「このクッキー美味しいです。また腕をあげましたか?」
「このくらい序の口よ。」
なんだかんだでリビングに五月以外の4人が揃ったのだがどう見ても勉強をするような雰囲気ではない。
三玖はと言うとニ乃の着ている自分の体操服を取り返そうと抗議しているがニ乃は一切聞く耳を持とうともしない。
その二乃は姉妹に出来立てのクッキーを渡して周り時々こちらに勝ち誇ったような不敵な笑みを送ってくる。
どうやら二乃は絶対に俺に授業をさせないつもりらしい。
だがさっきまでやり取りから二乃と三玖がすんなり勉強会に参加しないのは分かっていたことだ。
まずは勉強に前向きな一花と四葉だけで勉強会を始めて2人は後回しだ。
「安心して下さい上杉さん!私はもう始めてますよ!!」
「名前しか書けてないけどな!そして一花、問題を読むふりをして寝るな。」
「ふぁ〜ごめんね。この時間いつも寝てるからさ、癖になっちゃってるみたい。」
前向きな2人も決して一筋縄では行かない相手だ。
取り敢えずこの5人の中で唯一問題を解いている
一花を見ることにする。
どうやら解いているのは数学のようだ。
二次関数の問題は問題文に書いてる状況をグラフ上で正確に再現するところから始まる。
一花はノートに直線を描き、少し止まって何かを思い付いたようにまた手を動かす。そしてまた手を止める。この繰り返しで少しずつ少しずつ問題を進めている。
確かに定跡通り式をグラフで再現しているのはいいんだが……超初級問題の筈なのに何故こんなに式が登場してるんだ?
最初は円と直線だけの綺麗なグラフだったものがどんどんと直線を追加されていきなんともカオスな状況になっている。
「ちょ、ちょっと待て。この式はどこから出てきたんだ?」
「え?半径3の円だから……」
「違う違う。ちょっと貸してみろ。」
一花と四葉の間に割り込んでグラフを描く。
これくらいの問題すら解けないとは流石に予想の斜め上を行かれた。
俺も家庭教師の経験は初めてであるため本当にこれで理解してもらえるのかは不安だができるだけ丁寧に式を作って一花に説明していく。
「あとはこの2つを連立させれば答えが出るはずだ。どうだ、わかったか……?」
一通りの説明を終えて一花を見ると説明が難しすぎたのか顔を赤くして俯いている。
勉強が出来ることと教えるのが上手いかどうかは別だとはよく言われているがどうやら俺は教えるのは下手らしい。
「ちょ、ちょっと近い……かな?」
「ちがい……そうか自分のやり方と違うということか。確かに一花のやり方でも少し遠回りだが解けない訳ではない。じゃあ次はそのやり方で行こう。」
気合いを入れ直し身を乗り出して式を書く。
「ちょ、ちょっとそういう意味じゃ!?」
「あのー上杉さ〜ん。」
ようやく一花を教える手がかりを得た俺を邪魔するように甘ったるい声で誰かが俺の名前を呼ぶ。
「なんだ。に、二乃か……。また何か邪魔する気か?」
「邪魔だなんてそんな。上杉さんにもクッキー食べて欲しくて。」
さっきまでツンツンしてたのに今は顔なんかも赤らめて妙にしおらしい。
これは何かの罠か……?
少し警戒もするがここで俺が歩み寄るのは必要なことのように思える。
「そ、そうだな。折角だし一つ貰おう。」
皿に綺麗に盛り付けられたクッキーを恐る恐る掴む。
なるほど確かに形は市販のものと言っても違和感ないほどに綺麗にできている。
口の中にそのクッキーを放り込む。
「お、美味しいなこの……クッ……キ」
突然視界がボヤける。
ここで自分の浅はかさに気付き30秒前の自分を呪った。
二乃はまるで汚物を見るような目で俺を見下して勝ち誇ったように冷たく言い放った。
「お休み。あんたなんかに一花は渡さないわ。絶対に。」
その言葉の終わりと共に俺の意識は完全に途切れた。
「ニ乃、宇喜多直家みたい。」
「誰よそれ?フン、いい気味よ。このままアイツの家まで送り返してやればいいわ。」
「全く二乃は乱暴だなぁ。……わ、私が送るね。」
「別に一花がわざわざ送らなくてもいいでしょ!!江端さんにお願いすれば良いじゃない。」
「私が送りたいの。」
「……好きにすればいいわっ。」
ーーーーーー
一花side
彼の生徒手帳の住所を頼りに私は彼を家の近くまで送った。
本当は膝枕などする必要は一切ないのだがこの車内には私と運転手さんと風太郎くん3人しかいないんだからちょっと大胆になってもいいよね。
私の膝の上で眠る彼は普段の太々しい態度は影を潜めてどことなく可愛らしい雰囲気を漂わしている。
こんな無防備な彼はおそらく家族以外は誰も知らないだろう。
いやもしかしたら家族すらも知らないかもしれない。
私だけが知っている風太郎くんの一面。
そう考えるとなんだか心地いい優越感を感じる。
カシャカシャカシャカシャ
この姿をいつまでも私だけのものにする為に写真に保存する。
こんなことがバレたら風太郎くんは怒るだろうか。
いや、鈍感な彼の事だから『その写真で俺に何を要求するつもりだ』とか言い出しそう。
「う、うん……?」
「お、起きた?」
「こ、ここはどこだ?」
慌ててケータイを隠して平静を装って彼と話す。
流石にあんなに音を出してたら起きちゃうか。
ちょっと勿体無いことをした気分だ。
風太郎くんはまだ寝ぼけているのか私の膝の上でもそもそと動く。
「ちょ、ちょっとくすぐったいよ。」
「は?……うぉ!?」
風太郎くんはようやく自分の状況がわかったのか飛び起きて私から離れた。
そんなに露骨に逃げなくてもいいのに……。
「す、すまなかった……。」
顔を少し赤らめてバツが悪そうに頬をかく彼は新鮮でまた得した気分になる。
最初はただの堅物な優等生かと思っていたけど意外と表情豊かな人だ。
「いいよ。いいよ。二乃が乱暴しちゃったからね。」
「アイツめ。思った以上に危険な奴だ。」
「私からも注意しとくからゴメンね。」
彼は私に礼を言うと車から降りる。
家の前にはまだ小学生くらいだろうか、青い髪が特徴的な可愛らしい子がいた。
「ただいま。迎えに来てくれたのか?」
風太郎くんは私には見せたことのないような笑顔でその子に笑いかけている。
心の中が少しモヤっとする。
相手は小学生の子供だ、嫉妬するなんておかしい。
「ちゃんと家庭教師の仕事できたの、お兄ちゃん?」
「あ、あぁ。バッチリこの通りだ。」
彼は突然私の肩を掴んで少し強引に引き寄せてきた。
肩と肩が触れ合うほどの距離に彼がいる。
昼間もそうだったが風太郎くんは意識してか無意識なのか時々距離感がおかしい。
「え、あ、いや……。」
咄嗟の出来事で私の脳はオーバーヒートして使い物にならなくなる。
壊れた機械に訳の分からない言葉を吐く。これじゃあ私のお姉さんキャラが形無しだよ。
「あ、そうだ!お姉さんも一緒にご飯食べていきませんか?」
「え!?それは……ほら!な!?このお姉さんは忙しいから!」
いきなりか、彼の家に行くの!?
まだ心の準備が……でもまたとないチャンスかもしれないし……。
「い、行こうかなぁ。」
「来るの!?」
ーーーーーー
「風太郎くんの生徒の中野一花です。これからお世話になります。」
「まさか風太郎が女の子を連れてくる日が来るとはな、ガハハハ。」
「今日はらいは特製カレーだよ。」
「わー美味しそうだね。」
汚く黒ずんだ壁、ヒビの入った電球にボロボロのガスコンロ、世間一般の人が思い描くボロ屋の代表例のような俺の家に、貧乏とは正反対のセレブなオーラを放った一花がいる。
一花の周りだけはまるで別世界のように華やかなオーラが漂っている。
こ、これが一流セレブの力なのか……。
「らいはちゃん、お手伝いしようか?」
「あ、ありがとうございます!じゃあ、そこのお皿取ってもらってもいいですか。……そうです、そこの欠けてるお皿です。」
らいはは一花を気に入ったようだ。
「らいはちゃんはもう1人で料理できるんだね、偉いね。」
「えへへ。お口に合うと良いんですけど……。」
頭を撫でられてらいはは満足そうにはにかんでいる。
五つ子の長女なだけあって、こういう姉っぽい所もあるようだ。
それにしても仲良くなりすぎだな……こらこら、らいはそんなにベタベタするな。
お兄ちゃんが嫉妬しちゃうだろ!!
「お嬢様に庶民の味がわかるかね。」
「コラ。そういう事を言うから皆んなと仲良くできないんだよ。」
「……余計なお世話だ。」
一花は突然を口をにゅ〜っと口の端を吊り上げて嫌らしく笑う。
あ、今の顔は二乃にすごい似てる。
「あれれ?妹ちゃん取られて嫉妬してるの?」
「そ、そんな訳ないだろ。」
「そんなに意地張らなくてもいいのに〜。」
図星を突かれて思わず声が上ずってしまう。
こいつはいつも俺のペースを乱す。
今までの人生であまり会ったことの無いタイプで正直苦手だ。
「よかったね。お兄ちゃん、これで借金問題も解決だね。」
「え?」
賑やかな雰囲気だった家内がらいはの一言で静寂に包まれた。
「こら、らいは。お客さんの前だぞ。」
らいはを叱る。
らいはもいけない事をしたという認識があるのか俯いて反省している。
一花は無言でこちらを見てくる。その表情から彼女が何を思っているのかは分からない。
「同情ならいらないぞ。」
最悪だ、こいつにだけは知られたくなかった。
突き放すように出来るだけぶっきら棒に言い放つ。
「……同情なんてしないよ。家族のために働いてるなんて偉いね。」
一花はそう言うと慈しむような優しい顔でポンポンと頭を撫でる。
普段らいはにしてる事を逆にやられるのはなんだかむず痒く恥ずかしい。
「や、やめろ。」
「本当に……素直じゃないんだから。」
一花が我が家の借金問題を知りどう思ったかは分からないが少なくとも馬鹿にしたり、同情なんかをしていない事は何となくわかった。
一花はその辺の馬鹿どもとは違う、それは今日1日で十分分かった。
★原作との違い
・一花と二乃の仲が不安定
・らいはと一花が仲良くなる(ここ重要!!)
・一花が風太郎の家の事情を知る
・風太郎の一花の評価が順調に上がっていく