「お前………っ!!」
自分の妹を『そういう商品』と見られた事に激昂したコウタがジンの胸ぐらに掴みかかった。
ジンはそれに対して何かを思っている様子もない。特に抵抗する素振りも無く、ただコウタの怒り顔を黒と金の瞳に写している。
その時、けたたましい警報がサテライト内に鳴り響いた。
尋常でない雰囲気に包まれ二人の顔が強張ると同時、高所のスピーカーから切迫したアナウンスが流れてきた。
ポケットの中で震える携帯端末。
それが知らせるメッセージを見ずとも、二人は事態を把握する事が出来た。
『近隣の第三サテライトの対アラガミ防壁が突破されました! 居住区の皆さんはフェンリル職員の指示に従って迅速に避難してください!繰り返します、近隣の第三サテライトの――――』
被害は決して小さいとは言えなかった。
その場にいた神機使いだけでは手に余る量のアラガミ達は防壁を突破するに飽き足らず、その内部………人々の住まう区画で暴れたのだ。
急遽任務を切り上げて戻ってきた者、あるいは報せを聞き速攻で片付けてきたブラッド、そしてその場から急行したジンとコウタによりその場は片付いたものの、その爪痕を見て胸を撫で下ろせる者はいなかった。
「………やられたな」
沈痛な口調でギルが呟く。
「……ここは確か、防衛班が持ち回りで受け持ってる場所だったはず……」
「……あの人達なら、今ここにはいねえよ」
その言葉に暗く力無いトーンで答えたのは、壊れかかった壁に寄り掛かって座り込んでいる神機使いだった。相当に心を痛めているのだろう、最早立ち上がろうとする気力もなさそうだった。
「あの人達だけでサテライト全てを守れる訳じゃない。その持ち回りのローテーションは、必ず彼等がいないサテライトが出てくる………今はここがそうなんだ。
だけど防衛班はあの人達だけじゃない。守衛を請け負ってるのはあの人達だけじゃないんだ! ………なのに………っ」
その声は次第に震え、大きくなっていく。
握り締めた拳には、鬱血する程に力が込められている。
そして彼の声は、終いに嗚咽混じりの叫びに変わった。
「あの人達がいなくなった途端この体たらくかよ!?
俺達は何の為にここにいるんだよ!? 『お前らならやれる』って言ってくれたのに!!
俺達を信じてくれたあの人達の期待も裏切って、守らなきゃならない人達も守れずに! なのに俺は、こうして生きてて………畜生、ちくしょう………っっ!!!」
………かける言葉など見付かるはずがなかった。
その叫びは他の者達の声でもあったのだろう、他の防衛隊員もずるずると壁にもたれかかり、地面に座り込んでいく。
悲痛な沈黙に支配された空間。それを一喝して打ち破ったのは、他でもない神楽リョウだった。
「ボサッとすんな! 総員直ちに散開、被害状況を確認しろ! ───生存者を探せ!!」
全員が弾かれるように動いた。
座り込んでいた者は立ち上がり、各々が言葉を交わさずとも別々の方向へ駆け出していく。
まだ自分の仕事が終わっていないのを思い出しただけではない………全員が求めていたのだ。
まだ残されているかもしれない希望を。
そしてそれでいい。
項垂れている間にも、残された時間は刻一刻と出血し続けていくのだから。
◇◇◇
良くも悪くも非常事態慣れしていたのが幸いしたのか住民はすぐに避難していたようで、生存者の数は想定よりも多かった。救護班や輸送機も駆け付け、負傷者は神機使いの経営する病院へと搬送されていく。
しかしやはり被害地域ではパニックが発生したらしい───直接アラガミの手にかかったり、倒壊した家屋の下敷きになった死傷者や負傷者は相当数に上った。
中でも我が子を守るように折り重なって息絶えている親子の遺体は、見た者の心を容赦なく抉っていった。
心に重たい石を抱えたままではあるものの、作業自体は滞りなく進んでいく。
そんな時だった。
「────! ─────!!」
引き続き生存者の捜索を行っていたリョウとギルバートが遠くから女性の怒鳴り声を聞いた。
悲しみと怒りを孕んだただならぬ声色に、二人はすぐさまその声が聞こえる方に向けて走る。
そこにいたのは。
「ねえ! この子を助けてよ!! あんたゴッドイーターでしょ!? 私達を守るのが仕事なんでしょ!? この子の命も守ってよ!! どうにかしてよ! ねえ!!!」
「……………、」
血塗れの子供と、それを抱える半狂乱の母親と思しき女性。
そしてそれを静かに見下ろしている、旺神ジンだった。
「隊長………」
「わかってんよ」
自分達も出なければならない。
ここからではあの子供の安否は確認できないが、ともかくあの母親を落ち着かせ、子供を病院へと運ぶのが何よりも先決だ。
しかし。
「何でこんな目に遇わなくちゃならないの!? この子が何かしたの!?
あんたらは何の為にいるのよ! 普段いい暮らししてるんだからこんな時位役に立ちなさいよ!! 黙ってないで何とか言ったらどうなのよ!!!」
───自分達が彼女にかける言葉など持ち合わせているのか。
一番の宝を奪われた彼女に、為すべき事を為せなかった自分達が……どの口で彼女に語りかければいいのか。
出ていくことを一瞬躊躇った二人だが、すぐに振り切ってそちらへと走り出す。
その時だった。
「………あ゙ぁ゙?」
二人と母親が凍り付く。
どちらかと言えば丁寧な普段の口調とは大きく異なる、酷く苛立った声の主は───顔面を歪めたジンだった。
「さっきから聞いてりゃどんだけテメェの都合喚いてんだ。んな大切なモンならテメェでどうにかすりゃいいだろうが。テメェの不始末のケツを何で俺が拭かなきゃなんねぇんだオイ」
「な」
「そもそも普段誰かの陰でビクビクして生きてるしか能のないお前らに
お前らを守るのが仕事? 普段いい暮らししてんだから? 何でこんな目に遇わなくちゃなんないのかだぁ?
知ったこっちゃねえんだよ。
お前が弱えからそうやって奪われる。全っ部お前の虫ケラ加減のせいだろうがよ。
捨てられたらキャンキャン鳴くしか出来ねえ身の上なら分相応の口を利けやダボ」
生きてるだけで与えられるモノなんざ無えんだよ、と。
侮蔑に満ちた異類の瞳が、女性を見下ろす。
声も出せず口を戦慄かせる彼女に、ジンは最後の一言を、唾のように吐き捨てた。
「納得できねえってなら神様にでも祈ってみろよ。信じる者なら救ってくれるらしいぜ、アレ」
「ゥギャァ──────────ッッ!!!」
人間性が振り切れたような絶叫を上げ、女性が瓦礫を掴んだ手でジンに殴りかかる。
こめかみに血管を浮かせたジンはそれに対して、あろうことか神機を上に振り上げた。
母親の手に躊躇いはなく、ジンの手にも躊躇はない。
そして。
甲高い音と鈍い音が同時に響く。
ギルのスピアがジンのハンマーを阻んだ金属音と、ジンを庇ったリョウが顔面を瓦礫で殴打される音だった。
「アアアァ!! アアアァァァアアア!!!」
心が許容量を超えた狂乱状態の女性は止まらない。
相手が誰かも見えていないのか、無抵抗のリョウを何度も殴り付ける。
そこに新たな二人が加わった。
探索中にただならぬ気配を察知して駆け付けてきたシエルとペアを組んでいたナナだ。
その光景に一瞬息を呑んだ二人だが、行動は迅速だった。
ナナは暴れる母親を取り押さえ、シエルは血塗れの子供のバイタルをチェックする。
「……まだ息があります! 急いで病院に!」
「おかーさんもケガしてるんだから落ち着かなきゃだめだよ! 大丈夫、助かる! 助けるから!!」
シエルが無線で連絡を取りつつ素早く応急処置を続けているのを見て正気に戻った母親が、慌てて子供に取りすがるが、しかし処置の邪魔になってしまうとわかったのだろう。泣きそうな顔で辛うじて息をしている我が子を見詰めている。
「………申し訳ありません」
そこに聞こえてきた謝罪に、母親はその男をキッと睨み付け───え、と小さな声を出した。
その言葉は先程自分をこれでもかと罵倒した男からのものではなく、自分が錯乱して瓦礫で殴り続けた、無関係のはずの少年からのとのだったからだ。
「あ……」
「我が子という宝物を失う痛みは、自分のような若輩が察するに余りある。……部下の過ちは自分の過ちです。許してほしいとは言いません。
先程の非礼を―――どうか、詫びさせて下さい」
そう言ってリョウは深々と頭を下げた。
殴られ続けた顔面はあちこちが切れ、ボタボタと血が流れ落ちていた。
その姿に母親は何も言う事が出来なかった。
やがて連絡を受けて緊急着陸した救護ヘリが子供と母親を乗せ、すぐに病院へと運んでいく。
そのヘリが空に消えるまでの間、神楽リョウはずっと頭を下げたままだった。
旺神ジンがその間何をしていたかは誰も知らない。
彼はギルに行動を阻まれた後、暴れる母親も頭を下げるリョウも対応する仲間達すら見もせずに、踵を返してどこかをぶらついていたからだ。
そして被害状況の確認と防壁の修繕、その間の警備などの計画を暫定的に決めた彼らはアナグラに帰投。
そこでジンに下された処分は、一週間の懲罰房への収監だった。
◇◇◇
自動販売機の前で、バギッッッ!!!と酷く暴力的な音が響く。
そこにいるのは怒りに拳を震わせるギルバート・マクレインとそれを抑えようとするシエルとナナ、そしてリョウ。壁に叩き付けられ床に座り込む、殴られた頬を押さえようともしない旺神ジンだった。
「ギ、ギル! 落ち着いて下さい!」
「そーだよ! いくら何でもなぐるのは駄目だって!」
「止めんじゃねえ!! 隊長はこの何倍もブン殴られてんだぞ………ッッ!!」
ペッ、と血の混じった唾を吐き出すジン。
彼の黒と金の瞳には、何ら感情も宿っていない。ただ対象を写すだけのカメラのレンズのような、無機質な無関心のみがそこにあった。
しかしなおも暴れるギルが気に障ったのか、ややうざったそうな顔で彼はギルに言う。
「何であんたがそんなに切れてるんだ。別にあんたが不都合を被った訳じゃないだろう」
「逆に何でお前はのうのうとしてられんだ!! 隊長がお前の代わりにボコボコにされて、何の非も無いのに頭を下げたってのに、それをお前は知ったこっちゃないみてえに消えやがって!!」
「別に頼んでない」
再びギルの視界が真っ赤に染まる。
それでも必死に抑えようとするメンバーだが、その目にはやはり少なからず非難の色が宿っている。
……ただジンの瞳を真っ直ぐに見詰めている、リョウ以外には。
彼は前に出てジンの正面に立ち、暴れるギルを制止する。
当の被害者に止められて退かざるを得なくなったギルが落ち着いたのを見て、リョウは静かにジンに語りかける。
「……ジン。お前は何より大切なものを亡くしそうになったあの人の気持ちを少しは考えたか?」
「1つも。ああいうのを見ると虫酸が走る」
「家を無くしたり大怪我をした人達を見て感じる事はあったか?」
「心底どうでもいい」
嘘は言っていない。ジンは本当にそう感じている。
それを再確認したリョウは、沈黙の後に再び口を開いた。
「あのよ。人が抱えてる理由なんて人それぞれだし、お前からどんな答えが帰ってきてもそれを否定したりはしないけど、……1ついいか」
「?」
「お前――――何でゴッドイーターになったんだ?」
……人を守る仕事に就くような人格とは思えないか?
皮肉げに口角を曲げてそう返すジンだが、黙ったまま自分を見ているリョウを見て元の表情に戻った。
今までジンをフォローし、庇ってきたリョウの中にも決して小さくない怒気があるのだろう。
それも罪を肩代わりした自分への態度にではない───人の気持ちを理解しようともせず、絶望に暮れる人を更に蹴り倒したことに対して。
それを理解したジンはしばらく答えようかはぐらかそうかを考え、そして真面目に答えるしかないことに気付く。
目の前にいる刺青の彼には恐らく、欺瞞の一切が通じない。
旺神ジンは目がいい。そういう事は、よく見える。
彼は小さく溜め息を吐き、同じようにリョウの目を見据えて言う。
「何でもくそもない。………古今東西、人間が職に就いて働く理由なんて一つに決まってるだろう」
「……そりゃ何だ?」
「食う為だ」
ブラッドメンバーの動きが止まる。
たかが一言。
しかし余りにも単純なその一言には、一瞬彼らを圧倒してしまう程の重みが籠っていた。