そして神は人と成る ─GOD EATER 2─   作:嵐牛

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第29話

 ゴッドイーター達が完全に出払い、迫り来る嵐を前に不気味に静まり返った廊下をサカキが歩いている。手にしている端末の通話相手はソーマ・シックザールだ。

 

 『状況はどうなってる』

 

 「近隣のサテライトからも総動員して急ピッチで防衛線を築いてる。会敵予想時刻までには間に合いそうだが、問題は私達の方だね。生きたアラガミの、まして未確認の理論が介入したオラクル細胞を休眠させるなど初めての試みだ」

 

 『どのみち殲滅するしかねえんだ。時間なら要るだけ稼いでやるから急げよ』

 

 「無論だ。腕が鳴るよ」

 

 そして通話は切れた。

 竹田ヒバリがどこかに必死に連絡を取っている横を通り抜け、サカキは足早に目的地へと急ぐ。

 

 ───彼を殺してしまえば、という意見。

 はっきり言ってそれは一番手っ取り早い正解だ。

 偏食場パルスの残留時間は通常のマルドゥークとは比べ物にならないだろうが、しかしこちらが対抗手段を発見するのにも短くない時間を要するだろう。

 殺しても無意味だと言ったのは丸きり嘘ではないが、むしろ彼を殺してしまった方が偏食場パルスの消滅は早い可能性は大いにあった。

 もはや彼は敵の一員。非情な判断を下しても咎める者も、咎められる謂れもない。

 それでもサカキが理由を付けて殺さない手段を公表したのは、彼と親しかったゴッドイーター……特にブラッド隊、中でも神楽リョウが反発して作戦行動に支障をきたす事を防ぐ為だった。

 誰かを守るため。誰かを救うため。

 例えその優しさが足枷になりかねない物だったとしても、彼らが真に力を発揮するのは「そういう時」だ。

 

 だから逃げない。

 そこに留まって戦うことを選ぶのだ。

 

 「彼らは仲間と認めた者を決して見捨てない。……あるいは、それも計算の内かな。阿頼耶」

 

 そう語るように呟いて。

 サカキは彼の横たわる実験室の扉を開いた。

 

 

◇◇◇

 

 

 空は憎たらしい程に澄んでいて、乾燥した風が頬を撫でる。普段ならピクニック日和だなどと軽口を叩くような陽気だが、今から始まるのは地獄へ向かうツアー旅行だ。

 

 『会敵予想時刻まで5分を切りました。敵軍の進行速度、変わりありません。特異なオラクル反応も無し。《子供達》もいないようです』

 

 「だとよ。全員準備はいいな?」

 

 「ああ。いつでも行ける」

 

 リョウは手を庇にして遠くの景色に両の目を細める。

 周囲に大きな起伏がないためかなり遠くまで見通せる場所ではあるが、来るべき軍団の姿は肉眼ではまだ見えない。

 リョウ達がいるのは山岳地帯の中腹ほどの場所。

 見晴らしのいい高所から全体を見渡し、かつ戦闘に入った時に少しでも有利な位置を取れるように短い時間の中で選ばれた内の一つがここだった。

 残された時間は少ないが、やれることは全てやる。

 嵐の前の静けさを掻き消そうとするかのようにけたたましい重低音が頭上を通り過ぎていく。

 

 「支部とサテライトの防衛にはあの第一段階が要です……成功するといいのですが……」

 

 「人事は尽くした。後は祈ろうぜ」

 

 「まだ私達なにもしてないよー」

 

 「そういやそうか」

 

 見上げた先にある軍用の輸送ヘリのローターが、空を叩く音が幾重にも重なった音が頭上から響かせる。

 機体下部に開いたハッチからは大きな包みが断続的に投下され、それらは空中でほどけて形容しがたい色彩の(もや)を散布していた。

 これと同じ光景はここからまだ遠く、進行する敵軍の近くでも見られているはずだ。

 彼らの視線は地平の先。

 あるいは最期になるかもしれないその会話を、同じ方向を見据えながら紡いでいる。

 少しの空白の後、ギルバートがやや躊躇いがちにリョウに目線を振った。

 

 「……なあ、こんな時に聞くのも何だけどよ。隊長はどう思う。アイツの事」

 

 「……そーだな」

 

 がしゃん、と神機を担ぎ直すリョウ。

 

 「経緯はどうあれ、あいつは俺達を裏切った……っつーのも変か。最初からあっち側だったんだし……ともあれ、アイツは俺達の敵だった。どうやってもそこは変わんねーよ」

 

 応答する言葉は誰からもない。

 無言というその返答は肯定の証だ。

 次の瞬間、シエルが小さく眉を動かして顔を上げた。

 直後に耳に付けたデバイスからオペレーターの連絡が入り、それは視覚と聴覚によって実感に変わる。

 

 ───我が名は軍団、数多なる故。

 かつての人類が信仰していた神について記した書物に、そんな一節があるらしい。

 

 『敵軍、作戦エリア内に侵入!誘導に成功しました!』

 

 これが悪夢か。絶望か。

 大小問わぬ荒ぶる神々が、大地を轟かせてただ進む。

 前衛(とでも言うべきか?)にいるのはヴァジュラ種やハンニバル種など速度に長けた種族のようだ。

 その後ろには中型や動きの鈍重な大型。まさに災厄の博覧会といった有様だ。

 それなりの高所から見下ろしているが最後尾が見えない。

 

 「『死ぬには良い日』、だったかな。確か」

 

 ぼやきつつリョウはその双眸を鋭く研ぎ澄ます。

 隣から後ろから聞こえてくる。神機が駆動する臨戦の音色が作戦開始の号砲だ。

 

 「けど、せっかくこんな天気の良い日によ……死んでやる道理は無えよなぁ!!」

 

 咆哮一発。

 ゴッドイーター達が一斉に駆け出した。

 数の上で圧倒的に不利であるにも関わらず、彼等が選んだ行動は愚直なまでの吶喊だった。

 無謀な突撃? 否。

 窮地を前に冷静であるという戦場での絶対条件を、彼等は何よりも遵守している。

 

 今回の作戦には段階がある。

 第1段階───無秩序に集結するアラガミ達の、ヘリから蒔いた誘引フェロモンによるそれぞれの作戦エリアへの分断・誘導。

 そして今、第2段階。

 初動を征し、有利な体勢を作ること。

 

 『リンクサポートデバイス発動!一定時間、アラガミにホールド状態が付与されます!』

 

 ────アラガミの進軍が突如として止まった。

 全員が電流に束縛されたかのように痙攣しながらその場で動きを止めている。

 その隙に前衛のゴッドイーターの神機が捕食形態(プレデターフォーム)に移行。前列にいた厄介な大型を次々と食い荒らし、受け渡し弾がホタルの群れのようにあちこちを飛び交う。

 そして全員がバーストレベル3。

 ホールドが切れる直前に、最後は全力で殴り付けるのだ。

 

 「「ぉぉおおおっっらああぁぁぁあああ!!!」」

 

 ブラッドアーツ《バンガードグライド》に《C.C.ディザスター》、プラス濃縮アラガミ弾の雨霰。

 爆音を上げた破壊の洪水が、神の軍勢の一角を削り取った。

 土煙が晴れた先に見えたのは、四肢が千切れ飛ぶ死屍累々。

 見渡す限りの残骸と……その面積を遥か上回る、激怒に吼えるアラガミ達。

 

 (ここまでは完璧だ。そんで……ここまでだ)

 

 作戦の第3段階。

 可能な限りの優位を保ちつつ、高度な柔軟性をもっていかなる状況にも臨機応変に対応すること。

 最後に全てを投げっぱなしにしているこの作戦に異存はない。

 どうしたって結局は腕力勝負になるのだ。その前のお膳立ては重要だし、この短時間にしては最上級の流れだろう。そしてそれは滞りなく完遂された。

 

 「各員、バースト状態は切らさないように。常に仲間に気を配り、捕食と受け渡しを怠るな。後衛はアラガミ達をよく観察しといてくれ。変な動きや厄介な奴が見えたら即報告な」

 

 「「「了解!!」」」

 

 無線越しの指示にいくつもの返答が戻ってくる。

 久しぶりに怖い。

 この構図はまるで攻め滅ぼされる人類の縮図だ。

 

 (さて、と)

 

 次のリンクサポートデバイス発動までの時間と種類を頭の中で整理しながらリョウは手近な場所にいたヴァジュラをぶった斬る。

 彼のブラッドアーツは比類なき破壊力を誇るがその分それなりに消耗してしまう。広範囲を攻撃できる手段を持つ者が自分以外にいないのが辛いところだった。

 久し振りにカスタマイズしたバレットの出番かと近接偏重であまり使わないブラスト銃身に意識を傾けた時、ずっと向こうの方に見えている丘が揺れているのが見えた。

 ……丘? そんな訳がない。

 全体を見るよう言われていた後衛が叫ぶ。

 

 「ウロヴォロスの砲撃が来るぞぉぉおおっっ!!!」

 

 光が瞬いてから数瞬、光の柱がゴッドイーター達が陣取る山岳地帯の中腹に突き立った。

 轟音を上げて震える大地。

 あそこで戦いが起きているらしいと山勘で撃っただけのようで誰にも命中はしていないが、放置していい訳がない。あんなものをやたらめったらにめくら撃ちされてはまともに戦えなくなる。

 ならば。

 

 「シエル!!!」

 

 「既に」

 

 リョウが叫んだ時にはシエルはもう迎撃に入っていた。

 シエルの眼が神機とリンク。その視界がズームアップされていき、赤い目玉をいくつも張り付けた顔を彼女は抱き締められそうなほど近くに感じていた。

 そして引き金を落とす。

 スナイパーの銃身が閃光を吐き出すと、遠方の混沌の顔面から飛沫が迸った。

 一定のリズムで間断なく、痛みで身体を捩ろうがお構い無し。寸分違わずダメージを負った弱点を叩く恐ろしい精度だった。

 そしてダメージの修復が追い付かなくなったオラクル細胞が活動を停止。山のようなウロヴォロスの体躯が大地に沈んだ。

 

 「排除しました」

 

 「さ、サンキューな……」

 

 ………やべえ。

 10秒足らずでカタを付けた頼もしさにリョウの口から若干引きつった声が漏れる。

 彼女とは共にバレットエディットの道を探究した仲であるが、どうやら自分はとんでもないものを目覚めさせたようだ。

 しかしそろそろキツくなってきた。

 周囲のアラガミは改めて自分達を敵と認識し、明確な反撃を始めてきている。

 後ろに抜かれるわけにはいかないのでこれでいいのだが………やはりこうなる。

 

 「おるぁぁああああ!!」

 

 咆哮と共に放たれたブラッドアーツが周囲のアラガミを刈り飛ばす。

 アラガミの壁が吹き飛ばされた向こうには劣勢を強いられていたギルバートがいた。

 

 「大丈夫か!?」

 

 「何とかな……!クソ、乱戦は苦手だ」

 

 苦々しく吐き捨てるギル。

 敵を複数まとめて吹き飛ばせるパワータイプのナナと違い、彼のチャージスピアにアサルトはこんな脱出先のない乱戦は不得手だった。

 ゴッドイーターにはそれぞれ得意分野があり、当然苦手な戦いもある。

 誰もがリョウのようにオールラウンドに対応できる訳ではないし、そもそもここまで極端に数の差がある戦いに順応できる者がどれだけいるだろうか。

 共有されているシエルの《直覚》が本当にありがたい。

 仲間の居場所やバーストレベル、体力を確認してどこをカバーに向かうかを考える。

 今の所は皆うまくやってくれているが、ここからは自分もどうなるかわからない。

 残り時間は、思ったよりもずっと短そうだった。

 

 

◇◇◇

 

 

 1本のレーザーが空に向けて放たれたと思ったら、それは空中でぐにゃりと軌道を変えてグルグルと何度も縦に円を描く。数秒してようやく止まったと思ったら今度はその場で滞空、光の玉に姿を変えた。

 それは1秒また1秒と経過する度にサイズを増していき、やがて2つ目の太陽と見紛うほどに変貌。

そして───

 

 「逃げなくていいですからねぇぇぇええええ!!!」

 

 ────異形の蠢く地上へと、真っ逆さまに落ちてきた。

 自分達の世界を呑まれまいと、必死に戦うヒトをも巻き込んで。

 

 ッッッッッッゴオオオオオン!!!!

 

 一瞬、音すら消し飛んだ。

 天を震わせ大地を揺らし、周囲の敵すら木っ端のように蹴散らして、大爆発したオラクルが戦場の一角を蹂躙する。

 残ったのはただ、焦土。

 しかしそんな中にあっても───そこにいたゴッドイーター『だけ』には、傷一つ付いていなかった。

 

 「~~~~~っあああああ!耳痛い!目がチカチカする!」

 

 「おいカノン!てめぇ何が『大丈夫です』だ!クッソきついじゃねえか!」

 

 「オイオイ、こんだけ派手にブッ放しといて俺達にダメージが無いんだぜ? 最高じゃねーの」

 

 ただし爆音と光に晒され悲鳴を上げていた。

 空に向けて放たれた《抗重力》効果の付いたレーザーが回転して威力を高め、さらにその場で静止する《充填》付きの球弾が時間経過で威力をさらに増加させていく。

 そしてそれは《抗重力》付きの弾となってダメ押しに威力をハネ上げつつ地上に落ち───誤射を防ぐ《識別》付きの大爆発を引き起こす。

 神楽リョウが考案した、破壊力は折り紙つきだがオラクルの回転率の悪さと味方への無差別さに使用を制限された《メテオバレット》だ。

 弾種の関係で使用できる銃身はブラストに限定される。しかも威力と引き換えてもオラクル効率が悪すぎるため、使うにしても能動的にオラクルを回収できる新型神機であることはほぼ必須。

 神機の効果で銃撃で消費するオラクルが半分になるカノンでも、常時リンクバーストによるバーストレベル3を保たれてなおオラクルの収支はカツカツだ。

 

 ───しかし効果は支出以上。

 威力はもちろん広範囲をカバー可能で、わざとゴッドイーターを巻き込めば周囲を一時的な安全地帯にすることもできる。

 元来が火力至上主義の誤爆バカ、狙いを定めない火力万歳の広範囲爆撃はこういう多対一で真価を発揮するもの。

 結果だけ見れば他の部隊に比べてかなり効率よく戦いを運べていた。

 とはいえ、そう順調に事が進むはずもない。

 

 「っカノン気を付けろ!何体かそっち抜けたぞ!」

 

 ピンクの髪の固定砲台を脅威と見なした中型と大型数体がハルオミらの防御網を突破してきた。

 近接攻撃の手段がない遠距離型の旧型神機では敵に接近されると、種類にもよるが複数体となると状況が詰むこともある。

 とはいえ彼女もバカではあるが馬鹿ではない。

 元々射程の短い銃身を愛用している身、近付かれた時の対処はよく心得ている。

 

 「たあっ!」

 

 迫るアラガミの中の1匹、プリテヴィ・マータの身体の下に転がって潜り込む。

 自分達と比べて凄まじく小柄な彼女を見失ったシユウとその他中型の足に、カノンは女王の影に隠れて爆発の砲撃を見舞う。

 中型達が足を吹っ飛ばされ膝を付く。

 そこで不届き者が自分の下にいると気付いた女王だが、その時にはカノンの方向はもう真上を向いていた。

 咆哮一発。

 ゼロ距離で大爆発した火属性が、プリテヴィ・マータの腹を大きく食い破った。

 

 「ハハッ」

 

 離脱したカノンの口から、普段のおっとりした物腰からは想像も出来ないような残忍な笑みが漏れる。

 コアごともがれて動かなくなった女王を他所にダウンした中型達に向けられたのは、彼女の飛びっ切りの笑顔と砲口だった。

 

 「アハハハハハハハハ!!ねえ!痛いの? 痛いの!? ねえ!?

 教えてよ!どんな気持ち!?人間に一方的にやられるのってさぁぁあああ!!」

 

 ……この局面で悪癖全開だった。

 撃てば撃つだけハイになるトリガーハッピー体質。こうなると誤射をしても謝罪ナシ。

 彼女に持ち上がった転属動議は、多分この最悪な二面性が一番大きいのではと言われていた。

 

 

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