そして神は人と成る ─GOD EATER 2─   作:嵐牛

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第9話

 

 

 

 

「ジン。俺だ」

 

『開いてるぞ』

 

ブラッド区画にあるジンの部屋のドアの前。

ノックに応えたジンの了解を得て、リョウとカノンはドアを開けて中に入る。

特に何の私物も置かれていない部屋の中、旺神ジンはベッドにごろんと横になっていた。

 

「ん、ああ。刺青さんか」

 

「お前誰かわかんねえのに開けたのかよ。ケガの具合は」

 

「問題ない。……で、後ろのそれは?」

 

よっこいせとベッドから起き上がったジンが、リョウの背中に隠れている人物を見咎める。

 

「俺はただの付き添いだよ。用があるのはカノンの方だ………ほら」

 

ぐいと正面に押し出されて、あぅ、と呻いたのは、今日の任務で派手な打上げ花火に自分を巻き込んだ女だった。

あの、その、と言い淀みながら居心地悪そうに身体をもじもじさせる彼女。

十秒ほど経ってから、彼女は恐る恐る頭を下げた。

 

「き、今日は、大変申し訳ありませんでした。

私の癖は私でも自覚しています。これから少しずつでも直していきますので、その、どうか許して頂けないかと……」

 

平身低頭して謝るカノンをじっと見詰めるジン。

無言の返答に頭を上げるに上げれないカノンを見て、気まずそうにリョウが彼女の肩を持つ。

 

「あー………ジン、俺の方からも頼む。

許してやっちゃくれねえか。

腹が立つのもわかるけど、これでもカノンに悪意は無えんだ。

もっと気をつけて戦うように言っておくからよ」

 

「……、」

 

リョウをもってしてもフォローしきれないという事実がカノンの背中に突き刺さる。

頭を下げるカノンのつむじとリョウの瞳を交互に見ていたジンが、頭を上げてくれ、と不意に言った。

それが自分に向けられた言葉であると一瞬遅れて理解したカノンが慌てて姿勢を元に戻した。

闇に浮かぶ満月のような双眸が、緊張した彼女の瞳を覗き込む。

 

「え、ええと………?」

 

それでも完全な無言なので、戸惑うカノンが恐る恐る口を開く。

しばらくその状態が続いた後、ふい、とジンが彼女から視線を外した。

そして。

 

 

「ああ、うん。いいさ、別に」

 

 

唐突にそんな事を言った。

少しだけ混乱したカノンだが、ひとまず考えうる中で一番『そうであってほしいもの』かどうか確認を入れる。

 

「それは、許してもらえる、という事でよろしいのでしょうか……?」

 

ジンはそれに頷いた。

 

「目を見たら大体わかったからな。

刺青さんがどうも本気であんたを心配してるらしい事も……少し信じられないが、あんたが本当にわざとやった訳じゃないらしい事も」

 

俺はそういう事はよく見える、と。

さりげなくダメージを与えるような事を言ったのには気付かないままではあるが、彼は本当にもう気にしていないようだった。

 

「まぁそんな大怪我をした訳でもないから、次からはやめてくれ。

俺の方にも原因が無いではないしな。

次やったら反撃するって事で、これで話は終いだ。……桃色さん」

 

「は……はい!ありがとうございました!」

 

もう一度ぺこりと頭を下げて、カノンは部屋から出ていった。

立ち直りを感じさせる明るい足音が遠ざかっていくのを聞き、リョウはほっとしたように肩の力を抜く。

 

「じゃあ俺も戻るぜ。今日は悪かったな、また明日、任務の後に飯でも奢るぜ」

 

「お、遠慮なく。それなら拳を引っ込めたかいもあったってものだ」

 

「いや大分キレてんなお前?」

 

そうして部屋から出ていこうとした時、今度はジンがリョウを引き止めた。

どうしたのかと振り返るリョウ。

ちょっと気になるんだが、とジンは前置きしてこんな事を聞いてきた。

 

「あんたの取り分は?」

 

「へ?」

 

「いや、だから」

 

ジンの口から出てきた言葉は、リョウを大いに困惑させた。

 

「俺がさっきの……えーと、桃色さんを許すのと引き換えに、あんたは飯を奢ると言った。

じゃあ刺青さん、あんたの取り分は?

仲裁の手助けの対価を貰ったんだろ?う」

 

にやにやと興味ありげな表情で返答を待つジン。

自分の発想の外からの質問に一瞬返答に詰まったリョウだが、とにかく事実をそのまま答えればいいだろうと何とか思考を取り戻す。

 

「……別に何かを貰った訳じゃねえよ。

ただ不安そうだったから付き合っただけだ」

 

「……、? そうなのか?」

 

ああ、と半ば打ち切るように会話を切り上げたリョウが、納得いかなさそうな顔をしているジンから妙な追及を受ける前にやや足早に部屋を去る。

同じブラッド区画にあるリョウの自室。

バタンとドアを閉めたリョウは、ジンの言葉を思い返して小さく顔を歪めた。

 

(俺の取り分、か)

 

 

───対価に何かを貰ったんだろう?

 

 

(あいつにとって善意だの人助けだのは、見返りありきでしか成立しないものなのか?)

 

 

………あるいはそれは誤解で、そこから自分が上手く話を進めていけば解けたのかもしれないが。

そうである、と思いたい。

自分にはよくわからない分野の話をされたかのようなあの顔が、棘のように頭にちらつく。

僅かに顔を覗かせた、旺神ジンとの大きなズレ。

───もしかしたらそれがその内、自分達と彼とを断絶してしまう大きな裂け目になってしまうのではないか。

 

「……………、」

 

過った不安を押し潰すかのように、リョウはベッドに倒れ込む。

───とにもかくにも、まずはあいつの人となりを理解してからだ。

そう思った直後には、彼は既に夢の世界へと旅立っていた。

直前まで不安を抱えていても、ベッドに入れば五秒で就寝。

これが部隊長ゆえの胆力なのか、あるいはただの快眠家なのか───その辺の判断は、各自の判断に委ねる事にする。

 

 

 

 

 

「ん、ぁぁあ~~~~………夢中になっちゃった………」

 

まだ日の見えぬ午前4時。

今の今まで神機たちと格闘していた楠木リッカが、溜まった疲労を今更のように自覚していた。

廊下を歩く足取りはフラフラとどこか頼り無く、伸びをした背骨からはバキバキと物凄い音が鳴る。

物心づいた時から機械をいじって遊んでいた彼女はしばしば神機のメンテナンスに時を忘れて没頭してしまう事があった。

シャワーを浴びてさっさと寝よう。

ウェイトがぶら下がったように重たい瞼を擦りながら、明かりの乏しくなった人気の無い廊下を一人歩いていく。

 

「………わ……」

 

そこで不意に旺神ジンに出会した。

ぐだっとイスに腰掛けて、どこか宙を見ながらぼんやりとしている。

心ここに在らずといった風情だ───自販機の明かりにぼうと照らされているその顔には、これといって読み取れるものがない。

 

「……ゴーグルさん。どうしたこんな時間に」

 

「ゴーグルさん………。神機のメンテしてたら遅くなっちゃったんだ。

というかそれはこっちのセリフだよ。

寝ないで明日の任務大丈夫なの?」

 

「目が覚めたんだ。元々眠りが浅くてな」

 

「ダメだよ、しっかり寝なきゃ。身体が資本なのはお互い様なんだから」

 

それだけ言って通り過ぎようとした時、今度はジンに呼び止められた。

 

「1つ聞きたいんだがいいか?」

 

「………出来れば手短に。眠くて」

 

「ああ。あんた、何でこんな時間まで仕事を?」

 

「え? まぁ、夢中になっちゃって」

 

「それであんたは見返りに何を貰った?」

 

「見返りって……そりゃお給料は貰ってるけど………」

 

ジンの言葉の意図がいまいち理解できず、リッカは微妙に眉間にシワを寄せた。

 

「いつも戦ってる皆のためだもん。万全の状態にしておくのは、私の当然の責任だよ。私の好きな事でもあるしね」

 

「………そうか」

 

それきり続く言葉も無かったので、リッカはまた歩き始める。

意識がだいぶボンヤリしていたので確度の方は定かではないが、後ろから小さく、わからないな、と彼の声が聞こえた気がした。

 

 

◇◇◇

 

 

千倉ムツミの朝は早い。

9歳にして調理師の資格を持つ彼女は、隊員達のエネルギーとなる朝食の下拵えの為に午前5時過ぎにはもうラウンジに立っている。

コトコトと鍋の煮える音、トントンと包丁がまな板を叩く音がしんと静まった広い部屋に響く。

 

「……うん、おいしい」

 

味見の結果に満足そうな笑みを浮かべる彼女。

そこでふとエレベーターの駆動音が聞こえ、そちらを向く。

現れたのは昨日から新しく極東支部に加わった旺神ジンだった。

ずいぶん早いんだねと言うと、1時間くらい前には起きてたと彼は答える。

なんでも旨そうな匂いがし始めたから匂いを辿ったらここに辿り着いた、だそうだ。

 

「あはは、犬みたいだね!おもしろーい!」

 

ムツミはジンのその言葉を冗談と捉えた。

どんなに匂いの強い料理を作っても、階層を跨いでそれが伝わるわけがない。

そうか?と首を傾げる彼にムツミは朝食の注文を聞いた。

歓迎の気持ちを込めて特別に好きなものを何でも作ってあげる、という彼女の言葉にしばし黙考するジン。

やがて。

 

「そうだな。じゃあ─────」

 

 

 

 

「………で、コレか?」

 

「コレ」

 

そして朝食の時間、ギルが思わず我が目を疑う。

胃に鉄球が落ちるように重たい肉が食べたい。

そんな要望によりジンの前に出されたのは、大皿にドカンと乗せられたチキンのグリル………というかもはや丸焼きだった。

最初にステーキ肉を見せたら「もっと大きいやつ」とリクエストが入り、それを数度繰り返してここに至る。

コーヒーにトースト、スープなどの軽めのものが並ぶテーブルの上でその動物性タンパク質は凄まじい存在感を放っていた。

それを調理したムツミもムツミだが、彼女自身も『何でもとは言ったけど……』みたいな微妙な顔。

ブラッド一の大食らい、香月ナナでも目を丸くしていた。

もう一度言うが、今は朝食の時間である。

 

「うひゃー………ジンくん、食べるねえ」

 

「お前食えるのか、それ」

 

「食えないものは出てこないだろう」

 

「いやそうじゃなくてな……」

 

「……………、……」

 

「ほら隊長、ちゃんと目を覚ましてください」

 

まだおねむのリョウがうつらうつらと危なっかしい手付きで味噌汁を口に運ぼうとするのをシエルが甲斐甲斐しくサポートしているのを横目に、ジンもまた肉の塊に手を付ける。

ナイフで塊の一部を豪快に切り取り、大口を開けて一気にばくんと放り込む。

 

そこから先は早かった。

 

一口大では到底収まらないサイズに切り出した鶏肉を次々に口に入れ、もぎゅもぎゅと咀嚼する。

とにかくペースが早い早い、テーブルマナーを犠牲にして辿り着く境地。

圧倒的にボリュームに差があるものを食べていながら、ジンが朝食を終えたのは他のメンバーとほぼ同じタイミングだった。

 

「ふぅ。御馳走さん」

 

「食べきりやがった……」

 

「わあジンさんすごい………おいしかった?」

 

「ああ美味かった。………うん、美味かった。本当に。……舌が肥えるかもなこれは……」

 

「よかった! 実は私もちょっと楽しかったんだよね。ここまで豪快に食材を使う機会はそうないから」

 

「ジュ……ス………バナナ……おやつ……」

 

毒が無ければ味は度外視というスタンスのジンが自分の舌が感じる喜びに困惑している傍らで、まだ半分夢の中で妙な寝言を漏らすリョウ。

一体どんなストーリーが彼の中で展開されているのかはわからないが、なんというか聞いてるこっちの力が抜ける寝言だった。

 

「相変わらず、朝に弱い方ですね」

 

同じくスープを口に運んでいたフランがくすりと可笑しそうに笑う。

あるいはそれは彼だけでなく、自分の食事そっちのけで彼を気にかけているシエルに向けたものなのかもしれないが。

 

「お2人がその調子なのでギルさんに確認しますが、本日はジンさんを含めた5人でのミッションでよろしかったでしょうか?」

 

「ああ、それで頼む」

 

「了解しました。皆さんがミッションの定員以上で総動員なさるのでしたら、それなりに高難度なものを受注しなければなりませんね」

 

「ハハッ、お手柔らかにな」

 

その後簡易的なブリーフィングがその場で行われたのだが、ジンはその内容がほとんど頭に入ってこなかった。

しかしそれは、彼が持ち前の忘れっぽさを発揮したわけではない。

 

「ダメだっ………違う、ジュリ……ス………お前は………バナナなんかじゃ………っ!!」

 

謎のクライマックスに突入しようとしているリョウの寝言が気になり過ぎて、正直それどころじゃなかったからである。

 

 

◇◇◇

 

 

4体の《ガルム》が空母に集結した。

もはや軍隊とも呼ぶべきこの群れは恐ろしく統率がとれており、先立って派遣された討伐隊は既に撃退され、戦線復帰が難しい状況である。

あらゆる状況を想定し、携行品を万全に調えて奴等の行軍を食い止めろ。

 

ミッション名『愚連(ぐれん)大隊(だいたい)』。

ブラッド隊五人にアサインされた、それが任務の概要だった。

だった、のだが。

 

「ザイゴートいるとか聞いてねえぞ………」

 

出撃位置から見える光景を見下ろしたリョウが思わず呻く。

恐ろしい眺めだった。

4体の魔狼が付かず離れずの位置で各々補食を行っており、その周囲をザイゴート達がぐるぐると哨戒している。

これ以上近付いたらたちどころに気付かれてしまうだろう───あの卵どもの感覚機関の鋭さは身に染みてわかっている。

 

「俺達が移動してる間に合流しやがったみてえだな………クソ」

 

「………隊長。排除しますか?」

 

シエルがスナイパーの銃身を揺らす。

邪魔なザイゴートから潰すか、という意味だろう。

しかし。

 

「スナイパーで先制ってのは賛成だが、目玉から潰すには相手が密集し過ぎてる。

一発ぶち込みゃ一斉に気付かれちまうだろうな」

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