第19話
「……………………………」
ぐだぁっ、と。
旺神ジンは自販機前のソファで泥のように溶けていた。
明らかに疲労困憊の状態であり、パッと見の雰囲気は絶命したグボロ・グボロが一番近い。
そんなグロッキー状態のジンの第一発見者は神楽リョウ。
任務も終わったし一眠りしようと寝心地の良い場所に向かっている途中であった。
「ジン。………おい、ジーン」
「…………………、……」
間近からの呼び掛けへの反応も緩慢だ。
のっそりと首だけを動かしたジンは、そこにいるのが神楽リョウだとそこでようやく認識した。
胡乱な瞳をリョウに向け、完全に重力に負けている顔面の筋を辛うじて動かして彼は弱々しく呟いた。
「……人付き合いがわからない…………」
「……………何か飲むか?」
「……ッブハ─────ッッッ!!」
飲料の缶を一瞬でカラにしたジンがぜえぜえと肩で息をする。ようやく人心地ついたらしい。
うんざり顔でクシャクシャに丸めた空き缶(スチール)をゴミ箱に投げ入れるジンに、リョウは笑いながら労いの言葉をかける。
「お疲れさん。頑張ってんじゃねえか」
「いや、まあなぁ……」
あれからジンの他人への無関心は、少しずつ改善の兆しを見せている。
仲間からのアドバイスで人と一緒に食事をしたり( byナナ)、気付いた事はメモをするようにしたり(byシエル)とジンなりに努力をしているようだ。
もちろん彼に根付いた感性がすぐに引っくり返るはずもないが、記念すべき一歩である。
しかしやはり今までの自分と正反対の行動は凄まじく気疲れするようで、よくこうしてダウンしている姿を見かけるようになった。
ちなみに、ジンが周囲から向けられていた反感は思いの外早く収まり始めている。
ジンの努力を見ているのもあるだろうが、大部分は『ブラッド隊長がいるなら改心もするか』という、結局のところは神楽リョウへの信頼の大きさの恩恵だろう。
「どうだよ。何か成果はあったかい」
「もう何がなんだか。たとえ成果があったとしても、何が成果かわからない。何をもって良好なコミュニケーションというんだ」
「こればっかは経験だからな……。メモ見返したら何か掴めたりするんじゃねえか?」
「メモ?」
きょとん、とジンの頭上に疑問符が浮かぶ。
微妙な沈黙の後、ジンは自分のポケットの中にあるものを取り出してみた。
「……俺、メモ取ってたのか」
「『本末転倒』って知ってっか?」
えーと、とメモ帳のページを開いて書き込んだ内容を見返すジンと横から覗き込むリョウ。
しかし誰に聞いたかの表記もあるようだが、そこも名前ではなく渾名で書いてあるのに若干呆れてしまっているようだ。
「桃色さんが『お菓子を配る』で、貴族さんが『紅茶を共に楽しむ』……」
「その辺は自分の得意な事を活かしたやつだな」
「あと前に一回だけ見たチビ帽子が『俺に割のいい任務を回すとよし』、死んだ目の金髪が『俺に投資しろ』と……」
「……その辺は追い追いな。つーか渾名よ」
「それと下ちt……南半球さんが」
「オイ言いかけたろ今」
「いいだろもう。……『相手に敬意を持って接するといい』、だそうだ。なんかこれを聞いたあと南半球さん頭を抱えて悶えてたんだが、何かまずい事を聞いたかな?」
「? さあなぁ……」
メモ帳を閉じてあー、と唸り、ジンは身体を折って自分の足に突っ伏した。
「全員言うことがバラッバラで混乱する。何かこう、これというマニュアルみたいなものは無いのか? 銀髪さんが作ったりしてないか?」
「多分まだ編纂途中だと思うぞ」
作ってはないだろ、とは否定し切れなかったリョウ。
「しかしこう、改めて日常の行動について考えると頭が痛くなるな。だんだん自分が今までどうやって人と話してたかわからなくなってきた」
「ははは、頑張れ頑張れ」
「俺は今までどうやって人と話してた?
どうやって人の顔を見てきたんだ?
どうやって人と関わってきたんだ?
どうやって人の表情を読み取ってきたんだ?」
「……おい……」
「どうやって人に自分の意思を伝えていた?
どんな感情でどんな表情をしていた?
どうやって伝える言葉を選んでいた?
どうやって人と関わっていた?
会話ってどうやるんだ?
人の心はどうやって汲み取るんだ?」
「やめろぉぉぉおおおお!!! 俺までわからなくなってきたぁぁああああ!!!」
両手で耳を塞いだリョウが悲鳴を上げる。今まで人と人とを繋げてきたその心に一点の曇りが現れた。
片やジンは「そういえば今までそんなのを気にした事なんてないんだった」と一人でスッキリしており、リョウだけが損をしていた。
頭を抱えてしまった彼をおいてさっさとどこかに行ってしまうジン。
しばらくしてそこにやってきたのは、リョウを探して彼の部屋を訪ねようとしていたシエル=アランソンだった。
「あ、隊長。前に君が」
そこまでシエルが言った時、リョウはがしりとシエルの手を掴んだ。突然のシェイクハンドに困惑する彼女だが、しばらくシエルの手を握っていたリョウが言う。
「……『前に君が開発した、高威力なものの周囲への二次被害が甚大なため規制された【メテオバレット】の是正案が纏まりました。お時間よろしければ報告よろしいですか?』………おう、頼む」
「た、隊長? なぜ感応現象でものぐさをするんですか? なぜ私から顔を逸らすんですか?」
「……わりい。人との付き合い方がわかんなくなってんだ、今」
「!?」
ばたん、とジンが自室に戻ると同時、図ったようなタイミングでポケットの中の携帯端末が振動する。
見付かると厄介な代物ゆえに持ち運ぶのに神経を使う。ターミナルで通話すれば楽なのだが、交信の履歴を残すわけにはいかない。
通話のスイッチを押して耳にあてると、いつもの声が聞こえてくる。
『定時の報告をしてくれ』
「……だから、その定時の報告っていうのに無理があるんだよ。任務中とかだったらどうしようもないんだぞ」
『定期的にさせるようにしないとお前は報告を忘れるだろう』
特に言い返せる言葉はなかった。
「報告といっても、このところ特に変わったことはないんだけどな。強いて言えば周囲への俺の印象が変わってきてるらしい位で」
『何だ、ちゃんと信頼を勝ち取ってるんじゃないか。正直そこに期待してはいなかったが、これで得られる情報も増えるだろう』
「さいで」
よくやっているなと褒められたが、ジンの表情は変わらない。
『ああそうだ。少し前に、アラムが慣らしを兼ねてそっちを襲っただろう。あれの被害状況は今どうなってる?』
「? …………、………あー」
『………そっちのサテライト一つをアラガミの群れが襲撃しただろう。それのその後だ』
名前を出して説明されてもわからないジンは、そこでやっとピンときた。
そういえば、今朝
『防壁を修復するオラクル由来の材料が不足している。防衛の為そちらに人員を割いてはいるが、やはり強度は手薄と言う他ない』とある。
少し考えてジンは言った。
「……目立った被害はもうないな。用心で備蓄してあった材料があったから、修復は完了しつつある。攻める穴にはならないだろう」
そうか、という返答。
その後2、3言葉を交わし、ジンは通話を切った。
音の無くなった室内。相変わらず何を考えているかわからない表情のまま、彼はずっと手に持った端末を見つめている。
旺神ジンが我に帰ったのは、何者かに自分の部屋のドアがノックされた音を聞いた時だった。
◇◇◇
『《融合体》と思わしきアラガミ反応が見つかったんだ』
支部長室に集まったブラッドのメンバーに、ペイラー・榊はそう告げた。
『オラクルの波長が通常のそれと比べて大きな波があるのが特徴でね。個体としては相当不安定だけれど、それ故に何が起きるか予想がつかないんだ。
以前から戦ってきた個体と同じように、何かしらの特殊性を持っていると見ていいだろう』
「………で、その肝心のアラガミは何だったっけ?」
「背中を壊したらキレる白いヤツ」
「あーアイツか」
「オイ、それでいいのか隊長」
任務拠点のベースキャンプの中、もう名前を言っても覚えていないジンに順応したリョウが超雑な説明をした。
今回の任務の目標は、その融合体アラガミのオラクルの採集、および撃破。
彼らは今、簡易ブリーフィングを開いてその融合体かもしれないハンニバルに対する作戦を立てていた。
「んじゃ、おさらいすっぞ。まずは距離を取って銃撃で様子見、ナナとジンは陽動を頼む。相手のやれる事を見極めて、そこから切り崩していく」
「刺青さん。それなんだが、向こうが何かする前に速攻で畳んでしまっちゃ駄目なのか?」
「戦闘記録だって立派なデータになるんだぜ?お前の言う事ももちろん重要な戦略だけど、ここはまだ返り討ちのリスクを増やすべきじゃない。
今まで戦ったことのないタイプの敵だ、安全第一で行こうぜ」
「わかった」
「おいジン。お前がメモを取ってる理由は知ってるが、戦闘中にそんなもん見てるヒマは無いぞ」
カリカリと手帳に書き込んでいる取っているジンを見咎めたギル。
「仕方無いだろう、このところ本当に記憶が覚束ないんだ。何でも書いておかないと、何が重要なのか探せなくなる」
「その心がけはいいとしても、少しは覚える努力をしたらどうだ」
「印象が強いやつは比較的覚えてたりするんだよ。ああそうだな………傷痕さん、あんたが戦闘中にほぼ
「ぐっ………!?」
手痛い所を突かれたギルが呻く。
元々やや突撃に走りがちな彼は敵からの被弾率が高く、それを改善する為に意識的に銃撃を使用しているのだ。
ただ彼の『血の力』はスピアによるチャージグライドをトリガーとして発動するため、結果として決定打に欠けるという悩ましいジレンマに陥っている───こればかりは本人の努力による改善を待つほかないのだが。
「ジンくんも人のこと言えないよ。キミだって近接攻撃ばっかで、銃身は1つも使ってないくせに。
少しはギルを見習ったほうがいいよ。キミの戦い方で今まで大きなケガをしてないのが奇跡だし」
顔はこちらに向けないままでそう言ったのは、機材の点検をしているサポートの楠リッカだ。
彼女の前にあるのは、大小いくつもの計器類……普段の任務と比べて倍近い量の機械が鎮座している。
討伐ももちろんだが、何よりデータの収集が重視される今回の任務。腕利きのメカニックである彼女がサポートとして選ばれるのは当然と言えるだろう。
横合いからサクリと刺されたジンが微妙な表情をする。
「……いや、実際にケガはしてない訳でだな」
「今はね。断言するけど、遠からずキミは大ケガするよ」
「ああ、ほら。慣れてない技術を使うより、手に馴染んだ方法で戦う方が生存率が」
「なら慣れるまで訓練しなよ。銃撃しか効かないアラガミもいるんだから」
『血の力』に目覚めてない君にはまだ関係ない話だけど、と。いつになく辛辣なリッカに、リョウは思わず眉間を押さえてしまう。
ジンが懲罰房にブチ込まれている間、リッカにジンに対する当たりの強さの理由を聞いた───全員一致でギルティである。
アリサに『南半球さん』なんてアダ名を付けた辺りから嫌な気はしていた。止められなかった自分の責任でもあるが、怒りの叫びと共にジンのこめかみを拳で挟み込んでグリグリしたことを謝る気はない。
(………ただまぁ、それでもジンを心配して言ってくれてるんだよな)
「ええと……そうカリカリしない方がいいぞ。確かストレスは成長を妨げる原因になるとか、身長とか胸とか」
「ブチッ」
「ジィィィィイイイイイイン!!!」
『これより任務を開始します。………大丈夫ですかブラッド1』
「疲れた……」
既にグッタリしているリョウ。早くも任務の行く末に暗雲が見え始めている。
暴れるメカニックを宥めすかしてようやくの任務開始時刻、ジンに至ってはリッカにリアルに尻を蹴飛ばされての這う這うの体での出撃となった。
「……失敗した。一言多かったか、足りなかったか」
「どっちにしろもう庇えねえよイモムシを食う手を止めろ!」