優しさと責任感が原動力で、他者が伸びれば手放しで喜ぶ。秀でる故に闘争心の希薄なリョウはどうも張り合うツボが人とズレているようだった。
「考えてみれば俺のナントカ殺し? よりもあんたのえーと、C.C.ナントカの方が明らかに使い勝手がいいじゃないか。覚えた時は悪い気はしなかったが、正直要るのか? 俺のコレは」
「あるのと無いのとじゃ天と地の差がある。異常進化……てか『融合体』が増えてきた現状じゃ特にな。てかやっぱもううろ覚えかよテメー!」
やいのやいのと言い合いつつ神機を格納庫に預け、疲れた身体を引き摺るようにメンバーはアナグラのエントランスに帰投した。
もう全てを投げ捨ててベッドに倒れ込もうと決意を固めたジンの肩を何者かが掴んだ。誰だと思って振り向いたが、やっぱり誰だかわからない。
そして。
「おい旺神聞いたぞ! お前馬鹿デケェウロヴォロス一発でぶっ殺したんだってな!?」
「見せてくれよ、ブラッドアーツってやつだろ? お前の!」
「本当にお手柄だったよ、今回は!」
「…………? は………?」
「もう話が広がってるみたいだな。しかし全員耳が早くないか?」
「ああ」
ギルの疑問に神機使いの1人が答える。
「楠さんから聞いたんだよ。旺神のヤツが本当に死にそうになりながら守ってくれたってさ。まだ言えてないけど、ちゃんと顔を見てお礼を言いたいとよ」
極東支部に来てから不和を振り撒き続け、そうして今に至るまで。
向けられる嫌悪に慣れきっていた彼の戸惑いは、果たしてどれ程のものだっただろう。
ジンに向けられているのは、思えば彼の人生の中で初めてですらあるかもしれない感謝の笑顔だった。
「感謝するよ。楠さんがいなくなったら、極東支部は大打撃どころじゃ済まなかった───
────ありがとう。本当によくやってくれた」
…………、と。
まるで実感の湧かなかった感覚が、ここで確かな形となってジンの胸に落ち着いてきた。
これが自分の行動の結果だ。
助けた。守った。
それで間違っていなかったのだ………
「………あ笑った! コイツ今笑ったぞ!」
「!? いや笑ってない。見間違いだろう」
「ちょっと待って隠さないでよ、真顔に戻そうとしないでって! 見せてって写真撮って全員に回すから!」
「誰が見せるか! おいやめ、ちょっ、ふざ……オイテメーら、仲間ってんなら見てねェで助けろや!! ツボってんじゃねぇぞ刺青コラ!!」
素に戻ったジンの叫びがさらに拍車をかけてしまい、楽しそうな騒ぎ声がエントランスに響く。
めでたく極東支部に受け入れられた彼がようやく開放された時には、もう時計の短針はずっと上の方に上っていた。
もう全員が
「こら。こんなとこで寝たら身体痛めちゃうよ」
「寝てないぞ」
「わっ、何で寝てないの」
「何でって」
片目を開けて返事をしたジンに楠リッカが驚いた。
「もうこんな時間だよ? まだ完全に回復してる訳じゃないのに、疲れが取れないよ」
「寝たんだ、一応。三時間くらいは」
「それ寝たって言わない」
「ヘトヘトだったはずなんだが、最近特に眠れなくてな……まあ疲れは残ってないから大丈夫だろう。それを言うならあんたも大概遅いぞ」
「私はいつもこんな感じだよ。ちゃんと必要なぶんは寝てるしね」
ジンの首筋に不意に冷たい感覚。
中身の入った缶ジュースだった。
「今日もおつかれ。どうせここにいると思って買ってたんだ……君も飲む?」
是非に及ばず。
貰えるのなら遠慮なく貰う、それが旺神ジンの習性である。
……そうやって地雷を踏んだのはこれで2度目である。過去に同じことをやらかしてしまった事を、彼はすっかり忘れてしまっていた。
「……『冷やしカレードリンク』………」
「また君もそんな反応する……おいしいんだよ、これ」
プルトップを開けて中身をすするリッカ。
それに倣ってジンも缶を空け、スパイシーな香りを漂わせる茶色の液体を口に含んだ。
香辛料の香りと風味が鼻を抜ける。混ざっているのは刻まれたジャガイモやニンジンだろうか、舌と胃袋を刺激する味に食感というアクセントを加えていた。
……まあ、旨い不味いで言えば旨いと思う。
ただこれ、完全にさらさらしたカレーのルーだ。
小腹が空いた時ならともかく、任務上がりとかに奢られても嬉しくないタイプである。
「……少なくとも喉を潤す効果を求めてはいけないのは理解した」
「果物とかにも合わせたことあるけど、やっぱり穀物系と合わせるのが一番おいしかったよね」
「それはもうそういう料理を食べた方が早いだろう」
「ああ、そうそう」
コン、とあっという間に飲み干したドリンクの缶をテーブルに置いてリッカは言う。
「君の神機ね、ちょっと調べてみたんだ。初めて見る組成だったけど、特殊な素材を使えば生産できそう。……ひとまず名前は《ミストルティン》に決まったんだけど、いい?」
「別にいい。ブラッド……なんだっけ、の神……殺? といいそのミストルティンといい、今日はよく名前を付けられる日だ」
「《神殺》か。ぴったりな名前だと思うよ、私」
「そうか?」
「うん。まさに私が見た光景って感じ」
リッカはジンの瞳を真っ直ぐに見据える。
黒い眼に浮かぶ金色の瞳は初めて見た時は驚いたけれど、今はもう、怖くも何ともない。
やっぱりこの時間に君が起きてたのはラッキーだったかな、とリッカは呟いた。
「………ごめんね。皆の命を預かる立場の私が、君に命を落とさせちゃうところだった。本当はすぐに謝りたかったんだけど………君も疲れてたみたいだからさ」
「あれはあんたに非がある話でもないだろう。そもそも俺はやろうと思ったことをやっただけだし、そこを謝られても俺にはどうしようもない」
「うん、そうだね。ここは謝るところじゃなかった」
少しだけ俯く彼女。
やがてソファから立ち上がり、リッカはジンの傍らまでコツコツと歩み寄ってきた。
そしてリッカはそのまま腰を屈める。
一体何だ、と横目で見ていたジンと彼女の目線が一瞬、同じ位置になり────
「……だから、ね。お礼」
────ちゅ、と。
ジンの頬に、暖かく湿った感触が押し当てられた。
ありがと、とやや早口で囁いて、リッカは早足でエントランスを後にした。
対するジンは、彼女が接触した頬に指で触れたまま動かない。自身の処理能力をオーバーした情報量をブチ込まれたコンピュータのように、完全に動きと思考がフリーズしていた。
午前2時25分。
旺神ジンのこれまでにおける、異性との初めての健全な接触は────濃厚なカレーの匂いがしたという。
◇◇◇
楠リッカの救出。
その事件を境に、ジンは極東支部にすっかり馴染んだ。
ストレートな物言いも相まってアダ名を付ける癖も1種の名物的な扱いとなり、彼という存在はこの場所において完全に肯定されたと言えるだろう。
ただアリサへの『南半球』という
その時はその場にいた全員が全力で彼の口を塞いだため未曾有の惨劇はなんとか回避されたが、その辺にジンのこだわり的なものがあるのかもしれない。「やっぱあいつには揺るがないムーブメントがある」と真壁ハルオミは語っている。
それともうひとつ。
『ミッション完了です。お疲れ様でした』
鎮魂の廃寺でハガンコンゴウの群の死骸の上に座って休んでいるメンバーの耳に、オペレーターのヒバリの労いが届く。
今回の任務は
「ま、こんなもんだろ」
「茶でも飲んでくか?」
『迎えのヘリが到着するまで少しかかります。警戒は怠らないでくださいね』
ヒバリの声を聞いていたジンは少し考えて、
「なんか上機嫌だな」
「タツミさんから電話でもあったんだろ。多分」
『ぶふっ!』
平素と同じ声で喋っていたつもりのヒバリが咳き込む。
ロクに名前も覚えられないくせに人のコンディションを把握する力は高い旺神ジンと極東支部の仲間を深く理解している神楽リョウの合わせ技はほぼ百パーセントの精度を誇り、ある種の凶悪さすら秘めていた。
ちなみに「なぜそこまで人の状態を把握できるのか」などという質問をジンにしてはならない。「機嫌を伺わなかったらこっちが酷い目に遭う」という笑えない答えが返ってくるからだ。
「ていうか、あんた武器変わってないか? なんで尖った棒になってるんだ」
「隊長は『血の力』でどの武器でもブラッドアーツが使えるからな。あとちゃんとチャージスピアって言え」
「任務に適した武器を集めたにしては俺のウェイトが大きかった気がするが……」
ハガンコンゴウ。
聴覚に長けて知能も高く、範囲の広い雷撃も放つ厄介者───それが4体だ。
故に群れを分散させるのが難しいためリョウとギルバート、そしてエリナという『とにかく小さなポイントを貫ける』チャージスピア主体のチーム編成で1人1体を受け持ち、全員でハガンコンゴウの柔らかい顔をつつきまくる作戦である。
なおブーストハンマーのジンが入っているのはまともに使っていないブラストが一応敵の弱点である破砕系のバレットであることと、例によって遊撃手として連携の切り崩しや不意討ちの効果を期待されてのものだったのだが………
「4体全員がお前にまっしぐらだったもんな………何だ、お前の身体からは甘い匂いでも出てんのか」
「断じて出ていない」
「………ふーん……?」
ジンの周囲を他より一回り低い目線がうろつく。
エリナ・デア=フォーゲルヴァイデ……殉職した兄を志して極東支部の扉を叩いた少女である。
なんだコレ、と首を傾げている彼を検分するかのように矯めつ眇めつしていた彼女は、若干くちびるを尖らせて言う。
「……初めて同行したけど、結構やるじゃん。ま、先輩ほどじゃないけど」
「そういうあんたは1番トロかったな」
「なっ………!!」
エリナの顔が真っ赤に染まる。
ギルバートはキャリアが長く、リョウやジンには高い素養がある。そんな中エリナは確かにまだまだ発展途上といったところ。ジンの言い種は率直すぎるが、しかしエリナのここ最近の進歩は目覚ましいのだ。
「いっ、今はまだ成長段階なだけだし! 私を馬鹿にするなら今のうちに馬鹿にしておけばいいじゃない! いつか目に物見せてやるから!」
真っ赤になって人差し指を突き付けるエリナ。
ジンとエリナ、歯に衣着せない彼と負けん気の強い彼女の噛み合わせはすこぶる悪い。
またぞろケンカかと仲裁の準備にかかるリョウだが、その直後────リョウの予想の斜め上の軌道で、特大のホームランが突き抜けた。
「まあずっと下着が見えっぱなしだったからな。ある意味においてはもう目に物を見せt
「…………で、今回も悪いのは俺か?」
「いや、今回はそうとも……うーん……」
ラウンジ脇のソファで、今日もブラッド隊長相談所。
頬っぺたにきれいな紅葉を咲かせて憮然としているジンの前で、リョウは頭を抱えていた。
今回の件、旺神ジンは悪いか、否か。
「ひとまず下着が見えてるっていうのは避けるべき事態だろう? そして仲間のミスはカバーするべきとあんたが言ったかは忘れたがメモ帳にはあった。
一応それに倣えば間違ったことはしていないはずなんだが?」
「いやまぁ、確かに間違ってはいねえ。いねえんだけどよ………ただ問題が触れにくいやつだったから……」
確かに傷付けまいと敢えて触れなかったのも優しさではあるが、そこを指摘してやるのも正しさだ。
だから正直ジンに諫められるところは無い……そもそも『先輩、今日の私どうだった?』『白、かな』とかいうクソみたいな返事をかました事のあるリョウにどうこう言える筋合いは無いのだった。
「で、ここから俺にどうしろというんだ。間違ってもいないものを正すなんて離れ技は俺には出来ないぞ」
「とにかくそうだな、エリナの方もお前が悪い訳じゃないことはわかってるはずだから、ちゃんと話せば……」
その時エレベーターの入口が開き、二人の人物が姿を現した。
片方は赤い髪をしたグラマラスな女性。
その後ろをついて歩いているのは、頭髪の薄くオドオドした雰囲気の白衣の男。
こちらを見て微笑みつつ傍を通り過ぎたその女性に、ジンがにやけ顔で口笛を吹く。
「……随分な上物がいるじゃないか。全身自己主張のカタマリか? 最高じゃねえかよなぁオイ」
「会ったこと無かったっけか? レア博士だよ。………前から思ってたけど、お前ちょいちょいマックスにゲスいよな。声のトーン落とせ」
流石に咎めた。
「ていうかじゃあ後ろのアレは誰だ。雰囲気的にパシリか」
「失礼なこと言うなクジョウ博士だよ。レア博士の助手やってる」
「あんな顔した男の末路をいくつか知ってるぞ。断言しよう、あの若ハゲはいつかロクでもない女に引っ掛かって大事件を起こす」
「………ああー……いや流石に……うーん………」
そういや『あの人』に惚れてたよなあ、と心当たりがあるせいでまたも否定しきれなかったリョウ。
しかしジンのこの言葉が後に現実となるなど───この時誰が予想できただろうか。