今さら語ることでもないと思われますが、アルモちゃんは基本的に人間視点では無自覚な腐れ外道ですのでご了承ください。
レフ・ライノールはこちらを虫けらか何かのように見下した様子で、聞いてもいないにも関わらず、ペラペラと色々なことを語り出した。
やれ、マリーちゃんの足下に爆弾を設置しただの。マリーちゃんの肉体はとっくに死んでおり、残留思念になったマリーちゃんのトリスメギストスが転移させただの。マリーちゃんがこのままカルデアに戻ったら意識は消滅するから戻れないだの。愚行の末路で人類は死に絶え、今回のミッションがそれを引き起こしただの。マリーちゃんのいたらなさが悲劇を呼び起こしただのと、まあ色々だ。
それも嫌みったらしく、皮肉るようにである。性格が悪いというか、なんというか……ここまで人間の悪い部分を煮詰めたような性格をレフ・ライノール――フラウロスはしているというか……そこまで人間を感情的に意識していたことに脱帽すべきか。
人間を感情的に意識しているところはぐっちゃんに似てるな、うん。
「私の責任じゃない、私は失敗してない、私は死んでなんかいない……!」
マリーちゃんのそれはまるで血を吐くような、自分に言い聞かせるような叫びだった。まあ、仕方のないことだろう。フラウロスの言っていることは、完全に当て付けだ。
「ねぇ……アルモーディア?」
「んー?」
「あの子は……本当にあの子自身のせいで世界を滅ぼしたの?」
「さあね? まあ、少なくともレフ・ライノールが世界を滅ぼし、今こうしてマリーちゃんに私怨を向けているのは間違いないだろうねぇ」
隣にいるぐっちゃんはそんなことを問い掛けてきた。ぐっちゃんは表情を失ったような顔で一部始終を眺めている。また、眼鏡の奥は見えないため、彼女がどのような眼光で見ているのかはわからない。
だが、長年の付き合いから、この優し過ぎる精霊種の吸血種がどのような心持ちなのかはなんとなく理解できる。そして、きっとそれはどちらを選んでも後悔をする。ならばどちらにしても悔いの少ないようにしてあげるのが、友人というものだろう。
「なあ、虞よ」
随分、久し振りにそう呼んだためか、虞は目を丸くしていた。
「私は嫌いなものがひとつだけある」
そして、同時に理解したのか、虞は目に見えて狼狽する。何せ、私がそう呼ぶときは、彼女に対して真剣に言いたいことがあるときだけなのだから。
「誰かに強要されてしたことを止めるのはいい……だが、自分でやると決めたことを、最後までやり通さない奴が私は大っ嫌いだ。人間でも精霊種でもな」
「な……それが――」
「彼女は亡霊故にそのままではカルデアには帰れず、最初から風前の灯火だ。生かすか、見殺しにするか。そのどちらかしか選択肢はない。今この場で決めなければならない。私なら生かすことが出来なくもない、"真祖にしか出来ない方法"でね」
「それってまさか……」
私は虞という精霊種の吸血種を見据え、ある手段を取ろうとしていることに冗談でもなんでもないことを伝える。そして、友人に対し、私が考えている全てをぶつけた。
「助けたいと考えているのは紛れもなくお前だ。だからお前が決めろ。この場でオルガマリー・アニムスフィアを見殺しにするか、それとも生かしてやるかを。私はどちらでもいいぞ?」
虞の目を見てそう言うと、彼女はありえないといった様子で驚き、目を見開いている。それもそのはずだろう。何せ私は、本気でそう考えているのだから。
高々人間一人、今さら何を一喜一憂する必要があるというのか。それに、むしろオルガマリーに関しては、死んでいた方が都合がいい。
「私は別に、本当にどちらでもいいんだ」
虞を人理修復の道連れにしたのは、正直に言って、別に彼女が2部でクリプターとして、存在していなくても特に問題ないと考えていたからに他ならない。シンで虞がいなくてもそこまで滞ることがなく、シナリオは進められるだろう。むしろ虞美人本体やら空想樹メイオールやらにすれば居ない方が楽になるまであるだろう。だからあのとき、可能ではあったが、他のクリプターを助けるという選択は取らなかった。
だが、オルガマリー・アニムスフィア。彼女が生きているのはよくない。一番の問題は、2部で新たなカルデアの所長が着任し、かなりの重要人物となることだ。彼が存在しないのはあらゆる方面でシナリオを激しく歪める。何よりも、立香にとって激しいマイナスとなる。それはよくない。
なので、私としては是非とも死んで欲しい。さっさとカルデアスにぶちこまれて退場して欲しい。だが、それをあからさまに表に出せるわけもない。これからお世話になるカルデア職員との体裁があるから、虞に助けろと言われれば拒むことも出来ない。
だが、幸いにも私が可能なオルガマリーを救える唯一の方法は、間違いなく、彼女をカルデアの所長の座から失脚させることも同時に可能な方法だ。それなら別に助けてやらないこともない。
そして、助けようとしているのは虞だ。それなら最終的に決めるのも彼女で然るべきだろう。それがあまりに虞にもオルガマリーにも酷なことだというのもわかっている。だが、なんと言葉を取り繕おうと結局、決めねばらないのだ。
私は……何か間違っているだろうか?
そんな話をしている間に、マリーちゃんは人間が触れば分子レベルで分解されるというカルデアスに引き寄せられていく。
「いや――いや、いや、助けて、誰か助けて! わた、私、こんなところで死にたくない! だってまだ褒められてない……! 誰も、私を認めてくれないじゃない……!」
それは彼女自身の本心からの慟哭なのだろう。きっと生まれてからずっと、そう思い続けて生きてきたこと、死ぬ間際になってようやくさらけ出された剥き出しの本心だ。
「どうして!? どうしてこんなコトばかりなの!? 誰も私を評価してくれなかった! 皆私を嫌っていた!」
いかに喚こうともカルデアスにオルガマリーは吸われてゆく。
「やだ、やめて、いやいやいやいやいいやいや……! だってまだ何もしていない! 生まれてからずっと、ただの一度も、誰にも求めてもらえなかったのに――!」
最期の時はすぐそこだ。さようなら、オルガマリー。
「ああ……! もうッ! 腕を出せアルモーディアッ!」
「はいはーい」
そして、その光景を見つめ、全てを擲ったのは私でも、立香でもなく、ぐっちゃんであった。本当に彼女は優し過ぎる精霊だな。
求められるままに片腕をぐっちゃんに向けると、私の腕に噛み付いて吸血を行う。それにより、ぐっちゃんは精霊種の吸血種としての力を爆発的に取り戻した。
「な――バカな!? 芥ヒナコが……真祖だと……!?」
何故かフラウロスが非常に驚いている。そっちも知らなかったのかお前。
ぐっちゃんは精霊種の吸血種なんだが、まあ空想具現化を使って来る人型の存在なら他の者からすれば大した違いはないか。それより、反応から察するにレフ教授の爆弾は、別に真祖を殺し切るように作ってたわけではないらしい。ちょっとガッカリである。
「飛ばすぞ、ぐっちゃん」
私はぐっちゃんの首根っこを掴むと、腕力にものを言わせて、そのままカルデアスまで放り投げる。私より、ぐっちゃんの方が不死身なので仕方あるまい。
そして、ぐっちゃんは浮いているマリーちゃんを掴んで、抱え上げる。
「ぐぅぅぅぅ――!?」
そのままマリーちゃんを投げるなりして引き戻そうとしたが、どうやら聖杯の力でカルデアスを繋げただけでなく、引き寄せる方も聖杯の力らしい。
結果として先にぐっちゃんがカルデアスに浸かる。まあ、ぐっちゃんは空想樹メイオールと同化して、伐採されても普通に生きてるような奴だ。私ですら意味がわからない。多分、全部分解されてもそちらは死ねないので大丈夫だろう。
だが、問題は引き寄せられるマリーちゃんの方だ。
「あぁぁぁあぁぁぁぁぁ――!?」
ぐっちゃんは頑張って支えようとしていたが流石に無理がある。それでも支えようとしているが、それでも十数秒でマリーちゃんは全身が浸かり切るだろう。
「ははは! 無駄なこ――ギャァァァ!?」
「死ね」
私はカルデアスの方を見ているフラウロスに近づき、後ろから爪でバラバラにした。10個以上の肉片に分割されてフラウロスは崩れ、その肉片もしっかりと空想具現化で焼いておいた。後にはフラウロスが持っていた聖杯だけが残る。
いざ、聖杯を手に持ち、先に使われた願いを止めようとしたが、そのやり方がさっぱりわからない。リモコンみたいにボタンでもあれば楽だったのだがな。
「あー、めんどくさい……」
仕方なく私は素手で聖杯を握り潰す。その瞬間、力の源を失ったカルデアスは消えていった。元の場所に戻ったのだろう。
『………………』
するとすぐに肉体を分解されてシャドウサーヴァントのようになったぐっちゃんが、無言でこちらに戻って来る。とりあえず、そのままだとかなり怖いので、ぐっちゃんに血を与えて再生させておこう。
その腕には頭と胴体の一部しか残っていない、マリーちゃんだったものが抱えられていた。残っているのは体の精々、30%ぐらいだろうか。
「た、たすけ……いたい……あつい……さむい……しにたく……ない……しにたくないよぉ……」
霊体だからなのか、既に死んでいるからなのか、体の70%以上を喪失してもマリーちゃんはまだ生きていた。うんうん、これなら大丈夫だろう。魂の大部分はカルデアスに分解されたので、マリーちゃんが死んだという条件も満たしたかもしれない。
いや、寧ろ頭部だけでもよかったんだけどな。もう一回カルデアスに投げ入れたくなったが、既にカルデアスは無いし、特異点冬木そのものが崩れ始めている。やるだけのことはやったと言えるだろう。
「で? この後は?」
「これでとりあえず、静かに作業出来る環境を作る」
私は握り潰した聖杯の残骸から取った、一番大きな欠片を摘まんで見せた。
後に聖杯の欠片を拾ったことで、エリザベートが小さな特異点を作り出し、そこでチェイテピラミッド姫路城が建つことになる。ならばこれでも小さな特異点を作るぐらい造作もないことだろう。
「アルモさん!? ヒナコさん!?」
声が聞こえたので、そちらを見ると立香ちゃんがマシュちゃんに押さえられていた。二人とはかなり距離が離れた位置にいるので回収は不可能だとでもDr.ロマンに聞かされたのだろう。
二人ともとんでもなく悲壮な顔をしている。私たちは吸血鬼と吸血種だというのに優しいことだ。
そんな二人に今言えることはひとつだけだろう。私は片手を立てて小さく手を振って笑い掛ける。
「またね」
崩壊する特異点から二人がレイシフトして消えていくのを眺め、私は聖杯と空想具現化を起動した。
◆◇◆◇◆◇
聖杯とは願望機である。願望機とは願いを汲み上げ、それを形にするもの。Fate/Grand Orderにおいては、各時代において特異点を形成する原因となっているアートグラフであり、イベント――小規模な特異点を形成することもある物体である。言わば万能な空想具現化のようなものだ。
ゲームをプレイした人間ならばエリクサー症候群を発症していれば貯まりに貯まり、そうでなければ色々なサーヴァントに使われるだけの品であるが、現実ではやはり願望機なのである。天草くんハウス!
そして、それをやろうとしたのは、折角だから無理を承知でなんとなくやってみたかったからに他ならない。
その結果――。
「できちゃったよ……」
私の目の前には月夜の草原の中に佇む、荘厳かつ巨大な城――"千年城ブリュンスタッド"と、手の中の聖杯の欠片を何度も交互に見て唖然としていた。
「えぇ……」
ぐっちゃんも唖然としながら軽く引いている。それはそうだろう。私だって同じ気分だもん。聖杯の力凄過ぎんだろ……特異点ひとつ形成出来るわけだよ……。
さながら特異点ブリュンスタッドだろうか? 普通の真祖の吸血鬼と、精霊種の吸血鬼と、死にかけの残留思念しか居ないんだがな。
「いやー、まさか聖杯の力がここまでとはなぁ……思っても見なかったよ」
「は……?」
「ん? なんだよその顔?」
まるで"なにいってんのコイツ……"とでも言いたげな様子のぐっちゃんである。呆けた顔のため、八重歯が可愛らしい。
「ねぇ、ひとつ聞きたいんだけど……」
「なに?」
「お前ってさ……生まれてから一度でも千年城ブリュンスタッドを具現化しようとしてみたことある……?」
HAHAHAHA! 何を言っているんだぐっちゃんは。そんなこと――。
私のような普通の真祖が最初から出来るわけもないから、考えることすら烏滸がましいに決まっているじゃないか! やってみる? 絶対ムリムリ! そんなのはアルクェイドみたいな伝説の超サイヤ真祖みたいな奴だけの特権なんだよ!
「…………お前の空想具現化の性能って今、魔王超えてるんだったわよね?」
「まあ、空想具現化に関しては、どんだけ修行してたんだよって話だしな。年季が違うんだ、年季が」
だからって千年城ブリュンスタッドが出せるわけもない。というか、それだけ生きていて修行に当てているにも関わらず、魔王を超える程度なのだから、寧ろ泣けてくるというものだ。
もう一度、言うが、アルクェイドみたいなドラゴンボールでいうブロリーのような最初から選ばれた奴にしか、これは出せないんだよきっと! 真祖史上、アルクェイド含めて2体しか出した奴いないからよく知らんけどさ!
それに空想具現化に関しても、倒す魔王がいなくなって久しいので最早、宝の持ち腐れになり始めているような感じがあるしな。
「はぁ……なんでお前ってこんなに残念なのよ……」
ぐっちゃんは何故か深い溜め息を吐き、眉間に片手を当てながら毒を吐いてきた。やっぱり聖杯使って具現化しちゃうのはズルいよねぇ、聖杯様々だ。まあ、特異点化なんだがな。
そんなどうでもいいことよりも、今はぐっちゃんが抱いているマリーちゃんであろう。うわ言のように"死にたくない、たすけて"等とどう見ても死んでいる体で壊れたテープレコーダーの繰り返し続けており、正直見ているこっちが怖くなってくるような状態だ。
「さっさと中に入るぞ」
頭を抱えている様子のぐっちゃんを千年城ブリュンスタッドの中に招き入れ、とりあえずマリーちゃんの治療に取り掛かることにした。
幸いにも
待っていろマリーちゃん。助けるからには
新所長就任のためのアフターケアもバッチリなアルモちゃんなのであった。
ちなみに、千年城ブリュンスタッドの内部で真祖らしい外見と言えるのは正面ホールと玉座のみで。ちょっと奥に入ると、システムキッチンとか、館内用電話とか、館内に放送を流せる放送室とか、修練場とか、回転ベッドとか、ドライブインシアターとか、例のプールとか、迫真空手部部室とか色々と俗なものが完備されており、ぐっちゃんが再び頭を抱えるのは別のお話である。
特異点:千年城ブリュンスタッド
真祖アルモーディアが聖杯の力を使って特異点化した千年城ブリュンスタッド。千年城ブリュンスタッドの内装は城主によって若干変わるらしい。そのため、アルモーディアの深層意識に刻まれた様々な空間が丸々具現化されており、
しかし、現在において、他の真祖がアルモーディアを除いてほぼ存在しないため、これが聖杯による力でも、アルモーディアの力でもどちらでもあまり重要ではない上、アルモーディアの知識的な思い込みから、自分自身では一生涯気づくことはないと思われる。
ちなみにエリザベート・バートリーで言うところのイベントでのチェイテ城に当たる空間であり、アルモちゃん関連のイベントは今後、全てここで開催されるようになる。無論、虞美人はレギュラー参加。上に何を乗せるか、乗せないか、それが重要だ。
アルクェイド・ブリュンスタッド
真祖たちによって生み出された、伝説の超サイヤ真祖。アルモーディアに足りない才能と奇跡の塊であり、ある意味天敵。元々、彼女クラスでないと千年城ブリュンスタッドは具現化出来ないと、知識として知っているため、アルモーディアは色々と諦めている節がある。そのため、彼女にとっての普通とは、彼女がかつて踏み出すこともなく諦め、そこから精神的に一歩も進んでいない自己暗示そのものでもある。