【完結】神刀ノ巫女   作:兼六園

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獅子の山狩り

 

 

 

 

幼い少年は、数年歳上の少女と向き合っていた。 普段から老人かと疑う程にぼやっとしている少年が、珍しく少女に質問をしている。

 

「ねえきょーちゃん。」

「あん?」

「やりたいことがいっぱいあるとしてさ、自分はどれをやって、どれをやらないでいれば良いかわからない……とするじゃん。」

「おう……おう?」

「そう言う時って、どうすれば良いんだと思う?」

 

 

少しばかり精神が早熟気味だからか、歳不相応な質問をする少年。 少女は、くっくっと笑い、何故笑われたのかわからない少年のムスっとした顔を見て更に笑う。

 

「なんだよ、もう。」

「…………いや、いや。 お前もそういうので悩む歳なんだな、ってさ。 んなの簡単だろ。」

 

 

「――――――――。」

 

 

パクパクと口を動かす少女。 しかし、言葉がなにかわからない。 聞こえない。

 

これが夢であると気付いたのは、身体が訴える鈍痛で無理矢理意識が覚醒したその刹那であった。

 

 

 

 

 

 

 

「――――ぅ、お……。」

「なんだ、まだ意識があったのか。」

「お陰様でな……っ」

 

 

御刀を杖代わりに身体を支え、再度立ち上がる。 まるで爆弾でも落ちてきたかのように、文字通り獅子がごとき雰囲気を放つ少女を中心として、木々がへし折れ局地的な更地が出来ていた。

 

「……あいつのテレフォンパンチよりは軽いな。 ちゃんと飯食ってるか? 野菜も食えよ。」

「そんなに減らず口が叩けるなら、あと三回は切り刻むとしよう。 紫様には生かして連れ帰れと言われているんだ。」

「一文の中で即矛盾させるのやめない?」

 

 

獅童真希は、己の御刀・薄緑(うすみどり)を構えてスムーズに写シを張った。 呆れたタフさだ、そう呟くと、後ろで傍観を決めていた寿々花に話し掛ける。

 

「寿々花、君は参加しないのかい?」

「あら、してほしいのかしら?」

「……いや、僕だけで充分だ。」

 

 

驕り、等ではない。 真希の態度は、相応の実力に裏付けられたモノだった。

 

「(結芽はこいつが()()()と言っていたが……どういう意味なんだ。 僕は結芽ほど何度も戦ったわけではないし、教えてくれないからなぁ。)」

 

 

獅子は兎を狩る時だろうと本気で取り掛かるというが、今の真希の気迫を見るに、その通りなのだろう。 勇人もまた御刀を構え、刀身を紅くさせ――――る直前で踏みとどまる。

 

「(使わない方が良いよな……薫の御刀弾く時に少し力を使いすぎたし。 しかも、なにより、もう既に()()()()()()()()。)」

 

 

確認するように柄を握る右手をそのまま軽く振り、既に二度剥がされた写シを計算に入れ、あの場にいた誰かの助けを待つか、自分でどうにかするかの判断を即座に思考するが―――。

 

「(うん、だめそう。)」

 

 

上段の大振りを受け止めながら、勇人はそこまで考えて思考するのを止めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――ええ、はい。 勇人く…………藤森勇人らしき反応の刀使はお二人の元へ誘導させました、ポイントに急行してください。」

 

 

一瞬、僅かに、勇人の名を呼ぶ際に声を詰まらせた少女だったが、それも気のせいであるように振る舞い、電話を切る。

 

不気味。 と言われることが良くあった。 皐月夜見は何を考えているかわからない、戦っている姿を見たことがない。

 

 

故に不気味、と。

 

 

しかし、夜見は己の戦い方を他人には見せられない。 客観的に見て、夜見の力は、あまりにも異常過ぎるのだから。

 

「――――っ。」

 

 

鍔の無い御刀・水神切兼光(すいじんぎりかねみつ)を左腕に滑らせ、都合四度目の自傷行為を行う。

 

美しかったのだろう色白の肌に出来た赤い線から、鮮血が溢れ出す――――と言うことはなく、どういうわけか、腕から溢れたのは目玉だった。

 

 

目玉は一つ二つでは収まらず、表面張力で決壊していない水のように腕の上で膨らみ、やがてぶわっと溢れて宙に舞う。 鮮やかなオレンジを孕み、黒い骨格で閉じ込めているそれは、紛うことなき荒魂そのものだった。

 

これは勇人が真希と寿々花に鉢合わせる数分前の出来事である。 腕のジクジクと焼けるような痛みには慣れている筈なのに、どうしてか、腕を斬る度にそれとは違う痛みが走っていた。

 

 

「…………足りない。」

 

 

索敵、分断、誘導に使う荒魂の量か、はたまた荒魂の生成に伴い失った血液か。

 

或いは両方か。

 

恐らくどちらの事も指しているのだろう言葉を紡ぎ、夜見は懐からオレンジ色の液体と、気味の悪い固形が入っている、軍用の押し当てるだけでいい特殊な注射器を手に取る。

 

「――――うぁ」

 

 

首にそれを押し当てた夜見の耳に、プシュッという気の抜ける音がし、そして血管の中に喪失感が入り込んでくる。 先程まであった熱を伴う痛みが、それとは違う痛みが、無くなった。

 

――――その違う痛みが、罪悪感であるという事実も、無くなった。 急速に思考が冷めて行き、五度目の自傷を行おうとしたその時。

 

「とんでもないな、親衛隊。」

「――――貴女、は……。」

 

 

前方から聞こえてきた幼い声。

 

夜見が見やるとそこには、身の丈に合わない大太刀を担ぐ少女―――益子薫が居た。

 

「身体にノロぶちこんで、血と混ぜて荒魂を作成、か。 ぶっちゃけキモいぞそれ。」

「そうですか。」

「そっちのペットに、オレのペットが世話になったからな。 今、ちょいとキレてる。」

「……そうですか。」

 

 

語気が強い薫の声に、反して淡々とした声色の夜見は、一旦止めた五度目の自傷を行い、荒魂を生み出すと囁くように言った。

 

「戦うというのであれば、どうぞご随意(ずいい)に。 私はただ――――壊すだけです。」

 

「やってみろッ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

濁流のように木々の間を埋めつくし、流れて行く蝶型の荒魂の群れ。 木の枝に登り、流されるのを回避していたエレンは、手元のスペクトラムファインダーの表示に顔をしかめていた。

 

「おかしいデスネ…………このファインダーは折神家からの官給品、これだけの荒魂を()()()()()()()()なんてありえないのデスが……。」

 

 

ピンッと湿気った前髪の一房を指で弾くと、一息吐いて続ける。

 

「やはり折神家は真っ黒という事デスか…………もう一押し、何か証拠が欲しいのデスがねぇ。 それに、これもどう使えば良いのか。」

 

 

ほんの数分前に勇人から投げ渡された物体を手のひらの上で転がす。 それはSDカードを入れるような容器に納められた、小指の先にも満たない大きさの、楕円形の何かだった。

 

「これは恐らくイヤホン……。 大きさから見て受信しか出来ないタイプデスネ。 なら、ユートからの通信を待つしかないのデショウが……。」

 

 

不意にエレンの脳裏に甦る、勇人が荒魂群に呑まれて行方を眩ます様。 今すぐ通信が入る、という事はあるまい。

 

「――――賭けに近いデスが、きっと、この手しかありマセンねぇ。」

 

 

薫なら止めるデショウね、と付け加え、エレンは一人で小さく笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「三人とも無事かなぁ……。」

「さて、な。 それにしてもあの荒魂……勇人に固執しているように見えたが、なんだったんだ。」

「勇人さんを好きな荒魂だったとか?」

「馬鹿言え。 荒魂にそんな意思なんかあるわけ無いだろう。」

 

 

森の中にぽっかりと出来た空間、川と岩が並び水流のお陰で涼しさがあるそこに、可奈美と姫和は逃れていた。

 

咄嗟に可奈美を引っ張った事ではぐれる事無く逃れられた姫和は、可奈美の『じゃあ』という言葉に顔を向ける。

 

「ねねちゃんは、意思のない存在なのかな。」

「あれは淫獣と呼ぶんだ。 何が巨乳好きだ、馬鹿馬鹿しい……。」

「でも、ああいうのを見ちゃうと荒魂にも『欲』があるんだ~って思わない?」

「…………欲があるなら、刀使を襲う荒魂にはどんな『欲』があると言うんだ。」

 

 

うーん? と言い唸る可奈美。

 

「そこまではわからない……けど、話せる荒魂ってなんだか面白そうじゃない?」

「いいや全く。 現に折神紫がそうだろう、だが、アレが話の通じる荒魂に見えたか?」

 

「…………姫和ちゃん、会話してると最初に否定から入るからつまんない。」

「は……?」

「あとすぐ『は?』って言うよね。」

 

 

唇を尖らせ、ツンとした態度を取る可奈美。 額に青筋を浮かべる姫和は、そんな事を言っている場合では無いと叱るか思案するが、可奈美の瞳が不安で揺れている事に気付く。

 

強く、賢い刀使だったからこそ忘れていたが、この場において可奈美は13歳。 最年少だ。 姫和の記憶には残っていないが、長船の二人も15歳である。 ――――可奈美は子供なのだ。

 

 

どうしようもなく子供なのだ。

 

友人を振り切り、逃げて、逃げて、逃げた先で、今度は荒魂の濁流に呑まれる。 不安にならなければ、逆におかしい。

 

今、可奈美は煽ってでも姫和に構われたいのだ。 少しでも不安が紛れるなら、なんだって良いのだろう。 小さい頃の自分も、体が弱い母や仕事で忙しい父にこうやって構ってもらいたがったな、と。 姫和は顔を背けて笑う。

 

「くくっ、なあ、可奈美。」

「なんですかー。」

「そう拗ねるな。 なんなら、手でも繋いでやろうか?」

「…………え゛っ!?」

「私も母が居たときは、不安になると、寝る時に手を繋いでもらっていた。 暖かくて、気がついたら朝になっているんだ。」

 

 

しみじみと呟く姫和に、何とも言えない顔をして、むむむと唸り可奈美はそっぽを向いた。

 

「~~~っ! もう、早く皆を探そう!」

「子供だな。」

「ふーん!」

 

 

口では不満を漏らしながらも、可奈美の口角は上がっていた。 だが、浅い川を越えて森に向かおうかと提案した可奈美に姫和が同意した瞬間、その森の奥から木が倒れる音が断続的に響く。

 

「っ、可奈美!」

「うん、わかってる!」

 

 

素早くそれぞれが小烏丸と千鳥を抜き、構えを取る。 自分達がいる方向へと木々を薙ぎ倒しながら迫る何かは、時折、甲高い金属音を奏でた。

 

――――それが剣戟の音であると最初に理解したのは可奈美で、それに伴い鼻を突く鉄錆の臭いがすると気づいたのが、姫和だった。

 

「これ、多分、御刀を打ち合う音―――こっちに来てるの……荒魂じゃない……?」

「それに血の臭いだ、刀使なら写シを張れる筈だが……どうなっている。」

 

 

警戒心を強め、御刀を握る手にも力が入る。 やがて、バキバキと枝をへし折りながら雑木林を薙ぎ倒して、所々に赤色を纏わせ、一人の男が吹き飛び川に落ちてきた。

 

今さら『誰だ』と質問をする必要すらない。 それは勇人だった。 写シの張れる刀使でありながら、全身には致命傷とは呼ばないが、それでも刀傷だろうと判断できる線の傷を負っている。

 

 

ドボンと水飛沫を立てて落ちてきた勇人が、川の一部に赤色を交わらせた。

 

ゆらり、と。 幽鬼めいた動きで立ち上がり、膝が崩れて足首程度の深さの川底に手を突き、御刀の切っ先を底へと刺す。

 

「――――う、ぉえ。 …………傷は治せても、造血までは出来ないとか…………このポンコツ野郎め……。」

 

「勇人さん!?」

「お前は……どうしてそう、何度も人の前に吹き飛んでくるんだ……?」

 

「…………んぇ?」

 

 

呂律が回っていない声と共に、背後の大岩の上に立つ二人に虚ろな目線を向ける勇人。

 

「おー……おう、さっきぶり。 数分前なのに、もう随分会ってない気がしてた所だ。」

「さっきの荒魂にやられた訳では無さそうだな、相手は刀使だろう?」

「……ああ、そもそも、さっきの蝶々の荒魂も、人間が作ったモノだしなぁ。」

「それについては後で聞く。 お前、誰にやられたんだ?」

 

 

「――――僕さ、十条姫和。」

 

 

大岩から降りた姫和に肩を借りて立つ勇人だが、不意に聞こえてきた第三者の声に、ぞわりと怖気立った。 とても人とは思えない獰猛な気配と、冷徹な声色。

 

テーピングされた柄と鞘に加え、ジャージを羽織る姿を見て、眉を潜めながら姫和は呟いた。

 

「……獅童真希。」

「馴れ馴れしく呼ぶな。」

「一応、わたくしも居ますわよ。」

「貴女は確か……此花寿々花さん?」

 

 

可奈美の言葉に、寿々花はにこりと笑う。 しかしその瞳は冷ややかで、この場の勇人たち三人を格下だと見下していることが窺えた。

 

「いくら勇人が裏切ったとは言え、写シを張れない相手を切り刻んだのか。」

「そいつは生半可な攻撃じゃ死にはしない。 本人がそう言っていたし、事実、僕は勇人に二度致命傷を叩き込んだが見た限り治っている。」

 

 

ちらりと姫和の視線が勇人に向かう。

 

確かに、背中に斜めに斬られた痕があり、腹にも一閃、深く斬られた痕があった。 だがみみず腫のようなそれは、まばたきの間に消えてしまう。

 

「まあ、腕が取れてもくっつけたら治るし……。」

「プラモデルかお前は。」

 

 

そう言いながらも、勇人が姫和から退いて一人で立つ。 今までの数分の会話で、既にある程度の回復が出来たらしい。

 

「いい加減君と戦うのにも飽きてきた所だ、十条姫和と二人で来い。 捩じ伏せてやる。」

「やってみろ―――ッ!」

 

「では、わたくしは衛藤さんを。」

「任せるよ。」

 

「可奈美、気を付けろよ。」

「それ私が言うべきなんだと思うよ……。」

 

 

五人が御刀を握る。

 

既に写シが剥がれ落ち、体力が尽きかけた勇人。 車の構えを取る姫和。 霞の構えを取る真希。 迅移を使い可奈美に接近する寿々花。 無形の構えをして寿々花を待つ後の先の可奈美。

 

 

雨が止み、雲が晴れ、夜空が照らす川。

 

「――――おぉオッ!!」

 

 

戦いの火蓋が、獅子の咆哮を以て切り落とされる。 バチャッと水を蹴り飛ばすように踏み込んだ真希の神道無念流の上段が、二人の背後にあった大岩の表面を、豆腐のように切り裂いた。

 

 

 






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