第2話
《フェンリル》。
ゴッドイーター達が所属し、アラガミの駆逐と人類の存続を掲げる組織だ。
神を喰らう魔獣の名を冠したこの組織は世界中にその支部があり(人類存続を掲げるのだから当然だが)、それはここ極東地域………古くは一般的に日本と呼ばれていたこの場所にも存在する。
世界でもトップクラスのアラガミ激戦区であるここに集っているゴッドイーター達は皆折り紙付きの実力者であり、かつてその中には世界にその名を知られている者もいた程だ。
そんな選りすぐりの精鋭達、一人頭でも凄まじい戦闘力を有する特殊部隊《ブラッド》の四人は今、ラウンジで料理を頬張っていた。
「どうかな? おいしい?」
「ふむぁい」
「………え、ごめんもう一回」
料理を口一杯に頬張った少年の何だかよくわからない言葉に首を傾げる、まだ幼い少女・ムツミに、紅茶を飲んでいたシエルが解説を付け加えた。
「……美味しい、だそうです」
「ゴクン。そうそう」
「あ、ならよかった!」
「口にモノ入れたまま喋るなよ……」
ギルの呆れ声も意に介す様子はない。
しばらくムグムグと咀嚼して口の中のモノを飲み込んで、やっと少年はまともに喋った。
「腹減ってたんだよ。動いた分しっかり補給しとかなきゃエネルギーが切れちまう」
「常時エネルギー切れみたいなもんだろ、お前の場合は」
「見る度にソファなどで寝てますし」
「前なんてご飯中に寝落ちしてたよね」
「もー、そんな事言っちゃだめだよー。しっかりお腹いっぱいにならないと戦えないんだよ?」
チクチクと刺される少年を弁護したのは、三人を優に凌ぐ量の料理を盛られた皿を回りに侍らせているナナだった。
この量の食物が平均的なシルエットの体格のどこに収まっているのだろうか。
スケールの違う人物の出現に、当の少年すら「お、おう」と言うのが精一杯である。
「ナナさん、足りるかな? いつもよりしんどい任務だって聞いたから、あらかじめたくさん作ってみたんだけど」
「バッチリだよー! ありがとねー、ムツミちゃん!」
ムツミはれっきとしたここの料理人で、隊員達の胃袋は全て彼女によって満たされていると言っても過言ではない。
しかしそれにしたってナナの食べっぷりはなかなかのもの。
アラガミもかくやという彼女の食欲は時に見物客がやってくるほどで、時々研究を終えて休憩にきた『クレイドル』部隊のソーマが、何か懐かしいものを見るような目で彼女の食事風景を眺めている時がある。
「それにしても……隊長のブラッドアーツは、また強くなっていましたね」
「そうだな。ヴァジュラの縦斬りにはさすがに驚いた」
「お前らのもな。確か理論上は使い続ければ際限無く強くなっていくんだったか?」
「むぐ。私もそのうち世界中のアラガミを一気にどかーん! とかできるようになるのかな?」
「夢があるのはいい事だが、それをやる時は地球が粉砕される時だ」
ねーよ、と真っ向から否定したかった所だが、キラキラした瞳で何かを振り回すジェスチャーをするナナに水を差すのも何か悪い気がして強く突っ込めない。
というか今、握りっぱなしのフォークが髪を掠めた。
「……しかし今回は凶暴化か」
そんなのんきなやり取りを横目に、食後の茶を飲み干したギルが険しく目を細めて呟く。
「異様に速いシユウとか、バカみたいな火力のクアドリガとか………この所、どこかしらが進化したアラガミの出現が妙に多い。どこかで何かろくでもないモンを食っていやがるのか………」
「あまり考えたくない事ですが………あるいは、アラガミという種そのものが進化の時を迎えているか、ですね」
「え、それってどういう事?」
「アラガミは年月につれて強くなっていってるんだと」
首を傾げたナナに補足を入れるように口を開いた少年が、握った拳の人差し指と親指だけを開く。
拳銃のジェスチャーだ。
「昔はヴァジュラとかも、旧時代のピストル………こんなオモチャみてえな型の神機で充分に倒せるレベルだったらしいぜ。
それが今や馬鹿デカい剣だの銃だのをブン回さなきゃなんねえんだ」
「うひゃー……それを聞いたら私達、けっこう大変な事してるんだねー」
「しかし気になるのは、強いアラガミが頻発するこんな状況でも周りの皆が落ち着いてる所なんだが」
「極東は世界でもトップクラスの精鋭揃いですからね。慣れているんだと思います」
「特に三年前は凄かったらしいぞ。
何でもデミウルゴスをあっさり輪切りに出来るようなバケモンがその時期にいたとか」
「それは明らかにガセだろ……」
それはそう思う。
あの城壁を弱点も突かずに『輪切り』とかタチの悪い冗談でしかない。
唯一少年の持つブラッドアーツならばあの鋼鉄の身体にまともにダメージを通せるが、当時そんな代物は存在しない。
《ブラッド》の隊長を務める実力を持つ少年でも、それを使ってもまだ奴を輪切りなど不可能だ。
「ま、どっちにしたって俺達のやる事は変わらねえ。とにかくアラガミ共の死体を積み重ねて明日への階段を作る事だ。だろ?」
「ははっ……物騒だがまぁ、そうだな」
「そうですね」
「だねー」
しかし強敵の出現に動じないのは、この少年も変わらない。
不穏が翳る道の先に揺らぎもしない少年の胆力に自分達のリーダーの心強さを感じながら、三人は各々同意の返事を口にする。
彼らの中心に少年はいる。
少年は彼らに支えられる。
ブラッドという名のこの部隊は、そういう風に出来ている。
「ん、そろそろか……」
壁にかかった時計を見た少年が呟く。
「おいお前ら、もう食ったか? サカキ博士のニュースとやらの時間がすぐだぞ」
「俺達はもうオーケーだ。ナナは………」
「ごっくん。今食べたよー」
「ようし、じゃあ行くか。ムツミ、ご馳走さん」
「お粗末様でした」
……今、ハンバーガー一個丸呑みしなかった?
他の席で食事をしていた別の隊の隊員がぽつりと呟いた。
席を立ち上がった四人が、ラウンジからエントランスに繋がるエレベーターの前に移動してボタンを押す。
ごうん、と程無くして上下運動する金属の箱はやってきた。
◇◇◇
「やあやあ皆、よく集まってくれたね」
エントランスの二階に集まった四人を出迎えたのは、フェンリル極東支部の支部長。
ニュースがあるからと四人をここに召集した、サカキ博士ことペイラー・榊その人だ。
「いや皆すまないね。難敵と戦ったばかりで疲れも残っているだろうに、急がせてしまったみたいで」
「別にどうって事ねえです。こないだのワニ公四体単騎狩りよか遥かにマシだ」
「ミッション《皇帝の進軍》ですね。そういえば君はウコンバサラが嫌いでしたね……」
「確かカリギュラもいたはずなんだが、それよりもそっちなのか……?」
「一体ならザコでも、あいつら数集まるとマジでダルいんだよ。
こっから先ウコンバサラ神速種とか出たらキレる自信あんぞ、俺」
後退から突進のコンボがさあ、などと少年が凄まじく限定的な私怨を撒き散らし始めたため、ゴホン、とサカキが咳払いして場を仕切り直す。
「えー、対アラガミの得手不得手は各員の研鑽に任せるとしてだね。
さて、ここに君達を呼んだのはニュースがあるからだというのは既に伝えたね?」
「うん」
「驚くなかれ、ビッグニュースだ。なんと………」
「なんと………?」
意味深な間を持たせるサカキに、自然と全員が緊張感に包まれる。
それがよい報せか悪い知らせかを表情から読み取ろうとしても、博士の糸目は何も明かそうとしない。
そして。
「なんと────君達《ブラッド》に、新しく仲間が入る事になったんだ!」
「 「 「 「………えっ!?」 」 」 」
超ビックリだった。
その職業柄いつも人手不足なこの職場に、新たな仲間の加入はなかなか見られるものではない。
それにブラッド自体がそもそも回りに比べて発足からまだ日の浅い部隊。
それ故、彼らはこういうイベントには馴染みがなかったりした。
「なるほどなぁ、こいつは確かにビッグニュースだ」
「どんな奴なんだろうな?」
「どうしましょう、もてなす準備が出来ていません………」
「わわわ、大変だー! 今すぐおでんパン作らなきゃ!」
「はは、ナナ君まずは落ち着きたまえ」
面白そうな顔をする少年とギルに急な知らせに戸惑うシエル、そして妙なパニクり方をするナナ。
三者三様のリアクションをする四人を見て、サカキ博士が楽しそうに笑う。
「すまないね。君達が任務に行っている間に来たから他の皆は知っているけれど、なにぶん本当に急だったんだ。
歓迎のパーティを開くのなら、残念ながらまた後日だね」
「確かに前もって教えてほしかったな、こりゃあ………ん?」
ギルが何かに気付いたように顔を上げる。
「なあ博士。という事は、そいつはもうここにいるのか?」
「ああ、いるよ。ラボラトリでの身体検査が終わる頃合いだから、そろそろこのエントランスに来る頃じゃないかな」
その時、重たい駆動音がエレベーターから聞こえてきた。
自然とそちらに視線が集まる。
そして開いた扉の向こうに姿を見せたのは、少年と同い年くらいの一人のゴッドイーター。
右手の腕輪の色で、すぐに自分達と同じ『第三世代』の神機使いとわかる。
異様な外見だった。
白色をした色違いのブラッド制服はこの際どうでもいい。
四人の視線が彼の顔に集まる。
少し目にかかるくらいの長めの髪。
雪のように白いその頭髪には、毛先だけに赤色のメッシュが入っており、そういうスタイルなのか癖毛なのか、頭部には犬の耳を思わせる髪の束。
そして最も異様なのが、傷のような赤い刺青に縁取られた───その両目。
白目という部分が存在しないのだ。
真っ黒に塗り潰された目には金色の瞳、縦に裂けた瞳孔がその中にある。
刃物のように鋭いその両の眼は、闇夜に浮かぶ満月のようだった。
「……おお……」
インパクトに負けて言葉が出なかった。
軽い靴音を鳴らしながら四人の前に歩み出たその『新入り』は、その視線を慣れたものだとばかりに受け止めている。
「紹介しよう。彼が君達ブラッドの新しい仲間───
────旺神ジン。
名前から判断するに極東出身らしい(外見からでは予想すらできないのだ)そいつの金色の瞳がキロキロと動く。ブラッドのメンバーの姿を確認しているらしい。
何となく全身を観察されている気分になってきた少年が、居心地悪そうに身体を揺する。
「ラボラトリに入る前にもいくつかデータを採らせてもらったけど、彼の持つバイタリティは素晴らしい。きっと君達の頼れる仲間になるはずだよ。……さて、ジン君。ここらで何か一言貰えないかな?」
「……………、」
いきなりパスを食らったジンがやや驚いたように隣の糸目を見る。
中空を眺めて少しの間何を言おうか考えた後、彼は薄く笑いながら口を開く。
「……旺神ジン。サテライトの孤児院出身。
よく覚えてないが、何かの素質が元でこの度ブラッドに配属された。
この見てくれで孤児院じゃバケモノって呼ばれてたから、ここでは人間ってアダ名が欲しい。
よろしく頼む」
……恐ろしく返しづらい自己紹介だった。
その『よろしく頼む』は『配属された』と『アダ名が欲しい』のどちらに繋がっているのか。
もしかしたら彼なりのユーモアだったのかもしれないが、だとすればなかなかブラックなセンスをしている。
このノーコメントが最適解の自己紹介にさてどう対応しようと四人が思考を回転させていると、彼がじっと自分達四人を見つめていた。
多分そっちも名乗れという事だろう。
それに気付いたブラッドの面々が、順番に彼に名乗っていく。
「ああ、俺はギルバート。ギルバート=マクレインだ。呼び方はギルでいい」
「ん、わかった」
「私
「ああ、よろしく」
「シエル=アランソンです。今後とも宜しくお願いします」
「こちらこそ」
「んで、一応俺が隊長の
『シュヴァリエでディアウス・ピターの生爪を剥がす会』の会長も務めてる」
「……え、ここそんなのあんの?」
「隊長。デタラメ吹き込むな」
誰一人としてそんなもん知らねえよとギルから突っ込みをもらい、咳払いを一つして仕切り直す。
開いた右手をジンの前に差し出した。
「ま、残念ながら歓迎のパーティはまた今度になっちまうが………歓迎するぜ、旺神ジン。頼りにしてる」
しかし。
「………………?」
ジンが握手に応じようとしない。
いや、それを求められている事を意識していないというべきだろうか。
顎に手を当てて、うーん、と何やら考え込んでいる。