルの口から変な声が漏れた。

 もっともただの生身の攻撃。効果などあるはずもないが、やりたかったことをやれたらそれでい。

 パガッッッ!!!と、火を噴くジンのハンマーがサリエルの頭部を叩き割る。

 魔女が地に墜ちるより先にジンはその身体を蹴り、空中で方向転換。

 異類の瞳が射抜く先は、巨体を揺らす闇神だ。

 

 「よっ、と!!」

 

 ナナのタワーシールドがデミウルゴスの凍気の珠を弾く。爆発する凍気を払い除け、ナナは静かにその時を待つ。

 

 「モォォォォオ゙オ゙オ゙オ゙!!!」

 

 低く震える咆哮。デミウルゴスの左前足が、ぐにぃぃ、と伸びた。

 装甲に格納されていた肉が伸長しているのだ。

 その肉は勿論強靭な筋肉であり、そこから放たれる間合いを無視したスタンプはキャノン砲に等しい。

 しかし。

 

 (ここ!)

 

 同時にナナは前へと走り出した。

 迫る肉柱を真横に掠め、ナナはハンマーを起動させる。

 狙いは真横。鉄壁の要塞の、最大の弱点。

 強烈な破壊力を生み出す代わりに、守る物が何もない筋肉の柱だ。

 

 「そー…………れっ!!!」

 

 轟音。確かな手応えがナナの両手に伝わってくる。鉄槌がめり込んだ肉がメチメチと音を立てていた。

 悲鳴を上げて足を引っ込めようとするデミウルゴスだが、しかしそうはいかなかった。

 後ろから突っ込んできたジンのハンマーが、ナナと逆側から肉柱を叩き潰した。

 

 「モ゙────ッ!?」

 

 「! ジンくん緩めないで!!」

 

 「わかってる!」

 

 ミヂミヂミヂギチギチ!!と、火を噴き続けるハンマーがデミウルゴスの肉柱を両サイドから締め上げる。

 本能的な危機を感じた闇神の両目が光り二人の足元に凍気の領域が広がっていくが、二人は手を緩めることはしなかった。

 潰すが先か凍るが先か、勝負の流れを決める分水嶺は加速度的に迫り来る。

 そして。

 

 硬いゴムが切れるような音。

 二つのブーストインパクトで挟み潰されたデミウルゴスの左前足が、真ん中からバツンと引き千切られた。

 

 「ブモ゙ォォォォオ゙オ゙オ゙オ゙ッッッッ!!??」

 

 どう、とその場に倒れ込むデミウルゴス。

 何とか起き上がろうとしているようだが、元々の体重に加えて片足の欠損、なかなかうまくいかないようだ。

 そこに悪魔の如き会話が聞こえる。

 

 「随分と格好のカモになったじゃないか?」

 

 「ダウンしてるからかまぼこも見えてるねー。ジンくんこっちやる?」

 

 「いや頭にする。イラついた分をここで晴らさせてもらおう」

 

 「わかった」

 

 ブモ、と、恐らくは人間の言葉なら「ちょ、」に当てはまりそうな鳴き声を上げた直後。

 ブーストラッシュによる容赦ないフルボッコが始まった。

 

 任務完了。

 そこからおよそ十秒足らずでデミウルゴスを沈めた鉄槌のリンチは、観測していたオペレーターのフランが若干引くレベルの凄惨さであったという。

 

 

◇◇◇

 

 

 「んあ~~~~………終わったね~」

 

 「帰ろう帰ろう。せっかく暖まった身体が冷えないうちに」

 

 早く迎えを寄越せ早急に、と二の腕を擦って急かすジン。サリエルと若干涙目になっている気がしなくもないデミウルゴスからの素材回収もそこそこに、落下している資材をせかせかと拾い集めている。

 やたらと周囲を見回しているのは何故だろう───新手を警戒しているのだろうか?

 少なくとも『誰かに横取りされるかも』という意地汚さではないとは思うが、どうも動きが貧乏性だ。あちこちをうろつきつつ遠ざかっていく彼に、ナナがやや大声で話しかける。

 

 「ジンくーん。ここで雪にシロップかけて食べたりするよねー?」

 

 「よっぽどじゃないと食べないな。冷たいから身体も冷えるし、まず溶かすのに体力を使うんだ」

 

 「そのまま食べるんだ!?通だねえ」

 

 「別にこだわりがある訳じゃない。そもそも何なんだ、通な雪の食べ方って」

 

 「……あ、そういえば」

 

 ふとナナが何かに思い当たった。

 

 「ジンくん。前にガルム四匹のミッションあったよね?」

 

 ……ガルム?

 ほら、あの赤いわんこ。両手がごつい。

 

 「………ああ、多分思い出した。あれか。で、そいつらがどうした?」

 

 「あの四匹はさ、物凄く連携プレーが出来てたよね。元々ガルムって頭が良いから、ああいう事は実は初めてじゃなかったりするんだけどさ」

 

 んー、とナナが首を捻る。

 

 「博士が言うにはさ。アラガミが仲間と一定以上のレベルの連携をとるには、仲間が同種かそれに近くなきゃならないんだって。だからガルム四匹は納得できるんだけど………サリエルとデミウルゴスって似てるかなー?

食べるものも違うし……」

 

 「そっくりだろ。目が二つあって、その下に鼻と口がある所なんか特に」

 

 「それじゃ私達もおんなじになっちゃうよ!」

 

 石段の陰から出てきた超適当な返事に割と真面目に考えていたナナが抗議する。しかしジンからの返答はなく、ただ石段の陰から飛び出した犬の耳のような髪の束がちらちらと揺れるばかり。

 しょうがないからサカキ博士にでも聞こうかな、と考えていた時、ふとサリエルとデミウルゴスの死体が目に入った。

 その身体からはもうコアを失ったオラクル細胞が飛散し始めている。

 遠からず全て散ってしまうだろう………

 

 「……………?」

 

 違和感があった。

 サリエルとデミウルゴスの砕けた頭から霧散していくオラクル細胞のカーテンの向こうに、何かがあるような気がする。

 もっと近くで見てみようかとそちらに少し歩いた時、上空から空を叩くローターの音が聞こえてきた。

 迎えが来たのだ。

 胸に残る違和感は飲み込んで、いまだ石段の陰でごそごそやっているジンを呼びに行く。

 ここまで回収作業に熱を入れている人を見るのは、エリクサーを求めてさ迷う神楽リョウ以来だ───しゃがんで背中を丸めているジンの肩をぽんぽんと叩いて意識をこちらに呼び戻す。

 

 「ジンくん。ヘリ来たよ」

 

 「ん? ああ、やっとか」

 

 ああ寒い寒い、と高度を落としたヘリに飛び乗るジンとそれに続くナナ。

 搭乗していた調査隊達と入れ違い、ハッチが閉じられ機内の空気が外気と遮断され、ようやくジンが人心地ついたように力を抜いた。

 

 「ああ(ぬく)い。人類は暖房を発明した人間に向けて一日三度は礼拝をするべきだ」

 

 「でも言うほど寒くないんじゃない?ほら、私達ゴッドイーターなんだし」

 

 「寒いものは寒い。気分の問題もある」

 

 機体の高度が上がっていくのを感覚で感じながら、二人は他愛ない話を続ける。話題がナナにかかった肥満疑惑に及んだところで、ちょっと見逃せないものを見た。

 ジンのポケットがパンパンに膨らんでいる。

 そしてそこから取り出した何かを、ジンが時折むしゃむしゃと口に運んでいる。

 

 「あー! さっきから何か食べてる! 私のこと太ってるみたいなこと言ってたくせに!」

 

 「関係ないだろ、別にあんたが太るわけでもないし」

 

 「私がどうとかじゃなくて!女の子の体型を貶しながらそれはちょっとデリカシーが………」

 

 ナナが少し言葉を噛んだ。

 ポケットの中身を握り込んだジンの手の中から、何かひょろりとしたものがはみ出している。

 

 「え………ジンくん、本当に何食べてるの?」

 

 「何って、まあこれだが」

 

 ジンが手を開いてその中身をナナに見せる。

 それを見た彼女は、一瞬息が止まった。

 

 

 彼の手の中にあったのは引き抜かれたらしい土が付いたままの雑草と、それに付着していたと思われる虫だったからだ。

 

 

 つまり彼のポケットの中身は。

 彼がさっきから食べているものは。

 まるで見せつけるかのようにジンがそれらを丸ごと口に入れた。彼が口を動かす度に、甲殻を潰す音や砂利を噛む音が鳴る。

 手のひらに残った小さな虫をペロリと舐めとり、言葉を失うナナに問いかける。

 

 「食うか?」

 

 いや、いい、と何とか答えるナナ。

 だろうな、とだけ答え、ジンは差し出したミミズを口の中に入れた。

 

 

◇◇◇

 

 

 「おう、お疲れさん」

 

 「………緑髪さん」

 

 アナグラのラウンジに帰還したジンの隣に、真壁ハルオミが腰を下ろした。

 リンドウから聞いたぞ、いけるクチなんだろ?と酒の入ったグラスを差し出し、ジンはそれを礼も言わずに受け取って一気に飲み干した。その呑みっぷりにしばし呆気に取られたハルオミだが、やがて彼はハハハ、と楽しそうに笑う。

 

 「いいねぇ、いい呑みっぷりだ。おじさんがやっちゃ潰れちまうぜ」

 

 「何か用か?」

 

 「つれねー事言うなよ。親睦でも深めようぜぇ? ………どうだ、もうここには慣れたか?」

 

 「……いや、正直。前と環境が違いすぎる」

 

 「そうかぁ。でもいずれ楽しくなってくるさ。おたくの隊長さんもいるしな」

 

 隊長さん………、とジンは十秒くらい該当しそうな人物を脳内で検索し、そして一番可能性が高そうな人物の名をそっと口に出す。

 

 「………刺青さんか?」

 

 「そこはスッと思い浮かべよ……」

 

 しかも名前が出てきていない。ハルオミが若干素に戻った。

 

 「そういやネコミミさんや銀髪さんからもよく刺青さんの話を聞いた。随分人気らしいな?」

 

 「まーなぁ。そうなるだけの事を為したし、そうなる位にイイ男だ」

 

 ふーん、とジンが横目で窓際のカウンター席を見る。程よく日の当たるその場所で、件の神楽リョウが居眠りをしていた。

 

 「ところでジン。これは隊長さんともしっかり煮詰めた議論なんだが………女性の魅力を最も感じる部位はどこだと思う?」

 

 「はあ???」

 

 突拍子もない質問に流石のジンも戸惑った。

 スルーするか答えるかやや悩み、妙なところでいざこざを起こすのも損か、と結局答える事にした。

 

 「胸、でいいんじゃないか」

 

 「なるほど。その訳は?」

 

 「…………。単純に一番目立つからだ」

 

 まさか突っ込んでくるとは思わなかった。

 

 「顔が悪くても、そこがデカければいい値がつく。身体がよけりゃ満足なんて野郎はごまんといるしな。逆に顔は良くても、貧相だとな………」

 

 「いやいや、値、ってお前………、あらら」

 

 ハルオミが自分の後ろを見つめて言葉を止めた。

 何かと思って後ろを見ると、そこにいたのはむっつり顔の楠リッカである。ジトッとした視線が、サイテー、と語っていた。

 対するジンは全く動じず慌てる素振りも無かったが、彼はふとリッカの顔から少し下へと目線を落とす。

 そしてとても申し訳なさそうに顔を逸らした。

 

 そこから五分の間、アバドンと『空狐ノ肝』に飢えたゴッドイーターを再現するが如き全力の鬼ごっこが幕を開けた。この日から楠リッカから旺神ジンへの敵愾心は、決定的なものとなる。




 ゴッドイーター3やりました。
 ヴェルナーさんに救いは無いんですか?

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