Nous Liberte   作:マルヤーマッ・アーヤー

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キャラ紹介
※時空はガルパ時空です


白河 ルネ
Vo./Gt.

 花咲川女子高校2年B組在籍。このバンドのリーダーで新聞部長でもある。破天荒で授業はサボりまくるが賢く、ルックスも良い頼れるリーダー。

桂川 りの
Ba.

 花咲川女子高校1年B組在籍。とにかく他者に冷淡でなかなか接しづらい。リーダーであり新聞部の先輩でもあるルネのことは信頼している。

烏丸 鷹音
Gt.

 羽丘女子高校2年D組在籍。京都から居合道の鍛錬のために越してきた。ギターも居合道も非常に上手いが、そのプライドの高さのあまり、孤高にして孤独の存在。

三条 佐知子
Dr.

 花咲川女子高校2年C組在籍。鷹音とは幼馴染みであり、おしとやかで何でも出来る、鷹音の憧れとも言える存在だった。が、しかし……?

西大路 ひかり
Key.

 花咲川女子高校2年C組在籍。自分の直感で思うがままに行動する性格。趣味は音楽ゲームで、拠点のゲーセンにおいて彼女に勝てるプレイヤーはいない。


第一章 1話 聴きたかった「こえ」

 花の女子高生。一度きりの青春。

 肩書きを持つべきものが、その肩書きを持つものらしいことをする。それが世の中の普通であたりまえ。わたしの場合は女子高生だから、女子高生らしく、友達と仲良く時に笑いあって時に喧嘩して、他人から羨まられる、かけがえのない青春をおもい思いに謳歌する。それが私がするべきこと────────

 

 じゃない。私はそのような者ではない。

 

 女らしくするのが嫌だ。他人と混ざり合うのも嫌だ。何よりも、他人と同じような真似をする、普通になるのが一番嫌だ。

 ガールズバンド?流行りじゃないか。仲間と息を合わせて演奏する、結構なこと。でも私にはきっと、似合いやしない。イヤホンを耳に当てて、一人寂しく、まわりの人間が誰一人聴いてないような曲を聴く。それが私らしい音楽の姿。

 でもそんな人間は誰も受容してくれない。いや、受容なんかされなくたっていい。ただ、私一人が生きたいように生きられるなら、そうするさ。例えその過程で他人を騙したりしようが何だろうが、私一人が思いのままに生きられれば、もう私の勝ち。私こそがこのライフ・ゲームの勝者なんだ。そのためなら私は手段を選ばない。私自身すら偽装する。他の追随を許さぬ「最強」のハイスペック女子・白河ルネをいくらでも、偽装してやる。この化けの皮さえ剥がれなければ私の勝ちだから。見せなければいい。この姿を、

 

 地上最低の愚か者・白河ルネとしての私を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……白河さん、少し話があります」

 「ん?なに?また小言でもするわけ?」

 「いや、あのですね……というか大体軽いんですよ調子が」

 「別にいいじゃん」

 昼休憩に自分の席で弁当を広げていたら、いつの間にか私の前に立っていた風紀委員の氷川紗夜に呼び止められた。見た感じ、また例のごとく小言を言う気なので私もいつも通りに適当に受け流す構えに入った。

 「それで本題入りますがね、また授業サボりましたね」

 「うんうん、たしかに2限と3限はサボったね」

 「まったく、一体どういうつもりでそんなことをしているんですか?」

 「与えられた時間を最大限活用するための工夫だよ。一応、計算上単位は足りてるし、こないだのテストの結果表でもそこは確認済み。点数も全然問題ないからね」

 「そういう話じゃないんです!折角授業をして下さる先生方に失礼だとは思わないんですか!?」

 「そもそもそういう考え方が私は好きじゃないなあ。授業するにしてもさ、たった10分で理解出来るようなことでも45分使うような授業ばっかりじゃん?いやあそしたらさ、わざわざ出る意味無いよ。45分かけるだけの価値がある授業ならもちろん出てやるけどさ。現に世界史は毎回出てるよ?」

 「だからそういう問題じゃないって……!」

 「じゃあどういう問題なの?やっぱり礼節とかそういうのを引き合いに出しちゃうわけ?大体私より教師の方がエラいってのが前提にあるのがおかしくないかな」

 「偉いとか偉くないとかそういう問題ではなく人として……!」

 「いやー人のあり方を勝手に決めつけるのも良くないよーそれこそ厚かましくない?」

 「厚かましく言った覚えはありません。とにかく反省してください」

 「はいはいそれじゃあこんな建設的でもなんでもないことに3分使っちゃったことでも反省しときますねーばいばーい」

 「まったくこの人は……!」

 ……という感じで授業をサボって昼休憩に入るといつもこんな論戦になるんだけどさ、何度やっても暖簾に腕押しだってのを氷川ぐらいのまあ頭のいい人間だったらいい加減理解できると思うのに、何でか毎日来て説教しようとするわけだ。ほんと懲りない奴だねえ、って頭の中で彼女のことを軽く嘲笑いながら残りの食事を消化していた。

 んで、午後の2つの授業は一応出たけどどっちもつまらない授業だから聞いてるフリしながら裏ではひたすら内職、それか手元にスマホを忍ばせてゲームをしていた。いやあ最後列の席って楽で良いね。一方の氷川は最前列だから私がこうしていることなど知りもしない(これで私の裏作業が彼女の見える位置にあれば話は変わっているはずだ)。

 ……てなわけで、これが学校での私、白河ルネの生態。あとは部活をするのだけれど、新聞部とかいうマイナーな部活でしかも部長をやっているわけ。でも発行頻度が低いもんだからその存続にすら四苦八苦……ということはなく、そこは私の持ち前の企画力と文章力でカバーして「面白い読み物」として私が書いた記事を定着させちゃえばそんな話はすーぐ立ち消えになる。最小限の努力だけで最大限の成功を掴む、それが私の流儀だもの。このくらいは朝飯前だ。

 持っていた合鍵を回せばガチャリ、という音を立ててドアが開く。新聞部の部室は二年前にここを卒業した先輩から私が譲り受けた時から、”第二の私の部屋”と位置付けて少しずつ手を加えていったところだ。デスクの上には部活用のパソコンがあり、そこにしまってある椅子は長いこと座っても腰を痛めないような良質なものに買い替えた。そこそこお金のある私立高校だからか、贅沢なことに室内にもプリンターがあったりするし、泊まりがけで活動をするためのベッド(しかし、泊まったことはない)までもがこれまで支給された、或いは私が要求した部費によって賄われていた。

 あとの荷物は私も含めた歴代の部員の私物で、ライトノベルやアイドルのポスターといったオタク系のグッズもあれば、額縁に飾られているよく分からない絵画があったりする。しかもさっき取り上げたラノベに関して言えばたくさん種類はあるのになぜか最終巻ばかり、アイドルのポスター───これは私が持ち込んできたやつだがそのポスターに映る少女はこの学校で、しかも私と同じクラスにいるアイドルのポスターであり、どれを取ってもただ者の趣味とは考えづらいようなものばかり飾られている。

 私はいったん鞄を置いて、これから気合いを入れるためにエナジードリンクをすぐ近くの自販機まで買いに行った。部室から徒歩30秒の位置にあり、慣れた手つきで小銭を入れて205円と書かれた文字の下のスイッチを押し、ガコン、という乱暴な音を立てて振り落とされた本日分の燃料を取り出して、釣銭の五円玉を回収した。そうしたら私は180度方向転換して、部室へと戻っていく。

 「あっ……ルネ先輩、その様子だとまたアレを買ったんですね」

 部室のドアを再び開けるとそこでは同じ新聞部の後輩である桂川りのが鞄を下ろそうとしていた。

 「ああ、買ったけど?」

 「毎度毎度気になるのですけど、それ、体に悪くないですか?」

 「うーん……そういうの気にしてる方が逆に心の健康に悪そうというか」

 「まあそう思うならそれでいいですけどね、私は」

 と、またこれもいつものようにさして弾みもしない会話をしていた。ところでさっきはまるで新聞部に私一人しかいないかのように書いたけど、ほんとうは私だけじゃなくて、一年生のりのも入っている。彼女は今年外部から入ってきた子で、入学式の翌日、私が書いた部活特集の新聞を読んで入ったという。まあ、それ以上その理由は問わなかったけれど、やっぱりりのだけが感じていたものがこの部活の何処かにあったんじゃないかなと思う。

 しかしこの桂川りのという女はなかなか無愛想な女で、私は彼女が笑うところを見たことなどない。むしろ、私が突発的に何かやろうとした時にいっつも連れない表情をする(でも、なんだかんだ付き合ってくれているので彼女の気持ちにはなかなか汲めないところがある)。歴代の新聞部員は変わり者だらけだったがおそらく彼女も彼女でその類なのかもしれない。私はそんなことを思いながらエナドリの缶を開けて、まずは一杯飲んでから彼女に今日の活動の内容を伝えた。面倒事は全て彼女任せにしている。

 「……さてと、今日は久々の取材だからね。そっちの準備が出来たらもう羽丘に行くんだけど」

 「準備は出来てます。にしてもよくあんな高慢ちきから取材の許可が降りたものですね」

 「こらこら、あんまり取り引き先の陰口を叩くんじゃないよ……まあ、あの様子を見てたらその気持ちも分かるけどさ」

 「とりあえずもう行きましょう。質問内容のリストはここにまとめましたのであとはルネ先輩が思いつきで何か追加してくれたら評価は高くなると思います」

 「思いつきで何かやれって……まあその時その時のノリと勢いで何を訊くかは決めるよ」

 「よろしくお願いします」

 一方の私もカメラとメモと消しゴムとそれにシャーペンに芯の詰まっていることを確認して、左手には活力の源を持って部室を出た。鍵のほうはりのに閉めてもらった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「それにしても……ルネ先輩、ほんとにこれからあの女に仕掛けるんですね」

 「実感なら私も湧いてないよ。それにしてもその口ぶりだと本当に烏丸鷹音に苛立ってるね、親でも殺されたの?」

 「親を殺されたとかではないですけど……取材交渉を何度やっても断られて、その度になんかあのですね、京都人特有の……って言ったら分かります?そういう嫌味を感じて……」

 「まあそうね、あんなノリだと苦しくなってくるのは分かる。正直、もうこの時点で部活紹介記事のために校内かけずり回った時よりも疲れたからね」

 校門を出て、羽丘方面への電車を下りてからも、まだりのは取材相手・烏丸鷹音の悪口を吐いていた。別にあの白髪のオッドアイが嫌味たらしいところでそこまで厭悪するかなあ、って感じだ。でもきっとあの感じが彼女にとっては所謂地雷になり得るのかもしれない。手間はかかったとはいえ、あとは取材して記事を書くだけなのでむしろ私は気楽だった。

 「でも結局ルネ先輩の一押しで決まったじゃないですか、だったら最初から私、いらなかったんじゃ……」

 しかしりのはどうしてもそうとはいかなかったらしい。というか、また気分を暗くして悲観的になっている。りののこの状態のことを私は「鬱モード」と心の中で呼んでいる。しかし、私がりのを先導するものとしての役割があるとしたら、暗礁に乗り上げたりのの心を再びもとの安らかな航路へと導くことだと思っている。

 「そんなことはないから」

 「えっ……?」

 「大丈夫。それだけで自分が出来ない奴だと決めつけて悲観することはない。次に頑張ればそれでいい、っていう意識こそが必要だと思うんだ」

 「……ええ、分かりました。ルネ先輩はいっつも楽観的でいいですね」

 「まあね」

 だから私はこうやって、りのが鬱モードに入るたびに優しい言葉をかけて元に戻している。それはあたかもピエロのよう。りのの前では楽観的、かつ陽気な人間に振舞ってやるがそれは正しい私の姿じゃない。現に私は嘘つきで、しかも壮大な詐欺師だから、表情からなにまで恣意的に作って、いつもは自らのために、でもこういう時だけは桂川りのという自虐的で感傷的な少女のためにこのニセの顔を使い、言葉巧みにその場をリードする。かといってこんな人間であることは誰にも晒せない。晒したくないので、私が現にこんなことをしている、と意識する前に今に作り出している自分の劇場に戻る。意識的にやるより無意識にやる方がよっぽど上手く騙せる。だからそれがけっきょく、自分も無意識のうちに騙すことになるのは愚か者ゆえの正しい行末なのだろうかとも思う。

 

 「着きましたね」

 そうこうしているうちに羽丘に着いて、雲梯のようなアーチが私とりのを迎えた。最寄り駅からはゆっくり歩いても3分程だ。

 「ようやくだな、って思うよ。エナドリの缶も空っぽだ、急ごう」

 私はそこら辺にあった自販機の横の缶ゴミ入れに用済みになった空き缶を送りつけ、取材場所として取り決めていた体育館横の待機部屋へと向かった。手元の腕時計は3時55分を差しており、あと5分で約束の時間となる。

 「……まだですかね」

 しかし、それが58分になっても59分になっても取材相手が来ない。一応4時ということにはしていたけれど正直な話早めに片付けて戻りたいところなので少しだけだが苛立っていた。一方のりのの方はまさかすっぽかす気ではあるまいな、などと考えていたのかもしれなかった。だが、59分50秒ぐらいのタイミングで、そこに取材相手である烏丸鷹音がようやく現れた。

 「お待ち遠様。要望にあったギター、持ってきたんで何時でも始められます」

 ギリギリになってようやく現れたやはりゴリゴリの京都弁で話す主役の姿に私は安堵したが、同時に、これは歓待されていないなと感じた。そもそもなぜ私とりのが彼女の取材に向かったのかというと、この烏丸、という人はギタリストでもある一方、この学校の近所の教室で居合道を修行している……というか、このためにわざわざ京都から羽丘まで来て下宿しているとのことだ。そして、昨年の羽丘の文化祭でギターを披露したところ、その技量に多くの生徒が驚かされたとの話で花咲川でも噂になっていた。私の友人である花園たえが当時その場にいたようで、「すごかった。今でも鮮烈に覚えてる。あの子にスポット当ててくれるというなら期待します」と絶賛しているようだったし、これは特ダネになるという見かけで、最初は軽い気持ちで取材交渉に臨んだ。

 しかし、結局それは難航した。これが京都で一般的なのかはよく分からないがものの見事に一見さんお断りを食らってそのまま3ヶ月ほど交渉をするに至った。最終的に成立させた際にもあまり乗り気ではなかったようだった。だとしたら、ギリギリのギリギリまで待たせたことも頷ける。

 「では、よろしくお願いしますよ、烏丸さん」

 「こちらこそ、よろしゅうに」

 烏丸の物腰は意外と丁寧だった。しかし表情は一切崩さずして、こちらを凝視していたから少しだけ怖気付いたのは少なくともりのには秘密だ。たしか交渉の際に、最後のあたりは「毎度なんなんホンマに!」という感じで声を荒らげていたところだが、現在は公的な立場を取るためか私同様にこうなっている。というか逆にここまで落ち着けるものだな、と感心したわけだ(裏でどう思っているかは今は考えないでおこう)。

 「それじゃあ最初の質問なのですが、ギターを始めた理由は?」

 「えーと……小学3年の頃やったかと思います、その頃に見たギターの演奏になんとなく惹かれて、ギターを買うてからはずっと弾き続けてます」

 「……なるほど。では次に、昨年の羽丘女子学園文化祭での演奏後、変わったことなどは?」

 「それは……わてがですか?」

 「ええと……烏丸さん自身の変化に、周囲からの評価の変化も含めてお願いします」

 「はあ……んまあ、わての方はなんも変わらない日常を送っとります。ただ、なんやかんやまわりのもんの注目は浴びますし、そもそもこの取材もそうやからあるんとちゃいますか」

 「まあ、それもそうですね、ははは」

 ……と、ギターの話についてはここまでがりのの用意していた質問だった。返答もまあ普通、という感じだったし、オーソドックスな質問文にそれらしい回答が来た、という感じではあったがこれでは面白くないだろう。少なくとも、私はそれだけで満足するわけにはいかない。なので、先程りのが言っていたように、その場で質問を考える。だがここではもう既に何を聞くかの案がもうあった。

 そもそも、新聞を書くにあたっては時事ネタを取り扱っているという意識が要るので、そうなれば取材の際も流行りとの連関は重要になってくる。しかも校内新聞は取材時と発行時にタイムラグがあるので取材時には「今丁度旬なもの」よりも「まだ伸びそうなもの」を意識した方が良いのだ。そして、今の校内で流行りつつあるものといえば、やはり、ガールズバンドだ。この時点ではそのテーマ自体にはあまり興味などなかったが、たえや氷川もやっていることは把握していたし、実のところPastel*Palettes、特に丸山彩には傾倒していたのでガールズバンドの基本的な知識と傾向は抑えていた。それで、このガールズバンドと烏丸鷹音の関係を考えるとしたら、「なぜ烏丸鷹音はガールズバンドに入らないのか?」という疑問にたどり着く。これなら、校内の多くの人間が共通して抱える謎への答えとなるはずだ。ではそれでいこう、と私は一旦息を整えた。

 「ではギター、もとい音楽についてもうひとつ質問なのですが」

 「ええ」

 「巷ではガールズバンド人気が高まりつつありますが、なぜ、烏丸さんはガールズバンドには入らないのですか?」

 「……ああ……ええと……」

 この質問は彼女にとって不味かったのだろうか。烏丸鷹音が固まった。同時に、速記担当であるりのが筆を踊らせる音も、止まった。私は不味い質問をしてしまったのかな、と一瞬だけ思った。しかし、ここで烏丸への質問を取り止めにするのは面白くないぞ。そう、私の中の悪魔が私に囁いた。私の中の悪魔も、結局わたしだ。私はずっとこの悪魔の囁きを頼りに生きていたから、この自分自身の存在意義と一体化した悪魔には随分とした愛着があったし、この悪魔の要請を断る訳にはいかなかった。たとえそれが、難航した取材交渉の末にようやく漕ぎ着けたチャンスであったとしても、だった。そして、20秒ほど続いた沈黙ののちに、ようやく烏丸が口を開いた。

 「ええと……その、あれです、けっきょく……誰かとバンドを組まなくたって、ギターは弾けますから」

 私はほんの少しだけ間を置いてなるほど、とだけ返した。なにせ、さっきまで自信の塊のように見えていたこの白い長髪のオッドアイがいきなり、こんな弱気な返し方をしていた。ここに至るまでに何があったのかはこれだけでは判然としなかったがしかし、是非私はこの娘の心の中を覗いてこれに至るまでの道筋を辿ってやりたいという気になった。しかし、そこまでいったらもはや新聞部員としての権限を外れるので、ここで打ち止めだ。消化不良気味だったが、話題を転換しなければならない。

 「では、つぎは居合道についてを……」

 それからはずっと居合道についての話だった。そこでは烏丸も自信を取り戻したのか、再びもとの真剣な表情に戻り、淡々と居合道の流儀について語っていた。空気が張り詰めたわけだが、話を聞いているうちに、ここに緊張のなか、一瞬の抜刀に全神経を傾ける居合道に通じるものがあるような気がした。しかし、だとしたら、やはりあの反応が謎だ。あの時だけその緊張が崩れたというか、これが敵同士の斬り合いになるんだとしたら、これは私の勝ちと言っても良さそうな感じだった。いつからそうだったのかは分からないが、このインタビュー自体が全体を通して、私と烏丸鷹音による静かな戦いのように思えた。そう、私の質問による攻めを烏丸がかいくぐるゲームである。しかしこれはあくまでも取材なのでこのインタビューを元に評価される記事を書かねば私の勝ちとは言えない。

 とはいえ、ここまでハラハラしてくるというか、面白い取材は久し振りだった。ほとんど予定調和のようなことしか言わないような被験者よりかは、これほどまでに気取ってくるし、そのうえ取材中にそれを崩すだけの切り口までもがそこにあるこの烏丸鷹音という女との”戦い”をする方が断然良い。また、取材には”対話”という別の重要な側面がある。取材相手はしばしば、私とではなく自分との対話の中で質問への答えを出すべきなのだが、烏丸の言はまさにその道を行っていた。他の人間は元々決まった答えが用意されているのか、誰もかも同じような答えしか言えない。烏丸も最初はそれで済ませようとしただろう。だが結局、私があの質問を投げたので、間を開けて答えた。この間こそが烏丸の自分自身との対話だ。きっと烏丸は私に言いたくない何かをここで隠したな────そう私は踏んだ。だが先程も言ったように取材ならこの先には触れられない。ここからは純粋な、個人的な欲望に沿わねばならない。

 「以上で質問は終わりです。あああと、烏丸さん」

 「何ですか?」

 「次に会う時は仕事ではなく、友達として。構いませんか?」

 だから私はこんなことを言ってみた。これでこの未回収の謎を回収出来るかは分からないが、次への可能性は残しておくべきだ。

 「……考えときます。それより、折角ギターを持ってきたんで。一曲、聴いていきますか?」

 「はい、お願いします」

 そして、烏丸は私とりのの前でギターを弾き始めた。非常に正確に、高速パートも難なくこなす。流石は去年の文化祭の話題をかっさらったギタリストだ、と思った。いや、そんな陳腐な言葉では済まないようなものを感じた。なんだか、その音色には獅子のごとく、強さのなかに、孤独な哀しさも混ざっているかのように思われた。もし、ギターの”こえ”が奏者の”こえ”に一致するのだとしたら、これが烏丸鷹音の本心なのだろうか?と考えて……いやきっと恐らく、間違いなく、これが烏丸鷹音の本音たるものだ。強がりな彼女はきっと、自らの弱さに背中を合わせている───そう考えれば考えるほど自らの境遇が思いやられて、なんとなく感傷的になった。

 

 

  ×

 

 

 家に帰って部屋のドアを閉じた。そして、布団に包まってスマホを取り出し、イヤホンを耳に当て、今日もまたひとりの音楽を聴いていた。だけれど、それでもあの音を忘れなかった。いや、忘れたくなかった。だってあれ程、自分の身の丈に合っているような音を聞いたことがなかった。いつからかインターネットの海を掻き分けて、まわりの誰も聴いていないような音楽ばかり聴くようになったのは、自分の身の丈に合いそうな音を探していたからだったとも、この時はじめて自覚させられた。そして、その「自分の音探し」で見つけられた音はどれも一度は私にとって魅力的なものに思われたのに、そのうち魅力のない、色の失せた音楽に成り下がっていった。しかしこの強烈なインパクトは今までとは明確に異なるものだった。私は早い話、烏丸鷹音というギタリストに魅せられてしまった感じだった。半年前に丸山彩というアイドルに「出会った」ときとも明らかに異質な、自己との不気味な親和性を感じた。しかしそれと同時に、私の中には別の考えも噴き出しつつあった。

 

 ───たしかに烏丸鷹音の音楽は私の身の丈に合う音楽だ。しかしあれは私の音楽ではなく、烏丸鷹音という強さと弱さを兼ね備えた少女の音楽だ。であれば、愚かな私のための音楽は、何だろう?ひょっとしたら、それは私の手で作っていく他にはないのだろうか?

 

 ……こう思ってしまったからにはすぐにでも実行せずにはいられなかった。この世界のどこにも自らの求めたものがないということにでもなったら、もうそれは自らの中にしか求めようがないという事だから。そう決まれば私は早い。幸い、明日はバイトの給料日だし、善は急げだ。

 

 

 

 私は、私の音楽を始める。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「見て!今日の新聞!凄いよ!」

 「うそ!?烏丸鷹音!?ほんとに取材に成功しちゃったの!?」

 

 今朝のクラスの雰囲気がなんだか変だなあ。まあ、あの新聞が発行されて貼りだされたら割といっぱいの人が読んでいくんだけど、ちょっと今日のは多過ぎるというか。なんでも、烏丸鷹音、という人のインタビュー記事が載ってるかららしいんだけど……そんなに驚くことなのかな?たしかにあの演奏は良かったらしいけど、当時わたしはいつものようにゲーセンで音ゲーやって、鍵盤をポチポチ叩いてたわけだし、なんにも話がわからない。これじゃあ置いてけぼりだなあ……と思ったときに、クラスに「ええーーーーっ!?うそおーーーーーー!?」という奇声が響き渡って急に頭がグラグラした。なにごとかと思って奇声のもとを見てみたら、その奇声の主、私の隣の席の三条佐知子ちゃん、という子が新聞記事に釘付けになっていた。佐知子ちゃんは席に戻ってきたけどまだソワソワしてて、本当に気になる。別に授業は寝てるかぼーっとしてるかだからいいんだけど、一日中このテンションでいられたわけだからこれはこれでなんだかなあ……って思う。

 6限目の授業が終わった。私が荷物をまとめていると、隣でもう既に荷物をまとめ終えた佐知子ちゃんが急に駆け出した。私はそれが気になったので、急いでその様子を追った。

 

 

  ●

 

 

 「今回の新聞はかなり評判が良かったですね」

 「ああ。今まで色んな記事書いてたけど、今までで一番の評価だったな」

 あの取材から一週間が経つ。私とりのは部室で反省会をしていた。取材交渉で物凄く手間をかけた分はきっちりと内容に還元されたので、私達は今回の結果にはかなり満足していた。

 「ところでルネ先輩、さっきからその荷物が気になるのですけど」

 「ああ、これ?ギターだよ。あの後、バイト代使って買った」

 「えっ……!?」

 りのは驚いていた様子だった。私はギターケースを開き、その中にある私の新しい武器に手をつけた。黒色のボディの所々にピンク色の蝶のような模様がある、人が見ればやや悪趣味なのかもしれないが私としてはかなり気に入っているデザインだった。性能はあるが、奇抜なデザインのせいなのか相場的にそこそこ安めの値段で買えた。それでも7万はしたのだが。

 「まあね。簡単に言えば影響されたのかなって」

 「それで……どのぐらい弾けるんですか?」

 「まだ始めたばっかりだけど、ほら。このぐらいは弾けるよ」

 私はりのの前でギターを適当に弾いてみた。ネットに上がっている動画を参考にしつつ、一日に1〜2時間ほど弾いていたら少しだけだが出来るようになった。……といっても今弾いているこの曲しか弾けないし、もっと言えば基礎トレーニングのやり方すらよく分かっていない。自分でもどうやって弾けているのかよく分かっていないのだ。当然、これは本物ではない。

 「へえ……結構上手いんですね」

 「そう?これしか出来ないんだけどさ」

 私はりのに褒められたところでギターをケースに戻した。りのの普段の口振りだと、このぐらいであればかなり褒めている。と、そんな時だった。遠くからドタドタと、誰かが駆ける音がしたかと思ったらそれが段々と大きくなってきて、そうしたら。

 「鷹音ちゃんはどこ!?」

 と。突然、何者かがノックもせずにドアを開けてきた。これには驚いた。しかも声もかなり大きい。りのが突然の訪問者に怯えているので、こうなったら私が出るしかない。

 「何の用?というか誰?」

 私はドアの前でその異界の客と対面した。しょうもない用件だったらとっとと帰った、とでも言うつもりだったがしかし、

 「お願い!鷹音ちゃんに会わせて!」

 とその訪問者に右手を掴まれて嘆願されたものだから非常に困った。何より私を見つめる目力が凄い。なのに目には一切輝きが無いからこれは怖い。りのでなくともこれは怖気付くしこれでは逃げることすら出来なさそうだ。

 「……いや、まず名乗れよ。客の側が自分のことを何も言わないのは非常識としか」

 「なまえ……?ああごめん、わたしね、わたしの名前は三条佐知子っていうんだけど」

 「さんじょう……?ちょっと待ってくれ、うちにそんな奴いたっけ……?」

 「いやいるじゃん!ここに!」

 「えーと……クラスは?」

 「クラス?2年C組だけど」

 「C組かー……あっ、もしかして今年転校してきたのか?」

 「そうそう!4月にこっちに越してきたの!」

 訪問者は4月にここに転校してきた人だった。道理で知らない人だった訳だ。今はまだ6月入った辺りだから、それは分からない。

 「なるほどなー……ところで、用件はー……烏丸鷹音に会いたいのか?」

 「そうそう!あたしね、鷹音ちゃんに会いたい!」

 「分かったけど……私らはあいつの取材にたまたま成功しただけで、また話が出来る保証はないぞ?それに」

 「会えるならいい!会えるだけでもいいんだよ!」

 「うーんと……じゃあ行こっか、確か今日は居合道の稽古がオフだから茶道部かなあ」

 「えっ……?でも茶道なんて新聞には載ってなかったけど」

 「いや、一応オフの日何してるのかは聞いといたんだよな。ちょっとスペースも一杯一杯でカットしちゃったんだけど」

 「えー!?そこ大事だよ!わたしは鷹音ちゃんが普段何やってるか知りたかったの!」

 「そうかー……いや大体のみんなギター弾いてるあいつにしか興味ないと思ってたけどまさかそんなとこにも需要が」

 「需要とかそういう問題じゃないの!わたしは今の鷹音ちゃんのことが知りたい!」

 「はあ……お前が烏丸鷹音のなんなんだか知らないけど、とりあえず行くよ」

 「やったー!!!ありがとー!!!」

 と、私が荷物を取ろうと部屋の中に戻ろうとすると後ろから飛びつかれてしまった。その結果、あやうく姿勢を崩しそうになり、危ない!と叫んだ。すると、

 「あああああ!ごめんごめん!許して!ほら!この通りだよ!この通り!」

 と、またもオーバーリアクションで私の両腕を掴んで何度も頭を下げていた。それで私は逆に焦って落ち着け、落ち着けと連呼したらその口調も怒っているように聞こえてしまったせいで逆効果になってしまい、結局その場を取りなすのにかなりの時間を要した。荷物についてはどうせ後で戻るのでスマホと財布だけポケットに入れてあとは手ぶらだ。別に取材をする訳では無い。この三条佐知子という女を烏丸鷹音に会わせるだけだ。

 「ん?あれ?そこの青い髪の子は誰?」

 すると三条はりののことが気になったようで、りのは咄嗟に私の後ろに隠れた。それもそのはず、声は大きい、感情の起伏は激しい、動きも激しいし髪の毛もぼさぼさで闇のような黒紫色の髪の毛はまるで手入れなどされていない。女子高生にしてはあまりにも不審者然としているので誰だって距離を取りたくなるだろう。現に桂川りのという誰にも懐かぬ気難し屋の姫をなんとか手懐けている私でさえ、この三条佐知子という見た目怪物では手懐ける意志を削がれてしまう。

 「かくれてないで出てきてよー」

 しかしまずい。この怪物はりののことが気になっている。現に私の後ろに隠れるりのを追い回そうとしている。

 「ル……ルネ先輩……た……助けてください……」

 恐らくりのにはこの女がまるで自分よりも遥かに大きな捕食者のように見えているのだろう。背の高さはりのとはあまり変わらないはずだが存在感がありすぎる。このままではりのが泣きだしそうなので私は三条を抑えることにした。

 「そのへんでやめとけって。りのが怖がってるだろ」

 しかしそうするとまた、三条は「うわー!ごめんごめん!」とオーバーリアクションで謝るのだった。これではどうにもやりにくいなと思った。

 

 

  ×

 

 

 「いやー、ようやく鷹音ちゃんに会えるの楽しみだなーあはははは」

 「やけに舞い上がってるな……ところでりのはなんでついてきてるんだ?」

 「あのまま部室にいるのもなんだか、と思って。あまり一人になりたくないんです」

 「そうなの。ところで……」

 「?」

 「誰かの視線を感じないか?」

 そう。先程部室を出る前からずっと何者かの気配を感じ取っていた。もともと他人が発する存在感や視線には敏感な人間なのでうすうす怪しく思っていたが、そろそろ気にしないでいられる限界を迎えたようだ。

 「誰かの視線……?そんなものありました?」

 気付かないか……りのにはそういう感覚があまりないらしい。

 「えっ!?誰かわたしたちを見てるの!?くせもの!?どこどこ!?」

 三条はまたかなり派手なリアクションだ。さっきから感じる違和感の正体を必死に掴もうとしている。しかし見つからない。これでは埒が明かないので、

 「二人とも、ちょっと静かにしてて」

 と言って私は後ろを振り返った。もちろんそこから見つかるものはない。なので2人の手を掴んで誘導して曲がり角を曲がって……すぐに元の道に戻った。すると見つけた。さっきから私達をこそこそつけていた人影を!

 「見つけたぞ!」

 私がこう叫ぶとその人影が退こうとしたが私の後ろから三条が「見つけたーーー!!!」と叫びながら駆け出してその人影を追い始めた。三条の足はおそろしく速くて、到底私には追えそうになかった。たまにある氷川との追いかけっこで鍛えられているというのに追えるだろうという気が一切湧かなかった。やがてしばらくして、三条がその不審な影を捕まえてきた。

 「捕まえたぞ、大人しくしろー!」

 「分かったから!痛い痛い!離して!離して!」

 「ダメダメ!そこの新聞の人が気になってるから!」

 どうやら三条には私は新聞の人で呼ばれているらしい。そう呼ばれるのはあまり好きじゃないので訂正しとこう。

 「あー、一応言っとくと私の名前は白河だから。白河ルネだから。編集責任者欄に一応書いてたはずなんだけど……」

 「あー、そこは見てなかった。じゃあこれからはルネちゃんって呼ぶね!」

 そうこうしているうちに私達をこそこそつけていた不届き者の身柄が私の近くに運ばれてきた。三条は足もそうだが膂力もありそうだ。なにせさっき抱き着かれた時は全体重傾けられた上腰まわりをかなりきつく縛られた。立っているのがやっとだったし、これで身長も私よりあったらどうなっていたんだろう。

 「それで?なんで私らを追ってたの?もしかしてスパイとか?」

 とりあえず、その不届き者の前に立って腕を組みながらやや低めのきつい口調で事実を吐き出させようとしてみた。するとりのが後ろから疑念を呈してきた。

 「スパイ?どうしてスパイがいると思うんですか、先輩?」

 「こいつの制服はうちの制服だけど、ひょっとしたら他校の新聞部に情報渡そうとかしてて……」

 「疑り深いですね……過剰反応では?」

 「そうか?自分のとこの成果が盗られたら癪だろ?それで……どうなんだ?お前」

 私はそのスパイ?をさらに問い詰めた。すると、その金髪の少女が口を開いた。

 「スパイじゃないよ。気になったからつけてるだけなのに、失礼しちゃうなあ」

 怖気づかないのか。実はおんなじ事を以前にりのを怒った時にやったら圧があったせいか泣き出したのでどうも私が怒ると怖いらしい(多分身長差のせい)ので、これは珍しいと思った。

 「スパイじゃないのか?本当に?」

 「ほんとのほんと!信じてよ!」

 「ふーん……まあ悪いこと考えてるようには見えないし信じとくかなあ。それで……名前は?」

 「名前?ひかり!西大路ひかりだよ!」

 「西大路……?変わった名前だなあ、C組……だっけ?」

 「うん、C組。そこの佐知子ちゃんの隣の席なんだけど」

 「なるほどなあ……ってことはお前が三条のことを知ってる、ってことで良いのか?」

 「いいや?先週隣の席になったばかりだけどあんまり分からない。変な子とぐらいしか分からないよ」

 「ええーっ!?それはヒドいよー!」

 「三条……諦めたらどうなんだ?」

 「それでさ、ついてってもいいよね?私、ヒマしてるしスパイなんかじゃないしー?」

 「まあ……いいけど。でも何も面白いことはないと思うよ」

 「やったー!!!」

 かくして、羽丘に向かうメンバーにさらに1人加わって、4人旅になった。この西大路ひかりという女の素性はよく見えないが、嘘はついていなさそう。とはいえ、これで私の周りには3人もおかしな人がいる、ということになった。私にそういうのを引き寄せるなにかでもあるのだろうか……?などと勘繰る前には目的地の羽女に到着してしまった。電車の乗車時間込みでも10分しかないこの旅路は本当に短い。

 私達は別棟の和室へと向かった。羽女は流石は進学校、という雰囲気だけはあるが実は三割方の生徒は花女の平均を下回るらしく、指導の質は高いらしいがなかなか活かしきれないらしい。かといってウチは指導の質もあんまり良くないので私は全て独習でなんとかしているが、そういう所に我々が足を踏み入れることにはまだ何か、乗り込んではいけない、という感覚がある。それで辟易してしまってもしょうがないのだが、それでも敗北者感ではないが、コンプレックスは抱くものなのか?

 「失礼しまーす」

 私は羽女の別棟に入った。別学校とはいえ花女の生徒なら比較的簡単に入れる。茶道部の居る和室への口頭での案内を貰い、私達は目的の部屋へ向かった。

 私は飽くまで、区切りが向こうで着くまで待っておくつもりだった。しかし三条と西大路は違った。私の制止も意に介さずして和室に突入。三条に至っては部室に来た時みたいに失礼します、とかの言葉も言わずにまた「鷹音ゃんはどこ!?」と言って入っていった。どうやったらそんなに思い切れるのか。

 「誰あれ!?花女の制服!?」

 「鷹音、あれ誰なの?」

 茶道部の生徒がザワついていた。当たり前だ。突然障子が開けられてなんというか闇みたいな雰囲気の女が「鷹音ちゃんはどこ!?」と叫ぶのだから。いや、私が一回部室で塩対応しただろう学習しろよという気分になった。仕方がないので私とりのが出て、「すみません、うちの連れが……」とこれも仕方なく下げたくもない頭を下げるまでに時間は掛からなかった。私は茶道部の部長に呼ばれ、この事態の説明を求められた。いや、説明しようもないのだが。

 さて、肝心の烏丸鷹音はというと、和室の最奥に座っていた。三条の丁度向かいの位置だった。そして、烏丸は口を開いた。

 「あんた……ひょっとすると……いや、誰や?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 幼い頃の思い出はだいたい、中学を出る前には忘れてしまう。何があったかなんて何も覚えとらんから、自分がどうやって生きてたか、何が好きだったのか、なんも分からんなんてことはよくある話。せやけど、わての場合はひとつだけ、どうにも忘れられない、いや、忘れたくない思い出がある。

 それが、さっちゃん───三条佐知子、という幼馴染との思い出や。わてと同じ幼稚園、小学校にいた女の子。ただの女の子やない、わてにとってさっちゃんは特別やった。幼稚園の頃からずっと、とてもうつやかで落ち着いてた上にその所作のひとつひとつも可愛らしくて、何より不束者で何も知らなかったわてにとても優しくしてくれた。

 一言で言えば、わてはさっちゃんに憧れてた。さっちゃんは何をやらせてもわてよりも断然上手やった。わてがなかなか出来ない事があってもすぐに助け舟を出してくれた。

 だけれど、わてはさっちゃんが入った中学校には落ちてしまって……とはいえ、それでも、家が近かったから一緒に遊ぶことはあった。でもわての方が武者修行のために東京に出ることになって、中学校の卒業式で別れを惜しんで泣いてたけど、その時に交わした約束の言葉を今でも覚えてる。

 「……また会おうよ。二人が大人になったら」

 いつかわては必ず京都に戻ってくる、そう言って別れた。全てが、懐かしい。わても早くこの武者修行を終えて京都に戻って、さっちゃんと再会する。「立派になったね」ってあの子に褒められるなら、どれだけ良いことやろか……と思っていたのやけれど。

 

 「鷹音ちゃんはどこ!?」

 そう叫びながら茶道部の部室に入って来た少女を見て、わてはどういうことなんやと思うた。まずそもそも、なんでわての名前を知っとるんや。それで誰かわての知る人なのかと思ってその女を見るにつけ、なんか心当たりがあった。黒紫色の髪の毛に、琥珀色の瞳。それは間違いなくわての幼馴染・三条佐知子の特徴やった。背の高さも、体型も、中学校の卒業時に別れたあの時と同じぐらい。でもあれは違うと思った理由は、彼女が花女の制服を着ていたこと、そして、本当に「あの」成績優秀で品行方正で何でも出来る「完璧」な存在・三条佐知子とは到底思えないその落ち着きのなさと不躾さやった。せやから、言ってやった。

 「あんた……ひょっとすると……いや、誰や?」

 とな。

 「誰って、さっちゃんだよ!鷹音ちゃんの幼馴染の!困るなー、忘れたの?」

 しかし目の前のさっちゃん?はこんな調子やった。他の部員は明らかに引いた調子で、流石のわてでもこんな三条佐知子の皮を被った狂人の幼馴染と思われるのは納得いかんかった。そしてその後ろでは、いつぞやの花女の新聞部の青いほうが必死に部員に頭を下げて、でかいほうは部長に事情説明をしていた。その横に金髪の見たことないやつもおったけど今は気にせんことにした。

 「あんはんがさっちゃんって……それは本当なんかえ?」

 「ホントだよー!ひどいなあーもうー!」

 ……とはいえこんな調子や。本物のさっちゃんだったらもっと落ち着いた態度で、「ほんとほんと、信じてよ」というふうに、軽く笑いながらわてに語りかけているはずや。せやから、こいつは偽物や。うちはそう信じたかった。せやけど、なんだかそうとも言えない気がした。雰囲気はまるで違う。それなのに、この目の前のさっちゃんは本物かもしれない、そう思うわてがいた。とにかく、どうなのか見極めなあかんな。

 「ほんなら……いかがどす?ぶぶ漬けでも」

 そんなわけで、こんなことを言うておいた。すると、目の前のさっちゃんの顔色が曇っていく。そして、「鷹音ちゃん……それって……もう帰れって事だよね……?」と震え声で言い出した。そう思った時やった。

 「いやだよ!わたしはまだ帰りたくない!」

 そう言って、目の前のさっちゃんが飛び掛ってきた。わてはどうしたんやと言う間もなく姿勢を崩して後ろに倒れ込んでしもうた。

 ぶぶ漬け、まあ京都以外のとこで言う茶漬けを勧めるのはもう帰れ、という意味なのは少なくとも京都人なら当たり前に知ってるから、目の前のさっちゃんはその意味を理解して、そう言ったんやろなと思った。それにさっちゃんはぶぶ漬けは苦手やった。理由はさっき言ったんと一緒。「帰れ」の合図がどうにも苦手というか、なかなかわての家を訪ねては帰りたがらない、ひょっとしたら一人になるのが辛いのかな、と思う。

 そうか、この反応なら、そうよな。目の前のさっちゃんは、本物。

 「……すまんかったな。少しあんたを試しとったんや。久しぶり、さっちゃん」

 「あ…………よ……ようやく……思い出して……くれたんだね……うっ……うわあああああああん!!嬉しいよおおおおおおお!!!!!」

 「ちょっ!?何するんや!?」

 さっちゃんが急に抱きついてくるから姿勢を崩してしもうた。後ろの方では新聞部の横におる知らんやつが「いやー、一件落着みたいだね」とか言っとる。そして、新聞部の青い方は安心したのか、もう早々に帰る準備をしとった……にしても、まさかこんな形で再会するとは。とはいえ、謎だらけやな。なぜさっちゃんがここまで来たのか。それはそのうち聞こうとは思うけど、とりあえず今はこの場から脱出させて欲しい、苦しい……ってこら!新聞部のでかいの!助けてって言ってるのに無視して帰ろうとするんやないわ!はよ!はよこっち戻ってこい!あんたの力ならさっちゃんもどかせられるやろ!って何がいやー面白い面白いやねん!こっちはちっともおもろないわ!とにかくどかしてくれ!いや確かに!さっちゃんとの再会が嬉しくない訳やないけど!さっきからずっと抱き着かれて痛いし動けないんや!こら!わろてないではよ助けろ!はよ!はよ!……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「それで、そんなに嬉しかったのか?」

 「うん!それはすっごく!だって鷹音ちゃんとの感動の再会っ!なんだもん!」

 「うん、でも佐知子ちゃん、抱き着いてきたときすっごい痛かったんだけどー」

 「えーっ!?ひかりちゃんそんなに痛かったの!?ごめんごめん!ほらこの通り!」

 「いや、謝ってとは言ってないんだけど……あはは」

 「まあ、これにて一件落着したんじゃないんですか……?」

 「……してないよ」

 「へ?烏丸に再会できたらもうそれで良いんじゃ……」

 「わたし、分かったんだよね。鷹音ちゃんはさ、もう違う世界の人間なんだって」

 

 

 

 

 

第二話に続く

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