そして神は人と成る ─GOD EATER 2─   作:嵐牛

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第22話

 様々な疑問が脳内を駆け回るが、今それを考えても意味がない。

 普段ゴッドイーター達はこれほどの脅威を相手にしているのか───恐怖で砕けそうになる膝に鞭を入れ、リッカは必死になって逃げる。

 がしかし、彼女に思考する余裕があるのにもまた理由があった。

 備えていたからだ。

 おおよそ3年前、似たような事態はすでに経験している。

 

 シュバッッ!!!と強烈な閃光が周囲を塗り潰す。

 リッカがバッグから取り出したスタングレネードが炸裂したのだ。

 ウロヴォロスの複眼がまとめて視力を失った。

 その隙を見たリッカはすぐさま近場の岩陰に姿を隠す。

 足で逃げ切れるとは思っていない……これで相手が自分を見失ってくれればいい。

 

 しかし。

 

 「ヴォォォォォオオオオ─────ッッ!!!」

 

 視界を奪われた混沌が吼える。

 周囲のもの全てを串刺しにするかのように、ほどけた触手が360度を爆撃した。

 

 「きゃあああああああああっ!!?」

 

 衝撃に背中を叩かれ、小柄な身体が宙を舞う。

 直撃を受けなかったのは幸運という他ない───しかし同時に不運だった。

 爆散した岩の破片が肩から提げたバッグにぶち当たり、手持ちのスタングレネードやトラップが手の届かない場所に吹き飛ばされた。

 慌てて立ち上がって逃げようとするが、力が入らない。

 懸命に身体を起こそうとするが、地面ごと自分を覆う影に頭上を振り向き───怒る混沌と目が合った。

 虫の反抗など許さぬとばかりに天高く掲げられる、古の大樹の如き腕。

 

 「あ、あ…………っ!」

 

 手足が全く動いてくれない。

 数秒後に荒ぶる神の腕は、彼女の身体を蟻のように叩き潰すだろう。

 そして恐怖に支配されたリッカに、ウロヴォロスの巨腕が振り下ろされて───

 

 轟音と共に、その一撃が強引に横に逸らされる。

 谷の縁からジャンプした旺神ジンのブーストインパクトが、ウロヴォロスの腕をブン殴った。

 

 「っ、ジン君………!?!?」

 

 「やっぱあんたがいたか、大当たりだクソッタレ!」

 

 「オオオ゛オオ゛オ゙オ゙オ゙!!!」

 

 脅威の対象を変えたウロヴォロスが、咆哮を上げてジンに襲いかかる。

 無数の触手が地面から襲いかかり、両の巨腕が空間ごと薙ぎ払う。

 ジンはそれをステップやジャンプで見切り、躱していく……しかしやはり反撃の隙がないのだろう、普段の攻撃的な姿が鳴りを潜めていた。

 すばしっこい彼に業を煮やしたのだろうか、ウロヴォロスの複眼が禍々しい光を宿す。

 ジンはウロヴォロスと戦った事がなかった為それがなんの予兆なのかはわからなかったが、収束するエネルギーを見て何が起こるかは予想が付く。

 

 「あんたいつまで座ってんだ! さっさと走れバカ!!」

 

 「ご、ごめん、足、挫いちゃったみたいで……っ!」

 

 ジンの表情が固まる。

 遂に臨界点に達しつつある星光と立ち上がれないリッカを、何かに躊躇するように交互に見た。

 見てしまった。

 その一瞬が、既に手遅れだった。

 

 ───彼一人だけなら、まだ回避は間に合っただろう。

 物理的な攻撃力を伴った莫大なフラッシュが、周囲一帯を塗り潰した。

 

 距離が離れていたリッカが強引に地面を転がされ、直撃を喰らったジンに至っては木の葉のように吹き飛ばされ、地面に叩き付けられた。

 通常ここまで威力のある技ではない………身体が通常の倍はあるぶん、出力も段違いなのだろう。

 しかしジンにとっては全身を蝕む痛みよりも、閃光による視界の混乱の方がより深刻だった。

 尋常ではない視力も災いしたか、一寸先に闇しか見えない。

 そしてリッカの頭上には、ジンを潰す道すがらにリッカも潰そうとする混沌の腕。

 目を抑えて呻くジンに、リッカは痛みに震える声で必死に呼びかける。

 ただ、逃げて、と訴えたくて。

 

 「ジン、君……っ!!」

 

 

 混沌の腕がリッカに向けて落ちてくる。

 地を震わせる重低音が着弾地点を中心に舞い上がった。

 ただしそれは、リッカの肉体がミンチにされた音ではない。

 ───リッカの声と音だけを頼りに両者の間に割り込んだジンのハンマーと、ウロヴォロスの腕が激突した音だ。

 

 「ぐうううううっっっ!!!」

 

 埒外の巨重をまともに受けて、ジンの身体とハンマーがメキメキと軋む。

 弩級のサイズを持つアラガミの攻撃を正面から受ける───彼の運動能力をもってしても無謀な行いであることは、リッカの素人目で見ても明らかだった。

 そしてそれが、自分を守る為の無謀であることも。

 

 「ジン君、もうダメだよ! 私はいいから、君は早く逃げて!」

 

 「うるっっっっっせえ黙ってろ!!!!」

 

 やけくそのような怒声と共に、ジンは逆にウロヴォロスに向けてハンマーを押し込もうとする。

 パキ、と彼の身体から何かが割れる音がした。

 しかし地を這う蟻の反抗を許す程に、荒ぶる神は寛容ではなかった。

 さらに巨腕に力が篭る。

 ズンッッ!!!と、ジンが地面に強引に膝を付かされた。

 潰される。

 数秒後の凄惨なビジョンがリアルに浮かんできた。

 それでもジンは折れまいと力を込め続ける。

 抜けることなら可能だろう。

 リッカは理解していた……彼がそれをしないのは、未だ動けない自分が自分の後ろにいるからだと。

 彼ら神機使いの命を預かる自分が今、その神機使いの命を脅かしている。

 ───それは彼女にとって、どれ程の苦痛だろう。

 

 「やめてよ……もう……私のことはいいから……っ」

 

 それに対して、ジンがまた怒鳴ろうとした。

 その時、混沌の他の腕が無数の触手にほどけた。

 それはジンを圧殺しようとする腕に編み込まれ、筋繊維のような様相を呈した。

 

 さらに力が増す。

 さらに抵抗しようとする。

 

 バキバキと壊滅的な音を上げて、ジンの身体のあちこちから鮮血と共にヘシ折れた骨が飛び出した。

 

 「あ────」

 

 リッカの視界が真っ暗に染まる。

 パキパキ、とジンの口の中から小さく乾いた音がした───彼の喉が動いた瞬間、彼の傷が強引に整復されていく。

 口に含んでいたいくつかの回復錠だ。

 しかし向こうの力は緩まない。

 破壊と再生を繰り返しながら、ジンは強引に攻撃を押し止め続ける。

 しかし徐々に回復速度が遅くなっていき、とうとう、ジンの意識が明滅し始めた。

 

 (……俺は、なにをしてん、だっけ?)

 

 意識の混濁。

 ドロドロのスープをかき混ぜるように浮上してきた『覚えのない記憶』が、漠然とした感覚となってジンを呑み込む。

 全身が痛い。

 痛いのが終わらない。

 なんで痛いんだ。

 こいつのせいか。

 こいつのせいか。

 

 こ い つ の せ い か。

 

 

 ──── コ    イ  ツ カ。

 

 

 それはまるで、頑強な壁を殴り壊すような。

 あるいは清廉な処女を強引に割り裂くような、そんな破壊的な目覚めだった。

 

 ウロヴォロスの腕が地面に着弾する。

 しかし二人は潰されていない。

 ジンが鍔迫り合いから全力でハンマーを振り抜き、腕を横に逸らしたのだ。

 ───そんな力など、残っているはずがないのに。

 

 「………え……?」

 

 リッカは思わず我が目を疑った。

 正に死力としか思えない力を発揮したジン。

 

 

 その全身が、何かの光を纏っていた。

 

 

 それは《ブラッド》特有の血色のオーラ。

 しかし旺神ジンのそれには、鮮血を思わせる鮮やかさは無かった。

 それは赤く、紅く────()()()()()()

 静脈血を思わせるオーラを炎のように揺らめかせる彼の姿は、長い眠りから醒めた悪魔のようだった。

 その異様にさしものウロヴォロスも一瞬怯んだようだった。

 しかし混沌の頂点たるプライドか、次の瞬間には猛然と襲い掛かってきた。

 

 通常の種の2倍……もはや山と変わらない巨体を叩き付けるように、触手を目一杯拡げて前方に倒れ込む。地響きと共に数十メートル範囲が更地に変わった。

 ───しかしもうジンはそこにはいない。

 リッカのオーバーオールを引っ掴んだ彼は、とっくの前にその範囲外に逃げている。

 恐るべき速度……だけではない。

まるで敵がそう来ることを、既に知っていたかのように。

 

 「ガルルルルルル………」

 

 目を白黒させるリッカを雑に地面に落とした彼の喉が、ヒトのものではない声で唸る。

 

 その直後、旺神ジンは岩場から姿を消した。

 いや、消えたのではない。

 見えないのだ────(はや)過ぎて。

 

 「────────!!!!」

 

 瞬間、ウロヴォロスは全ての触手を虫取り網のように展開した。

 目の前にいながらにしていなくなった標的を捕らえようとしたのだ。

 しかし標的は止まらない。

 真に獣と化した白狼は走って跳んで触手を蹴って、赤黒いオーラの尾を引きながら最短距離で獲物の喉笛に向けて駆け抜けていく。

 

 そして、眼前。

 とうとうウロヴォロスの直近に至ったジンは、自分の一撃でこいつを殺すのは不可能だと直感した。

 しかし最早、他に割く余力などない。

 ならばどうする?

 

 ────一撃に全てを絞り尽くす!

 

 

 ジンの神機が新たな光を放つ。

 赤黒いオーラを喰い破るようにハンマーの中心から溢れ出た色彩は、金色。

 闇夜に浮かぶ満月のような彼の瞳と同じ。

 その眩い輝きの正体は、力。

 

 万象の一切を潰滅させる、神にすら届く傲慢の槌。

 

 「ぅぉぉォォオオオオオおおオオオぉオオオオオオオオおオオオオオオオオオオオオオオオオオオおおおオオオオオオオオオオォォォオオオオオオおオオオオオオオッッッッッ!!!!」

 

 

 一瞬。

 視界が光で消し飛ぶ。

 

 雷鳴じみた極大の壊音を引き連れた閃輝の鉄槌が泰山の如きウロヴォロスの身体を、3分の2ほど消し飛ばした。

 

 破壊、などという言葉で収まる現象ではない。

 天からの罰が下ったのかというような馬鹿げた破壊力は、ウロヴォロスに今際の際すら感じさせはしなかっただろう。

 茫然と口を開けるリッカの前で、ジンは混沌の肉片と共に地面に降りて………いや、落ちた。

 どすん、と。

 着地どころか受け身も取れずに、ジンは地面に落下した。

 慌てて這い寄って様子を見るリッカだが、彼はピクリとも動かない。

 

 「ジン君、ジン君! 大丈夫!?」

 

 心臓は動いている────死んではいない。

 ただ体力を完全に消耗しきっている。あの一撃に本当に全てを出し切ったらしい。

 ともあれ敵はいなくなった………ならば彼をベースキャンプまで連れて帰るが先決。

 しかし完全に弛緩しきった男性の身体プラス彼が未だ握ったままの神機。

 自分も体力勝負の神機整備士、不本意ながら力こぶが作れてしまう位の筋肉はあるが………運べるか………?

 

 人のものではない足音が頭上から聞こえた。

 気付けばいくつものアラガミが、谷の縁から自分達を見下ろしていた。

 

 「…………………、」

 

 戦闘音に寄ってきたのかあのウロヴォロスが群れのリーダーだったのかはわからない。

 リッカはもう考えるのは後回しにした。

 側に落ちていたトラップやスタングレネード入りのバッグを引き寄せ、片手でジンをぎゅっと抱き寄せる。

 ───彼は命を賭けて自分を守った。

 ───だから私も戦う。命を懸けて、彼を守る!

 

 そしていくつもの爆発があった。

 突然弾け飛んだアラガミ達の身体は、神機から放たれたバレットの仕業に違いなかった。

 

 「………おかしいと思ったぜ。時間になってもリンクサポートデバイスが起動しねえから、なんかあったのかと急行してみりゃビンゴだ」

 

 そこにいたのは、服のあちこちが汚れたブラッド隊───だけではない。

 

 「おい! みんな無事!?」

 

 「第一部隊、応援に来ました!」

 

 「傷付き倒れる者と女性を相手に多勢で挑む卑劣な輩共め! せめて我がポラーシュターンの輝きの糧にしてくれよう!!」

 

 「おいおい、随分好き勝手やってくれてんじゃねーの」

 

 「もう大丈夫です。私達が来ましたよ!」

 

 コウタ、エリナ、エミール───第1部隊。

 ハルオミ、カノン──|第4部隊。

 応援要請を受けた仲間達が次々と駆け付けてきた。

 緊張が解けたリッカの身体から、くたりと力が抜ける。

 もう安心だとわかったからだ。

 ピンチの時に見る彼らの背中ほど───:心安らぐものは、ない。

 

 「2人に指1本触れさせるな! 目標、全体! アラガミ共を殲滅しろ!!」

 

 

 しばらく後、終わりの見えなかった今回の任務は完全に終結する。

 軽傷者に重傷者、共に1名ずつ。

 最も高い戦闘力を持つ部隊から入院患者を出すという軽くはない損失を生んだ本作戦だが───その内容が極東支部に与えた影響は、その被害以上に多大なものだった。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 回復錠を2度とそんな風に使うな、と言われた。

 

 「……寝れない」

 

 草木も眠る真夜中に医務室の中、ただ一人目が冴えてしまったジンがうんざりしたようにぼやいた。

 どうやら自分はどうしてだか回復錠(だっけ?)が効きにくいようで、今回無事だったのはかなり際どかったらしい。

 

 (食べにくい上に効きにくいって、それ意味があるのか……?)

 

 とりとめもない思考が頭をめぐる。

 ただでさえ眠りが浅いのに、重傷と疲労困憊で任務の後で日の高い時間からガッツリ眠ってしまった。麻酔の影響か身体もだるい。

 おまけに怪我の影響で不用意に立ち上がることも出来ないときた。

 暇。

 おっっっっっそろしく暇であった。

 ───せめて昼夜が逆転してなければ………

 

 ジンはふと首を回して横のベッドを見る。

 ベッド、というかカーテンの仕切りしか見えないが、その向こうでは楠リッカが寝息を立てていた。

 自分の意識がオチている間にここに入ったのだろう。ついさっきまで隣の患者がリッカであることを知らなかったジンだが、彼は息の音さえ聞けばそれが誰だかはわかるのだ。

 

 (………生きてるんだな)

 

 ───守った、ってやつなんだろうか。

 あのままだと彼女は地面の染みになっていた事は間違いないので、そうなるのを阻止した、という点で言えば言葉の定義には沿っているだろう。

 しかしジンは、自分の行動と結果に今一つ実感が持てないでいた。

 誰かの為にやった、という意識がない。

 ただ『そうなっている』とわかった時、考えるより先に身体が動いた───完全に衝動的に。

 もし「なぜ助けようとしたのか」と聞かれたら、「ついカッとなって」と答えるのが一番しっくり来てしまう。

 

 (まあ、殊勝な理由なんて持てる身の上でもないしな………)

 

 

 『お前は私の息子だ。わたしはお前の父だ』

 

 『そして私達は1つの家族だ。1人1人に果たさねばならない役割がある』

 

 『いいか、ジン。よく聞け』

 

 『お前の役割は───────』

 

 

 「───何やってんだろうなぁ、俺ァ………」

 

 目を細めてぶっきらぼうに呟いたジン。

 誰にも届かない言葉は夜の闇に溶けて消えた。

 意識と共に身体の芯から戻ってきたドロリとした疲労に押されるように、彼はもう一度目を瞑る。

 なんだか妙な夢を色々と見た気がした。

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