鉄で密閉された空間の中、宙にコインが浮く。
その浮いたコインを、横から飛んできた厳つい男の手が握る。コインには男の掌に向いている表に狼の顔が彫られていた。
「裏が出た。新入りを案内するのはあんたの役目になったぜ、隊長さん」
ショウゴがその筋肉だらけの太い腕を組んで言う。
マコトは渋々といった様子で「仕方ない」と返して椅子から立ち上がる。それに続いてショウゴも椅子から立ち上がってマコトの肩に手を置くと、
「新入りは新型神機使いだってさ。あんたが二年前に運んでたシロモノなんじゃないか」
そう笑ってみせ、マコトは皮肉めいた笑みを浮かべて「そりゃいい、あれだけ苦労して生還した甲斐があった」とショウゴの肩を拳でトンと押す。
「そりゃそうだ。だってあんたは俺があの時、あんたの無線器を感知しなけりゃ、あの場面だけは切り抜けられても後々動かなくなった神機引きずるだけだったからな」
「ああ、あれは本当に助かった。だが、そんな恩人の階級をいつの間にか超えるっていうのは、どうにも引っかかるところがあるな」
ショウゴはそう言うマコトに対して、首を横に振る。
「いいんだ。あんたのほうが俺より優れてるから当然の結果だ。────それに、あんな状況から生還した男の指揮下に入るってのは案外悪かねえぞ」
「そうか。それなら良かったんだ。今後も頼りにしてるぞ、ショウゴ」
「当たり前だろ、隊長殿」
二人はそう言って、お互いの肩をたたくとそれぞれの仕事に戻るため、仮眠室を出ていくことにした。
第三小隊、その名前は基本的に非公開とされている。アーカイブを漁って漁って漁りまくれば見つかるだろうが、そこまでして極秘部隊のことを知りたがる人間なんて、フェンリルのアーカイブを漁れる人間の中にはいないだろう。
しかし、神機使いの数からして、一部隊だけとはいえ存在自体は隠し通せるものでもない。明らかにプロファイルをボヤかされている神機使いなんて珍しくもないが、異質ではある。よくいる異質なのだ。そんな異質な存在が三人も四人も固まっていれば、何らかの意味合いを感じ取ることは容易だ。
そんな部隊に今日、ある少女が配属されるという話だった。
上北アヤ。
ゴッドイーターの適合試験で非常に高い適性を示し、その後の訓練でも好成績を収めたそうだ。実際のところ、その資料も隊長であるマコトに届いたが、まるで訓練で出来もしないカンニングをしたような成績だった。
今の訓練は仮想空間を使ったもので、まるで本当にアラガミと戦っているような感覚にものだというが、マコトはその実を詳しく知らない。しかし、それが本当ならば、その訓練で好成績を収めるアヤは相当の腕の持ち主だということだ。
マコトはこの時点で、人間として信頼を寄せられるかは分からなかったが、隊員としては信頼に値する人物だと評価している。
こんこん、とマコトの部屋のドアを二回ノックする音が聞こえた。
マコトは椅子に座って机に膝を乗せながら、部屋に入るよう促すと「失礼します」と可憐な声が帰ってくる。
その可憐な声と共に部屋に入ってきたのは、ピシッと整った礼装に身を包んだ黒髪の少女だった。やはり、マコトたちと同じように、赤い腕輪が右手に付いている。まだ塗装で赤くなっているだけだろう。その内、アラガミや人の返り血が洗っても洗っても落ちなくなってどす黒い赤になっていく。
「本日をもって、第三小隊に入隊することになりました、上北アヤです。ご指導ご鞭撻のほどよろしくお願いします」
いかにもフェンリルの役人の息がかかっているであろう喋り方をする少女に、マコトは少しうんざりしてしまう。通常、神機使いになるのは碌でもない人間が多いということをマコトは知っているのだ。
「ああ。そちらのことは資料にて知らされてたから大丈夫だ。それより、この宿舎の案内を君にしなければいけない。悪いが時間を貰えるか」
少女は首を横に振り「いいえ」と付け加える。
予想外の出来事にマコトはどれについて尋ねればよいか、整理の時間が必要になった。アヤは時間に余裕がないのだろうか。それとも資料のことだろうか。
すると、アヤが答え合わせをする。
「この施設については事前に入念なチェックを行っていたので、案内の必要はありません」
優秀な人材が来たんもんだ、とマコトは唇の端を持ち上げる。
「わかった。じゃあ、明日からはもう実戦になるがいいのか?」
アヤは表情に何の変化も疑念ももたず「もちろんです」と答えた。まるで、この会話の一言一言がアヤの計画したとおりに進んでいるように、素っ気なく瞬時に終わってしまった。
「じゃあ……俺と少し話していかないか。世間話だ」
マコトがそう言うと、アヤの仮面は少しだけ剥がれたようで、眉が跳ねたのをマコトは見逃さなかった。
「世間話、ですか」
アヤは予想外と言わんばかりに、マコトの目から視線を逸らす。マコトはマコトでやってやったと言わんばかりに、心の中で踊っていた。
「別に面接かなにかだと思ってくれて構わない」
「面接ですか。それなら大丈夫です」
それを聞いて、マコトは質問を開始する。
「じゃあまず、君はここに来る前はどこに住んでいたんだ」
「はい、私はフェンリル本部の居住区画で暮らしていました。訓練も本部でしてきました」
本部か、とマコトは呟く。フェンリル本部はいけ好かない役人がわらわらいる印象だったが、そういうことだったのか。マコトはそう考えた。そして、その予想を事実に変えるため、机に乗せた拳を緩く握って質問を加える。
「フェンリル本部では神機使いについてどう教わったんだ」
マコトがそう質問すると、アヤはあたかも当然のごとく答えた。
「はい、その命が尽きるまで人々に貢献する職だと教わりました」
マコトの拳を握る強さが増す。
「君はいつから神機使い──ゴッドイーターを目指していたんだ」
声は先程よりも怒りに震えているようでもあった。
「十歳になるころにはフェンリル本部で暮らしていて、その時から幹部の方々にゴッドイーターとしての道を支援していただきました」
マコトは奥歯が割れそうなほど、歯を食いしばる。
「君がゴッドイーターになりたいと思ったのは……」
「憧れで、という意味でならありません。ただ、支援していただけるならなるべきかと思いました」
マコトはこのままでは暴れてしまいそうだ、と考えて、ふう、と一息吐いて落ち着きを取り戻すと「そうかもな。そういう考えもなくはない」と言う。
「よし、暇つぶしに付き合ってくれてありがとうな。次会うときは恐らく戦場だ」
マコトが椅子を立ち、部屋を出ていこうとしたとき、「ああ、そうだ」と振り返る。
「さっき、お前が『神機使いは命が尽きるまで人々に貢献する職』だって言ってたが、そりゃ間違いだ。こんなところで死にたくないって思ったら逃げろ。そうじゃなくても、生き残れ。これが守れたら命令違反以外には気を遣わなくていい」
アヤは初めて「生き残れ」と命令されたことに驚きの表情が隠せなかった。本人でもポーカーフェイスには自信はあるのに、それでも揺れ動かされた。
マコトはそんなアヤを部屋に置いて、開けたドアから早々に出ていった。