【完結】神刀ノ巫女   作:兼六園

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潜水艦と小休止

 

 

 

『御刀を握ってみろ。』

 

 

ある時、折神紫が事務机向けていた目線を勇人に向けてそう言ってきたことがある。

 

『えっ、ああ、はい……?』

『――――()()は、なんだ。』

 

 

立ち上がり御刀を鞘から抜いた勇人に近付き、紫が指で刀身を示すと、勇人は答える。

 

『そりゃあ、刀身ですよね。』

『……ならば、()()は?』

 

 

次いで、紫は勇人の腕を指した。

 

勇人は紫の言葉の真意に気づけないまま、当然のように、当然の答えを言う。

 

『腕。』

『――――そうか。』

 

 

残念そうに呟いて、紫は勇人に続けて言う。

 

『私が何を言いたかったのか、それに気づけたその時は、真希にも、結芽にも勝てるだろう。 お前に勝つ気があるのならな。』

『……はぁ、そうですか。』

 

 

話が終わったのか、紫はそれ以降、席に戻り机の書類から目を離さなかった。

 

疑問符を浮かべながらソファに座る勇人の腰にある御刀が、鞘の中でガタガタと揺れていたことには、()()()気付いてない。

 

 

これは、親衛隊が結成されて直ぐの話。

 

勇人が御刀の危険性に気付く、少し前の話。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「っ――――か、ぁっ!?」

 

 

腹部に走る激痛。

 

勇人は病衣に包まれた体を起こし、その痛みに悶えるように元の体勢に横たわらせた。

薬品と金属の混じった匂いがする室内を目線だけで観察していると、壁際に自身の御刀が置かれていることに気付く。

 

「…………来い。」

 

 

右手をかざすと、御刀は意思を持っているかのように勇人の手に吸い込まれて収まる。 待ち構えていたような速さで蒼い輝きを放ち勇人を包み込むと、勇人の腹部の激痛はたちまち消えた。

 

腹に浮き出た不純物として体外に排斥された縫合の糸を抜き取り、完全に水神切兼光で貫かれた傷が塞がるのを確認して、糸をゴミ箱に捨てると着替えを探す。

 

「……どこだ、ここ……。」

 

 

机に置かれていたワイシャツとジーンズを拝借しつつ、ぼやけた思考を覚まそうと考え続ける。 一回りサイズが大きいことに眉を潜めるが、ベルトをキツく絞めて対処した。

 

「――――そうだ、夜見……!」

 

 

頑丈な扉を開こうとした瞬間、抜け落ちていた直前直後の記憶が戻る。 ギギギッと音を立てて開く鋼鉄製の扉を押して、勇人は廊下らしい構造の場所に出た。 そのまま宛もなくさ迷う。

 

「夜見、夜見…………よ、ヨミヨミ……? ……うご、うごごごご……。」

 

 

鋼鉄の空間――――潜水艦内で、誰とも遭遇しなかったのは、果たして幸運なのか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………はぁ。」

「姫和ちゃん、ため息つくの35回目だよ。」

「……わざわざ数えていたのか。」

 

「だって暇なんだもん。 それにしてもビックリしたね、まさかエレンさんのおじいちゃんがファインマンだったなんて……。」

「そうだな。」

 

 

勇人と夜見が互いを串刺しにした数分後、到着したボートを使い、気を失った二人を連れて遁走した四人が目にしたのは、巨大な潜水艦だったのだ。

 

そこからは慌ただしいとしか言い様がなかった。 失血死寸前の二人を大慌てで医務室に担ぎ込み、それぞれの血液型に合う輸血のパックを血管にひたすら流し込んでは、勇人の腹部――――腸に空いた穴をどうにかする手術に時間を費やした。

 

 

そして待っている間に出会ったのが、累の部屋で話をした石廊崎で待ち合わせる予定をした存在、ファインマンことエレンの祖父であるリチャード・フリードマンだった。 二人の目にはフランクなおじさん、という印象だけが残ったのだが。

 

「エレンさんと薫ちゃん、どうしてるのかな。」

「舞草の一員なんだ、親衛隊との戦いも含めて、伊豆での情報を話し合っているんだろう。」

 

 

ちらちらと、扉を見る。

 

姫和は心ここにあらず、とでも言うことが適切な顔をして、36回目のため息をつく。

 

「……勇人さんのこと、心配?」

「…………別に。」

 

「―――あの男の寝てる部屋の前うろうろしてた奴がなぁにすっとぼけてんだよ。」

「なっ―――!?」

 

 

不意打ち気味に、姫和達が使っていた寝室を開け放つ薫がそう言いながら入ってくる。 その後ろから、包帯やガーゼ、消毒液等を纏めた箱を抱えてエレンが同じように入ってきた。

 

「エレンさん、薫ちゃん!」

「……ファインマン―――いや、リチャード・フリードマン、だったか。 話は終わったのか?」

 

「ハイ! グランパも、詳しい話は舞草の拠点に到着してからにするって言ってマシタから、今はユートとヨミヨミが起きるのを待ちマショウ。」

 

 

咳払いをして話を切り換える姫和に返したエレン。 しかし、その横で不満そうに薫が声を漏らした。

 

「…………おい可奈美。」

「なに?」

「お前、なんでエレンは『さん』なのにオレを『ちゃん』付けで呼ぶんだよ。」

「だって薫ちゃん、中等部の刀使でしょ?」

「ちっげぇよ! オレはエレンと同い年の15だ!」

 

 

ダンダンと地団駄を踏んで憤慨する薫。 感覚が同期しているねねもまた、怒りを感じ取って頭の上でねねねねーっ!と鳴いている。

 

「うーん……でも、『薫さん』とかは違和感あるよ?」

「じゃあ私もエレンちゃんが良いデース!」

「じゃあ!? 今どこから『じゃあ』が出てきた!?」

「まあまあ、良いじゃないデスか。」

「うん! 改めてよろしくね、エレンちゃん、薫ちゃん!」

 

「…………確定しちまったよ。」

『ねねぇ……。』

 

 

顔を覆って項垂れる薫は、ねねに慰められながら可奈美と姫和の座るベッドの向かいに座る。 エレンは手元の箱から手当て用の道具を取り出して地べたに座った。

 

「それじゃあカナミン、私の胸に包帯巻くの手伝ってくれマセンか?」

「あぁ……皐月さんのノロに拘束されてたんだっけ。 そんなに酷いの?」

「写シを貼ってマシタからダメージは無いのデスが、それ以前の戦いでちょっとダケ、ね。」

 

 

いやあ面目ない……。 そう言いつつ申し訳なさそうに笑うエレンを相手に、可奈美は相槌を打ちながら消毒と包帯を巻くのを手伝う。

 

 

「――――なんだ、あの大きさは……。」

「エレンはなぁ……たぶん長船で一番でけぇぞ。」

「やはり外国の血が混ざっているのも、影響の一つなのだろうか。」

「かもな。 エレンはアメリカ人との子供だが、例えばロシアの女は、誰も彼もがでかいらしい。」

「…………恐ろしいな。」

 

 

エレンの胸元――――ボールでも詰めてるのかと疑ってしまう程の大きさを誇るそれを見て、二人は身体をわななかせた。

 

「ん、一番大きい?」

「……んだよ。」

「なに、一番大きいのが古波蔵なら、一番小さいのはお前なのだろうなと思ったまでだ。」

「歳下の可奈美にすらどっかのサイズが負けてる十条姫和さん、今何か言いました?」

 

「…………やる気か、チビ」

「どうしたエターナル胸ぺったん女、もしかして図星突かれちゃったか?」

「はぁ……っ!?」

 

 

軽口を言い合える相手が長船に居る薫相手に、姫和は口撃の悉くで負ける。

 

手元に小烏丸があればそのまま抜刀しているだろう剣幕を前に、薫の表情は飄々としていた。

 

「二人とも仲良くなってるね~。」

「薫もヒヨヨンも、強気な所は似てマスからねぇ。」

 

 

この二人には、いったい何が見えているのだろうか。 ワイシャツをはだけさせたエレンの胸にサラシのように包帯を巻いていた可奈美の耳に、ふと出入口の扉を開ける音が入ってきた。

 

あまりにあっけらかんとした勢いに一瞬思考が鈍るが、開けてきた相手を見て更に硬直する。

 

「…………部屋間違えた。」

 

「……あっ、はい。 お構い無く。」

 

 

言い終えるや扉を閉めようとした男――――勇人の行動を見ていた他三人の内、最初に正気を取り戻した薫が可奈美に向けて叫ぶ。

 

「馬鹿野郎、怪我人が病室抜け出してんだぞ! 閉めさせんなとっ捕まえろ!」

「――――あーっ!」

 

 

閉まる直前の扉を開け返し、その先にいた勇人に飛び付く形で引き留める。

 

「待って勇人さん、間違えてないから!」

「――――――む。」

 

 

腹に巻き付くように引っ付き背中に腕を回す可奈美に、勇人は不自然に停止した。

 

「……わかったから、一旦離れて――――いや、やっぱり離れないで……。」

「えっ……うわわっ!?」

 

 

肩を押して離そうとした勇人が、突如として可奈美にもたれ掛かる。

 

足に辛うじて力を入れて立っているだけで、可奈美に預けた体からは力が抜けきっていた。 あまりの重さに姫和へと応援を要請する可奈美が、顔を勇人の胸元に埋めながら言う。

 

「もご、ひ、姫和ちゃん! 手伝って…………重い……!」

 

「なにをやっているんだ……。」

 

 

前のめりに倒れてきた勇人を支えて、弓なりに体を反らしながら受け止めている可奈美だったが、姫和が支えるのを手伝ってなんとか勇人の体をベッドに転がすことに成功する。

 

「…………すまん、助かった。」

「急にどうしちゃったの、勇人さん。」

 

 

ぐったりとした様子で、顔色も悪い。 仰向けに横になりながら、御刀をお守りのように腹の上に置いている勇人は、掠れた声で呟いた。

 

「……カロリーが足りないんだよ。 伊豆どころか、沙耶香ちゃんと戦ってから一度も、何も口に入れてないからな……。」

 

「そもそもあの親衛隊の御刀に貫かれての傷と失血でぶっ倒れたんだから仕方ねぇだろ。 まず血を入れなきゃならんかったし、栄養は二の次だ。 お前の御刀はその辺どうにかなんねぇのか?」

 

「俺の御刀(あばれうま)が出来るのは傷と病気を癒したり、ノロを消すことだけだ。 造血や栄養補給までは流石に出来ん。」

 

 

二段ベッドの下の段で天井を見ながらそう言う勇人。 薫が「へー……」と適当に返した所で、不意に勇人はしれっと起き上がろうとする。

 

「じゃ、夜見探すからもう行くぞ。」

「は? いや、寝てろよ。」

「……俺がやれたのはノロを消した事だけで、ノロが流れて傷付く血管や腕の外傷は治せてない。 良いから退け――――」

 

「――――おい。」

 

 

さしもの薫ですら止めに入ろうとした刹那、横合いから伸びた手が勇人の肩を掴んで無理矢理ベッドに体を押し付けた。

 

「いい加減にしろ。」

「……姫和、手を離せ。」

「お前は自分を、修理すれば直る機械か何かだと思っているんじゃないか?」

 

 

咄嗟に手を伸ばしていた薫が、先程の煽り合いの事すら忘れる程にギョッとしながら腕を戻す。 姫和は怒髪天を衝く形相で勇人を見下ろし、その瞳は瞳孔が開いている。 有り体に言えば、姫和は鬼の形相で怒っていた。

 

「どうせ治せる。 どうせ死なない。 そうやって無理をしたからこうなっていると理解しているのか?」

「……分かっているさ。」

 

 

自分でもそう思い、悩んでいる。 そんな言葉が漏れて聞こえてきそうな、消え入る声で力なく答える勇人に、姫和は風船に穴が空いたように怒りが頭から抜けて行くのを感じる。

 

「どうだか…………兎に角、疲れが抜けきっていないのに皐月夜見を探し回っていたのだろう? 今は眠れ、皐月夜見もお前も死んでいないのだから、話なら後で幾らでも出来る。」

 

「……眠くないんだけど。」

「なら眠らせてやろうか。」

「寝ます。」

 

 

む、む……。 と唸りながら、まぶたを閉じた勇人だったが、ものの数分で寝息を立て始める。 呆れた顔をして、姫和と勇人が居るベッドの向かいに座り様子を見ていた薫がため息をついた。

 

「はぁ……随分とお怒りだったな、エターナル。」

「ふん。 勇人は――――こいつは、何処かがおかしかった。 出会った当初から変だと思う所があったが、今ようやくわかった。」

 

 

くかー、と浅く呼吸する勇人の、汗で張り付いた髪を脇に避けながら続ける。

 

「勇人は人助けをしないといけないと思っている。 しかしそこに、自分の安否を保証する部分が入っていないんだ。 だから勇人は、己が傷付く事を避ける選択肢を取ろうとしない。」

「自分が死んででも誰かを助けようとして、でも御刀の変な力で治るから死ぬことはない。 その繰り返しってワケか。」

 

 

うげぇ、とぼやく薫を他所に、ワイシャツを着直したエレンが顎に指を当てて一人ごちる。

 

「……そもそも、御刀に傷を癒す力があるナンて不可思議デスね。 御刀そのものが特殊能力を持った武器なわけデスから、そこから更に違う力を……なんて、あり得るのデショウか?」

 

 

尤もな言い分に三人が黙り込むが、新たに現れた第三者がエレンの言葉に答えを返した。

 

「――――それについては、実は前例というものがあるのだよ。」

「ワッツ? …………グランパ!」

 

 

快活な顔をした、眼鏡を掛けた老人。 エレンの祖父ことリチャード・フリードマンが、得意気な顔をしてそう言った。

 

「よう爺さん、もしかしてこいつ探してたのか?」

「そうだね、勇人くんが医務室から居なくなったと聞いて、片っ端から開けられた扉を辿ってきたらここに着いた訳さ。」

「えぇ……。」

 

 

フリードマンはベッドで眠る勇人をちらりと見て、起こすべきかで思案する。

 

しかし、遮るように姫和の言葉が衝いて出た。

 

「勇人を起こすのは、待ってくれませんか。」

「……どうしてだい?」

「こいつは今、疲れてるんです。 戦い続けて疲れているんです、だからもう少し待ってくれませんか。」

 

 

姫和の手――――制服の袖を、勇人は眠りながら、つまむように握っていた。

 

訴えるような目がフリードマンを見やり、僅かな間を置いて、フリードマンは肩を竦めて笑う。

 

「ハッハッハ、なら仕方がない。 伊豆の一件は聞いているからね、さぞ苦労しただろう。 暫くは休憩時間として、皆には一息ついてもらおうじゃないか。」

 

 

孫に近い年頃の娘のワガママなら、聞かないわけにもいくまい。 脳裏でそう考えつつ、フリードマンは提案する。

 

「どうだね、皐月くんは麻酔で眠っているし、彼もまだ起きないだろう。 今のうちに、四人だけでも腹ごしらえしてはどうかな?」

 

「あの……勇人さん、栄養足りてないらしいんですけど。」

 

 

おずおずと、手を挙げて言う可奈美。 問題ないよ。 そう言ってフリードマンは、扉の奥から白衣を着た男女一組を呼び出す。

 

「眠っているうちに、勇人くんには点滴を打っておこう。 つい数時間前に輸血と手術が終わったばかりの身に、食べ物は辛いだろうし、ね。」

「そうですか! ……良かった。」

 

 

ホッと胸を撫で下ろす可奈美は、薫と共に立ち上がったエレンに声をかけられる。

 

「では、ランチタイムにしまショウ!」

「もう夜だけどな。」

「うん! あ、でも姫和ちゃんは……。」

「ここに残って勇人が起きるのを待つから、私は遠慮させてもらう。」

「……そう?」

「ああ。」

 

 

腕に針を通され、チューブを使って液体を流し込まれている勇人。 点滴を吊るすスタンドをちらりと見て、姫和は続けた。

 

 

「起きたとき、誰も居ないと怖いだろう?」

 

 

それはきっと、親を喪っている姫和だからこそ言える言葉であり――――。

 

()()()()()()()()()()からこそ、姫和の行動は、正解だったのだ。

 

 

 






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