「なんだか不気味じゃないか、この任務。ただ新型の神機を輸送するだけなのになんで一個中隊で護衛するんだ」
山中、雨がトラックの天幕を打つ音に混ざってマコトの耳に入る。
マコトは荷台に腰を下ろして、神機の整備から目を離さずに答える。
「確かに不気味だが、今回に限ったことじゃないだろう。俺たち神機使いってのは実験体である可能性が常にあるんだ。どんな任務に行かされたって不思議じゃない」
すると、マコトに話しかけてきた男は「そうか」と言って、マコトからそっと離れる。
全く、こういう奴は嫌いだ。俺は正しいことを言っているだけなのに被害者ヅラしている。それじゃあ、こっちが被害者だ。自分で加害者だと気づいていないのか。少しは自分で考えてから発言しろ。
マコトは次々に溢れる陰湿な怒りを抑えながら、自らの作業に戻っていく。
と、小さな揺れで予備のネジを一つ落としてしまう。マコトはそれを拾おうとしたが、同じような揺れが再びトラックを揺さぶる。外の様子が心配になったマコトが天幕をかき分け目視で様子を確認すると、すぐ目の前に大口を開けてトラックを追ってくるオウガテイルがいた。
「アラガミが────」
すぐに振り返ったマコトの叫びを待たずして、トラックは轟音を立てて横転する。彼はそのとき、僅かに開けた天幕の隙間から外に放り出され地面に頭を打つ。その影響か、マコトの視界は揺らいだ。
そして、朦朧としている意識の中で見たのは阿鼻叫喚の光景だった。オウガテイルが十数体群れている程度だったが、完全に油断していたこの中隊はすぐに総崩れとなる。トラックから弾き出されるも反撃を試みる神機使いを、オウガテイルがまるで鳩が餌を囲んで啄むように、その体を食い千切っていく。
そして、この騒ぎを聞きつけたのであろう、ヴァジュラが参戦をすると先ほどまで善戦できていた神機使いでさえ数で圧倒され始める。
電撃が人間の耐えうる限度を超えて、その体を焼いていくのをただ見ていることしかできない。
やがて、吹き飛ばされたオウガテイルの死体がマコトに覆いかぶさると、マコトの意識は深淵に沈んでいった。
ゆっくりと目を開けてみる。そこで何が失われたか見るのが怖いから。
それでも彼の眼前に広がる光景は「部隊の壊滅」を意味していた。恐らく生き残ったのはマコト一人だけだ。
マコトは自分に覆いかぶさっていたアラガミが消えていることに気が付いた。アラガミは生命活動が止まると、オラクル細胞が消散するからそこらに転がっている人間の死体と違って、その場に長々と留まることはない。
と、一人の男の雄叫びが聞こえた。
マコトが音の発生源が目の前に横たわっているトラックの向こうから聞こえることを突き止め、そちらに向かってよろよろと歩いていく。
そこでは立ち上がろうとしたヴァジュラが、まるで犬の芸で「伏せ」を教えられているように、神機使いに地面と縫い付けられる光景があった。
その神機はヴァジュラの頭を突き刺しており、もう止めは刺されているであろう状態だった。
一人と一体はそのまましばらく静止画のように止まっていたため、マコトは一人のほうが心配になって近づいて、肩に手を置いてみる。
すると、男の体は積み上げられたトランプのようで、少し触れてみただけで体勢を崩して倒れしまった。
これで、ここには腕輪ごと腕を食いちぎられていたり、逆に腕しか残っていない「ヒトだったもの」が無残に残っているだけだった。
次第にこの光景にも慣れてきたマコトは、周囲に役立つものがないか探し始めた。ぎりぎり神機を握ってはいるが、これだけでは心許ない。医療品や飲料水、食料が必要になるだろう。
数時間前に止んだのであろう雨に濡れたトラックや、死体は未だ乾かずにその血を水溜りに混ぜ込めている。
そんな中、マコトが落ちているリュックを拾おうとしゃがんだとき、その持ち主であろう女の瞳がマコトの瞳を見つめていた。偶然にもこちらを向いていただけなのだが、マコトは声を出して尻もちをつく。
しかし、今はこんなことに時間を使ってはいけないことを、マコトは理解している。
すぐに体勢を立て直すと、リュックの中身を確認する。リュックの中には少しの傷薬と二日分程度の食料、スタングレネードと爆薬が入っているだけだったが、今はそれだけでも十分だと判断したマコトは、リュックを肩にかけて、来た道を戻り始める。道路のど真ん中を歩くには戦力として貧弱すぎるから、森の中を道寄りに歩くこととなる。
しかし、マコトの腰に付いている、特定の周波数を拾うとその無線に繋いでくれる緊急用の無線機は無事であるため、マコトはそこまで悲観的ではなかった。
あれからマコトの下山も順調で、道中見かける食べられそうな木の実はリュックに入れることで、二日は食いつないでいる。飲料水は少々頼りなくなってきてはいるが、すぐ左には川が流れているからいつでも汲みに行ける。
問題は、道寄りに進んでいることで遠回りをしていることだ。確かにマコトは山岳地帯で生き延びるための訓練は受けていないから、道寄りに進んだほうが確実だろう。
しかし、この時点でマコトは既に感づいていた。自分に何者かの視線が付き纏っていることに。
こんなところに人がいるとは思えないし、アラガミで間違いない、とマコトは腹を括る。
まだ製造されたばかりの神機を強く握って、周囲を見渡す。木々の間のどこからアラガミの顔が出てくるか。
と、マコトの背後から枝が折れる音と共に、アラガミの体重が木々を揺らす。マコトが振り返った時は一歩遅れていて、コンゴウの拳をモロに受けることとなった。
神機使いとはいえ、備えもしていない攻撃を受ければダメージも大きく、吹っ飛ぶ瞬間も意識が揺らぐ。
しかし、土に体を打ち付け、石で皮膚を破かれようとも、マコトは生存本能に満ちている。
追撃を加えようと、余裕気に歩み寄るコンゴウがマコトの目前まで来たとき、マコトはその神機をコンゴウの眉間目がけて一直線に突く。そして、突き刺さる神機を、コンゴウのコアまで押し進める。
ぴしっと何かが割れる感触がマコトの掌を伝った。
その瞬間から糸の切れた操り人形のように、コンゴウが倒れ、同時にマコトは神機を引き抜く。すると、神機と共に真っ赤な血が飛び出て、マコトの右の頬を濡らした。
一旦休めると思ったマコトはアドレナリンが引いていくのを感じた。そう顔を上げた矢先、周囲を取り囲むコンゴウたちの姿を確認した。忙しいことに、引いたばかりのアドレナリンが帰ってきた。
ざっと数えても五体はいるであろう、コンゴウは弱っているマコトが倒れるのを今か今かと待っている。
マコトにはこのまま倒れてアラガミに食い荒らされることしかできないと思われたが、背負っていたリュックの肩紐を千切り、独立したリュックを一体のコンゴウに向かって投げ、ポケットに入れてあったスイッチを押す。
すると、送られた信号に従順に従って、リュックの中にある爆薬が爆発する。それを投げつけられたコンゴウは煙に包まれるが、すぐに仰向けに倒れているのが見えたのと同時に、腹の結合が崩壊しておりコアが剥き出しとなっていた。
マコトはむしろこれが狙いだったようで、飛ぶようにコンゴウに接近して、両手でしっかりと掴んでかざした神機をコアへと一直線に振り下ろす。並の生き物を殺すのとは大違いの大量の血が吹き出すと同時にそのコンゴウは活動を停止する。
その瞬間も他のコンゴウたちは攻撃の手を休めようとはしなかったが、五体もの集団が人間なんてちっぽけな存在を相手にしたらお互いに干渉してしまい上手く動けていない。
それはそうだ、とマコトは考える。一般的な広さのキッチンに現れたゴキブリを退治するのに、大の大人が四人も五人も集まってちゃお互いが邪魔で仕方ないだろうし、そのゴキブリが毒針を持っているのだ。
殴りかかってくるコンゴウの懐に飛び込んで、後ろ足の膝を切り落とし、そのコンゴウの体を盾にするように立ち回る。すると、上手い具合に移動できなくなったコンゴウは群れの仲間に追撃を加えられたことによって動かなくなっていった。
そうして三体目のコンゴウを倒したとき、腰に付けていた無線機が喚き出す。
〈こちらハンター1、そちらの救難信号を感知した。所属と現在位置を教えてくれ〉
マコトは思わず口角が上がり、安心感に包まれるが安堵している暇はない。
「極東支部第二部隊所属だ。現在位置は……」
不幸なことにマコトは、現在位置なんて正確に伝えられる自信はないし、道沿いとはいえこんな森の中にいる人間を見つけるのは困難だろう。
と、マコトは思い出した。あの中隊の部隊員からくすねたアレを。
「今スタングレネードを打ち上げるから見つけてくれ」
そう言って、マコトはスタングレネードを腹のポーチから取り出して、上空に向かって投げる。マコトが投げてから二秒の間隔を置いて、スタングレネードは空中で炸裂する。アラガミすら眩しいと感じるものだ。遠くからでも見えるだろう。
〈……了解だ。そちらの位置を確認した。これより増援部隊を降下させる〉
孤独な戦いをしていたマコトにとっては、その増援部隊というのがとても心強かった。
すると、マコトの神機が動かなくなる。正確に言えば持ち上げたり振り回したりはできるのだが、捕食形態にもならないし、盾も展開できない。おまけに切れ味も悪くなってきた。これはマコトを地獄へ突き落としたようだった。
マコトはコンゴウに向かって、斬りつけるというよりかは叩きつけるようにして攻撃をするが、効果的であるとは言えない。しかし、それとは裏腹に、コンゴウたちは少しずつマコトに対しての関心がなくなってきている様子だ。
そして、続報が入る。
〈周囲のアラガミが別方向に移動している。部隊の降下は中止し、即時回収だけ行う〉
「了解した……」
驚くことに、報告を受けたとおり、完全にマコトへの関心を失ったコンゴウたちがここではないどこかへ向かうようにして移動を始めたのだ。マコトは気が抜けたようにへたり込む。俺はそれほどの脅威でもないってか、という考えがマコトの心中に無いわけではなかったが、それでも今は生きて帰れることを喜ぶべきだろう。
すると、頭上からヘリコプターが轟音を立てて近づいてくるのをマコトは聞き取った。彼の右手には動かなくなり、使い物にならなくなった神機がしっかりと握られている。