そして神は人と成る ─GOD EATER 2─   作:嵐牛

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第20話

 手の中で暴れる白く太いそれをグチュリと噛み千切るジンに、リョウが完全にお説教モードで怒鳴る。

 虫は立派な栄養源であることを知っていて冷静なシエル、昆虫食も歴とした食文化だとムツミに教わって忌避感の無くなったナナにもう色々と慣れたリョウの中、まだうへぇと顔を歪めるギルが浮いてしまっていた。

 

 「いいか、まず人の身体的特徴を挙げるのはアウトだ! 褒める時なら別だけどな、もうお前は絶対に人の外見に触れないくらいの気構えで行け!」

 

 「そうか……。改善するためのフォロー?をしたつもりだったんだが」

 

 「あれはセクハラってんだよ! つーかよ、外見を見下される辛さはお前が一番わかってんじゃねえのか!?」

 

 「それはとっくに忘れてる」

 

 「……あ、ああ、そうか。…………悪い」

 

 「?」

 

 「ほ、ほらほらダメだよー! これからアブナイ任務が始まるんだよ!切り替えてこ!」

 

 慌ててナナが場の空気を払拭しようと試みた。旺神ジン、いまだ胃痛の種である。

 そして結果としてその気まずさを取り去ったのは、以外にもシエル=アランソンだった。

 

 

 「皆さん、そろそろ会敵します」

 

 そう彼女が言った時には、既に全員が物陰に身を隠していた。

 アラガミの位置と状態を把握するシエルの『血の力』、《直覚》により得た情報はメンバーの全員に共有されている……流石にここに至って気まずい雰囲気を引きずっている余裕はない。

 ───作戦エリアにアラガミが侵入します。

 オペレーターのフランの声と同時に、岩場の上から白い影が姿を現した。

 白熱した角と逆鱗を持つ、強靭な肉体の白い竜………

 

 …………なのか?

 

 「………何だ、ありゃあ」

 

 呆然としたギルが呟く。

 自分達が今目にしているハンニバルは───最早その姿を留めていなかった。

 全身がドロドロに溶けているのだ。

 所々体表から筋繊維を剥き出しにしながら、緩い泥で作った人形のようにドタリドタリと不恰好に歩く様に、普段見慣れた竜王たる風格は無い。

 だらしなく開いた口からは、鳴き声とも呻き声とも取れない音が絶えず漏れ出していた。

 

 「オオオ……アアアアア…………」

 

 

 「……ありゃほっといても死ぬんじゃねえか?」

 

 「一体何が起きてんだ? オラクル細胞があんなバグを起こすなんて聞いたこともない」

 

 「ですが、標的の細胞が液状化しているのは幸運かも知れませんね」

 

 シエルが腰に下げた空のボトルに触れる。

 オラクルのサンプルを保管するケースだ。

 

 「……作戦に変更は無しだ。ナナ、ジン。合図で俺達が撃ちまくるから、突っ込んでくれ」

 

 「わかった」

 

 「りょーかい」

 

 返答と共に二人は神機を握り直し、3人の神機が形態を変える。

 そして。

 

 

 「───行けぇっっ!!!」

 

 

 2つの鉄槌が岩陰から飛び出した。

 弧を描いて両側から挟み込むように全速力で駆け抜ける先駆けに、溶けたハンニバルが感付いた。

 咆哮と共に体表の細胞を口から粘液のように飛ばしつつ、ドタリとそちらに向き直ろうとした。

 そしてそこに襲い来る弾丸の雨霰。

 バチャバチャと派手に泥を叩くような粘質な音と共に、ハンニバル(?)の身体が弾けていく。

 

 「オッ、オオォ、ゴォッ」

 

 回避行動を取ろうとしているようだが、しかしオラクル細胞の不具合か動作が緩慢すぎる───そしてその隙が決定的だった。

 ジンとナナのハンマーが火を噴く。

 走る勢いのまま大きな三日月の軌道を描いた2人の重撃が、連続して白い竜の身体を殴り抜いた。

 ッッッッバァン!!! と巨大な水風船が弾けるような音。

 ブラッドの二大力自慢の二連撃をまともに喰らったハンニバル(?)の身体が、大きく抉れて───

 

 「「…………………っっっ!!??」」

 

 ナナとジンの顔が強張った。

 手に伝わる感覚がおかしい。

 ────軽すぎる。

 そして周囲に撒き散らされる、ドロドロに溶けたハンニバル(?)の体組織。

 それは制動をかけて改めて敵に向かい合った先駆け二人の周囲にもドチャドチャと落下し。

 

 

 ずりゅ、と。

 落っこちた体組織の粘液から生えたハンニバルの腕が、あらぬ方向からナナとジンを襲ってきた。

 

 

 「な───────っっ!!??」

 

 地面から生えてきたようなその腕を、2人は慌ててバックステップして辛うじて回避。

 不気味な橙に輝く溶けた竜の瞳には、異常な現象を目の当たりにして動揺し、弾幕の形成を止めてしまったリョウ達が映っていた。

 すると一体何の予備動作なのか、ハンニバル(?)がどさっと輪郭のあやふやな胴体を地面に横たえる。

 

 その途端、ハンニバル(?)の身体が、地面に溶けた。

 そして。

 

 「ヴォオ"オ"オ"オ"オ"オ"オ"!!!!」

 

 ずびゅるるるるるるるる!!! と粘質な不快音。

 植物のツタのように伸びたハンニバル(?)の両腕が、空中を蛇行して3人に侵攻していった。

 

 「うおおおおおおおっっ!?」

 

 その魔の手から何とか逃れたリョウ達。

 戦場の摩擦とかイレギュラー因子とか、そういうのよりもっと根本的な問題が発生した。

 

 「待て待て待て待て待て何だこいつ!? 最早ハンニバルである必要がねーじゃねーか!!」

 

 「擬似的な分裂と言っても良いでしょう。オラクル細胞の不安定さが、こんな結果を生むなんて……」

 

 「殴った感触はどうだった?」

 

 「水風船を割ったみたいだったよ。手応えがまるでない………!」

 

 その時、ハンニバル(?)の身体がボチャンと崩れた。

 辛うじて胴体の形を残し、粘液状の体組織がスルスルとアメーバのようにブラッド隊を取り囲んでいく。

 腕、脚、そして尾。

 体組織の水溜まりから生えてきたハンニバルの四肢が、四方八方からブラッド隊に押し寄せてきた。

 

 「っ全周防御!!」

 

 メンバーが背中を合わせるように固まって一斉に盾を展開し、完全な防御体制。甲羅に篭ったカメのように、ハンニバル(?)の攻撃を耐え凌いだ。

 ……旺神ジンを除いて。

 

 「ちょ、ジンくん!?」

 

 リョウの指示を無視、1人バックラーを展開せずに攻撃を躱して突撃していたジンがハンニバル(?)の胴体にハンマーを振りかぶった。

 ずりゅ、と湿った音。

 ジンの背後からハンニバルの首が生えてきたのだ。

 その上に乗った竜の頭が、大きく口を開く。

 その中に集約されていく、強大な熱波。

 

 「~~~~~~っっのバカ!!」

 

 ギルの神機が銃形態に変形、銃火を吐いたアサルトの弾丸が、ブラストやショットガンとは比較にならない速度をもって空を貫き───ジンの土手っ腹に命中した。

 くぐもった呻き声を上げてジンが空中で弾き飛ばされると同時、一瞬前まで彼がいた空間を巨大な炎球が通過した。

 身を翻して着地し咳き込むジンにギルが怒鳴る。

 

 「さっき俺が前に出過ぎるって話したばっかだろ! 指摘したお前が突っ込んでどうすんだ!!」

 

 「ッゲホ、ああ助かったよ。悪かった」

 

 「………」

 

 ジンの無事を確認したリョウは素早く周囲を見渡した。

 周囲にはハンニバル(?)の体組織が本体を中心にぶちまけられており、繋がりあったそれは不気味に生物的な蠕動運動を繰り返している。

 その周囲にも『飛沫』は飛び散っており、それらはただそこにこびりついているだけのようだが──

 

 「─────シエル」

 

 「はい」

 

 脳に閃いた直感。

 彼の動きと短い問いかけのみで全てを察したシエルが、速やかに分析の結果を口にした。

 

 「オラクルの反応が見られるのは、本体と直結した粘液、あるいはそれと繋がった粘液のみです。どことも繋がらない孤立した『飛沫』からは反応は見られません」

 

 「……ナイス《直覚》」

 

 そして。

 

「みんな聞いてくれ! あのハンニバルは別にアメーバみてーに分裂してる訳じゃねえ、言ってみりゃ手足を伸ばしてるのと一緒だ!

 千切っちまえばもうそこは使えねえ!!」

 

 そういうこと。

あのハンニバル(?)は液状になった己の身体を、まさに水のように周囲に広げることで己のテリトリーを作っていたのだ。

 死角などないようにも思えるがしかし、千切れた四肢は動かないのも生物の摂理………自在に拡げて生やせるのは、自分から切り離されていないものに限る。

 

 「だからあの野郎のドロドロしたとこを全部吹っ飛ばしちまえ!!

爆発系のバレットを持ってるやつはそれが有効のはずだ! ギルは《鼓吹》で全員の威力の底上げを!」

 

 「了解!」

 

 「行くぜお前ら。ドロドロばっかに気を取られんなよ? ───この手合いはコアを潰してナンボだからな!!」

 

 ガシャン! とリョウの神機が変形、オラクルの砲弾が砲口から弾け飛ぶ。

 それは岩場から生えていたハンニバル(?)の腕に着弾、派手に爆散させた。

 

 「グオッ!?」

 

 思わず唸るハンニバル(?)。

 一瞬混乱したようだが、次の瞬間、立て続けに破壊されてゆく『身体』を見て事態を悟ったのだろう。

崩れた竜は大きく口を開けて激怒した。

 

 「ヴォオ"オ"オ"オ"オ"オ"オ"ォォォォオオ!!!!」

 

 その瞬間。

 ハンニバル(?)の身体が───ありとあらゆる体組織が、一気に爆炎を噴き上げた。

 

 「うぉぉああああ!!??」

 

 一瞬で周囲をうねる炎に囲まれたブラッド隊が慌てて中央に退避する。

 全身が燃えるこのエネルギーは、逆鱗が壊れていないと有り得ない………このハンニバル(?)はもしかしたら、オラクル細胞の役割分担がひどく曖昧なのかもしれない。

 火を出すための『発炎晶』や『真竜神酒』が全身に混ざっているためこんな状態に───

 

 「なんて推測しても意味ねーなコレ!」

 

 「っ流石に、予想外ですね………」

 

 こんなの溶岩に浮かんだ小さな岩場に閉じ込められたようなものだ。逃げる場所などどこにもない、波が来たら飲み込まれる。

 これが単にアラガミの群れならば火力で一点突破してしまえばいいのだが、実体の無い炎相手にはそういう訳にはいかない。

 やべえな、とリョウの頬に冷や汗が伝った。

 これを喰らってはまず無事では済むまい………

 

 とその時、唐突にジンが言った。

 

 「刺青さん。また指示があるのかなと思ってあんたを見てみたんだが」

 

 「………?」

 

 

 「あんたまさか、この状況で無傷で済まそうとか思ってないよな?」

 

 は、と。

 リョウは思わず口を開けてしまった。

 

 「食い物しかり行動の結果しかり、対価も無しに手に入るものなんてないぞ。

 隊長? としての務め? 義務? なのかどうかは知らないが、この職場は果たして無傷で済むような環境だったのか?」

 

 まあいい、とジンは刃のハンマーを肩に担ぐ。

 後部のスラスターから紅い輝きが溢れ出した。

 

 「あんた達にその気がないならしょうがない。もう面倒だ、俺が行く」

 

 誰かが口を挟もうとするよりも早く。

 白い砲弾と化したジンのブーストドライブが、ゴッッッ!!! と炎の壁に向けて弾け跳んだ。

 髪や服、身体にいくらか引火させつつも、突進の勢いに任せて強引に炎を突き破る。

 しかし行く手にはまだハンニバル(?)の身体が広がっていた。

 そこからずるりと生えてきたのは、ハンニバルの両腕───握られているのは、炎の槍だ。

 さらにその奥には、爆熱を口に溜めているハンニバルの口が───

 

 「 「 このバカ野郎!!! 」 」

 

 2人分の怒声。

 入念な打ち合わせでもしていたのかという程にピッタリなタイミングで、ジンが炎に開けた風穴に踏み込んだリョウとギルバートだ。

 2人の神機、バスターブレードとチャージスピアがそれぞれハンニバルの腕に一撃、泥土のように爆散させる。

 

 「お前あんまヒヤッとくる事すんなよ!」

 

 「少しは後先を考えろ!」

 

 2人のクレームより早く、ジンの背中を超高速のシエルの弾丸が追い抜いた。それは炎球が放たれるよりも早くハンニバル(?)の口内に着弾、オラクルが暴発して溶けた炎竜の頭がごっそりと削れた。

 そしてそこに、ジンがとどめの一撃を入れる。

脳天から降り下ろされたハンマーが、まさしく釘と槌そのままにハンニバル(?)の身体を叩き潰し───

 そこからまた、手と頭が生えてきた。

 

 (っ弱点が、無い………!?)

 

 動揺に目を剥いたのは、間近で見ていたジンだけではない。

 そこにあるはずの弱点(コア)がない。

 それはつまり、このアラガミは心臓も無しに動く、どうしても殺しようのないゾンビということに───

 

 「わかったぁぁぁぁああああああ!!!」

 

 上空からの咆哮。

 見上げた先には、血の輝きと共にハンマーを振りかぶる香月ナナがいた。

 意図することはすぐにわかる。

 ジンはそこから慌てて飛び退り、巻き込まれない位置まで退避した。

 曰く、ナナプレッシャー。

 地面に直撃した鉄槌がド派手に撒き散らした衝撃波が───地中の『それ』を掘り起こす。

コアがないように思えたのは、ハンニバル(?)が液状の身体の中で移動させていたからだろう。

 

 どろどろの身体を染み込ませ、地下に埋めて隠していた───コアが埋まった、下半身。

 土柱と共に巻き上げられたウィークポイントが、とうとうブラッドの前に姿を見せた。

 

 またとない好機。

 それをターゲットとして見定めたジンを、リョウが大声で鼓舞した。

 

 「っしゃラストだ! 決めろ、ジン!!」

 

 そして───

 

 乾坤一擲。

 狼の如き眼でコアの在処を見抜いたジンが、咆哮と共に白竜の下半身を打ち砕いた。

 生命活動の核を破壊されたハンニバル(?)の身体が、黒い霧を噴きながら崩れていく。

 

 『ミッション完了です。………お疲れ様でした』

 

 ぐずぐずと腐るように溶ける液状の身体。

 久し振りに手こずった、未知の敵の撃破───その疲労感を上回る達成感に、ブラッドは大きな快哉を叫んだ。

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