【完結】神刀ノ巫女   作:兼六園

1 / 54


よろしくお願いします。




胎動編
始まりの一閃


 

 

 

 日本各地に存在する刀使育成専門学校──通称伍箇伝。美濃関、平城、鎌府、綾小路、長船の五校それぞれから選出された二名の、計十名で行われるトーナメント戦。

 

 伍箇伝を纏めている刀剣類管理局局長兼、事実上のトップたる折神家当主──折神紫の御前で戦う二人を決める予選会場の室内。

 

 

 試合が始まる直前、二階の観客席とそこに繋がる階段付近で壁に寄り掛かる男が居た。

 

「──起きろ、試合が始まるぞ」

 

 

 男らしさを兼ね備えた雰囲気の少女が、明るい茶髪を揺らしてその男へと近づき肩を揺する。だが、立ちながら眠っている男は頑なに起きる気配を見せない。

 

「ここに来る前にも寝ていただろうに……」

 

 

 泥の底に沈んだような意識に、揺さぶりを掛ける声。芯の通った覇気のあるそれが耳元で響き、終いには頬への鋭い刺激が走ったことで、男はようやく意識を覚醒させる。

 

「起きろ勇人(ゆうと)!」

 

「ぶぇっ──うぅん……いや、寝てないっす」

「がっつり眠っていただろ」

 

 

 寄りかかっていた男は、起こすための頬への平手打ちの痕を擦りながら抗議した。

 

「あのなぁ真希(まき)、ビンタはやめろって。普通に起こせよな」

「普通に起こしても起きないじゃないか」

「……ちょっと寝不足でさぁ」

「大事な御前試合なのだから気を付けてくれ、親衛隊が寝不足で居眠りなんて笑えない」

 

 

 獅童(しどう)真希はそう言って静かに怒るが、それを余所に欠伸を漏らす。

 部屋の中央を見下ろせる仕切りに寄りかかった男──藤森勇人は、見下ろした先で腰部の帯刀用器具に刀を縦にして納め、背中側に固定し立ち会う二人の少女を視認する。

 

『第一試合。平城学館、十条姫和(ひより)。綾小路武芸学舎、山崎穂積。前へ!』

 

 

 審判の言葉に従い、白を基調にした制服の少女と緑の制服の少女が間にスペースを空けて向き合う。

 

『──礼。双方、備え。──写シ!』

 

 

 腰の鞘から刀を抜いた二人は、『写シ』という言葉を聞いて、その身を白い膜のようなモノで包む。

 

御刀(おかたな)』を扱う少女──通称『刀使(とじ)』は、御刀を用いて特殊な力を発揮できる。その一つが『写シ(うつし)』だ。

 

現世(うつしよ)』と呼ばれているこの世の実体と『隠世(かくりよ)』と呼ばれている別世界にある幽体を置き換える事で、致命傷等を肩代わりさせられる防御術だ。

 

「寿々花の後輩と、真希の後輩対決か」

「そうだね。ところで寿々花は?」

「知らん──お、あの御刀……」

 

 

 勇人が気になったのが、十条姫和の持つ御刀だった。峰の半ばから先端が両刃になっている特殊な形状をしているからだ。

 

「あれは────小烏丸(こがらすまる)だね」

「へぇ、あんな御刀があるんだ」

 

『始め!』

 

 

 審判の合図を聞いた直後、写シの白に包まれた体を一瞬だけ視界から消すように移動した姫和が、次の瞬間には相手の刀使──山崎穂積を切り裂いた。

 

 右から左まで大きく振り抜く袈裟斬りが穂積の体を捉え、余りある威力が写シの剥がされた生身を床に吹き飛ばす。

 

「迅移か。高い練度だ、速いな」

 

 

 勇人の言った『迅移(じんい)』とは、前述した隠世にアクセスし、隠世を流れる通常の流れとは違う速度の時間を利用して、現世の時間から逸する事で加速する攻撃術だ。

 

 今姫和の見せた迅移を一段階だとして、熟練の刀使は二段階、三段階とシフトチェンジの要領で速度を引き上げる事が出来る。

 

「俺でも一段階がやっとなのに、羨ましいね」

「君なんて写シの貼れる回数くらいしか取り柄が無いからね、平然と五回以上貼り直されると流石に驚くよ」

 

 

 写シは致命傷・身体欠損のダメージを肩代わりさせる刀使の生命線だが、並の刀使は一度貼るのもやっとであり、真希でも二度三度となると疲れが見えてくるだろう。

 

 それを五回というのは、些か異常だろう。

 

『第二試合。美濃関学院、衛藤可奈美(かなみ)。鎌府女学院、糸見沙耶香(さやか)。前へ!』

 

「お、次は……沙耶香ちゃんか。相変わらず物静かだこと」

「でも、十条姫和に勝るとも劣らない迅移の練度は目を見張るものがあるよ」

「あれ凄いよねぇ、俺七秒でぶった斬られたもん」

「君が弱いだけだろう」

 

 

 白をベースに、襟とスカートが紫の制服を着た白髪の少女、糸見沙耶香。折神紫を守る親衛隊である二人は、彼女の事を知っている。

 と言うのも沙耶香の通う鎌府女学院の学長・高津雪那が折神紫親衛隊に沙耶香を薦めてくる事があり、面識が少なからずあるからである。

 

 沙耶香の親衛隊入りは尽く却下され、その都度怨みを込めた顔を勇人に向けるのが様式美と化しているのは余談となる。

 

『──始め!』

 

 

 開始と同時に美濃関の刀使──衛藤可奈美は、沙耶香に迅移で姫和と同じように踏み込まれる。

 寸前で防ぎ体勢を整えるが、尚も続く迅移に辛うじて迅移で答え、会場の中央を駆け巡りながらの攻防を繰り返す。

 

「危なっかしい……けど、沙耶香ちゃんの迅移を良く見てるな。目が良いね」

「初見でアレに対応出来る辺り、美濃関代表なのは伊達ではないみたいだや」

 

 

 沙耶香の御刀をギリギリで避け、防ぎ、可奈美は一定の距離を取って()()()()()()()()

 そんな可奈美の悪癖が沙耶香の無表情の裏に焦りを生ませ、隙が作られる。

 

 僅かに大振りとなった上段の振り下ろしを避けながら反転し、再度反転しつつ、可奈美は沙耶香の御刀を握る腕を上へと斬り飛ばした。

 

 

 写シの腕ごと空を舞った御刀は床に突き刺さり、手元から御刀が離れたことで写シが強制的に解除され、沙耶香の敗退が決まる。

 

「まさか糸見沙耶香に勝つとは……」

「でも二人とも、本気は出してないね」

「──つまり?」

「沙耶香ちゃんは()()を使ってないし、美濃関の……可奈美ちゃんは明らかに手を抜いてた。あれは沙耶香ちゃんの剣術が見たかったのかな?」

 

 

 勇人が言う『アレ』こそが七秒で斬り伏せられた理由なのだが、あくまでも試合という事もあって本気を出せなかったのか。

 

 床に刺さった御刀を引き抜いて鞘に納める沙耶香の下に、近付いた可奈美がなにかを話している。可奈美が一方的に、且つ興奮気味な所を見るに沙耶香の剣術に興味が尽きないのだろう。

 

 あわや鎌府の待機スペースまで行くところだった可奈美を、もう一人の美濃関の少女が沙耶香に謝りながら引っ張り戻していった。

 

 

『第──試合。長船女学園、益子(かおる)。美濃関学院、柳瀬舞衣(まい)。前へ!』

 

「益子? ──うわ、でっか」

「……呆れる程に巨大だな」

 

 

 可奈美を連れ帰った少女と対戦相手の益子薫が前へと出る。

 薫の眼前に立つ舞衣は、上から見ている二人よりも驚いた顔をしているだろう。

 

 何故なら小学生とそう変わり無い低身長の薫の両手に握られているのは、全長三メートルを超える大太刀だったのだから。

 

「あんな特徴的な御刀は二つとない。あれが祢々切丸(ねねきりまる)か、適合した刀使とはいえ小さい身でよく持ち上げる」

 

「ねね……なに?」

『ねーっ』

「祢々切丸だ」

『ねねっ?』

「……今なんか言った?」

「……いいや?」

 

 

 真希と勇人は互いを見ながら、幻聴らしき声に首を傾げた。そんな上の二人の疑問を余所に始まった試合。薫の欠片のやる気も感じられない「きえー」という猿叫(えんきょう)と共に祢々切丸が叩き付けられた。

 ──当然の結果と言えば、当然の結果なのだろう。

 

 

 あっさりと一撃を避けた舞衣に、薫は祢々切丸を持ち直す余裕もなく斬られて写シを解除させられた。長船のもう一人である金髪の少女は、分かりきっていた結末に顔を手で覆う。

 

「まあ……そうなるよね」

「面と向かっての戦いで、しかもあんなもの単体では仕方ない。あの刀使が選ばれたのは恐らく、長船での選出の際に相手が受け止めようとして潰されでもしたんだろう」

 

 

 やがて長船の二人目、古波蔵(こはぐら)エレンと十条姫和の対決となった辺りで、真希の懐のスマートフォンが振動する。

 

「おっと、噂をすれば寿々花だ。すまないが僕は電話に出るから外すよ」

「はいはい」

 

 

 階段を降りていった真希を尻目に、勇人が一人で観戦することになったエレン対姫和の戦いが始まる。

 姫和は小刻みに発動した迅移で落雷の軌跡のように動くと、鋭い刺突をエレンに繰り出す。だが、エレンは御刀の柄でそれを受け止めた。

 

 驚きつつ一歩引いた姫和よりも早くエレンは踏み込み、返す刀で切り込むが、それを払いつつお返しのように踏み込み返す姫和。

 振り抜かれた小烏丸を避けると、再度踏み込んだ後に上段で振りかぶったエレンの御刀を、姫和は両手を広げて迎え入れた。

 

 自ら防御を捨てる行動に一瞬思考が鈍り、つい弱まった一撃が右手を左に振り抜く動きに乗った小烏丸に弾かれ、崩れた体勢を狙った薙ぎ払いがエレンの写シを両断する。

 

 

 そんな試合の様子を見ていた勇人の後ろから、誰かが背中にぶつかって来る。ポスンと衝撃が走って前のめりになった。

 

「おぉう……」

「えっへへぇ~。だぁーれだっ?」

 

 

 顔なのだろう感触が背中にあり、回された腕が腹にある。爪をマニキュアで緑がかった水色に塗られていて、首を回して後ろを見ると、淡紅藤の髪があった。

 毛先だけが薄い紫に染まった髪をサイドテールにしている様子がわかる。

 

「これは……夜見?」

「バカ」

「冗談だ」

 

 

 腕を離した少女は勇人の横に立つ。見栄を張った小学生のようでいて自信のある表情をした、勇人達と同じ親衛隊の制服を着た少女が、勇人のように仕切りに体を預けて見下ろす。

 

「それで、結芽(ゆめ)は何しに来たんだ?」

「なんかぁ、真希おねーさんが『勇人を一人にしたらまたサボられそうだから、あいつを見張ってろ』って」

「サボるのはお前もだろ……」

 

 

 自分の事を棚に上げている少女──(つばくろ)結芽は、鼻唄を奏でながら会場を見下ろすと勇人へと声をあげた。

 

「あ、次の試合始まるよ?」

「……はぁ。まあ、いいか」

 

『第──試合。 美濃関学院、衛藤可奈美。同じく美濃関学院、柳瀬舞衣。前へ!』

 

 

 祢々切丸を見たときよりも驚愕する舞衣に、悔しそうな顔をする可奈美。

 

 勇人が手元の内ポケットにねじ込んでいたトーナメント表の紙を広げると、そこには確かに、勝ち進めば二人がかち合うように名前が並んでいた。

 

「あーりゃりゃ、同じ学校同士なんて可哀想~」

「仕方ないさ」

 

 

『備え────始め!』

 

 

 開始の合図を聞いて、可奈美は右腕を肩まで上げて顔の横に柄を持ってくる構え──八双の構えを取る。対して舞衣は──

 

 

「わお、居合ってやつ?」

 

「ここで()()に入るか……」

 

 

 正座の体勢から膝を立てたような姿勢で、鯉口を切った御刀の柄と鞘に手を置く舞衣。

 

 同じ学院出身で、互いの技は知り尽くしている。だからこそ、今の舞衣にとっては()()が最善手なのだ。

 

 

 ぐっと覚悟を決めた顔で、舞衣に応えるように可奈美は舞衣に向かって走る。接触する直前で、迅移を用いて背後から左側へ走り────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────決勝進出は衛藤可奈美と十条姫和の両名となり、昼休憩を挟んでから白砂の広がる正殿へと場所を移すこととなった。

 

 






評価・感想・登録等、お気軽にどうぞ。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。