そして神は人と成る ─GOD EATER 2─   作:嵐牛

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第3話

「あれ…………おーい?」

 

差し出したままやり場のない右手を宙に漂わせながら、リョウがジンに呼びかける。

拒絶されたなら拒絶されたでそれで対処のしようもあるのだが、これは正直一番どうしていいかわからないパターンだった。

リョウは右手の動作を握手の形から相手の意識の有無を確認するための動作にクラスチェンジさせ、目の前で考え込んでいるそいつの目の前でふりふりと振る。

その時だった。

 

「よし、決まった」

 

急にぱっと顔を上げたジンがおもむろにそう言った。なんか知らんが決まったらしい。

一体何を考えていたのかと聞こうとすると、ジンはす、と左端にいるギルを指差した。

そこからさらにその人差し指をナナ、シエル、神楽リョウと移動させてのたまっていわく。

 

 

「左から───傷痕さんにネコミミさん、銀髪さんに………刺青さんだ」

 

 

「 「 「……………、はい?」 」 」

 

指を差されたギル、ナナ、シエルにリョウが、同じタイミングで頓狂な声を上げる。

対するそいつの表情は、これでよしとばかりの得意顔。

その傷痕さんだのネコミミさんだのといった謎の単語の正体が旺神ジンから付けられたアダ名であると気づくのは、そこからもう数秒後の事だ。

 

 

◇◇◇

 

 

「………また妙な奴が来たな」

 

エントランスのソファに腰かけたギルが、何とも言えない表情で呟く。

 

「まさか本名より先にアダ名で呼ばれるとは思ってもみなかった。アダ名なんて付けられたのいつぶりだ、全く」

 

「私は、本名以外で呼ばれた経験なんてこれが初めてです。アダ名………ふふ、友達みたいですね」

 

「うーん、ジン君はちゃんと食べてくれたのかな?私が腕によりをかけた特製おでんパン」

 

一人だけ考えている事が違う。

ジンとリョウが消えていった極東支部内の各階層に繋がるエレベーターを睨んでいるナナだ。

彼女の『お近づきの印』がちゃんとあるべき所に収まったかが気になるらしい。

おでんパンって何ぞ、と思う人もいるだろうが、それは、まあ、文字通りの代物である。

 

「食べた感想でも聞けばいいんじゃないか。残したら怒るって言ったんだから、アイツもちゃんと食べるだろ」

 

「そうだね! 楽しみだなー、頬っぺたの一つや二つは落っこちちゃうはずだよねー」

 

「(受け取った時アイツ未知と遭遇した顔してたけどな……)」

 

まあそれはそれとして───初見こそ外見に圧倒されてしまったが、話してみると以外に物腰の柔らかそうな印象がした。

人は見かけじゃないという言葉の通りだとは思うが、残念ながら第一印象において見かけは最大のポイントだ。あれは多分極東の全員が初見でビビる。

流石に直接聞こうとも思えないが一体奴は幼い頃、あるいは生まれつきか……何がどうしてあの姿になったのだろうか……?

 

「よお、お前さん方」

 

快活な男の声に三人が振り向く。

右手に金色の籠手を装着した、《クレイドル》の雨宮リンドウだ。

 

「ああ、リンドウさん。どうかしたのか」

 

「いや、何でもブラッド新入りが来たって言うから挨拶でもしようと思ってたんだが、どこにいるか知らないか?」

 

「隊長が連れて行きました。施設の案内と顔見せと言っていたので、今は二人でどこかを歩いていると思います」

 

 

◇◇◇

 

 

「この階がラボラトリな。そこの自販機横のソファは固くてイマイチ具合が良くねえ。

そこの部屋が医務室。ベッドが柔らかくていい。

そんでその向こうにあんのが───」

 

「なあ。さっきから思ってたんだが、いるのか。その寝心地の良さのランキングは」

 

「バカお前、いつどこで眠くなってくるかわかんねえだろ?」

 

いや知らねえよと内心で突っ込む。

普段はだいたいどこかで寝ていますね、とシエル(銀髪さん)から聞いていたが、思ったよりあちこちに出没しているらしい。

『隊長が寝落ちしている場所』なる統計データを見せられそうになった時は慎んで遠慮させてもらったが、こうなるとちょっと見せてもらいたくなってきた。

というか、眠いからといって医務室に押しかけていいものなのだろうか。

 

(その位ベッドに空きがある……? 怪我人は少ないのか……?)

 

「つーかお前もいつまで持ってんだよ、それ。

気持ちはわかるけどさ」

 

「んん……」

 

何とも形容し難い表情でジンは右手のそれを見る。

ナナ印のお近づきの印、おでんパンである。

しかし放置し過ぎて具材の出汁がパンに染み込んで湿ってきているため、そろそろ食べないと手が汚れるかパンが崩れてしまうだろう。

見た目に反して美味しく食べられる期間が短いのだ。

 

「……俺も今まで色んなものを食べてきたけど、これはちょっと謎過ぎてな。………串ごといけばいいのか、このパンに挟まれたおでんは」

 

「それパスタだから安心しろ。きっちり食えよ、ナナのお袋の味だぞ。それ」

 

………お袋の味、ねえ。

黒と金の目でその食物を矯めつ眇めつし、一口ぱくりとやってみて正直驚いた。

意外にも旨いのだ。

おでんの味がそもそも美味しいのもそうだが、パンそのものの仄かな甘味もおでんの邪魔をしていない。

『じゃあおでんだけ食べればいいんじゃないか』なんて感想も浮かぶが、携帯食料として考えれば満足度の高い一品だろう。

 

「じゃあそれ食ったらそこの研究室に行こうか。今は多分ソーマさん辺りがいると思うから、きっちり挨拶しとけな」

 

「そうだな。行こうか」

 

そう答えてジンはリョウと共に前方のドアへと歩き出す。

え、お前今それ一口で完食しなかった?とリョウが呟いたが気にしない。

ドアをノックし、入れ、と返ってきた所で研究室へと足を踏み入れる。

 

研究室という名前の割にはシンプルな部屋だった。

部屋の正面奥にはイスがあり、それを囲むようにいくつかのモニターがあるのみ。

ここは単にデータを閲覧するか処理するかの場所なのか、あるいは実際に作業が行われる部屋は別にあって、ここはその部屋を操作する為のコントロールパネルみたいなものなのかもしれないが………そのイスに座って何かの作業を行っている男がいた。

色素が薄くほとんど白に近い金髪に褐色の肌、身に纏う白色の制服は白い。

客人が入ってきたのを確認したその男は一旦作業の手を止め、二人の姿を見た。

 

「精が出るな、ソーマさん」

 

「ん………ああ、お前か。どうした」

 

「新入りの顔見せ兼案内。隣のこいつな」

 

リョウが親指でジンを指し示し、そこで初めて両者が相対した。

精悍な眼差しと異類の眼光が互いの姿を網膜に映す。

が、二人とも挨拶もなく黙ったままだった。

 

「…………、ん?」

 

ジンは何やら意外なものを見るような目で目の前の男を見ている。

ソーマもジンの外見に驚いているというよりは、 もっと別の所に関心を抱いているような雰囲気だ。

もしかして二人は知り合いだったのかと勘繰るリョウだが、その時彼の耳が、ジンが何かをぽつりと呟いたのを聞いた。

 

「(ああ。この人がそうなのか)」

 

いま何て言った?

そう問おうとしたが、先に口を開いたのはソーマだった。

 

「───フェンリル極東支部独立支援部隊《クレイドル》所属のソーマ=シックザールだ。よろしく頼む」

 

「……えーっと………フェンリル極地化技術開発局特殊部隊………で合ってたっけ?

《ブラッド》に配属された旺神ジンだ。

こちらこそよろしく」

 

お互い思い出したかのような自己紹介だった。

長ったらしくて覚えているかあやふやらしい正式名称に手こずりながらも、ジンもつつがなく名乗りを終えた。

そして彼が次に行うのは例のアレ。

 

「……よし。あんたは白髪(はくはつ)さんだ」

 

「白髪?」

 

「ジン。それはお前なりの友好の証なのかもしれないけどな、お前いつかそれで誰かの怒りを買うぞ」

 

至極真っ当な指摘に苦笑いするジンから目を離し、リョウは眉をひそめたソーマに補足を入れる。

 

「こいつ知り合った奴にアダ名付けるクセみたいなのがあるみたいでな。

ここに来る途中でエリナやエミールにも帽子さんとか貴族さんとか付けてた」

 

「そうか。……まあ好きに呼べばいい」

 

ジンが若干ほっとしたような顔をする。

一応下手すれば怒られる自覚はあるらしいが、それはつまりそういう前科が過去にあったという事だ。

どういう自分ルールかはわからないがここでは止めさせた方がいいかな、とリョウが考え始めたその時だった。

 

「ソーマ、入りますよ」

 

入り口のドアががちゃりと開き、そんな女性の声が部屋に入ってきた。

赤い帽子の、雪のように白い肌と髪が目を惹くその女性は手に持っていた書類の束を適当な場所に置き、それを指し示して言う。

 

「今回の実験の結果と課題、ついでに次の実験に必要になりそうな素材の一覧です。レトロオラクル細胞も貴重ですから、この結果を有効に使っていきましょう」

 

「ああ。すまないな」

 

そんなやり取りの後、彼女はようやく後ろにいる男二人に気付いたらしい。

くるりと後ろを振り返り(ついでにその豊満な胸部を揺らしつつ)、見慣れた方と凄まじく見慣れない方を交互に見て言う。

 

「リョウさん、もしかしてその人が……?」

 

「ああ、今日からウチに入った旺神ジンだよ。いま挨拶巡りも兼ねて引き回してる」

 

「そうですか」

 

こほん、と彼女が一つ咳払いをする。

喉の調子を確かめているようだ。

胸に手を当て、そして凛とした声が室内の空気を震わせる。

 

「フェンリル極東支部独立支援部隊《クレイドル》所属、ロシア出身のアリサ・イリーニチラ・アミエーラです。

あなたのブラッド加入を聞いてとても心強く思います。

これから共に人々の為にたたきゃっ……………」

 

なんか変な言葉が聞こえた。

何だ今の、と全員が変な視線を向ける中、アリサは口に手を当てて斜め下の床を見てぼそりと一言。

 

 

「……………噛みました………」

 

 

ぶふっ、と全員が噴き出した。

ソーマまで肩を震わせているのを見て、ただでさえ気まずさを感じていたアリサはますます小さくなっていく。

クククと腹を押さえるリョウは、肘でジンを小突いて軽口を叩いた。

 

「おい。やっぱお前『カミカミさん』とか付けるのか?」

 

「あー、どうするかな……」

 

「……何ですかそれ?」

 

「そいつは会った奴全員にアダ名を付けて回っているらしい。

だからお前のアダ名はまあ、多分……」

 

「!? や、やめてください! 今のとは関係ないのにしてください! ドン引きますよ!?」

 

必死な顔で頼み込んでくるアリサに苦笑するジン。

さてどんなアダ名を付けようと彼女の姿を観察する彼だが、次第にその顔が困り顔になっていく。

 

「……困ったな。帽子さんと銀髪さんも被る」

 

「えっ?」

 

なら別に無理に付けなくてもいいんじゃないかと思うアリサ。

そこで不意にジンが動きを止め、目線を少し下に落とし、そして元に戻して言った。

 

 

「南半球さんで」

 

「? ロシアは北半球ですよ?」

 

 

 

 

 

 

「バカじゃねえの? お前バカじゃねえの? もっぺん言うけどお前バカじゃねえの?」

 

「何回言うんだよ………」

 

直後にリョウに後ろ襟を掴まれて強制退去させられたジンは、自動販売機の前でガチの説教を喰らっていた。

幸いにしてアリサはそれがどういう意味か理解できていないようだが、後々もバレない保証はどこにもない。

そしてもしそうなった場合、旺神ジンというこの少年がどんな目に合うかはハンニバルの逆鱗を壊すより明らかなのだった。

 

「今からでも遅くない、撤回しろ。今までは一応当たり障りの無いレベルではあるかなって見逃してきたが、今回のコレはダメなヤツだ」

 

「イヤ無理だ。あの人にはもうアレ以外の名前が浮かばない」

 

「どんだけ目に焼き付いてんだよ!!」

 

しかしそんな激しいツッコミを入れている時点でリョウの方もうっすら『そう』思っている事が露呈しているようなものなのだが、ジンの方はそれに気付いていない。

自動販売機に並ぶ妙な名前のラインナップを眺めながら、つーかさ、とジンが言う。

 

「さっきからクレイドルとかブラッドとか部隊名をよく聞くけど、実際どう違うんだ。なんで俺は直接ここに配属されたんだっけ?」

 

「………お前、説明受けてないのか?」

 

「ほとんど忘れたよ。多分受けたと思うんだけどな」

 

マジか、と気の抜けた調子でぼやくリョウ。

かつての自分の経験からしてそんなごちゃごちゃした説明ではなかったと思うのだが。

自分も長い説明が苦手なクチなのでどうとも言えないが、とりあえずかいつまんで説明し直す事にした。

 

「確かお前、何かの素質が元でここに配属されたってのは覚えてたよな?」

 

「………あー、うん、確かそうだったと思う」

 

「………まぁ、それが全てなんだよ。お前には素質がある」

 

「どんな」

 

「『血の力』だよ」

 

血の力。

頬にダイヤの刺青を入れた少年は、特殊部隊《ブラッド》の名前の由来でもあるそのチカラの名前を口にした。

ぴくん、とその言葉にジンの眉が動く。

 

「特殊部隊って名前の通り、この部隊のメンバーは俺含めてちっとばかり特殊な能力を持ってる。

アラガミの状態を把握するシエルの《直覚(ちょっかく)》。

注目を集めて囮になるナナの《誘引(ゆういん)》。

仲間の攻撃力を上げるギルの《鼓吹(こすい)》。

で、俺がそういう血の力の発現を促す《喚起(かんき)》って具合にな」

 

「つまり、俺にもそういう力が目覚める可能性があると」

 

「目覚めるんだよ。遅かれ早かれ、な」

 

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