そして神は人と成る ─GOD EATER 2─   作:嵐牛

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第8話

「う゛、えぇ゛…………っ!!」

 

ラボラトリに続く廊下の片隅。

腹部から全身を蝕んでくる吐き気に立っていられなくなり、旺神ジンはその場にガクリと膝を付いた。

喉元までせり上がってくる液体を吐き出さぬよう口を手で押さえ、それを嚥下しようと必死で喉を動かす。

異物の排除を拒まれて不愉快そうに蠕動する胃袋を手で押さえ、荒い息を吐きながら、ジンは鋭い眼光を目の前の四人に向ける。

香月ナナ。

シエル・アランソン。

ギルバート・マクレイン。

そして、神楽リョウ。

今ジンを苦しめているのは、彼を見下ろしているブラッドのメンバーだった。

何よりも仲間を大切にするはずの四人は、目の前で苦しんでいるジンに手を差し伸べようともしない。

彼等は確信しているのだ。

旺神ジンを苦しませているのは自分だ。

しかし。

自分達は何も悪くない、と。

 

「はっ、はぁっ、………くっ、そ…………」

 

壁に手をついてヨロヨロと立ち上がり、ジンは精一杯の呪詛を吐く。

それでも四人の表情は何も変わらない。

 

「まさ、か、………こんな事に、なるとは………。

……迂闊だったな、本当に………」

 

大したもんだ、と。

皮肉混じりの称賛が出たところで、リョウがようやく口を開いた。

それはまさに、四人の思考の代表だっただろう。

 

 

 

「……お前、ジュース一口でそのリアクションは流石に無えわ………」

 

 

 

『初恋ジュース』と銘打たれたアルミ缶を片手に、リョウはダウン状態のシユウみたいになっているジンの背中を擦る。

その後ろではナナにシエル、ギルバートの三人が美味しそうに缶の中身を味わっていた。

旺神ジンが加入した翌日、部隊のメンバーで集まって昨日の彼の初陣について話していた時の事である。

 

「いつも買えなかったからどんな味か気になってたんだが……美味いな、これ………」

 

「ええ、甘酸っぱさとほろ苦さがここまでマッチするとは……」

 

「これおいしいよねー。いくらでも飲めちゃう!」

 

「……ナナ、まさか買い占めてんのお前とか言わねえよな」

 

そうこうしている内に何とか持ち直したジンが、決死の表情で再び缶の中身を口に運ぶ。

そして冒頭の展開を何回か繰り返した後、ようやく彼はジュースを全て飲み干した。

 

「俺らは美味いと思ったが………お前さ、そんなグロッキーになるくらいマズイなら飲まずに捨てりゃよかったじゃねえか」

 

「刺青さん。目の前にあるのが食える物なら、俺は料理とゴミを区別しないんだ」

 

「ゴミってお前」

 

残す事は絶対にしない、と無駄に強い瞳で言い切ったジンに思わずリョウが素で突っ込む。

ここまで歪な食いしん坊キャラは物語の中でもそうはいまい。

暗に料理とゴミを同列に語っているようなものなので、それ絶対ムツミには言うなよ、と釘を刺しておいた。

 

「しかしスサノオの連射を逃げずに躱したっていうのはすげえな。反射神経と身体が完全に一致しなきゃ無理だぞ……」

 

「まー今回のハイライトはそれだよな」

 

「私と同じハンマーなんだよね? 役割かぶっちゃうかな……あれ、私ピンチ……?」

 

「ジンさん、よろしければどうやって回避したかを教えていただけませんか?今後の参考になるかもしれません」

 

何やら己のポジションが疑わしくなってきたらしいナナの横で少しわくわくしているシエルに話を振られたジンが、空になった缶を手の中で弄びながらさらりと答えた。

 

「視えたから避けた」

 

「……視えたから……」

 

攻撃の前の前兆を読み取ったか、敵の攻撃に何らかのパターンがあったか、そんな感じの予想を立てていたシエルがちょっと言葉に詰まる。

理論を通して戦術を組み立てる性分からなのか、どうも完全に感覚で動いているらしいジンに戸惑っているようだ。

 

(やっぱ嗅覚で動くタイプだったか)

「ひとまず全員でミッションに行こうぜ」

 

色々と考えを巡らせていたリョウ以外には唐突なその提案に、メンバー全員の注目が集まる。

 

「ジンが加わって今後使える戦術のバリエーションも増えてくるし、それにジンは多分自分の思うように動いた方が力を出せるタイプだ。

そうなりゃ連携のやり方も今までとは違ってくるし、その辺を早い内に擦り合わせておきてえ」

 

それにジンは高い反応速度が仇となり、逆にピンチになるシーンもままあった。アラガミごとの対応を覚えるまでは今後もしばらくは起こるだろうそれを自分たちはどうカバーすればいいかも考えておく必要があるだろう。

その場の全員がそれに同意し、今行ける任務があるならすぐ行こうという空気になった時だった。

 

「………ん? いや待ってくれ」

 

急にジンがそんな事を言い出した。

眉間に指を当てるその仕草から察するに、何かを思い出そうとしているらしい。

 

「どうした?」

 

「いや、何か……それよりも前に、俺は何か用事があったような………?」

 

 

「ジンさん!ここにいたんですか!」

 

 

エレベーターが開く音。

そこから出てきたのは綺麗な桃色の髪をした(そして巨乳な)女性だった。

彼女はジンの腕をがっしり掴むと、そのままぐいぐいと引っ張っていく。

 

「さあ約束ですよ行きましょう!先輩らしいところを見せてやります!」

 

「あ、あー……何か忘れてると思ったらそれか」

 

「ひどいっ!?」

 

結局そのままジンをエレベーターまで引き込んだ女性は、突然の出来事に呆然とする四人……その中の神楽リョウに向けてビシッと敬礼して元気よく言い放った。

 

「それでは教官先生!しばしジンさんをお借りします!」

 

「へ? お、おう」

 

そのまま二人を隠した自動ドアをしばしポカンと見詰めながら沈黙するブラッドのメンバー。

提案の核をいきなりかっさらわれ色々中途半端な心境になってしまった彼らは、エントランスで楠リッカから事の経緯を耳にするのだった。

 

 

◇◇◇

 

 

曰く、私もいつまでも新人気分でいるのはやっぱりよくないと思う。

曰く、そういえば教官先生に訓練を付けてもらった私はもう今までの私ではない。

曰く、新しい人が入ってきた貴重なこの時こそ私が教官先生になる時である。

 

「カノンちゃん張り切ってたよ。先輩らしいところ見せてやるんだって」

 

「大丈夫かよ……」

 

リッカの言葉にリョウが呻く。

さっきジンを引っ張っていった女性───(だい)()カノンと旺神ジンが向かった任務は、『贖罪の街』に出現したクアドリガの堕天種を排除しろという(極東支部の基準で言えば)簡単なものだ。

カノン一人でもこなせる任務だが、万一攻撃を喰らった際にリーク状態───体内のオラクルが減少していくような状態異常にされてしまったら、単騎だと携行品以外で能動的にオラクルを回復する手段のない旧型ガンナーの彼女にはかなり痛手だ。

しかしその不安要素は今回はジンが埋めてくれるだろう。

問題は、もはや「例のアレ」と言えば通じるレベルで知れ渡っている台場カノンのとあるクセ。

 

────誤射、である。

 

かつて他の神機使いから転属動議が出たほどにガチな前科。

かつてその本人から相談を受けたリョウは懸命にそのクセを矯正し、持ち前の大火力を回復弾に回して衛生兵という新たな道を開拓したりもしたのだが……それは結局彼女を余計にはっちゃけさせただけに終わった過去がある。

そもそもにおいて本人が全力でアラガミを消し飛ばす事が自分の意義だと固く思い込んでいるのだ。

『もうやりたいようにやれ』───

ドッと疲れて口から出てきたあの言葉が正解だったのかどうかは未だにわからない。

 

「それについては大丈夫だと思うよ。

『万全のサポートをしてあげた方が先輩としての頼もしさが伝わると思うよ』って伝えておいたし」

 

「ナイスフォロー。マジで」

 

「そういうわけでさ、君の方からも彼にさ、歳上のお姉さんに対する敬意の方をさ………」

 

年功序列というものが大して存在しないこの職場だが、どうも三つ年下のジンから素で子供扱いされたのがお気に召さないらしい。

口振りから察するにまた何かあったのだろうか。

 

「歳上のお姉さん、か。カノンも新入りが入ってきて嬉しいんだろうな……」

 

古参兵だがベテランの空気が皆無な彼女だ。

これを機に尊敬されるようになりたいのだろう。

不安定な時もあった。

そもそも自分がブラストを使うのが間違っているのかとすら思い悩み、一時期は何をトチ狂ったかブラストの砲身でアラガミをボコスカ殴っていた。

幸いにしてすぐに落ち着き、そんな暴挙はもうしなくなったが───あの時はマジでバグったのかと本気で不安になった。

 

しかし今では、サポート役を選択できるほどの余裕がある。

前を向けるようになった彼女は、最早前に進むばかり。

そんな感慨に耽っている時、ナナがおずおずと手を挙げた。

 

 

 

「あの、たいちょー。私さっき大量の(オラクル)アンプル抱えて『どかーんどかーん』って呟いてるカノンちゃんを見た………」

 

「あんの大馬鹿ノン!!!」

 

 

 

 

それから二時間後、台場カノンと旺神ジンが任務を終えて帰投してきた。

リョウがゆっくりとそちらを見てみれば、スサノオのラッシュすら避けるはずのジンの肌や髪、真っ白なブラッド制服にはあちこちに焦げた後があり、その傍らにはカノンが肩身狭そうに佇んでいる。

見ただけで全てを察した皆の同情の視線が突き刺さる中、極東の洗礼を二度喰らったジンはボリボリと頭を掻いて言う。

 

「………まあ何だ。センパイらしい所は十二分に見せてもらったよ。

凄かった、アレがあんたの戦い方なんだな」

 

「…………はい」

 

「しかしあんな馬鹿みたいな火力の持ち主がいるなんてな。()()()()()()()()()()大抵の奴が一発でカタが付くだろう。

こういう奴等が集まってるならここもさぞかし安泰だろうよ。

初任務に特級のヤバい奴を持ってこられたのも頷ける」

 

「はい………」

 

帰投中にもう色々言われているのかそれともやらかした自覚があるのか、賞賛の言葉を頂戴しつつもカノンはまさに私ヘコんでます状態。

出発直前の元気が嘘のよう、隣にいるジンに生気をガリガリと削られている。

うっかりマガツキュウビの殺生石に近付いてしまった時の自分がちょうどあんな感じだった。

 

「で、だ」

 

ぐりん、とジンがカノンの方を向く。

こちらから彼の表情は見えないが、多分すごく恐い顔をしていたんだと思う。

 

 

「俺を殺そうとした訳じゃないってのはマジなんだろうな? 誤爆野郎」

 

「マジです。マジなんです………!だからその、せ、せめて呼び方は誤射さんに………!!」

 

 

必死に拝み倒しながらもどんどん小さくなっていくカノン。

あちゃー、と額に手を当てるリッカの前でリョウが本気で頭を抱えている。

後でフォローに向かわねば───

今はただ、これでジンがカノンを嫌いになってしまわない事を祈るばかりだった。

 

 

 

 

 

 

「はいそうです………。張り切っちゃった私がいけないんですわかってます」

 

「いやだから、な? 元気出そうぜ、ほら」

 

教官先生の相談所としてすっかり定着したラウンジ脇のソファだが、今回はカノンの懺悔室になっていた。

ゴーンと効果音付きでヘコむカノンを頑張って励まそうと奮闘するリョウだが、少し離れた所でなぜかシエルがその様子をじっと見詰めている。

 

「あー、ほら大丈夫だって。あいつもそんな怒ってないと思うし、医務室行ってきちんと謝れば許してくれるって」

 

「絶対怒ってますよう………!帰りのヘリの中でもジンさんずっと無言でしたし………!!」

 

「うわぁ……」

 

ちょっとヤバいやつかもしれない。

わかった一緒に謝りに行ってやると約束してようやくカノンが落ち着いた。

はたから見るともうどっちが先輩かわからない。

リョウの顔は妹を庇う兄のそれだった。

 

「ん? でも待てよ。相手はクアドリガ一体だろ? 堕天種とはいえ、あそこまで(ジンが)ボロボロになる程のもんか?」

 

「そ、そうそうそれなんですよ。

確かに相手はクアドリガの堕天種だったんですが、なんかものすごく速かったんですよ。

あの巨体で猛スピードであちこちあちこち動き回りましてですね、それで毎回狙いがズレてしまいまして」

 

「それはお前が悪い」

 

「はぅ」

 

とは言ったものの、それは確かに厄介だろう。

それでなんとか当てるために撃ちまくる内にジンが巻き込まれたという事か。

───しかし、また変異した個体。

こういったケース自体は前々からあったのだが、この所さらに急増してきている。

捕食して進化するアラガミの特性から考えると、今発見されている変異アラガミが何らかの先触れである可能性も高い。

早い内に調査しておいた方がいいだろう。

もっともそれについては、既にペイラー・榊支部長が手を打っていそうだが。

 

「大変だったみてえだな、お疲れさん。

そういや、ジンの奴はどんな戦い方してた?」

 

「あっ、そうですそれです!

お話で聞くよりもジンさん凄かったんですよ!!

いきなりウオーッて、それでゴーッでどっかーんで………!!」

 

「なるほど、わかんねえ」

 

身ぶり手振りで臨場感たっぷりにお届けしようと頑張るカノンだが、しかし深刻な情報不足。

擬音を使った説明を否定する訳ではないが、ここまで来るとバガラリーのバトルシーンを音声だけ聞いているような気分になってくる。

ウオーでゴーでどっかーんって、それお前じゃねえの、と思わなくもない。

 

「………さて、と。まぁ一通り話してもらった所で、いよいよ謝りに行こうか。もう外が暗い」

 

「ぅぅ………つ、ついてきてくれるんですよね?」

 

「行ってやる行ってやる」

 

浮かない表情のカノンの背中を叩き、(シエルの視線に気付かないまま)ラウンジを出る。

ラボラトリの医務室で寝ているだろうジンを訪ねた二人だが、そこに彼の姿はどこにもなかった。

彼を看た看護師いわく、もう安静にする必要が無くなったので自室に戻っているとの事だった。

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