「た、た、た、大変です!」
「ん? なんだねコサック君。今日の新聞はもう届いているが」
新聞配達のコサックは仕事では息一つ乱したことがなかった。しかしそのコサックが息を切らせながら城の守衛の所までやってきたのだから、相当のことがあったということは火を見るより明らかだった。
「あ、あ、あ、、」
「少しは落ち着け。何が言いたいのかさっぱり分からん」
守衛は、何をそんなに慌てることがあるのかと半ば呆れた顔をしながらもコサックの話に耳を傾ける。
「ア、ア、アメリカが陥落しました!」
「な、アメリカが陥落だと?? バカも休み休み言え。アメリカって言ったら最大の勢力を誇る国じゃねえか。あそこのロボットは世界一だって聞くぜ。そんなアメリカを落とせる奴なんていやしないよ」
「それがですね……」
コサックは落ち着いてから詳しい事情を話す。彼の話を面白半分で聞いていた守衛の目の色が変わる様子は、秋の紅葉よりも印象的だった。
「つまりは、宇宙から侵略者がやってきて、そいつがアメリカを支配下に置いたということだな」
「はい、そういうことです」
「にわかには信じがたいがお前さんの話にはどうにも現実味が漂っている。とりあえず中に入れ。国王様に直接話したほうが良い」
そう言って守衛は中へと通し、城内の者に引き継いだ。
人間がまだ存在した頃は、この辺りはイングランドと呼ばれていた。しかし今ではもはやその名前は用いられておらず、「城を中心に築かれた国」という理由から単純にキャッスルと呼称されている。そして国の中央部に位置する大層立派な城に住んでいるのはレオ国王である。
「国王、コサックと名乗る機体がやって来ました。どうにも重大な報告があるとのことで」
「よかろう。通せ」
「はい、少々お待ちを」
執事が部屋の外で待っているコサックを謁見の間へと招き入れる。コサックは国王の姿を見たことがなく非常に緊張しているようで、手足を強張らせギクシャクと入室する。
「失礼致します。私は……。」
コサックは一通りの挨拶を済ませた。レオは表情ひとつ変えずにコサックへと向き合っている。レオの頑丈そうな体躯はシックなグレーで統一的に塗装されており、くすみすぎず、しかし安っぽいメタリックさもない絶妙なバランスであった。さすがは一国の王といったところであろうか。それに対してコサックの全身には新聞配達でついた汚れや傷が目立ち、到底高位の者に会うことのできる状態ではない。しかしそれを二つ返事で了承してくれるところにレオの"人格"が滲み出ている。
「それで、重要な情報とはなんだ」
「はい、それがですね。アメリカが落とされたという情報を、今朝隣国の配達員から聞かされました。東の方から情報が流れてきているようで、どうやらここキャッスルが最後だったようです」
「それでどこの誰に落とされたのだ。アメリカを破ることのできる国などそうそうないであろう」
「それがですね。宇宙からの侵略者らしいんです」
「宇宙から? まさかこの地球の外からやって来たというのか」
「そのようです」
「侵略者の数は? アメリカの現状は?」
「実のところ詳しくは分かってないです。ただし、その侵略者はこう呼ばれているようです」
その場に居た者全員が固唾を飲む。一瞬の間をおいて、コサックはこう答えた。
「インベーダーと。」
「インベーダーか。目的は何でしょうか」
執事が神妙な表情で独り言つ。
「分からん。しかしこのまま放置しておくわけにはいかない」
「国王、それでは討伐しに行くのでしょうか。あのアメリカが負けたのですよ。一筋縄ではいかないと……」
「そうだな。ならば周辺諸国を集めて連合軍を結成するか」
「そればらば可能性はあるかもしれません」
一同の顔にほんの少しばかりの希望が宿ったように見えた。
「さっそく各国への伝令を頼む。それと円卓の騎士を招集してくれ」
「はっ」
執事はコサックを連れてさっと謁見の間から退出する。
「執事さん。円卓の騎士とは何のことでしょうか」
「ああ、大陸西部で最強を誇る国王直属の騎士たちのことだ」
「大陸?」
「ああ、この世界はいくつかの大陸から構成されている。そしてここらは最大の大陸の極西だ。かつて人間はユーラシア大陸と呼んでいたらしいがな」
「ユーラシア大陸……。それで今回インベーダーが現れたのはどこなんですか?」
「アメリカと呼ばれるところだ。ここからだと西側にある海を渡るのが手っ取り早いな」
「なるほど」
「さて、私は各国への伝令と騎士たちの招集をしなければならない。ここをまっすぐ行けば城の門までたどり着く。ご苦労だったな」