昼間のラバウル基地にブザーの音が響き渡った。それと同時に基地全体が慌ただしく動き出す。このブザーは、任務を終えた艦隊の帰投を知らせるものなのだ。
『艦隊が帰投しました。各員、速やかに配置についてください』
そんなアナウンスが港に響き、姉妹や友人を出迎えんとする艦娘たちや、艤装の整備補助を担当するプロペラヘイホーたちが港へと駆け付ける。その中には、提督の姿もあった。
「提督、艦隊帰投いたしました。欠員はありません」
港に上陸し艤装を解除した旗艦の神通が、提督にそう報告して敬礼した。提督もそれに答礼する。
「おかえり、皆が無事に帰ってきてくれたようでよかった。詳しい報告は後でいいから、負傷した者は入渠しておいで」
「了解しました」
提督と神通の短い会話が終わると、周囲で待機していたプロペラヘイホーたちが艤装の運搬を開始した。
『皆さん、お疲れ様です~』
『艤装、お預かりしますね~』
「ありがとうございます。お願いしますね」
プロペラヘイホーに艤装を預けた艦娘たちは、出迎えに来た者たちと共に入渠ドックへと歩いていった。
冷たい風の吹く港に一人残った提督は、皆の背中を見送りながら密かに呟いた。
「これは……思ったよりマズイ状況かもしれないな……」
その日の深夜、提督は執務室で机の上に広げた海図を睨み付けていた。海図には、これまで深海棲艦の出現が確認された海域に印が付けられており、印はラバウルの東から北西まで帯のように連なっていた。
「やはり、奴等の目的はこのラバウルを孤立させることか……このままでは本土に通じる海路が閉ざされてしまう……奴等、思った以上に行動が早い……!」
提督が唸るように呟く。そんな提督の懸念はそれだけではない。
「今日出撃した艦隊は、四隻が中破していた。ここ最近、こちらの損害は拡大傾向にある……奴等は、戦力の量産だけでなく育成も着実に進めている……」
このまま深海棲艦の包囲作戦を止められなければ、ラバウルは本土から孤立、物資も枯渇した状態で空から、そして海からの飽和攻撃を受け、撤退も許されずに壊滅する。提督の頭に、そんな悲惨な光景が思い浮かんだ。
「ダメだ……このままではダメだ……!」
提督は、忌まわしいイメージを振り払おうと大きく首を振った。
「早いうちに対策しなきゃ……まずはここからだ……」
翌日から、提督によるラバウル基地の防衛体制の構築が始まった。遠征艦隊が再配備され、遠征任務の回数と集積資材は増加。資材の備蓄と新装備の開発が急ピッチで行われた。さらに、トレーニングや演習の計画も組み直され、戦力の強化が行われた。
結果として、ラバウル基地の戦力は短期間の内に飛躍的に向上した。一部の艦娘からは、提督の手腕を讃える声が上がった。しかし、提督はそれで満足しなかった。いや、できなかったのだ。
「まだだ……まだ足りない。これだけでは一時しのぎにしかならない。防衛線を構築して基地を安定させるには、あと一手足りない……」
提督は、毎晩眠る時間を削って防衛線について思案した。一度は深海棲艦の拠点や本隊を直接叩くことも考えたが、まだ早いという判断に至った。基地の防衛もおぼつかないのに所在もはっきりしない敵を叩きに行っても損害を被るだけだ。
やはり、必要なものは新たな戦力だった。どのような戦力が必要なのかというビジョンもはっきりしていた。しかし、そんな理想の戦力を揃えるには時間が足りなすぎる。
「どうする……どうする……?」
提督は執務室で頭を抱えたまま、悩みと焦りの渦に飲まれようとしていた。
『ねぇ、リーダー……』
そんな提督に、小さな影たちが声をかけた。提督が視線を落とすと、そこにいたのは青、緑、黄色の三体のヘイホー達だった。いつの間にか執務室に入ってきていたのか。集中していた提督は、彼らに呼ばれるまで気が付かなかった。
「ん? ……ああ、お前たちか。どうしたの?」
提督は、執務机から飛び降りてそう問いかけた。
『リーダー、戦況、よくないの……?』
黄色ヘイホーが不安げに言った。それを聞いた提督は一瞬だけ硬直する。他者から言われることによって、改めて現状を認識させられる。それでも提督は、仲間を心配させまいと努めて明るく答えた。
「心配しなくて大丈夫。作戦は順調、安定してるよ」
『ウソ』
青ヘイホーが、提督の言葉をそんな一言で否定した。提督が再び硬直する。
「えっ……?」
『リーダー、ボクたちはもと居た世界で兵隊やってたんだよ? ……自分たちが勝ってるか負けてるか、それくらい、何となくだけど分かるよ……』
「……」
青ヘイホーの言葉に、沈黙する提督。そうだった。ヘイホーという存在は、かつてはここではない世界で絶対的な力を持つ配管工の一味と戦っていたのだ。ある時は夢の世界の魔王の元で、ある時は大亀軍団の王の元で、またある時は武器世界なる異界から降臨した鍛冶の王の配下として。そして戦いの数だけ進化し、多彩な技術を持って分化してきたのだ。その歴史と記憶は、熟練した兵隊に匹敵しうる。
『最近、みんな海に出たら怪我して帰ってくる……。リーダーも、毎日夜更かしして怖い顔してる。よくないことが起きてるって、ボクでも分かっちゃうよ……』
緑ヘイホーが悲しそうに言う。提督は、己の力のなさを悔い、うつむくしかない。そんな提督に対し、黄色ヘイホーが言葉を繋げる。
『ボクたちだけじゃない。この基地にいる仲間たちは、みんな気付いてるんだ。それで、どうしたらいいか考えてるんだよ。ボクたちもリーダーの力に、艦娘さんたちの助けになりたいんだ』
「お前たち……」
『リーダー、ボクたちは皆リーダーを信頼してる。話して、相談してくれないかな……?』
「……ありがとう……。皆の知恵を貸してくれるかい?」
『もちろん!』
その後、提督はラバウル近海の海図と資料を三体のヘイホーたちに見せ、ラバウル基地の現状を説明した。執務室に集った四体のヘイホー達は、知恵を振り絞り、出し合って遅くまで会議を続けた。
『なるほど……。つまり、今必要な戦力ってのは、機動力と即応力があって、補給が容易な、現在主力の艦娘さんの戦闘援護と育成をできる部隊って訳か……』
「そうなんだ。そうなんだけど……」
『言うのは易し、ってやつだね……』
『基地航空隊は行動が制限されがちだし、艦隊として配備しようとすると設備も足りなくなるし……』
「あーもう! やっぱりここでどん詰まりか~……」
『どうしたもんか……そうだリーダー、その理想の戦力のイメージを挙げるとしたら、どんな感じ?』
「イメージか……そうだな、深海棲艦でいうところの小鬼群くらいのやつ、かな……」
『う~ん……そんな艦隊編成できるかな~……。水雷戦隊もちょっと違う感じがするし……』
「だよなぁ……」
『……はっ!』
提督たちの会話を聞いていた黄色ヘイホーが、何かを思い付いたような反応を示した。
「ん? どうしたの?」
『リーダー、あるよ……新しい戦力、あるよ……!』
「本当か!」
黄色ヘイホーの言葉を聞いた提督たちは、一斉に黄色ヘイホーを見つめる。黄色ヘイホーは、少し躊躇したようだったが、一気に言葉を紡いだ。
『リーダー、艦隊である必要はなかったんだ』
「……どういうこと?」
提督は、黄色ヘイホーの言葉の意図を読み取れずにそう聞き返す。すると、黄色ヘイホーは両手を広げてこう言った。
『リーダー、ボクを見て?』
「……?」
『ほら、目の前にいるじゃない。数と機動力があって、戦うために生まれた軍団が!』
「……! まさか、お前たちが前線で戦うというのか……!?」
提督は、彼の言葉の意図を理解した。そして、驚愕した。ヘイホーたちの力で深海棲艦と戦う、提督がいままで考えたこともなかったアイデアだった。
たしかに、ヘイホーたちの機動力と能力を活かせば、深海棲艦に匹敵する戦力になり得るかもしれない。しかし、ヘイホーの戦闘能力がこの現実世界で正しく発動するのかは分からないし、なにより危険すぎる。
「……残念だけど、許可はできない。そんな危険な作戦にお前たちを……」
──巻き込むわけにはいかない──
そう言いかけた提督に、緑ヘイホーが声を上げた。
『リーダー!!』
「……えっ?」
つい先程まで静かだった緑ヘイホーの突然の大声に、場は静まり返った。
「なんだ……?」
『リーダー、危険とかなんとか、そんなことを言ってる場合なの? 危険なのは、今戦ってる艦娘さんたちも同じ、いや、それ以上だよ!』
「……ッ!」
『ボクは黄色の意見に賛成する。ボクたちには戦う力があるんだよ? だったら今戦わなきゃ! ボクたちだけ、なにもしないで後方でぬくぬくしていていい訳がないよ!』
「緑……」
緑ヘイホーの言葉は重く、そして深く提督の心に突き刺さった。僕は今まで、仲間のヘイホーだけを無意識の内に特別扱いしていたのだろうか……。提督は、そんなことを思い沈黙した。すると、そんな提督の不安を拭うように青ヘイホーが言葉を発した。
『まぁまぁ、緑、そんなにカッカするなって。リーダーはさ、ボクたちのことを考えてくれてるんだよ』
『ボクたちのことを……?』
『ボクたちはさ、リーダーを追ってこの基地に来ただろ? その基地が、今や敵に包囲されつつある戦場だ。リーダーはきっと、自分のためにこれ以上仲間を危険にさらせないって思ってるんだよ』
『リーダー……』
青ヘイホーの言葉を聞いて、緑ヘイホーは少しだけ冷静さを取り戻したようだった。
『リーダー、ごめん……』
「いや、僕のほうこそ……」
『でも、やっぱりボクたちも戦うってのはやるべきだと思うよ……』
「……僕からは言えないよ……。皆に、お前たちも戦いに行けだなんて……」
執務室が再び静寂に包まれ、気まずい雰囲気が漂った。しかし、そんな雰囲気を青ヘイホーが破った。
『……じゃあ、こうしようか』
「え?」
皆の視線が青ヘイホーに集まる。彼は、床の上で不思議なステップを踏んだ。
すると、青ヘイホーの足元の床がグニャリと歪み、鮮やかな緑色の土管が執務室に現れた。
「え? ……これって……」
唖然とする提督達をよそに、青ヘイホーは土管のなかに向かって叫んだ。
『皆、ちょっと来てー! 大事な話があるんだ!』
すると、少しして土管の中から大量のヘイホー達が飛び出してきた。
『なになに~?』
『もう朝なの~?』
『……まだ眠いよ~』
どうやら、ラバウル基地に住み着いているすべてのヘイホー達が執務室に集められたようだった。
「青、これは……」
『リーダー、少しの間黙って見ててくれるかい?』
「……分かった」
青ヘイホーは、提督に向かって頷くと執務室に集まったヘイホーたちに向かって話し始めた。ラバウル基地の現状、黄色ヘイホーの出したアイデア、緑ヘイホーの意見に提督の懸念について。ヘイホーたちは、その話を静かに、そしてしっかりと聞いていた。執務室に青ヘイホーの声だけが響いた。そして……。
『…と、言う訳なんだ』
青ヘイホーによる説明が終わり、執務室が沈黙に包まれた。提督は、仲間たちの様子を静かに、そして不安げに見つめている。
今度は、皆に対して黄色ヘイホーが問いかけた。
『皆、この作戦をやれば、艦娘さんたちの助けにもなると思うし、深海の奴等に対しても打撃になると思う。でも、リーダーの言うように物凄い危険が伴うんだ。こっちの世界では、敵にやられたら土管からリスポーンできるかも分からない。今までの話を聞いた皆の意見を聞きたいんだ。どう思う……?』
執務室が再び沈黙に包まれる。提督が俯く。しかし、沈黙の時間は長く続かなかった。
ある赤ヘイホーが提督に向かって言ったのだ。
『リーダー……、どうして、もっと早く言ってくれなかったのさ』
「……えっ?」
『やるよ! やるに決まってるじゃない! いつもボクたちに優しくしてくれる艦娘さんたちのためになるんだったらさ!』
「赤……」
赤ヘイホーの言葉を皮切りに、他のヘイホーたちも声を上げ始めた。
『赤の46番の言う通りだ! ボクたちもやるよ!』
『マリオやヨッシーに比べたら、深海棲艦なんか怖くない!』
『さっちんをイジメたやつを、やっつけてやる!』
『那智の姉御に怪我させた奴に、落とし前つけさせてやるぞ~!』
『おー!!』
「お前たち……」
提督の肩を青ヘイホーが軽く叩いた。
『見ての通りだよ。これが皆の意思だ。リーダー、どうするんだい?』
『青……分かってるよ……』
提督は、大きく息を吸い込むと、仲間たちに向かって宣言した。
「今より、ヘイホーによる対深海棲艦戦闘部隊の結成を宣言する!! 明日より、各ヘイホーの能力ごとに班を編成、訓練を行う! 訓練の一切の指揮は僕が執る!」
『ヘイッ!』
『ホー!』
ヘイホーたちの号令が執務室に響く。これが、ヘイホーたちによる戦闘部隊の始まりであった。
これより、ヘイホーたちはラバウル基地の本当の一員として、日常に、そして戦火の中に踏み込んでいくこととなるのである。
今回の話、作者の予想以上にシリアスな感じになってしまいました。今後の話でほんわかした雰囲気のストーリーに戻していきます~(*-ω-)