ヘラクレスのシャドウサーヴァントを倒してから数分後。街の方に向かう度に増えるスケルトンを適当に倒しつつ、たまにドロップする凶骨を回収しながら私は足を進めていた。アルモお姉ちゃんは立香ちゃんの指示がなくても勝手に素材を回収して来る優れものなのだ。
「おい」
「ん?」
意気揚々と周囲にいた最後の一体のスケルトンの頭蓋骨を片手で掴み、そのまま握り潰し終わると、スケルトンの処理中は黙っていたぐっちゃんに声を掛けられる。
お、やった。凶骨ドロップ。
「話を聞け! 私の体見なさいよ!」
何故かそう言いながら、怒ってますという様子でズイっと寄ってくるぐっちゃん。そう言われたので、頭から爪先まで一度眺めてから思った通りのことをそのまま呟く。
「ツインテールに眼鏡、トドメに狙ったかのような文学少女風の見た目。私が言えた義理じゃないが……少しは歳を考え――」
ザクリと頭蓋骨から音が響き、ぐっちゃんが投擲した中華圏の様式で造られたとおぼしき剣がとんでもない軌道を描いた上で、私の額に突き刺さったことに気づく。また、真紅の魔力が纏わされており、継続ダメージのようにジリジリと体が蝕まれ、削られるような感覚がする。あ、呪いダメージだこれ。
「ぐっちゃんいたい」
「お前に血を与えられたせいで今の私は、誰がどう見ても精霊種の吸血種よ!? 体に力が溢れて仕方ないわ!」
あ、そのまま話進めろって言うんですか、そうですか。
まあ、ガチ真祖の血なんて他の精霊種の吸血種からしたら、一番高いユンケルよりもっとスゴいものだもんな。効果は滋養強壮、肉体疲労、栄養補給他諸々。ユンケルンバで、ガンバルンバ。
「なんだ、別にいいことじゃないか」
「いいわけあるかッ!? 私はカルデアで一人の人間にすら悟られず、今まで過ごせていたのよ! これじゃ、全部水の泡じゃない!」
その言葉に僅かでもぐっちゃんにカルデアへの帰属意識があるのかなと感じ、ちょっと嬉しく思った。
「まあ、大丈夫だろ。ぐっちゃんが人間相手に気に病むことはもうほとんどなくなったみたいだし。ガイアと接続してちょっと調べたけどさ。レイシフトした日から先の人理が、ぜーんぶ消し飛んでる」
「は……?」
「文字通りの意味だ。人間はカルデアに残された100人ぐらいを除いて全滅だ。よかったじゃないか、ぐっちゃん一人で簡単に皆殺しに出来る数になったぞ?」
半分嘘で半分本当である。嘘の部分はイチイチそんなことで私はガイアに接続しないところだ。詳細にわかるかも怪しいしな。
「なにそれ……冗談でも笑えないわよ?」
「まあ、それは一旦置いといてだ。そもそも私の記憶では2004年の冬木の街はこんな大惨事になっていないし、これに準じた災害が起こったという
"少なくとも"と言葉を区切り、流石に気になってきたおでこに刺さる剣を抜きつつ、八重歯がチラ見えする程度に口を開けて驚いているぐっちゃんに言葉を続けた。
「現在・過去・未來レベルで改変が可能な何者かが、2004年の冬木にいた人間を全滅させやがったってことだな」
「……お前って冗談で言ってるんだか、真面目なんだかわからないから質が悪いわ」
あ、チクショウ。ここで私の長年の行いが足を引っ張りやがる。このままじゃ、埒が明かない気がしてきた。
「ぐっちゃん通信機ちょーだい」
「はぁ……?」
俺はそう言いながらぐっちゃんが持っているであろうカルデアとの通信機を貰うため、手をお皿にしてぐっちゃんに差し出してみる。
「あらかじめ、レイシフト先との通信手段ぐらい渡されてるんだろ?」
「なんでお前、そんなことまで知ってるのよ……?」
「ほら、パンフレットを見たんだ」
なんでこんな疑り深いんだこの吸血種……?
あれか? 20年ぐらい前に、ぐっちゃんの住みかに日本の縁起担ぎの風習として恵方巻きを持って行って、方角が決まってるとか、目は瞑るとか、歯を立てちゃダメとか、出されたものは全部口で受け止めて飲み干してから相手の目を見てごちそうさまって言うとか、あること無いこと吹き込んだのがいけなかったのか!?
ハッ!? それとも1000年ぐらい前にやったエロ……正しいバナナの食べ方講座のせいか!? あ、いや、400年ぐらい前に教えたエッチ……美味しいチュロスの食べ方講座かも知れな――。
次の瞬間、俺の両胸目掛けてぐっちゃんの剣がそれぞれ突き刺さり、そこから呪いが溢れ、ガリガリとHPが削れていく。あー、困ります! お客様困りますぅ!
「やっぱりお前のせいか……ッ! 道理でカルデア職員が食堂で私を見る目がたまにおかしいと思っていた!」
「…………ついほんの出来心だったんですぅ! ごぉめんなさぁいぃ!」
まあ、これで終わったわけではない。まだ棒状の食べ物以外も色々と間違って教え込んでいるからな。ふっふっふ、チョコレートも知らないぐっちゃんにモノを教えるのは楽し過ぎる。
ちなみに通信機は貸して貰えませんでした。
◇◆◇◆◇◆
レイシフト先にされたアインツベルン城跡地からかなり離れていたせいで冬木の街に着くのにかなり時間が掛かった。まあ、スケルトンを片手間に処理しつつ、ぐっちゃんの相手をしているのでそのせいで時間が掛かったということも多分にある。
ああ、ちなみにぐっちゃんだが、バックアップ無しに10回ぐらい
道連れにはするが、何も別に今すぐにサーヴァントとして同行しろとは言えないので、ぐっちゃんを尊重する形になったが仕方あるまい。
「酷い有り様ね……」
相変わらず、燃え盛る街並みを眺めながらぐっちゃんはそんな呟きをした。その横顔はどこか寂しげに映る。
「憎みたいだけで、死んで欲しいわけじゃなかった。ぐっちゃんはそんな感じかな?」
「なによ……嫌味?」
「別に、ただそう思っただけだよ」
「…………そういうお前はどうなの? 日本の小さな集落で土地神の真似事してたんでしょ?」
ぐっちゃんから思いもよらない質問が来て目を丸くすると同時に、やはりこの吸血種は不死者に似つかわしくないほど優しいと感じて、少し私の顔が綻んだ。
「みーんな消えてしまったなぁ、ぐらいは思うよ」
「……………………………………それだけ?」
それに言葉を返すとぐっちゃんはそれ以上の言葉があると思ったのか、暫く待ってから意外そうな表情でそう呟く。
「元々、人間の寿命なんて私からすれば大差ないからさ。遅かれ早かれその時が来ただけだよ。天寿を全うして死んだって、中年で交通事故で死んだって、病気で夭折したって私には等しく同じだ。自宅の庭先にたまにいるトカゲが、朝見たら死んでたからって、死んじゃったのかー、次はいい生涯を送れよー、以上の感情を持てなくてね」
こんな考えを持ってしまった理由は、あまりに長い時間を生き過ぎてしまったことに加えて、転生したという事実そのものによって、私の死生感も狂ってしまったんだろうな。
だが、寧ろおかしいのはぐっちゃんの方だと私は思う。それだけ長い生涯を送りながら、どうして人間に対してそれだけ一喜一憂を出来るというのか。尤もそれを口にする程、自分が出来た感性を持っているとも思わないので、このことは胸にしまっておく。
「私は古い古い真祖だからね。何せ朱い月が最初期に造った真祖の一体だ。まあ、だからといってアンティークなこと以外は他の真祖とは変わりないどころか、生まれの新しい真祖と比べたらどこかの機能が劣ってるかも知れないからねぇ。トドメに長く生き過ぎて、感覚がおかしくなってると思うからあんまり参考にしない方がいい」
「…………そう」
長く生き過ぎた私はとっくの昔に、人間に対しての感情はペットに向けるものと近いが、自分自身ですらわからない程に擦り切れてしまったんだ。
でも、私は立香ちゃんのことは大好きだ。愛している。けれどそれも時々不安になるんだ。私は立香ちゃんのことを、ちゃんと人間として人間のように愛せているのかと。
慈愛、友愛、自己愛、親愛等々数えきれないほど色々な愛がある。その中で愛玩動物のように愛してしまっていないかと、不安になるんだ。けれど同時にいつも思う
愛することと、愛玩することの線引きはいったいどこにあるんだろうな?
だからアルモお姉ちゃんは立香ちゃんを考える限りの方法で愛する所存なのです。少なくとも人間らしい愛を思い出させてくれたのは他でもない立香ちゃんだから。
「おう、なんだ。誰かと思えばアルモーディアじゃねぇか」
そんなことを考えていると聞き覚えのある男性の声を聞き、足を止める。
声の方を向くと水色の外装を身に纏い、大きな杖を持ったフードを被った男が立っていた。その男がフードを外すと、青い髪とワインレッドの瞳が露になり、その人物をしっかりと把握できた。
コイツがこの特異点にいることは元から知っていたし、容易に理解も出来る。だが、それでもこれだけは言わせて欲しい。というか、知り合いな分、私の表情筋は既に限界である。
「ちょ……"クーちゃん"なんで杖しか持ってないの? 新手のギャグ!? それとも体を張ったイメチェン!? ギャハハハハハ!」
「オレが聞きてぇよクソがッ!? 笑うんじゃねぇ!」
それは英霊であり、生前は私の友人の一人でもある"クー・フーリン"その人であった。
こうやって時の果てにまた会える人間もいるんだ。死を惜しむのも滑稽だろう。
◆◇◆◇◆◇
それから暫くクー・フーリンことクーちゃんを連れて歩きながら、スケルトンの処理もほどほどに現状の確認をした。お、同時に倒した2体から凶骨出た。運がいいな。
クーちゃんが言うには冬木で行われていた聖杯戦争にキャスターとして呼ばれ、なんやかんやあった後に大聖杯が暴走してこうなったんだとか。まあ、概ね私が知っている範囲である。逆にこちらからは立香ちゃんが知る程度で、パンフレットに載っているカルデアの情報と、ぐっちゃんから聞き出した情報を教えた。
ちなみにぐっちゃんはクーちゃんがいる方とは逆の私の隣におり、借りてきた猫のように大人しくしている。まるで地味系文学少女みたいだ。
そして、情報交換を終えた後、クーちゃんはポツリとこんな呟きを漏らす。
「なぁ、そっちの……お嬢ちゃん? お嬢ちゃんって呼んでいいのか……?」
どうやらクーちゃんなりにぐっちゃんに気を使ったらしい。ぐっちゃんはクーちゃんよりよっぽど歳行ってるものな。
しかし、その発言そのものが気を使えていないと言っても過言ではない。せめて私に耳打ちすべきだったが、ケルトは正直者だからな。結果として、人間に化けられていると思っていたぐっちゃんは顔を赤くしてぷるぷるしている。
そりゃなぁ……現代に近い英雄なら兎も角、神話で語られるような精霊種を知っている英霊なら、普通に見られただけでバレるよなぁ……。
「それ以上は何も言うなクーちゃん。ぐっちゃん――もといヒナちゃんにも譲れないモノがあるのだ。他の人間にバレないようにヒナちゃんを人間として扱えば、
「おま……!? まだ、覚えていやがったのか!? だいたいあれは、お目覚めドッキリとか言って、お前が朝っぱらに空想具現化使ってまで襲撃して来やがっ――」
アー,アー,キコエナイキコエナイ。痛かったんだぞ、ぷんぷん。
そんな話をしながら歩いていると、1kmほど先で、明らかにスケルトンではない者らの戦闘により、鉄と鉄のぶつかる鉄火と土埃が見える。
「ああ……そこにいたのか……」
それと同時に私はそこにいるであろう者らを見定め、その中に最愛の人を見つけた。
「おい、アルモーディ――」
私はぐっちゃんとクーちゃんをその場に置いて地面を蹴り、"圏境"によって気を張って自身を周囲に溶け込ませつつ、真祖の五体全てを駆使して彼女の許へと向かった。
◇◆◇◆◇◆
燃え盛り、既に生命の気配のない冬木の街。その一角で激しい戦闘が行われている。
片や身の丈ほどの盾を持つ少女――マシュ・キリエライトが立ち塞がるようにおり、その少し後ろには守られるようにオレンジ頭の少女――藤丸立香が立ち、そのまた背後には白い髪の女性――オルガマリー・アニムスフィアが震えている。戦っているのは実質、盾を持つ少女のみだ。
対するは影のような何かに覆われた二体の存在――シャドウサーヴァントである。その片方は槍を持ち、背中に何本も武具を背負っている男――ランサーのシャドウサーヴァントであり、もう片方は全身を余すところ無く布で巻いているように見える男――アサシンのシャドウサーヴァントであった。
ランサーが槍を使い接近戦で戦い、アサシンが中距離から短剣のダークを投擲する。それによって最初からマシュは防戦一方であり、また背後の二人を護らなければならないことも相まって戦況は絶望的であった。
未だ3人が生きている理由は、二体のシャドウサーヴァントがより苦痛を与えて長引かせようとマシュだけを狙っているからに他ならない。
それ故、苦悶の表情と声を上げるマシュと、それを見て唇を噛み締める立香、そしてオルガマリーが絶望に打ちひしがれてただ怯えるばかりの状況が続いていた。
「ククッ、終ワリダ」
そんな中、マシュをなぶるのに飽きたのか、アサシンがダークをマシュのマスターである立香目掛けて構える。そして小さな動作でダークを引き絞り――。
アサシンは自身のダークを持つ腕が切られ、地面に落ちていくことに気がついた。
「ナ……!?」
それだけではない。アサシンの体はまるで、凄まじく巨大な獣の鉤爪に引き裂かれたような荒々しくも鋭利な傷痕を残してバラバラの肉塊に変わっていたのだ。当然、そのままアサシンは塵のように消えていく。
「アサシン殿……!?」
そのことにいち早く気づいたランサーは、マシュから距離を取り、周囲の状況を確認しようと辺りを見回し――。
「ハロー」
外部からの力によって420度ほど首を無理矢理回された。
景色をぐるりと一望した上で、聞き覚えのない声だけが響いたことを最期に感じながら、糸の切れた人形のように地面に叩き付けられる。それっきりランサーが動くことはなく、そのまま消滅していった。
残った3人と、通信機越しに見ていたDr.ロマンは、あまりにも唐突かつ異常な事態に言葉を失った。だが、立香一人だけが、その光景に何故かただ首を傾げているように見える。
その直後、何も無い空間だけがあったマシュの目の前に、切り絵が貼られるようにそれは出現した。
「やあ、こんばんは」
そこには白を基調としたドレスを纏い、腰を優に越す長さで、ウェーブの掛かった金髪を靡かせる女性が佇んでいた。その金色の髪は、僅かな月明かりを反射して、人間味を感じさせないほどまでの魅力と儚さを醸し出し、より大きく圧倒的な存在感を放っている。
そして、魔性ともいえるその美貌は、今すぐにでもその場から消えてしまう幻想のように儚くも見え、朧気な月のようであり、彼女が人間でも女神でもなく、それ以上の何かであることは誰が見ようとも理解出来た。
直前にあった怪奇現象よりも、彼女が持つただの美貌により、そこにいたマシュ及びオルガマリー、そして通信機越しのDr.ロマンでさえ、一瞬だけ見惚れ、動くことも考えることも忘れてしまったのだ。
そんな刹那の時間で、目の前の女性は軽い足取りで動き、たった一度の跳躍で少し離れた藤丸立香の前に降り立った。
「あ……」
マスターの盾であるハズのマシュが敵かもしれない存在の通過を許したことにようやく気がつき、小さく声を上げる。しかし、そのとき既に女性は、立香を囲むように両手を広げていたため、何をしようと間に合うことはない。
そして、マシュが振り向いたとき、そこに広がっていたのは――。
「あ゛あ゛あ゛あ゛立香ァァァ!!!! アルモお姉ちゃん居なくても大丈夫だったぁ!? どこか怪我はない!? ポンポンペイン!? 変な期間限定星5サーヴァント拾ったりしてない!? アルモお姉ちゃん以外にお姉ちゃん作ってない!? 夢の中で彼氏面する奴は居ない!?」
「アルモさん苦し――」
「アルモお姉ちゃんは立香が居なくて心配で心配でぇ死にそうだったよォォォ!!!?」
女性が立香にすがりつく勢いで体を寄せ、全身をスリスリと押し付け、蕩けるような笑顔のまま有らん限りの愛情のような何かを発散しつつ、精神汚染でもされているかのように一方的な言葉をバラ撒く姿であった。
その光景に、そこにいた人間と通信機越しのDr.ロマンだけでなく、女性――アルモーディアに追い付いた芥ヒナコとクー・フーリンも口を大きく開けて絶句した。
※絆レベル9です。
Q:なんでアルモーディアは無茶苦茶美人なのに村人や立香は至って普通の反応なの?
A:1000年の恋も冷める行動と言動と中身