上空から見るそれはまるで、夕焼けに焦がされた鯨の死体のようだった。それも背から腹へと真っ二つに切ら落とされたものだ。
しかし、それは鯨というのには大きすぎる。そう、空母だ。残念なことに道路に突っ込んだせいで、残った頭の部分も大きな穴が空いている。
「“クロスカップ”は見つかるか」
マコトは双眼鏡で空母を眺めるティータに叫ぶように訊く。こうでもしないと、ヘリのローターが回転する音に掻き消されて聞こえないのだ。
ティータはその長い銀髪を風にたなびかせて答える。
「どうやら“鯨”を海に戻すつもりはないみたい。鯨の腹の中で休んでると思うわ」
マコトとティータの間にしか通じていないであろうジョークが、同乗しているアヤとショウゴを困惑させる。それではまずいと思ったのか、マコトが「ターゲットは空母の格納庫で休憩している。その隙きを狙って仕留めるぞ」と噛み砕いて説明する。マコトとティータはこの手のジョークが好きなのだ。
「しかし、なんでこんな極東なんかにアラガミ集まるのかね」とショウゴがぼやく。
「さあ、みんな集まってるから流れで集まってるだけじゃないのか。俺たちだってそういうことあるだろ」
「ちょっと、わたしたちとアラガミを並べないで」
「そりゃそうだな。なんたって、俺たちは
そういえばそうだったな、とマコトは笑う。
すると、静かだったアヤが「間もなく作戦開始です。降下準備をしてください」と大声を上げる。周囲に聞こえるようにするために致し方ないのだが、マコトたちはアヤの大声なんて初めて聞いたから僅かに驚いてしまった。
マコトたちは気を引き締めて、空母の方に集中する。あの新種のアラガミは鮫のような特徴を持っているらしいが、何故こんな広い太平洋を渡ってまで極東の方に来たのだろうか。
アラガミを惹きつける“何か”があるのは確かだろうが、それが何かは分かっていない。
「よし、ここが目標地点の真上だ。行けるぜ、隊長」
ショウゴが座標を確認してから叫ぶ。それを受け取ったマコトは「よし」と呟いた。その声は誰にも届いていない。
「第三小隊、これがアヤにとって初の実戦だ。支部からは『危険と判断したら撤退するように』と命令されている。俺からの命令は『死ぬな』それだけだ」
「了解」と三人から一斉に返事が帰ってきて、マコトは力強く頷くと、ヘリの側面から意を決して飛び降りた。
数十メートル上空からの落下。通常の人間なら着地した瞬間ぐちゃぐちゃになりそうだが、神機使いの体はそれより遥かに頑丈なので、十分耐えられるのだ。
まずマコトが道路に着地をし、神機を持たない左手でバランスをとるとすぐに空母の格納庫に向かって走り出す。
後方から小さな隕石が落ちてきたような音が聞こえるから、マコトは部隊の集結を三つの隕石の落下というかたちで確認する。
すると、マコトの後方を走っていたアヤがマコトのことを追い抜いて、その先へと向かう。
マコトはそれを咎めようとしたが、アヤは聞く耳を持たず銃形態の神機で格納庫の扉を吹き飛ばしてしまった。
そしてティータがマコトに近付いて「あの子はわたしに任せて」と言うとアヤを追って、マコトより一足早く格納庫に吸い込まれるようにして消えていった。
マコトとショウゴもただ取り残されるのは癪だと感じたのか、アヤたちを追い抜かそうと言わんばかりの勢いで走り出した
「いたぜ」とショウゴが呟く。
マコトは、水没した格納庫の奥に例の新種のアラガミを確認すると、先制攻撃を仕掛けようとしている二人も見つけた。新種のアラガミは完全に水中に潜るタイプのアラガミであり、グボログボロとも似つかない風貌をしている。そう、鮫のようなのだ。
幸運にも、先制攻撃を仕掛ける二人はどちらも銃形態の神機を扱えるため、高台から水面に背びれを出して休んでいるアラガミを撃つことができた。
二人が一斉にオラクルバレットを撃ち込むと、水柱がいくつも立ち上るとともに眠りから目覚めたアラガミが、水中へと逃げる。
賢いわね、とティータが言うと、アヤは「追撃を加えましょう。今の攻撃で手負いになっているはずです」と興奮気味で返す。
「そいつは危険な案だな、アヤ」
二人のいた高台に上がってきたマコトが指摘する。しかし、アヤは依然として興奮気味のまま「追い詰めることは出来ているはずです。このまま追えば倒せます」とまくし立てる。
「しかしだな……奴の土俵は水中だ。俺たちが神機使いとはいえ、土俵に乗ったやつを追えば大きな損害が出るのは間違いな──」
「では私一人でも倒してみせます」
アヤはマコトの言葉を遮ってまでそう言うと、バックパックを背中から下ろして、太平洋まで繋がる水面に飛び込んだ。
マコトは全身の血が引くのを感じるのとともに、憤慨して「ショウゴ、ティータは撤退準備を開始しろ。三十分経っても俺とティータが帰ってこなかったら、そのまま撤退しろ」と命令する。
本来ならば、ここで二人はマコトを引き止めるべきなのだろうが、もう慣れているように「了解した」とだけ返す。
そして、マコトは神機以外の装備をショウゴに預けて、アヤと同じ水面に飛び込んでいった。
マコトは、あの大きさのアラガミが通れそうな場所を通ってアヤを追うが、その先にアヤがいる確信はないし、息が続くかも分からない。訓練されたゴッドイーターであれば、二十分は水中に潜っていられるが、それは戦闘での動きは計算に入れていない。仮に、マコトとアヤがあのアラガミと戦闘状態に陥った場合、水中にいられる時間は五分を切るだろう。
すると、マコトは空母の断面に出た。ここから先は太平洋だ。からして、捜索するとするならそれは途方もないものになるだろうと考えた。アヤはもう喰われたのだろうか、とも。
その時だった。空母のもう片方の体が沈んでいると思われる、深い谷のような地形から先程のアラガミが、マコトに目がけて急速に浮上してきたのだった。
マコトは瞬時に身構え、神機の切っ先を真下に向けると大口を開けて近づいてくるアラガミの口内から上顎にかけて、神機を突き刺す。
そのまま神機の柄を下顎に押し付けると、アラガミは間抜けのように口が閉じられなくなる。
と、マコトは、アラガミの尾びれの付け根辺りを神機で突き刺してしがみついているアヤを発見する。妙に安心したマコトはにやりと笑ってみせた。
そして、マコトはアラガミの下顎を脚で押さえ、上顎を左手で押し上げると神機を引き抜き、アラガミの口内の奥の奥目がけて突き刺す。きっと、この先にコアがあると信じてマコトは神機を突き進める。
すると、何か異質なものを突き刺した感覚がマコトの手を通して伝わった。
そこからはマコトの読みどおりで、アラガミが全身の力を抜かれたように深い谷に落ちていこうとする。しかし、大事なことをマコトは忘れない。
マコトはすぐに神機を右手に、左腕でアヤを回収する。彼女が突き刺した神機を引き抜いて、彼女の体を左腕に抱える。神機はしっかり握っているから落とす心配はない。
水面から上がったマコトは息を荒くして酸素を取り入れながら、抱えていたアヤを仰向けにする。
すると、マコトはすぐ近くから走ってくる人間の足音を二人分確認する。
「隊長」とショウゴが安心した声でマコトを呼びながら駆け寄ってくる。ティータはアヤのことを心配している様子で、不安げな表情を浮かべている。
医療研修を受けたティータが、アヤの横に座って人工呼吸を開始しようとしたとき、アヤは自らの手で意識を取り戻したようで咳き込むように水を吐き出す。それと同時に目を開けて、マコトたちの顔を一人ひとり見る。
「生きてるか」
マコトはただそれだけ、朦朧としているアヤに尋ねる。
アヤは一気に安心したからか、涙を流しながら静かに頷いた。