そして神は人と成る ─GOD EATER 2─   作:嵐牛

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第18話

 続けろ、と無言の内に促されているのを感じた彼は、その望み通りに明かし始めた。

 旺神ジンという男の、成り立ちを。

 

 

 「まず、俺は孤児院の出身だ」

 

 「……ああ。自己紹介の時に聞いた」

 

 「そうだったか? ……俺の両親は10年前にアラガミに食い殺されててな。まだ今みたいな居住地の体制が整ってなかった時代だ。大混乱で親戚のやっかいにもなれなかった俺はある孤児院に入ることになった。取り残された奴に比べればまあ幸運な方だったんじゃないか」

 

 「……それで?」

 

 

 「『神機使い育成助成給付金』って知ってるか?」

 

 

 ジンの口からそんなワードが出てきた。

 

 「当時のゴッドイーターの数は、当然だが今よりもずっと少ない。それでアラガミの襲撃に満足に対応できる訳がない……ゴッドイーターの排出は国の急務だったんだ。

 だから少しでも将来の兵隊を増やす為に、金と引き換えに子供にゴッドイーターになる為の前教育を施す。それが各教育機関に向けて発布された、政府の政策だ。

 ……で、問題はそこだ」

 

 そこでシエルが、ハッと何かを察したように目を見開いた。

 あらゆる教育を詰め込まれた彼女だからこそ思い当たるものがあったのだろう。彼女は答え合わせをするように、ゆっくりと言葉を紡いでいく。

 

 「……少し本旨とはズレてしまいますが、聞いた事があります。『例えば献血行為とは無償であるから成り立つものである。安すぎる対価を付けると献血者は自尊心を傷付けられて減っていき、逆に高過ぎると───

────血液の売買や略奪などの闇行為が蔓延ってしまう』、と」

 

 それを聞いたジンが少し黙る。

 彼の説明は、やはりあんたは聡いな、という呟きに続けられた。

 

 「その通りだよ。政府は多分、その助成金を高く設定し過ぎたんだな。

 俺が入ったその孤児院は────

 

 

 ────助成金目当ての、ハイエナの巣だった」

 

 

 ぞくり、と。

 ブラッドメンバーの背中に冷たいものが走った。

 

 「テストの点が悪けりゃ怒鳴られる殴られる……ならまだ良い方だ。下手すればただでさえゴミみたいに質素で少ない飯も抜き。

 空いてる時間はひたすら内職に掃除とかの雑用。寝る時間も少ないから一日中フラフラしててな。その上どっかでヘマしたら院長直々にサンドバッグのご指名ときた。うっかり愚痴や悪口でも言おうものなら言わずもがな。

 査定に響くから死にはしねえようにって位で、毎日こんなスケジュールだったよ」

 

 ひどい、とナナのシエルの口からこぼれ出す。

 誰かの愛情が何よりも必要な時期に放り込まれた、助けを求められない閉鎖的な地獄。

 その苦しみがどれ程のものか、想像すら追い付かなかった。

 

 「だから全員、職員や院長に気に入られようと必死だった。誰かが仕事でこんなことした、先生の事こう言ってたってな。告げ口が五月蝿いのなんの。世の人間が全員ああだったなら世界はもっと平和なんだろうさ。

 まあ、その告げ口が最早九割が出任せの冤罪なんだけどな」

 

 「皆が嘘を言って仲間を売ったのかよ!? 何で……」

 

 「今言っただろう。職員や院長に気に入られる為だ」

 

 ジンの声に揺らぎは無い。

 

 「自分達を支配してるのはそこにいる大人だ。そこがどんなゴミ溜めで、支配する大人がどんなクズだったとしても、縋るものがそれしかない。生きたいのなら取り入るしかない。

 そうしてこの孤児院の秩序は形成されてたんだ」

 

 そして。

 

 

 「より詳しく言うのなら───異様な外見を持つ俺をその槍玉に挙げる事によって、だ」

 

 

 ───その言葉に、全員が息を呑んだ。

 今までの話は、旺神ジンという少年を形成する前振りでしかなかったのだ。

 『この見てくれで孤児院じゃバケモノって呼ばれてたから』───

 自己紹介の時に聞いた彼の言葉が、脳の奥で重く響いてくる。

 

 「おかしなものを排除するって大義名分はデカい。回りと違うってのはこの上無いターゲットだ。

 職員も俺が気持ち悪かったんだろうな、話しかけたら殴られたよ。

 しかも出任せのチクりのせいで飯もろくに出されやしないから、こっそり院の畑からくすねたモノを食ってた。

 野菜はすぐにバレるから………雑草とか虫とかミミズとか。蛙が一番のご馳走だった気がする。

 そして生き延びた俺は院を出て、色々あってここにいる。他の奴らはどうしてるか知らないが、まあ概ね『こんな事』になってるだろうな」

 

 ああ疲れた、と。

 長台詞を連発したせいで喉が疲弊したらしいジンが息を吐く。

 しかし一方、その話を聞いた全員が沈痛な面持ちで押し黙っていた。被害者本人より昂っていたギルの義憤も静まってしまったようだ。

 沈黙の帳を破ったのは、静かに口を開いたリョウだった。

 

 「………そうか。それがジン、お前か」

 

 「そういう事だ」

 

 「辛くは、なかったのか」

 

 「忘れた」

 

 そう平然とジンは言う。

 

 「他人なんて知ったことじゃない。他人に気を使う意味がわからない。自分の得にならないことをする理由がわからない。他人に得を譲る精神がわからない。他人なんて自分の利益の為に使うもので、他の奴らもそう思ってるはずだ。だって今までがそうだったんだから」

 

 「そんな事は」

 

 「無いんだろうな。俺が異常なんだろう。

 価値観が変わった訳じゃないが、俺が間違っているのはわかる。俺がこうして排撃されてる時点でそれは明らかな事だ」

 

 「っ」

 

 「勘違いするな。むしろ同情するのは筋違いで、あんたらの行為は正当なものだと言っている」

 

 そこでジンの意識が、初めて言葉のやりとりから個人に向けられた。

 対象は神楽リョウ。

 その感情は理解不能なものに向けられる、嫌悪にも似た警戒心だ。

 

 「俺は目も勘も良い方だ。相手の腹は大体読める。あんたの善意が本物なのもな。

 だから刺青さん、俺はあんたが気持ち悪い。

 こうなる前にも、俺には何度か罰則が下ろうとしてたはずだ。あんたが庇ってたんだろう?

 そうしない方がずっと楽で得だったはずなのに、何で異常(おれ)を受け入れる?

 もうあんまり覚えてないが、あんたはいつも他人の為に動いていたような気がする。損得勘定を抜きにして、だ。

 何でそこまで人の為に動く?

 あんたの取り分は何なんだ?

 

 

 あんたの()は────どこにあるんだ?」

 

 

 長い沈黙が訪れた。

 今度はお前が答えろ、とジンの目線が詰め寄っていく。

 リョウは頭の中でジンの言葉を何度も咀嚼し、そして理解した。

 人の期待に応えようともせず、そして人にも期待しない。……この男は、自分や他人に対して、何の価値も見出だしていないのだ。

 攻撃されているのが自分だから、おかしいのは自分である。

 幼い頃から今に至るまで疎外され続けた彼の人生は、そんな卑屈極まる言葉を平然と宣うまでに彼を歪めてしまった。

 それが旺神ジンの中心点。

 だから、自分も飾らない。

 リョウは瞑目の後に、ゆっくりとジンに答え始めた。

 

 「正直、お前の指摘は痛み入るよ。少しは自分の身を顧みろ、なんて耳にタコができる程言われてるしな」

 

 「………」

 

 「でもな。俺はあの時こうしてれば、っていうのはもう嫌なんだよ。俺は前にも、為すべき時に為すべき事を為せなかった。

 そのせいで俺は………大切な仲間を二人失った」

 

 後ろにいるメンバーの唇が何かを言いたげに動く。

 しかし口を挟んでいい時ではないと思い止まったのだろう、彼らは再び口をつぐんでいる。

 

 「あの時一人で行かせてしまったから、あの時強く引き止めてれば、とか終わってから言っても無意味だって痛感したよ。俺はもう2度とこんな思いをしたくねえ。だからその為に、できる事なら何だってやる。

 ……それが俺の我だ」

 

 「……そうか。………いや」

 

 納得いかないとばかりにジンは切り込む。

 

 「わからないな。それだと話の前提が、その対象はあんたが仲間と認めた者だという事になるはずだ。

 俺が善意を向けられている説明になってないじゃないか」

 

 「ああん?」

 

 ぴき、とリョウのこめかみに血管が浮かんだ。

 

 「……テメェ、今までの流れでまだわかんねえのか? やっぱあんまり物を考えないタイプなのか、絶望的に察しが悪いのかどっちだ。コラ」

 

 「?」

 

 素で飲み込めていなさそうなジン。

 なぜ今更こんな当たり前の事を説明せねばならないのか───

 深い溜め息を吐きつつガシガシと頭を掻き、リョウはチンピラのような体勢で床に座ったままのジンの前にしゃがみ込む。

 彼の瞳と異類の瞳の目線が、同じ高さに揃った。

 

 「あのなぁ。テメェいつまで俺達を他人のカテゴリに入れっぱなしにしてんだよ。あれからもう一月は経つぞ。……わかんねえ様ならこの際ハッキリ行ってやる」

 

 「………?」

 

 

 

 「俺達はな。お前がブラッドに入って自己紹介した瞬間から──…お前を他人だなんて思った事なんざ一度もねえんだよ」

 

 

 

 「………そうだよ。私もちょっとびっくりしちゃった所はあるけど、ジンくんがご飯いっぱい食べてるの見たら、すごく元気になれたよ?」

 

 「私も、あなたにあだ名を付けられた時は……少し嬉しかったんですよ?」

 

 「……俺だって、本当にどうでもよく思ってたらここまでキレたりなんてしねえさ」

 

 

 「そういうこった」

 

 ぽん、とジンの肩を叩いてリョウは立ち上がる。

 

 「1週間頭冷やしてこい。そんでお前が言った事や俺達に言われた事をみっちり考えろ。……お前自身が納得できる答えを見付けられるまで、だ」

 

 にかっ、と。

 年相応の笑顔を見せた少年は、そう言って身を翻す。

 彼らの足音が消えた後、話が終わるまで待っていた職員が、入れ違いでジンの前に姿を現した。

 立ち上がった彼の両脇を固め、二人はジンを懲罰房まで連行していく。

 彼は抵抗しない。する性格ではない。

 かつて神楽リョウが命令違反により収監された懲罰房の狭い口に、旺神ジンは無言のまま飲み込まれていった。

 職員2人の話によると彼は終始心ここに在らずで、どこか呆然とした様子だったという。

 

 

 

 「……ジンくん、とうとうぶちこまれたってね」

 

 「もうちょっと棘のない言い方してやってくれよ……」

 

 「ふんだ。女の子の身体の差をバカにするようなやつには当然だよ」

 

 (何やったんだアイツ……)

 

 ここに来てさらに浮上した問題にリョウは思わず頭を抱えてしまいそうになる。

 あちらを解決すれば次はまたこちら、ジンが蒔いてきた種は思った以上に根深く育っているようだ………かつて地雷という兵器の除去を行っていたという人達の気苦労の一端を垣間見たような気がしなくもない。

 

 「………それに関してはまた改めて聞かせてくれ。今はちゃんとアイツと話してきたとこだからよ」

 

 「そっか。……大丈夫そう?」

 

 「それはアイツ次第だな。……でも、多分大丈夫だと俺は思ってる。アイツ俺に言ったんだよ。『善意が本物なのが気持ち悪い』ってな」

 

 「……それがどうして大丈夫になるの?」

 

 「決まってる」

 

 リッカの疑問に、リョウは端的に答えた。

 ただ一つの疑いも介在していない、信じることを知っている者の力強さだった。

 

 

 「アイツが、善意っつーのがどういうものかを知ってるからだ」

 

 

◇◇◇

 

 「……………………………………………………………………………………………………」

 

 懲罰房という小部屋は本当に何も置かれていない。

 あるのは簡素なベッドとトイレ。

 1日3回ドアの下の小窓から差し込まれる出来合いの食事は、時間別で毎日同じメニュー。もちろん人との面会もできず、そして当然会話も無し。

 人の生から潤いの一切を奪い取ったら恐らくこんな生活になるのだろう。

 とはいえ他人の存在が知覚できるだけありがたい話だろう───この罰からは少々オーバーな話になるが、人間というのは一人で密室に閉じ込められると、びっくりする位に早く精神に異常をきたす。『孤独』と『退屈』、これに勝る刑罰はないのかも知れない。

 

 最もこの少年―――他人に関して心から無関心な旺神ジンがどう感じているのかはわからないが。

 

 (……うん。いい)

 

 屋根がある。飯がある。適温の空気がある。

 この時点でジンにとっては理想の住みかだ。

 過去ここに入った者がどう感じたかは知らないが、懲罰房だなんて名ばかりだ……こんな至れり尽くせりで、何を反省することがあろうか。

 そんな事を最初は考えていた彼だったのだが、やることも無いのでベッドの上に寝そべりながら、ふと思った。

 

 (退屈だ)

 

 

 その数秒後、自分がそう思ったことに心底驚いた。

 退屈とはつまり、自分が周囲から切り離された、自分を害するものが存在しない、何よりも尊重すべき時間。

 それを今一瞬、自分は不快に感じたのだ。

 

 明らかに普段の自分の思考とは異なる。

 特にする事も何もないジンは、それが何故なのかを考えてみることにした。

 時計すら無い室内、時間の概念が膿んでしまいそうな空間の中、ジンは今までの彼らとの会話、忘れかけているやり取りも引っ張り出し、頭の中でひたすらに思考を巡らせ続けた。

 

 そして気付く。

 彼らは異物である自分を歓迎していたこと。

 彼らは自分を対等な存在として扱っていたこと。

 

 その証拠に───自分が彼らの利益のダシに使われたことに、1度として覚えがないことに。

 

 「………………」

 

 お前を他人と思った事は一度もない。

 菱形の刺青の少年はそう言った。

 では、自分はどうなのだろう。

 彼らにとって自分が仲間であるならば───自分にとっての彼らは、何に当たるのだろうか。

 脳裏に一瞬、自分と『家族』という括りに入れられている者達の顔を思い浮かべつつ………ジンは静かに、その目を閉じた。

 

 

◇◇◇

 

 

 それから一週間、彼の謹慎が解ける日。

 出迎えに来たブラッドのメンバーが鉄格子付きのドアの前に立っている。

 そして職員がドアのロックを解除して数秒、ギィ、と鉄の扉が開く。

 密室の出口を潜って現れたのは、雰囲気も白いブラッド制服もくたびれた様子の旺神ジンだった。

 

 「よう、ジン。シャバの空気はどうだ」

 

 「ああ………空間に奥行きがある………」

 

 「堪えてはいるみてえだな……」

 

 すごく当たり前の事をしみじみと実感しているジン。1人が平気なタイプとはいえ、流石にこの1週間もの閉塞感には参っていたようだ。

 ぬあああああ、と全力で伸びをするジンを一頻り笑った後、リョウはジンの肩を叩く。

 

 「さて、1週間ずっと味気無い飯だったろ?出所祝いだ、何か奢ってやる。何がいい?」

 

 「………ああ、それは……」

 

 「?」

 

 ジンの口元が何か言いたそうにゴニョゴニョと動いているのを見て、リョウはそのまま彼の言葉を待った。

あーだのうーだの煮え切らない唸りをしばし発していた彼は、やがてとても言い難そうに───とても言い慣れていないだろう事を、精一杯口にした。

 

 「あー………その……」

 

 「?」

 

 

 「何だったら……俺が、奢るぞ。ほら、まぁ……いろいろと世話かけたから、な……」

 

 

 …………、と。

 その言葉をぽかんとした顔で聞いていたブラッドのメンバーは、とても嬉しそうに笑った。

 タダ飯にありつける事ではなく───旺神ジンが、ようやく人に心を開いてくれた事に。

 

 「よーし、それじゃ遠慮なくいただこうか。そう言えばムツミが良い肉が入ったって喜んでたような気がするな?」

 

 「私はどちらかと言えば食が細い方なので、普段気軽には頼めない紅茶が飲みたいです。……そうですね、ロンネフェルトとマックウッズなどの味を比較してみようかと」

 

 「お前、今言った事後悔すんなよ? 食うぞ、特にナナは」

 

 「ごっはん、ごっはん! たっべほーだーい!」

 

 「んなっ、ちょ、おい待て! 今のは無し、今のは取り消しだ! おいやめろ高いメニューばかり調べるんじゃない! 俺が死ぬ、俺の財布が結合崩壊する………っっ!!」

 

 意気揚々と歩く4人を必死に食い止めようとする一人。

 しかし今までの溝など最初から存在しなかったかのように、彼らは対等の距離で接している。

 楽しそうな喧騒を生みながら、5人連れ立って歩いていく様は、まるで、1つの家族のようで。

 

 

 

 

 

 

 ─────トクン、と。

 

 1つ脈打った血色の鼓動が、水紋のように広がっていった。

 

 

 

 

 

─────NORN──────

 

 旺神ジン(18):2

 

2074年フェンリル本部より極東支部に転属。

同時にフェンリル極致化技術開発局入隊。

出生:4月1日 身長:175cm

 

特殊部隊「ブラッド」所属。

高い戦闘能力にものを言わせた単独でのミッションを好むが、報酬や利益を求めて深追いし過ぎる傾向にある。

雑食極まりない健啖家。

食堂ではしばしば同部隊の香月ナナの実験料理の味見役になっているが、初恋ジュースだけは受け付けないようだ。

なお懸念されていた任務における度重なる単独行動や軍規違反、普段の素行の悪さによる他隊員との不和は現実の物となってしまったが、ここ最近から改善の兆しが見えている模様。

 

神機:ブーストハンマー・ブラスト(第三世代)

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