そして神は人と成る ─GOD EATER 2─   作:嵐牛

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第25話

 「って、違う違う。エリナの話だ。ちょっとエリナの方はこっちでも頑張るから、お前はデリカシーについてだな」

 

 「デリ菓子? 旨いのかそれは」

 

 「………」

 

 この真顔である。

 彼の率直さはなぜこうもプラスに働かないのか、とリョウがちょっと真剣に頭を抱えていると、リョウの後ろを見たジンが「うっ」と引きつった声を出した。

 何かから逃げるようにそそくさと退散しようとする彼の服を、彼女の手が掴んで止める。

 

 「ご、ゴーグルさん?」

 

 「やっと捕まえた! 君さ、なんで私から逃げるの?」

 

 「ど、どうせ説教だ」

 

 「そうだよ。あのね、今回の任務、あの神機の傷は何? また無茶な使い方したでしょ。本体と近接兵装のジョイント、任務一回分の傷み方じゃないよ! やっぱり盾は新品のままだしさ!

 どうせ攻撃とかも全部力任せに撃ち返したんでしょ。ちょっとは退くことを覚えて!」

 

 「退くにしても4対1に近かっ

 

 「だったらなおさら盾がまっさらなのはおかしいでしょ! 隊長さんもギルもエリナちゃんもいたなら、ちょっとぐらい任せてもいいんだからね!?」

 

 つかつかと距離を詰められたジンが壁際まで追い込まれていく。そうだそうだその通りだ!とヤジを飛ばしたら凄い顔で睨まれた。

 退路が無くなるまで詰め寄っていたリッカは吊り上げた眉をハの字にして、弱い声でジンに懇願する。

 

 「……私、機械以外は直せないんだよ? だから君が無茶するのだけはやめてよ。……また君があんな風にボロボロになるなんて嫌だからね、私」

 

 そう言って彼女は、ツンとそっぽを向いてラウンジから出ていった。

 本当にジンを探していただけだったらしい。ジンはまだ若干身構えつつ彼女の背中を見送り、そしてドアの向こうに消えたところでやっと緊張を解いた。

 

 「……ああ、この所ずっとこの調子だ。ちょっと前まで嫌ってた癖にやりにくいったら………おい刺青さん、そのニヤけ面は何だ。なぜ肩を組む。おいやめろ、何かわからないけど何かそれやめろ」

 

 リョウのニヤニヤ攻撃をなんとか振り切ったジンは、どうしたものかと考える。

 言われたことを一先ず改善せねば、ここから先も説教を受けるのは明らか。しかし今の戦い方は既に手に馴染みきっており、ここからスタイルを変えるとなると相当な難問である気がする。

 刺青(リョウ)が言うには、エリナ(だっけ? 忘れた)もまたガードが覚束なかった時期があったようで………だから彼女に聞けばいいんじゃないかとアドバイスされたが、多分これを機にもう一度話してみろという事だろう。

 

 (うん。………ダルいな)

 

 なのでジンは問題の全てをダイナミックに先送りすることにした。全ての問題は時間が解決してくれるものである。

 今回もまあ何とかなるだろうと楽観していた、その矢先。

 

 どうにもならない振動が、ポケットの中から伝わってきた。

 

 「…………………………」

 

 ポケットに手を伸ばし、通信機を手に取る。

 まるでそれを少しでも先延ばしするようにのろのろと緩慢な動作で通話ボタンを押し、能面のような無表情でそれを耳に当てる。

 

 

 『第1段階を始める。死なないよう備えろ』

 

 

 

◇◇◇

 

 

 「アァッハッハッハッハッハッハッハ!!!」

 

 巨木もかくやという前脚で大地を耕しつつ、重戦車の如き巨体が雷撃を抱いて爆進する。

 それを横に散開して避けた瞬間、その背中から砲塔が飛び出した。

 無数に放たれるミサイルが空を覆う光景は、遠い昔に過ぎ去った戦争の災禍を思い出させるようだった。

 美の女神とは名ばかりの災厄。

 香月ナナと旺神ジン、アリサとソーマの四人は、《ヴィーナス》との激闘を繰り広げていた。

 

 「アリサ! ジン! 俺達の後ろに回れ!」

 

 ソーマの指示で防御力に劣る二人が、ナナとソーマの後ろに回る。

 アリサとジンを庇うように前に出たナナとソーマがタワーシールドを展開、地に根を張るように全力で踏ん張った。

 直後、降り注ぐ破壊の豪雨。

 

 「「 ぐううううううっっっ!!!」」

 

 バガンバガンバガン!!と着弾する衝撃に最も防御力に秀でる二人の身体が吹き飛びそうになるが、それを後ろに回ったジンとアリサが押さえて支える。

 ミサイルの暴風をやり過ごしたら、今度は後ろの二人が飛び出した。

 機動力にものを言わせ、疾風のように強襲をかける。

 

 「そろそろ両足のゼリーが壊れるはずです! そうなればかなり楽になります!」

 

 「……………っ!」

 

 アリサの神機が変形し、アサルトの銃身が弾丸を吐き出す。

 ヴィーナスの気が一瞬そちらに逸れた隙に、ジンのブーストハンマーが点火した。爆発的に加速したジンの身体が標的に向けて一瞬で吹っ飛ぶ。

 慌ててそちらに向き直ろうとするヴィーナスだがもう遅い。

 運動エネルギーの全てを鉄槌に集約し、全力で美神の左足、金色のゼリー部分に向けて降り下ろす。

 砕け散るゼリー部分。

 しかしそこで終わりではない───その脚に食い込ませた鈍角の刃を支えに、さらに身体を縦に1回転。インパクトの衝撃と全身をバネにしてさらに上に跳ぶ。

 さらに火力を増す《ミストルティン》の炎。ブラッドアーツではない、純粋なブーストインパクトが着弾した。

 ドッッッゴオオン!!!という、激烈な轟音。

 

 「ウゥゥゥウウウッッ!!」

 

 苦悶の呻きと共に地に膝(?)をつくヴィーナス。

 そこにアリサが走り込み、体重を支えている脚にリョウの力によって目覚めたブラッドアーツ《ソニックキャリバー》を叩き込む。

 そこでヴィーナスも反撃に転じようとした。両手を前に突き出して、雷を纏うゼリー状の球体を生成。周囲に雷の旋風を巻き起こそうとする。

 それをナナが阻止した。

 体力にモノを言わせて危険域に突っ込み、コラップサーをフルスイング。その腕ごと球体を弾き飛ばした。

 そして。

 

 「お前ら、避けてろ………!!」

 

 純白の鋸刃に膨大なエネルギーをチャージしたソーマが、肩に担いだ大剣を全力を込めて降り下ろす。

 刃の形をした青白い奔流が、ヴィーナスの身体に太い1つの線を描いて通り抜ける。

 微かな断末魔を上げながら───2つに分かれた美神の身体は、ゆっくりと崩れ落ちていった。

 

 

 

 「っはー、はー、あー………」

 

 神機のスタンドなどが揃えられた簡易的なベースキャンプの中で、イスに座ったジンは疲労の息を吐いた。

 これで3連戦目である。

気分転換に熱々のコーヒーを一気飲み(!)しているアリサが笑って見せるが、やはりそう余裕は無さそうだ。

 

 「そういえば、ジンさんはサバイバルミッションは初めてでしたね。こんな風にアラガミが大量発生した時、迅速に討伐するために行うんですよ」

 

 「それは毎回本拠地がほぼカラッポになる規模でやるのか……?」

 

 「いえ、流石に今回みたいな事は初めてです……」

 

 突如として起こったアラガミの大発生。

 大群、否。大軍と言っても差し支えないレベルの物量に、極東支部の人員は今、ほとんど出払ってしまっていた───それも全て内容はサバイバルミッションである。

 しかもそのほとんど全てに『融合体』が関わっている。今回戦ったヴィーナスも、恐らくはそれだった。

 ゼリーから産み出される他のアラガミの器官が増えていたのだ。

 多頭竜(ヒュドラ)のように大量に生えるボルグ・カムランの尾、豪雨のように降り注ぐクアドリガのミサイル………この美神1体でそこいらのアラガミの群を凌駕する戦力だ。

 接触禁忌種のアラガミが散歩のついでに襲来してくる人外魔境の極東支部だが、今回は相当に立て込んでいた。

 

 「これで3戦目が終わったな。あと2回戦、気張れよ。お前ら」

 

 「やっと折り返しか……。そんでネコ耳さん、あんた何でこの小休止にドカ食いしてるんだ」

 

 「むぐ。次はセクメトの群れでしょ? だったら私の《誘引》がカギになるはずだもん、しっかり体力つけなきゃね。ジンくんもどーぞ!」

 

 「……いやいい。食欲がない」

 

 青天の霹靂といった表情で絶句するナナから目線を切り、ぐったりとイスに沈みこむジン。

普段ナナばりの食欲を見せる彼のこの様はこの修羅場を如実に表しているようだ………一方のナナも、ここぞとばかりに保存用まで持ち出したおでんパン用の袋がもう随分と萎んでいる。

 残り2戦の先行きに暗雲が見え隠れしていた。

 

 「ブリーフィングをするぞ。まず最も警戒するべきはセクメトのスタン攻撃だ。片方がスタン状態になった時すぐに解除できるよう、常にツーマンセルで当たる。これを絶対に心掛け、無理攻めはするな」

 

 「後はホールドトラップですね。激昂したセクメトはホールドへの耐性が弱くなりますので、しっかりと機を見極めて使いましょう」

 

 「うーん、でもトラップに引っ掛かるのは一体だけだよね? 群れが相手だとなかなか……」

 

 「1ヶ所に纏めればいい」

 

 イスに沈んだジンが言う。

 

 「前に使ってるのを見たが、アレは範囲に入った奴に効果があるんだろう? だったら同時に入ってきた奴等なら一網打尽に出来るはずだ」

 

 「それは名案ですね! しかしどうやって……」

 

 そこで全員の視線がナナに集中した。

 ナナも周囲の言わんとすることを察したのだろう、パッチリした目を元気よく輝かせて宣言した。

 

 「《誘引》での敵の集合。やれるか?」

 

 「もっちろんです! 100匹でも200匹でもどーんと来ーい!」

 

 そうしてブリーフィングは終わった。

 アラガミの作戦エリアへの侵入予想時刻が迫る中、四人は簡易ベースのテントから出る。

 ナナとアリサの後ろを少し離れて歩くジンの横にソーマが並んだ。

 

 「このところ体調が悪いらしいな」

 

 前にいる2人に聞こえないように、ソーマはジンに言う。

 

 「別に。なんだ、いきなり」

 

 「そっちの隊長が少し前から心配しててな、何か様子が変だったら医務室に突っ込んでくれと頼まれてる。バレてないつもりなんだろうが、アイツが鋭いのはお前も知ってるだろ」

 

 ちっ、とジンは小さく舌打ちする。

 

 「もっとも、お前はこの任務の後で精密検査を受けなきゃならない予定だからな。ついでに済ませれば面倒もねえだろ」

 

 「………あ?」

 

 「お前に何かロクでもないもんが絡み付いてんのは察しがついてんだ。そのゴタゴタを開明すりゃあ、いつにも増してクソみてえなこの現状を打開するきっかけになるかもしれねえ。……『今のお前』なら協力してくれるはずだ」

 

 ジンの言葉が、止まる。

 

 「初めて会った時からわかってんだろ。お前からは俺と同じ、色んなもんが混ざって壊れちまった匂いがする。だからわかる────

 ───お前はもう、駄目になっちまう寸前だ」

 

 それだけ行って、ソーマは先に歩き出す。

 作戦エリアはもう近い。

 肩に担いだミストルティンの柄を握るジンの手が、ミシ、と音を立てた。

 

 

 次のミッションであるセクメトの群の討伐。

 戦闘開始から5分、事前に立てた作戦には早くも齟齬が生じていた。

 

 「クソっ、こいつら全部の攻撃にスタン効果が付いていやがる!」

 

 「もう一度固まりましょう! 目の前の相手を引き剥がせますか!?」

 

 「それだけなら……!」

 

 爪や足による肉弾攻撃を盾で防ぎながら彼らは懸命に連携を取ろうとする。

 元々オールレンジの攻撃手段を持ち武術じみた高度な動きをするセクメトの集団は想像以上に厄介だった。

 戦闘の中でセクメト達はソーマ達のツーマンセルの意味がわかったのだろう、セクメトはペアを分断し孤立させるように動き始めた。

 飛行による突破力、遠方からの射撃援護に窮した4人は、いっそ4人で固まって1匹1匹瞬殺していくことにした。

流石のベテラン2人の指揮だ、それは高いクオリティのコンビネーションで上々の成果を上げていたが───もちろん、何の障害もなくそれが続くわけもない。

 

 「では合図で敵を弾き飛ばしましょう! 3───」

 

 「待って! ジンくんどこ!?」

 

 その言葉に慌てて周囲を見回す3人。

 すると随分離れた所に彼はいた。

 セクメト三匹に粘着されている。

 

 「噂どおりですね、どうしてああもアラガミに好かれるんですか!?」

 

 「ひとまずジンを回収するぞ! あの3体を引き剥がす!」

 

 ソーマの号令で3人が動くが、それを他のセクメト達が阻む。この際それを無視して急行しようとするが、セクメトはそれは許さんとばかりに追随してきた。

 3人はそれを相手にせざるを得ず、そうしている間にジンはさらに遠くに離れていく。

 そしてジンもそのあたりで、チームに自分を救出している余裕がないことを理解した。

 

 「クッッ……ソがああああああああ!!!」

 

 「!? ジンくん、どこ行くの!?」

 

 忌々しさの衝動を口から吐き出し、ジンは全力でそこから離脱した。それを追うセクメト達。

 全速力で走るジンは、あっという間に作戦エリアの外に消えてしまった。

 

 「あのバカ、ヤケ起こしやがったか!」

 

 「今救出に向かう余裕はとても……」

 

 そうしている間に、さらに地形の陰からセクメトが姿を現した。終わる気配を見せない禁鳥の進軍に、3人の心臓に嫌な感触が這いずり回る。

 自分達を見下ろすセクメトの口元が、どこか笑っているように見えた。

 

 「援軍は」

 

 「望めませんね……」

 

 まさに絶望的だった。

 明確な恐怖心を感じていたナナだったが、そこで彼女は、ソーマとアリサの表情には一片の諦めも混ざっていないことに気が付いた。

 疲弊した体に戦意で喝を入れ、神機の柄を強く握り締めている。

 どんな苦境に立たされたとしても、きっと彼らの瞳から光が消えることはないだろう。

 『諦めるな』。

 それは白い制服を纏う彼らの至上命令なのだから────

 

 

 

 

 

 「ウォオオオオォォオオオオオオオオオオオォォォオオオオオオオオオオオッッ!!!」

 

 

 

 突如空に響いた雄叫び。

 そこにいる全ての意思ある生物が、その身体を硬直させた。

 アラガミ達は己の根底そのものを掌握するようなその波長に。

 人間たちは頭にこびりついている、因縁深いその咆哮に。

 ()くして答え合わせは、オペレーターの口から行われた。

 

 『偏食場パルス増大。オラクル反応照合。………!! マルドゥークです! 作戦エリア付近にマルドゥークが出現しました!』

 

 大地が震えた。

 セクメト達が目の前にいる3人を無視して、その偏食場パルスの中心に向かって全速力で移動を開始する。

 その方向は。

 その方向は!

 

 「アイツ、どんだけついてねえんだ……」

 

 ギリ、と歯軋りするソーマ。

 その悲鳴にも似た叫びが、ナナとアリサの心臓を凍り付かせた。

 

 「ジンの野郎、逃げた先でマルドゥークとかち合ったのか!?」


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