【完結】神刀ノ巫女   作:兼六園

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舞草と蝶々

 

 

 

「後頭部がめちゃくちゃ痛いんですけど。」

「すまない、足を掴んで引き摺っていた。 逃げるためだったんだ、許せ。」

「……まあ数分休めば治るから良いけどさ。」

 

 

鋪装された道路を挟んで森の中にある、元はコンビニだったのだろう廃屋。 ぐったりとした顔で壁に凭れて座る勇人は、後頭部から発せられる物理的な痛みに表情をしかめていた。

 

身長約175cm、体重約65kg。 そんな男を少女が担いで走れる訳もなく、可奈美と姫和の二人は薫とエレンから逃げる際に、勇人の両足をそれぞれで掴んで引き摺りながら遁走したのだ。

 

石や剥き出しの木の根にゴンゴンと頭をぶつけたのは、致し方ない――――のだろう。 ただし、勇人の毛根(あたま)へのダメージは度外視とする。

 

「あの二人、撒けたかな?」

「さてな。 だが外は雨も降っているし、止むまでは休憩出来るだろう。」

 

 

窓の外で降り注ぐ雨粒を見ながら、可奈美の呟きに姫和が返す。 ギリ、と奥歯を噛み締める姫和を、窓の反射で勇人だけが視認した。

 

「…………可奈美ー、ちょっと頭にコブ出来てないか診てくれない?」

「え、あぁ……はぁい?」

 

 

頭に疑問符を浮かべながらも、引き摺って連れてきた事実が罪悪感を煽ったのか。

 

可奈美は唐突な提案に特に違和感を覚える間も無く、勇人の後頭部を診る。 最初は真剣に指の腹で丁寧に髪を掻き分けていたが、特に問題ないと分かると、犬でも触るみたく髪をいじり始めた。

 

「おー……ふへっ、ゴワゴワしてる。」

「ええい、やめんか。」

「良いじゃないですか、減るものじゃないし。 やっぱり男の人の髪の毛って固いんですね~。 ちゃんとリンス使ってます?」

 

 

終いには両手でわしゃわしゃと掻き乱し始めた可奈美に、勇人はげんなりとした顔を惜し気もなく晒す。 「やーめーろーよ、やーめーろーよ。」「良いではないか~良いではないか~。」

 

そんな会話に対して渋い顔をしている姫和の胸に、ジクリと蝕むような痛みが走る。

 

 

『姫和の髪は、母さんに似てとても綺麗だね。』

 

そう、男は言う。

 

 

『もし、姫和が心を許せる相手が出来たら、その時は――――。』

 

その時は。

 

 

「――――。」

 

 

その時は…………なんだったのだろうか。

 

小学生の時の、褪せた記憶。 父の言葉の筈なのに、もう、声が思い出せなかった。

 

 

「姫和。」

「…………うわっ!?」

 

 

思考の海に沈んでいた姫和は、真横から顔を覗き込んできた勇人の接近に気付けなかった。

 

小烏丸の鞘に左手を添え、親指で鯉口を切った辺りで相手が勇人だと気付き、ようやく心臓の鼓動が鳴りを潜める。

 

「驚かすな、馬鹿者!」

「そんなに集中してたとは思わなくてさ。」

「……はぁ、そうか。」

 

 

カチリと鞘に納め直し、小烏丸を背中に戻す。 不意に勇人の顔を見やると、勇人はじっと姫和の紅い瞳を見ていた。 反して勇人の瞳は、黒――――と言うには明るく、かといって青と判別するには暗過ぎる。

 

なんとなく勇人の背にある御刀を見て、ようやく合点が行った。 そう、濃紺だ。 まるで雲が無い時の、月明かりが目立つ夜空のような紺色。

 

 

紺色の瞳が、姫和を見ている。

 

しかし不快には思わず、寧ろ()()には安心感があった。 どうしてか、無性に落ち着くのだ。

 

「か、可奈美、は……どうした?」

「ん? ああ、裏口があったら塞いでくるって言って奥に向かったけど。」

 

「……呼び戻してこい、話さないといけないことがある。 私が何故折神紫が大荒魂だと気付いたかについてだ。」

 

 

何故落ち着くのかわからず、それどころか間近で見る父以外の男の顔に、姫和の心拍数は加速する。 誤魔化しついでに、今まで黙っていた己の戦う理由を話す時期が来たと判断して、姫和は勇人に可奈美を呼び戻させた。

 

 

 

 

『その時は、この櫛を使わせてもいい相手かを、君が判断するんだ。』

 

『姫和が本当に、心から信じた人なら俺も安心できるからね。』

 

『相手が男だったら是非父さんにも紹介してくれるかい? 場合によっては一発――――いや、なんでもないよ。 うん。』

 

 

 

「……あぁ、そうか。 そうだったな。」

 

 

今は実家に置いてきてある、母の母、祖母から継いできた漆塗りの櫛。 父は『それで姫和の髪を櫛させてもいいくらいの信用できるパートナーを見つけろ』と言いたかったのだろう。

 

そして、その相手が男なら、きっと夜通し姫和の良いところを語り合ったりもしたのだろうか。 だがその願いは、終ぞ叶うことはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そもそもの前提として、お前たちは二十年前のあの災厄を何処まで知っている?」

 

「えっと……相模湾岸大災厄、だよね。 今の伍箇伝の学長たちと当時の紫様の六人で、大荒魂を鎮めたっていう。」

 

「同文。 というか、逆に言えばそれだけしか俺たちは知らされていないんだよな。 なんというか…………妙に情報が少ない。」

 

 

うーん? と二人で首をかしげる。 姫和は、懐から一枚の手紙を取り出しながら言った。

 

「ああ。 それが正史であると言われているが、実際は違う。 あの戦いにはな、私の母も居たんだ。 母は大荒魂を鎮める役目を担っていた――――らしいが、それに失敗して今に至る。」

 

「どうして失敗しちゃったの? 誰かに邪魔をされた、とか?」

 

「いいや、邪魔は無かったが、半端に終わったんだ。 その結果、母の役目はヤツの力を削ぐだけに終わり、恐らくは、大荒魂は傷を癒す為に折神紫の体を利用しているのだろう。」

 

「姫和はどう思ってるんだ? 折神紫は体を乗っ取られているのか、それとも既に死んでいて、大荒魂が擬態しているのか。」

 

 

勇人の問いに、姫和の口は一文字に閉じられる。 目線だけが左右に揺れ、やがて口を開くと、あっけらかんとした言葉を紡いだ。

 

「知らん。」

「えぇ……。」

「どちらにせよ、私の目的は一つだ。 大荒魂を斬る。 それで人斬りの業を背負うことになるとしても、私は構わない。」

 

「――――あのなあ姫和。」

「なん…………むぐ」

 

 

ふと立ち上がった勇人の手が、姫和の頬を掴んだ。 手のひらを顎を支えるように添え、親指と残りの指で頬を挟み、むにむにと餅でも握るように指を動かす。 視界の奥で可奈美がクスクスと小さく笑っていて、姫和は苛立った。

 

「……にゃ()んだ」

「ここまで付き合ってきて、俺たちがお前を人斬りなんぞにさせると思うか?」

「そうだよ姫和ちゃん。 私言ったよね、人斬りになんかさせないって。」

 

 

手紙を握りしめる姫和の拳に手を添えて、可奈美は笑う。 先のモノとは違う、優しい微笑だった。 姫和の頬から手を離した勇人もまた、遠慮がちに二人の手に同じく右手を重ねる。

 

「――――私の母は……母さんは、年々体が弱っていった。 私に料理を教えてくれた次の年には立てなくなって、寝たきりになって、そして去年、長患いの末亡くなった。」

 

 

二人の顔を直視できない。

 

今の姫和には、少し眩しすぎる。 それでも、ぐっと堪えて、姫和の手を離そうとしない二人に、絞り出すように本心を表に出した。

 

「私の目的は、私怨での復讐だ。」

 

 

舌が乾く。 喉に言葉がつっかえる。

無意識に、顔を俯かせる。

二人の手が、熱いくらいに暖かかった。

 

「善意で復讐の手伝いなんて。」

 

 

声が震えて、視界が滲む。

 

「馬鹿だ、お前たちは。」

 

「あー、良く言われる。」

「……ねぇ、姫和ちゃん。」

 

 

勇人と姫和の手の間にある可奈美の手が、きゅっ、と姫和の手を強く握った。

 

「姫和ちゃんの重荷、私が半分持ってもいい?」

「――――勝手にしろ。」

 

 

吐き捨てるような言葉が、照れ隠しであることを、二人はちゃんと分かっていた。

 

「じゃあ俺も半分持つか。 俺と姫和で4分の1で、可奈美は残り全部よろしく。」

 

「私だけ50%!? ちょっとくらい勇人さんが負担してよ!」

「やーだー。」

 

 

うがーーー!! と叫んで、後ろからおんぶのように飛び付いて、腰に足を絡ませ首にヘッドロックを仕掛ける可奈美。 御刀はどうしたんだ。

 

そう指摘しようとしたが、見ていて面白いからやめる。 気づけば雨は止んでいて、姫和の心を蝕む痛みは、疾うに無くなっていた。

 

 

「おごごごごごごっ!?」

 

勇人は暫くの間、絞められた鶏のように呻いていたが、やはり面白かったので無視をした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

頭頂部にコブを作りながらも溜飲が下り、どこか艶々している可奈美は、雨が止み、粒が葉から落ちる様を見ていた。

 

「いやぁ~これでようやく行動できるね!」

「次俺の首絞めてきたら命に関わるパンチするからな。」

「ご、ごめんなさい……。」

「ダメ。 暫く根に持ちます。」

「大人げない!」

 

 

やいのやいのと騒ぐ二人に、むっとした表情を向ける姫和が鼻を鳴らして言う。

 

「乳繰り合ってないで、さっさと行くぞ。」

「別に繰り合ってませんがね。」

「父?」

 

 

会話する三人の耳に、ふと、べちゃっ……という水音がした。 それが徐々に近付いてくる気配を感じ取り、それぞれが即座に意識を切り替え、御刀に左手を伸ばす――――――が。

 

「や……やっと、見つけマシタ……。」

「おめーら、ずりぃぞ……雨宿りしてやがったのかよ……っ。」

『ね゛ーっ』

 

 

ぜえはあと息を切らして木の幹に手を突く薫が、頭に毛皮の濡れたねねを乗せている。

 

エレンもまた、艶やかな金髪に水気を含ませ雫を滴らせていた。 山の天気は変わりやすいというが、急な任務ということもあって、二人は傘を持ってきていなかったのだ。

 

「しつこいぞ貴様ら! 私たちには行かなくてはならない場所が――――。」

 

「んっふっふ~。 ()()()なら、焦っても逃げたりしマセンよ?」

 

 

突如として第三者に目的地をピンポイントで言われ、姫和の腕の産毛が粟立つ。

 

余裕綽々のエレンの顔が、次いで姫和から勇人に向けられる。

 

「数日前まで親衛隊だったユートなら、舞草(もくさ)と言えばわかるデショウ?」

「舞草? 舞草……あー、舞草ね。」

 

 

言葉を反芻して、うんうん、と頷く勇人。

 

そしてポツリと呟いた。

 

「美味しいよね、舞草。」

「違うと思いマス。」

 

「……反・折神紫派の――――確かレジスタンスみたいな連中だろ? 折神紫が潰そうとしてるやつ。」

 

「デスデス。」

「ということは……なに、これスカウト?」

「ってよりは、お前らを連れてきても問題ないかの合否の判断を任された……だな。」

 

 

雑巾絞りのようにねねを絞って水気を飛ばしながら、薫は勇人の言葉に注釈を入れる。 ね゛ね゛ーっ!? という悲鳴は、聞かないことにした。

 

「つまり簡潔に分かりやすく言うと、『お前らごーかく』ってわけだな。 おめでとさん。」

「荒魂を使役する貴様の言うことを信用しろ、と?」

「こいつはオレのペット。 無害だ。 いやまあ、人によっては害か。 わはは。」

 

 

睨み付けてくる姫和の視線をのらりくらりとかわしながら、薫は挑発気味に返す。

 

「舐めた態度を取るなよ大太刀使い。」

「カァカァうるせえぞ小烏(こがらす)。」

 

 

片や、荒魂が憎い少女。 片や、荒魂(あいぼう)を敵視されてムカついている少女。 どちらが悪い、という訳じゃないのだが。

 

『こいつだけは気に入らねぇ』 ―――そんな感情が、ひしひしと二人の表情から滲み出ていた。

 

「……アー、ソーリー。 うちの薫がスミマセン。」

「喧嘩するほど仲が良いって言うじゃん、そのうち肩でも組みながら笑い合うさ。」

 

「誰がするか!」

「馬鹿言うなよ―――あれ、ねね?」

 

 

不機嫌そうに言う薫の手元から、いつの間にかねねが居なくなっていた。 辺りを見渡した薫は、ねねを胸に抱き笑う可奈美を見つけた。

 

「あははっ、くすぐったい!」

「……なんだ、今度はあいつに懐いたのか。」

「ねえ勇人さん! この子可愛いよっ」

「それにしては、妙に邪気的なモノを感じるんだけど。」

 

「やはり斬るか。」

「やだなぁ姫和ちゃんはそればっかり。」

「もー姫和ったら血の気が多いんだ。」

「は?」

 

 

デレデレした顔のねねは、勇人に頬を伸ばされながら自分を睨んでいる姫和を一瞥し――――視線を胸に移して、つまらなそうにため息をついた。

 

『ねねぇ……。』

 

「は――――!?」

 

 

ギン、と睨みを強くする。

わざとらしく可奈美の胸に体を押し付けるねねの行動を、エレンと薫が解説した。

 

「ねねはビッグなバストが大好きなんデスヨ。」

「んでもって、将来胸がでかくなる奴の可能性を嗅ぎ分ける。 可奈美の方は見込みがあるらしいが、お前は…………うん、ごめんな。」

 

「何故謝る…………!!」

「あいつ巨乳派なのか……。」

 

 

 

「……俺とは合わないな。」

 

勇人の呟きは、ねねの警戒する鳴き声に掻き消され、幸運にも姫和達に聞かれることは無かった。 その場の五人が森の木々の奥へと目を向けると、まるで獣が草木を掻き分けるような音がざわざわと――――森全体から聞こえてくる。

 

「この粘っこい気配…………そりゃそうか。 入り組んだ地形での索敵なら、お前が一番最適だもんなぁ。」

 

「勇人、何を言っている。」

「知り合いが来たらしい。」

 

 

感慨深いような、懐かしいような。 複雑な顔をして、勇人は背中に回していた御刀を鞘から取り出し、静かに写シを張った。

 

「――――折角、腕の傷、全部治したのにな。」

 

 

その言葉を皮切りに、森の奥から、雪崩のように荒魂の群れが湧き出した。 土砂降りの雨を真横に向けたような、小さな蝶々の荒魂群。

 

まるで意志があるかのような動きで、蝶々は我先にと勇人に群がり、そのついでとして他四人を飲み込む。

 

 

「おいちょっと待てなんで俺ばっか狙っ……まずっ、エレン! これを……ぬわーーーっ!!」

 

 

叫びながらエレンに何かを投げ渡した勇人の姿は一瞬で見えなくなり、それぞれはあっという間に分断されてしまった。

 

 

 

――――山狩りの夜が、始まる。

 

 

 






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