そして神は人と成る ─GOD EATER 2─   作:嵐牛

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第4話

「あ、今ジュース選んでる感じかな?」

 

その声に振り返ってみれば、そこにいたのは頭にゴーグルを乗せた小柄な女性だった。

タンクトップにオーバーオールという服装に頬のペイントのような汚れが、言葉よりも雄弁に彼女が技術者である事を物語っている。

 

「いや、単に話してただけだよ。邪魔だったか?」

 

「そんな事ないよ。……あ、もしかして彼が話に聞く旺神ジンくんかな?」

 

自分の名前を呼ばれたジンが顔を上げてその女性を見る。

黒と金色の鋭い目付きを向けられた女性が、わっ、と声を上げて射竦められたように一歩後ろに下がる。

 

「あ……ご、ごめん。ちょっとびっくりしちゃって」

 

「いいさ。慣れてる」

 

本人はただ単純に気にするなという意味で言ったつもりだったのだが、当の女性はその言葉に『嫌な記憶に触れてしまった!』と縮こまってしまった。

はたからそれを見ていてこのままの空気ではいかんと判断したリョウが慌てて話題を変えようとする。

 

「あ、あー。こちら技術班の楠リッカ。神機の整備を担当してくれてる。俺達の生命線をリアルに握ってる人だから失礼のないように」

 

「ちょっと!それじゃ私が悪い人みたいじゃん!」

 

「へえ、そいつはまた………」

 

「君も誤解しないで!」

 

ジンの悪ノリにリッカが突っ込む。

沈んだ空気をなんとか再浮上させる事に成功してホッと胸を撫で下ろすリョウの横で、肩を竦めたジンが唇の端を曲げてリッカに言う。

 

「となると、俺の神機は今あんたの所にある訳だ。俺の相棒は元気かな?」

 

「もー………きっちり整備してあるに決まってるじゃん。大切な仲間だもん、蔑ろにする訳ないよ」

 

唇を尖らせながらリッカは小銭を自販機に入れ、特にどれにするかを選ぶ様子もなくボタンを押す。

ガコン、と中身の詰まった黄色の缶が取り出し口に落下した。

『冷やしカレードリンク』なる飲料として致命的な欠陥を孕んでいるとしか思えないそれのプルトップを開け、エンジニアの彼女はジンに言う。

 

「ところでさ。君の神機ってどこで造ったの?」

 

「何でそんな事を?」

 

「今まで見たことないパーツだったからさ。形は知ってるから既存のパーツに彩色したのかなって思ったけど、調べてみたら組成が違うから、技術者として気になっちゃうんだよね」

 

やや驚いたように眼を開くジン。

しばらくの間の後、ニヤリと犬歯を覗かせて彼は言った。

 

「……悪いが、それは秘密って事になっててな。まだ小さいのにやるじゃないか」

 

「こら。お姉さんにそんな事言うのはよくないよ」

 

ピシッとゴツい手袋のはまった人差し指を向けられたジンの目が点になる。

す、す、と右手で彼女と自分との身長差を計りリョウを見ると、ああ俺らより歳上だぞ、との返答が返ってきた。

少しムッとしたリッカのまだどこか子供っぽい表情を見てぼそりと言う。

 

「うそやん………」

 

「ちょっと君地味に失礼じゃないかな!?」

 

現代では扱う者がほぼいない古語『オーサカベン』に言語がシフトチェンジしたジンにリッカが叫ぶ。

どうやら彼にとって彼女の容姿はどうしても大人のカテゴリに分類する事ができないらしかった。

とここでリッカはふと頭上の時計を見て、少し焦ったように手元のドリンクを飲み干した。

 

「いけない。そろそろ戻らなくちゃ」

 

「そうか。また任務もあるからバッチリ頼むぜ」

 

「任せてよ」

 

茶色いドリンクの付いた口許を拭ってニカリと親指を立てるリッカ。

ゴミ箱に缶を放り捨てたついでにジンをジトッとした目で見て、ふん!とプンスカ小走りでタンクトップの背中が作業場に去っていく。

しかし残念ながら投げた缶はニアピンで床の上に転がっていた。

 

「あーあ。お前次任務行った時、神機の盾が展開しなくなってるかもしれねえぞ」

 

「マジか」

 

「ところでアダ名どうすんだ。本人いないけど付けるのか?」

 

あー、ゴーグルさんで、と台詞の前に「そういえば」と付きそうなユルい調子で命名したジン。

さてはこいつあんまり物を考えないタイプだなと思った所で、ジンが足元に転がる冷やしカレードリンクの缶を拾い上げた。

 

「他に巡る所はあるのか?」

 

「そうだな。とりあえず極東支部はこんなもんで終わりだ。後はそうだな……あいつらと色々話してやってくれ。色々聞きたい事がありそうだったからな」

 

「了解」

 

ソファから立ち上がり歩き始めたリョウに続こうとしたジンだが、彼はそこでふと足を止めた。

拾ったままの缶を軽く振ってまだ中身があるかどうかを確認し、そして五本の指に力を籠める。

カキュッ、と軽い音がして、手の中の缶が消えた。

 

「どうした?」

 

「いや、今行く」

 

そうしてジンは、手の中のそれを改めてゴミ箱に投げ入れる。

握り潰されて小さなボールになったスチール缶は、狙い過たず箱の中に吸い込まれていった。

 

 

◇◇◇

 

 

「はい、しつもーん」

 

「何かな?」

 

「これって癖毛ー?」

 

「引っ張るな引っ張るな」

 

エントランスのソファの上、犬の耳のように飛び出した髪の束をナナにツンツン引っ張られているジンが抗議の声を上げる。

多分それはジンも……というか全員がナナに投げ掛けたい質問だと思うのだが、今さら突っ込んでもしょうがないので黙っている感じだ。

『そういうもの』として受け入れるスキルは、色んなキャラクターが集まるこの極東支部では結構必要だったりする。

ジンのアダ名が特に拒絶されなかったのもそういう部分が大きいのかもしれない。

 

「……で、こいつは会う奴にことごとくアダ名を付けて回っていたと」

 

「ったく、見てる俺がヒヤヒヤしたぜ」

 

「シエルやナナは悪い気はしてないみたいだが、俺はどちらかと言えば本名の方がいいな」

 

「…………………、………」

 

「……おい何だその顔。もう名前忘れたとか言うんじゃないだろうな、まさか」

 

そのまさかだった。

心に小さなトゲが刺さったギルは、一つため息を吐いて諦める事にした。

なんという忘れっぽさか。

というか何故アダ名の方は覚えているのか。

 

「そういえば、あなたは私達と同じく孤児院の出身でしたね。そこではどんな事を学んでいたのですか?」

 

勤勉・実直を地で行くシエルならではの質問だった。

私達と同じく、の部分に反応したらしいジンが周囲の面々を見る。私もー、とナナが手を挙げた。

彼の知る由もないが、ナナとシエル、そしてかつてブラッドの仲間として共に戦った二人の青年は皆同じマグノリア・コンパスという孤児院の出身である。

白髪の赤く染まった先端部分を指で弄りつつ、事も無げにジンは答えた。

 

「別に何も。ただ読み書き計算だけ習って、その日その日を何とか過ごしてただけだ。

まぁ、回りからの悪意だの何だのを無視する技能だけは間に合ったかな」

 

……地雷だった。そういえばバケモノなんて呼ばれていたんだったか。

本人は気にした様子もなく「あれ、何この空気?」みたいな顔で首を傾げているが、踏んだ方はそうはいかない。

聞いた本人であるシエルは言葉に詰まって視線を泳がせ、ナナはジンの犬耳からすごすごと手を離す。

ブラッドにおける旺神ジンの立ち位置は、早くも難しいポジションになってきていた。

 

「………す、すみませんでした」

 

「え、何が?」

 

「いえ、そ、その………」

 

「お、おーい!任務取ってきたぞ!」

 

エントランス一階の階段からリョウが駆け上ってきた。

ジンの返答に空気の限界を感じたらしく、雰囲気を変えるためオペレーターのフランから慌ててもぎ取ってきたらしい。

『周囲の人々を繋げる不思議な魅力がある』と言われてきた神楽リョウだが、その姿は紛う事なき苦労人であった。

果たしてどんな任務かな、と恐らくこれが極東支部における初陣になる事を察したジンがリョウに注目する。

世界トップクラスの激戦区にある部隊が日頃どんな任務をこなしているかは大いに気になる所だった。

 

「居住区に接近中のバカが一匹出てきたらしい。

まだ少し遠いが早い内に叩いとけってこった。

なお標的は一体だけ、周囲に他のアラガミの反応は無しだとさ」

 

「本日二回目だな」

 

「………で、その標的っていうのは?」

 

「あー、こいつだよ。ほら」

 

ジンに受け取った資料を渡しつつ、リョウはその標的の名を口にした。

添付されている写真には、黒い鎧を纏った鬼面が写っている。

 

 

「《スサノオ》」

 

 

ジンの眉間に険が寄る。

スサノオ───聞き覚えがあった。

資料にも書かれてあるようだが、確かこのアラガミは『神機使い殺し』の異名をとる、一般の神機使いの接触が禁止される程に凶悪とされているアラガミではなかったか。

初っぱなから大変な事になった、とジンは思う。

いくら精鋭揃いと謳われる極東支部もこれ程の相手ともなれば、勝っても負けてもまず被害はゼロでは済むまい。

これはいくつもの部隊を動員した合同ミッションとなるだろう。

この任務で恐らくはこの極東支部の力量がわかるはず。

しかしこれは果たして自分にも見る余裕があるのかどうか……

 

 

 

「ま、俺が行ってくるわ」

 

「そうだな。この程度ならそう難しくないだろ」

 

「スサノオだけなら隊長だけで充分だもんね」

 

「いつでも救援できるように、私達も準備()しておきますね」

 

「はぁっ!?」

 

異常事態が発生した。

今から自殺に行くと宣言した部隊長を、隊員達が気楽に見送ろうとしている。

サテライトの雑貨店にでも行くような気軽さでリョウはミッションの書類に2人分の名前を書いた。

神楽リョウという名前の下に旺神ジンと書かれているのは自分の勘違いだと信じたい。

 

「うっし、じゃあ行くか。ジン、準備しな」

 

「え、いや冗談だろ? いくら何でもコイツ相手に二人はないだろう!?」

 

「ワガママ言うな。二体出てきた《荒魂の城跡》は前にクリアしちまってんだよ」

 

「一人一匹で割り振れって話じゃないんだよ!!」

 

喚くジンを引きずって、リョウは神機の眠る保管庫と消えていく。

そして数分後、出撃ゲートの前。

げんなりと肩を落として自らの神機を担いでいるジンは、この展開が隣に立つ少年への皆の全幅の信頼によるものだとまだ気付かない。

 

 

◇◇◇

 

 

「終わった………これ絶対終わった………」

 

「いつまでヘコんでやがんだよ。

死なせねえから腹くくれ」

 

任務開始地点までの護送ヘリの中、座り込んでウダウダ言い続けているジンにリョウが喝を入れる。

リーダーとして頼もしい言葉ではあるのだが、これから立ち向かう試練を思うとそれで安心できるはずもない。

窓の外から見える空は、こんな状況だというのにいっそ腹が立つくらい青く清々しい。

 

「こういうのを死ぬにはいい日と言うのかな……」

 

「死んで元々の仕事だよ。楽な職場じゃねえってのは分かってた事だろ?」

 

「新入りの初任務に接触禁忌種チョイスするような人外魔境だって誰が思うんだよ」

 

ボヤいたジンがボリボリと頭を掻くと、彼が肩に立て掛けていた神機が揺れた。

その神機の妙な姿に、リョウはまた首を傾げる。

 

(ファーフナー…………?)

 

旺神ジンの神機はブーストハンマーだ。

鋭利な刺と刃を持つその鉄槌の姿を見て、リョウの頭に破砕と切断の二つの属性を兼ね備えるアラガミ由来のハンマーの名前が浮かんだ。

しかし違う。

楠リッカの言う意味がわかった。

ファーフナーの色は漆黒………ジンの持つそのハンマーは、赤と白の二色に彩られていた。

純白の本体に赤い刺、その色彩も相まって、まるで旺神ジンという少年がそのまま神機に姿を変えたようにも思える。

 

「なあ。そのハンマー何て名前だ?」

 

「名前? コレにそんなもんあったかな………」

 

目を凝らして神機のあちこちを眺めるジン。

どこかに書かれてないか探しているのかもしれないが、多分どこにも書かれていないと思う。

本当に知らないのか忘れたのかはわからないが、とりあえず自分の神機にオスカーとかポラーシュターンとか名付けているあの二人とは相容れないだろう。

 

「間もなく目的地です。準備の方をよろしくお願いします」

 

操縦士の声に二人が顔を上げる。

着陸に向けて高度を下げつつある景色には、大きな遺跡の立つ平原がその姿を見せつつあった。

崩れた道路などの遺構から、そこがかつて街の都市であった事が伺われる。

 

「標的の経路から推測すると、まずここを通過するはずです。ここで待機・迎撃しましょう」

 

「あいよ。気張れよジン、極東支部での初仕事だ」

 

「とうとう来たか……。あ、何か急にお腹が痛く」

 

「往生際悪いんだよ、お前はよ」

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