そして神は人と成る ─GOD EATER 2─   作:嵐牛

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第26話

 青褪めた顔でセクメトの群れと同じ方向に走る3人だが、やはり人間の身体とアラガミの巨体の走力は歴然で、3人の周囲を次々と赤い翼が追い抜いていく。

 それらを少しでも足止めしようと射撃を繰り返してみても、そんなものどうでもいいと言わんばかりにその行軍は止まらず、そしてとうとう、最後尾のセクメトが見えなくなった。

 

 「オイ! ジンのいるポイントまでの距離は!?」

 

 『距離3000の時点でオラクル反応が消失しました……!』

 

 「うそ────それ、って────?」

 

 「落ち着いて、レーダーの策敵範囲から外れただけです! けどジンさん、どんな速度で逃げたんですか……!?」

 

 ショックで足が止まりかけたナナをアリサが叱咤する。

 ここで足を止める事はできない。救援もままならないこの状況、ジンの生存は恐らく絶望的だろう。

 だけど諦めてはいけない。

 彼の強さと生き汚さに賭けるしかない。

 わずかな可能性を信じて数キロをぶっ通しで駆け抜けた彼らの目に写ったのはしかし─────予想だにしていなかった光景だった。

 

 「何だ、こりゃあ………」

 

 そこにあったのは夥しい数の、数えるのも面倒な程の………禁鳥の死体、死体、死体。

 1つ残らず黒い霧を噴き出しているそれらは既に幾つか崩壊を始めており、この光景がたった今作られたものではないことを語っている。

 パチパチとあちこちで爆ぜる火の粉に彩られたこの光景は、まさに地獄の一幕のようだった。

 さっきまでの激動が嘘のような静寂に、ナナは声を絞り出す。

 

 「すごい………ジンくん、これ全部倒しちゃったの?」

 

 「いや違う。死体の傷痕を見てみろ……これはハンマーの痕じゃない。何かデケェ奴にやられた痕だ」

 

 「! いました、あそこに!」

 

 アリサの指差す先、そこに彼はいた。

 一際大きな火に囲まれたそこで、旺神ジンはセクメトの死体をベッドにしてぐったりとへたり込んでいる。

 息も絶え絶えなその様に、3人は慌てて駆け寄った。

 

 「おいジン、無事か!? 何があった!?」

 

 「ちょっと待ってね、今回復錠出すから!」

 

 「……待ってください、ジンさんあなたポーチがパンパンなままじゃないですか! 回復錠は使わないと効果が無いんですよ!?」

 

 半分怒りを滲ませながらアリサはジンのポーチから回復錠を取り出し、その口に含ませる。ジンの喉が動き、それを胃の中に飲み込んだ。

 だが。

 

 「どうして……? どうして傷が治らないんですか!? リッカさんを助けた時は効果があったはずなのに!!」

 

 「ゲホッ……元々俺は、何故かこいつが効きにくいんだが………。ハッ、いつの間にか、拍車が掛かってるらしい……」

 

 どれだけ喚いても効かないものはしょうがない。

 回復錠による処置を早々に諦め、出血箇所を縛るなど原始的な応急処置を施していく。医療班が到着するかアナグラに送り返す準備が整うまで、このまま安静にさせておくしかない。

 

 「!? ジンくん、立っちゃダメだよ!」

 

 「どのみち、ッケフ、ここに留まる訳にもいかないだろう………。少しは休めた、移動くらいは出来る……」

 

 これほどの惨禍、戦闘音も相当なものだっただろう。それに反応して別のアラガミが寄ってきていても不思議ではない。

 ジンの言う通りではあるのだ。ただし彼のペースに合わせる事はできない。

 ソーマがジンを抱き起こし、ボロボロの身体を背負おうとした、その時。

 

 ドゴン!!と上空から何かが飛来してきた。

 その正体を見た4人の呼吸が止まる。

 漆黒に輝く冠。

 生命を刈り獲る刃の翼。

 

 帝王ディアウス・ピターが、そこに君臨した。

 

 「ゴアアァァァァアアアアアアッッ!!」

 

 

 「嘘でしょう……こんな時に………!」

 

 「ど、どうする? 逃げる?」

 

 「そうしたい所なんだがな……!」

 

 余計な消耗をしている余裕はない。

 全員の体力を鑑みても、ここは撤退がベストだ───ただし、重症のジンというお荷物が無ければの話だが。

 ソーマは片手をジンの脚から離し、ポーチの中の円筒の感触を苦い顔で確かめる。

 アラガミの視覚を一時的に封じるスタングレネードだが……ディアウス・ピターに対してこの道具は効き目がすこぶる悪い。

 足止めしようと乱発しても、逆に精神を逆撫でして状況を悪化させる可能性もある。

 まともに動けないジンを庇いつつ護衛をナナとアリサに任せ、そして撤退の速度はジンのせいで及第点とは言い難い。

 

 「ジンをどこかに置いて戦うしかねえな……」

 

 「その必要は、ない」

 

 ずるり、とジンがソーマの背中から離れた。

 仰天する3人を余所に、彼は歩くというよりよろめくようにディアウス・ピターの前に歩み出る。

 

 「俺の客だろう。俺がもてなさなきゃ、どうするんだ」

 

 ディアウス・ピターの瞳に映る4匹の人間。

 その中でも目の前にいる人間(ジン)はボロボロで、それは放置しても構わないだろう事は帝王の目にも明らかだったはずだ。

 なのに。

 他の3人には目もくれず────ディアウス・ピターは、旺神ジンに真っ直ぐに襲いかかった。

 

 「 「 「─────ッッ!!」 」 」

 

 慌ててその間に割って入ろうとする3人だが、しかしそれは間に合わなかった。

 なぜなら、ジンも同時に倒れ込むようにディアウス・ピターに向けて走り出していたからだ。

 そして帝王の牙は呆気なくジンの身体を捕らえ、そして地面に叩き付けた。

 

 そのはずだった。

 

 「?」

 

 ディアウス・ピターの頭に疑問符が浮かぶ。

 これは違う。この感触は脆弱な人間の歯応えではない。

 ────それもそのはず。

 ジンは己とディアウス・ピターの口内の間に、銃に変形した神機をつっかい棒のように挟み込んでいたのだ。

 

 「そういやここんとこ出してなくてな。随分と溜まっちまってんだ」

 

 ジンの口調が戻った。

 ぎしり、と無茶な防御に使われた神機が軋む。

 亀裂が入り半壊した銃身からは光が漏れ出ていた。

 ディアウス・ピターがそれに気付いて慌てて口を離すよりも早く。

 

 さんざんリザーブされまくったオラクルが、ほとんど暴発するように解き放たれた。

 

 「……溢さず飲めよ。特濃だぜ?」

 

 ドガンッッッ!!!!と────

 耳を聾する轟音と共に、帝王の上半身が綺麗に消し飛んだ。

 衝撃で残った下半身が2本足で立ち上がるように煽られ、そのままどう、と大地に沈む。

 余波に思わず顔を腕で覆ったソーマにアリサ、そしてナナ。視界を取り戻した3人は、今度こそ最悪の結末を覚悟した。

 

 同じように衝撃で吹き飛び、離れた場所に力なく横たわるジン。

 神機を抱えていた彼の右半身に咲き乱れた凄惨な赤い花は、鉄の臭いを嫌という程に撒き散らしていた。

 

 

◇◇◇

 

 

 「バ……タル………定し……」

 

 「信……れ……。普……なら……、危……」

 

 意識の遠くから、単調な電子音と人の話し声が聞こえてくる。暗闇の中で覚醒の糸を手繰っていくとそれらの声が次第に明瞭になり、だんだんと思い出したかのように全身の感覚が甦ってくる。

 そして背中に柔らかい布の感触を感じた所で、ジンは目を覚ました。

 

 「………ここは?」

 

 「!? 患者(クランケ)が目を覚ましました!」

 

 「何!?」

 

 まるで幽霊を見たかのような騒ぎ様だった。

 慌てて駆け寄ってくるドクターらしき中年と看護士達がジンの顔を覗き込み、努めてゆっくりと質問を投げ掛ける。

 

 「意識はハッキリしているか? 自分の名前はわかるか? 直前にしていたことは?」

 

 「……旺神ジン。4人で立て続けの任務に行っていた。任務中に黒いのをフッ飛ばしたのが最後の記憶だ」

 

 「ふむ。……痛むところとその度合いは?」

 

 「全身が痛いが動けない程じゃないな」

 

 「そうか……。本来ならばもう1ヶ月は寝ていなければならない傷なんだがね……。患者にここまで驚かされたのはシックザール君以来だよ」

 

 医者としては複雑な気分なのだろう………自分の出番がない事ではなく、自分の学んできた事を引っくり返すような目の前の現象にだ。

 ナースコールや痛み止めのある場所を説明し、とにかく絶対安静にしているように、とやや厳しい口調で注意してから医師たちは部屋から出ていった。

 自然治癒能力に任せてしょっちゅう無茶をするジンは彼らから今一つ信頼されていない。

 そしてその期待通り(?)に早速病室を抜け出し、探し人の姿を求めてうろつき回っていると。

 

 「うおっ、お前なんで歩いてんだ」

 

 「足があるからだ」

 

 「そうじゃねえだろ、絶対安静って聞いてんだぞこっちは」

 

 「もう大した怪我じゃない。大方治ってるんだ」

 

 「嘘つけよ!」

 

 まさにジンの様子を見るべく医務室に足を運んでいたリョウとギルバートに出会した。

 平然とした顔でうろついている上半身ミイラになっている時期外れのハロウィン男にさしもの2人もぎょっとしている。

 ジンの大方治った発言は、まぁ、真っ赤な嘘という訳では無きにしもあらずだ。

 

 「こっちもそこそこ重要な用事があるんだ。白髪さんを見てないか」

 

 「? ああ、任務の事か。俺が話そうか?」

 

 「察しが良くて助かる。どうなったんだ、あの後」

 

 「お前が救護ヘリで脱落した後、ソーマさんの班と俺らの班とで合流したんだ。最後の相手は砲台が異常発達したラーヴァナだったけど、まぁ1匹は1匹だ。いつも通りに片付いたよ」

 

 「なんとか死傷者は出なかったが、正直厳しい任務だった。極東支部周辺にはアラガミが出なかったのは不幸中の幸いだったな……」

 

 「……そう、か………。全員無事なんだな……」

 

 全ては片付いていた。

 現状を把握して小さく呟いたジンの頭に、ゴツン、と軽い拳骨が落ちた。

 

 「『そうか』じゃねえ、お前ナナやソーマさんから聞いたぞ。壊れかけの神機でリザーブ全部使ったバレットぶっ放したんだってな?

 なんでそんな無茶しやがった。下手すりゃマジで死んでたぞ!」

 

 「あの場で狙われたのは俺だったし、その時の俺はろくに動けもしなかった。そこから生を拾うにはアレしかなかったんだよ」

 

 「例えそうでも無理に反撃する必要はなかっただろ!? だいたい回復錠が効かねえって大事な話を何で黙ってやがった!!」

 

 「まぁまぁ、こうして生きてるからいいじゃないか」

 

 「良かねえ! ソーマさんから話は聞いたがな、まずお前は単独で突破しようとするな! 前々からそうだったがこの所特にひでえ! お前の言うように生き残りたいのなら」

 

 「わかったわかった」

 

 ぐい、とジンはリョウの肩を押し退けた。

 

 「話はまた後で聞く。これで『けっこう深手』らしいんだ、今は休ませてくれよ」

 

 そう言ってジンは二人に背中を向けて去っていく。

 任務のその後を聞くという彼の目的はもう達成されたはず、休むというなら自室か病室にでも戻ればいい。

 ただ逃げただけなのだろう。彼の歩く先はそのどれとも反対の方向だった。

 

 「ギル」

 

 「ああ、わかってる」

 

 リョウの意図を察したギルが、言わなくていいと遮る。

 帽子のつばから除く碧色の瞳には、過去に残った重たい感情が浮き出ていた。

 

 「何があったか聞き出さねえとな。………アイツ、あの時のロミオとおんなじ目をしてやがる」

 

 

 

 どこか目的地があった訳ではない。

 自分を心配する声を適当に躱しつつ、ジンは人のいない方へいない方へと逃げるように歩いていく。

 そうしている内に辿り着いたのは、ゴッドイーター達の神機が保管されている格納庫だった。人の気配はなく、時折機械が駆動している小さな音が鼓膜を震わせる。

 ふう、とジンは息を吐いて手摺に凭れかかった。

 とにかく1人になりたかった。

 心配も思い遣りもまるで毒だった。

 懲罰房から出た日から今日まで、今日は特に。

 自分しかいないこの空間が、今は心地良い。

 

 (ここならまだ誰も来ないだろう───)

 

 

 「あ。いた」

 

 

 思わず頭を抱えそうになった。

 失念していた、誰も来ないなんてあるか。

 少なくとも1人、ここを根城にしているじゃないか────しかも今、最も会いたくない奴が。

 

 「………よお、ゴーグルさん」

 

 「君はいつになったら私を本名で呼ぶのかな」

 

 いつも快活な彼女な彼女、楠リッカの口調はいやに平坦だった。

 嫌な予感しか感じなかったジンはすぐに彼女に背中を向けたが、思い切り腕を掴まれた。

 グローブを嵌めた指が食い込む。

 間違いなく本気とわかるその力は、彼女の今の心象を嫌というほどに語っていた。

 

 「……離せよ」

 

 「離さないよ。そろそろ私も限界だから」

 

 さらに指の力が強くなる。

 

 「君の神機だけどね。もう損壊が酷すぎる。辛うじてコアは無事だけど、修復するのにかなりの資材と時間が必要になるね」

 

 「そうか……。そりゃあ……大変な事だ」

 

 「何それ。他人事?」

 

 ぐん、とリッカがジンの腕を引く。

 後ろによろめいたジンを乱暴に動かし、自分と手摺の間に挟むように彼の前に陣取った。

 

 「話したことあったかな。私が神機の傷付き方でその人の戦い方がわかるっていうの」

 

 「……忘れたな」

 

 「逃げて付いた傷とか、守って付いた傷とか……攻めて付いた傷とか。

 君のはひどいもんだよ。自分で自分の命を削ってる。君さ、隊長くんから言われた『自分の身を守れ』って話全っ然守ってないよね。しかもどんどん悪化してるしさ」

 

 「………」

 

 「帰ってきた君の神機を見る度に、ズタズタになった君が重なって見えるんだよ。

 

 ………何かあったなら、教えてよ。私にはもう、君が自殺に走ってるとしか思えない」

 

 握り締めた拳からグローブの軋る音がする。

 何があったと何度聞いても、何も教えてくれはしない。頑なに閉ざされ続ける扉を叩き続けるしかない焦燥感と無力感は、間接的にも命を預かる彼女には耐え難いのだろう。

 俯き震えるその身体と声は、今にも殻を突き破って暴れ出そうとする感情を必死に抑えているに違いなかった。

 

 

 「………ああ」

 

 話せない事情があるならもうそれでもいい。

 すぐに変わってくれなくとも。

 せめて分かって欲しかった。彼女のそんな切なる思いは、およそ最悪の形で裏切られた。

 

 

 「そうか……俺は………死にたいのかもしれないな───………」

 

 

 そっか、と小さく呟いた。

 

 

 パンッッッッ!!!と。

 渇いた音が格納庫の中に鋭く鳴り響く。

 横にぶれる視界。頬に走る疼痛。

 振り抜かれたリッカの掌が、ジンの顔面を全力で張り倒していた。

 

 「っっ………」

 

 「わかったよ。君がそういう考えなら、私はもう君の神機は修理しない」

 

 絞り出すような声だった。

 大粒の涙を湛えた両目が目一杯の力を込めてジンを睨む。とうとう押さえ切れなくなった彼女の怒りは、叫びと涙になって眼前の男に叩き付けられた。

 

 「私は───私は、君たちを殺すために神機を直してるんじゃない!!」

 

 リッカは乱暴にジンを突き放し、踵を返して足音荒く扉の向こうに去っていく。

 言いたいことを全力で叫んで、言葉でわからない分を身体で訴えた。

 だけどちっとも気は晴れない。

 ここまで言わなくてはならなかったのが、それでも何も話してくれないのが、やっと少しでも聞けた本音がそんな言葉だったのが、どうしようもなく悔しくて悲しくて。

 じんじんと痛む手で拭う涙は、痛みと傷を洗い流してはくれそうもなかった。

 

 

 「………、」

 

 思えばここに来てから殴られたのは2回目だ。

一度目は傷跡(ギル)だったか。殴られた理由の方はぼやけてきてしまっているが、ハンマーを叩き付けられたかのようなあの痛みはいまだハッキリと覚えている。

あいつよりもゴーグル(リッカ)の方が身体はずっと小さくて、力も弱いはずなのに。

なんでこんなにも痛く感じて。

 

 (なんでこんなに重く感じるんだろうな……)

 

 今、自分は攻撃された。

 でもそれは多分、何か自分の為を思ってのことで。

 あの時よりも痛いのはそれが何となくわかってしまったせいだろうか。

 自分の何かが、あの時よりも重く感じるように変わってしまったのか。

 今、またあの時と同じ拳を食らったら……また別の何かを感じることができるのだろうか。

 痺れるように痛む頬に触れても、その答えはわからない。

 

 

 あるいは。

 

 もっと早くそれに気付くことが出来ていれば、彼の未来はもっと違うものになっていたのかもしれない。

 

 

 

 

 ごとん、と。

 まるで人形が倒れるように、何の動きもなくジンの身体が地面に崩れ落ちた。

 

 

 

 祈る神のいないこの世界で、災いはいつだって何の前触れもなく彼らの前を先回る。

 

 東の果てに闇が来る。

 軍靴を鳴らして災厄が来る。

 

 極東支部が未曾有の災厄に見舞われるまで、およそ3日前の事だった。

 

 

 

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