【完結】神刀ノ巫女   作:兼六園

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夢想剣と燕の夢

 

 

 

 

「あっ、は、は、は―――!!」

「っ―――!」

 

 

呼吸が途切れる。

 

汗が滲む。

 

金属が擦れ、火花が散る。

 

「っ、く、ぁっ」

「まだ、まだ、まだァ!」

 

 

突き、薙ぎ、払い、薙ぎ、薙ぎ、刺突。 師に学び、実戦と立ち合いで鍛えた剣が眼前の少女に殺到した。 当たれば必殺の刃が無数に飛び交い、受けに徹する少女の細指が握る剣に衝撃が走る。

 

白い尾を引く迅移の残光が暗闇に映え、街灯と月の薄明かりが二人を照らす。

 

「ちょっとぬるいんじゃなーい?」

「……はぁーーっ、ふぅーー。」

 

 

片や、襟に紫色が宛がわれた白い制服と白髪の少女。 片や、茶色の制服を淡紅藤(うすべにふじ)色の髪で彩る少女。 どちらも弱冠12歳でありながら、天才と謳われている刀使同士であった。

 

じっとりと頬に冷や汗を垂らし、深く呼吸をする白髪の少女―――沙耶香は、かの刀匠が造り上げた名刀である自身の御刀、妙法村正を握り直すと、相手から隠すような構えを取る。

 

「高津のおばちゃんは沙耶香ちゃんの事を親衛隊に入れたがってたけど、これじゃおにーさんの方がまだマシだと思うよ。」

 

 

まばたきの瞬間、ほんの刹那の時間に出来たまぶたで塞がれた視界を利用して踏み込む結芽。 戦う意志が薄い沙耶香は、不意のそれを受け止めきれず、御刀を振り抜いた結芽に吹き飛ばされる。

 

「……やる気あるの? 無いならもう、鎌府に戻る時間だよね――――!」

 

 

振り上げられた御刀の刃が、街灯を反射し妖しく光る。 そのまま振り下ろされれば、沙耶香の写シを剥がし無力化出来るだろう。

 

御刀の凶刃から逃れようと、沙耶香は無意識にまぶたを閉じる。 しかし、遅れて聞こえてきたのは自身の写シを切り裂く音ではなく、御刀同士がぶつかり合う金属音だった。

 

「――――せぇあッ!!」

「おっとっとぉ……!」

 

 

どこか優しい、聞き覚えのある声。 あまり得意ではない八幡力をも利用した一撃が、ニッカリ青江を押し返した。

 

即座に結芽の御刀を押し返した自身の得物を鞘に納め、深く腰を落として半身を左にねじり、静かに親指で鯉口を切る。

 

「―――シィッ!」

 

 

結芽の前に立ち、沙耶香との間に割り込んだ者は、制服を揺らして刹那の内に抜刀した。 抜き放たれた御刀は浅い角度で左下から右上へと流れ、一切の油断なく首を切り落とす一閃を生み出したが、結芽もまた余裕の動きでそれを避ける。

 

「……あれぇ~? 舞衣おねーさんじゃん、何でこんなとこに居るの?」

「舞衣……!? ど、うし、て……。」

「ごめんね、遅くなっちゃって。 この辺りのコンビニ、全部見て回ってたから。」

 

 

摺り足で背後の地面に倒れている沙耶香に近付き、隣に立つ。 右手で御刀・孫六兼元を握り、左手を沙耶香に伸ばして掴ませ立たせる。

 

「……なんで、探したの……?」

「……ふふ、だって沙耶香ちゃん、助けてほしそうだったんだもの。 電話は途中で切れちゃったけど、言わなくてもわかるよ。」

 

 

弱々しく自身の手を掴む沙耶香の手を強く握り、結芽から遮るように後ろに立たせ、つまらなそうにしながらも律儀に話が終わるのを待っている結芽から目線を外さず続けた。

 

「私の妹もね、沙耶香ちゃんみたいに素直に助けてって言えないの。 でも分かっちゃうんだ、だって私は、お姉ちゃんだから。

 

……きっと藤森さん、こうなるって知ってたのかもしれない。」

 

 

それは沙耶香に危機が訪れることか、結芽とこうなってしまう事か。 或いは両方なのだろう、暇そうに鞘のストラップを指で弄る結芽は、退屈な顔でため息をついてから御刀・ニッカリ青江を星眼に構え水平に向ける。

 

「ねー、もう良いでしょ。 めんどくさいから二人まとめて来なよ、それでも勝つけど。」

 

「沙耶香ちゃん、戦える?」

「…………私は……。」

 

 

地面に落とした御刀・妙法村正を拾い上げ、写シを張る。 舞衣にそう問われたとき、不意に可奈美の言葉を想起した。

 

「……『魂の込もってない剣じゃ、何も斬れない。』 私には、何もなかった。 何も込めていなかった。 このままじゃ、舞衣も守れない。」

 

 

ふつふつと、心臓という名の炉心に火が点るのを感じる。 沙耶香はただただ、『何か』になりたいと思った。 そして、閉じられたまぶたが開くと、ぼんやりと薄明かりの下に桃色が灯る。

 

「なぁんだ、結局使うんだ。」

「沙耶香ちゃん……?」

「無念無想。 この力を、私の意思で使う。 燕結芽―――貴女に勝つ為に。」

 

 

無念無想―――――自己催眠で無心状態に陥らせる技能を使いながらも、沙耶香の思考は不思議とクリアになっていた。

 

ぼやけたまま剣を振るうあの感覚ではない、寧ろ爽快とさえ言える状態。

 

 

何も思わない『無想』とは違う。

 

どちらかと言えば、夢の中に居るような、自分を見下ろす俯瞰の視点。

 

 

自信満々の獰猛な笑みを浮かべる結芽に対し、舞衣の横に立つと、沙耶香は『夢想』のなか、剣を握って凛と佇み結芽を見た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

刀使の能力には、攻撃と防御用以外の能力が存在している。

その二つが、明眼(みょうがん)透覚(とうかく)である。

 

そして、舞衣は珍しくも、中学二年でありながらその二つを高い精度で扱えた。

 

明眼による熱探知で筋肉が稼働し熱を持つ部位を見定め、透覚による集音で御刀が空気を裂く音を耳に拾わせる。

 

そうした要素を組み合わせた擬似的な予見を以て、舞衣は沙耶香と共に、結芽の攻撃を二人掛かりで辛うじて凌げていた。

 

 

 

――――辛うじて、である。

 

「―――あは。」

 

 

沙耶香が一歩前に出て、結芽と剣戟を結ぶ。 チリ、と脳裏を焼く痛みに眉間を歪めながらも、舞衣はそんな二人に追いつこうと迅移を行う。

 

結芽から見たら、二人はがむしゃらに自分と戦おうとしているように見えるだろうが、結芽の――――親衛隊の強さを知っている以上、なんの策もない戦いを舞衣が行うわけもなかった。

 

 

徐々に徐々に、自分が街灯の明かりも届かない神社の鳥居の奥へと誘われていることに気付いていない。 舞衣が自身の印象を残らせないよう、沙耶香のサポートに徹していることに気付かない。

 

「っ……。」

 

 

チリ、と脳裏が焼けるような痛みが走る。

 

ただでさえ集中力を必要とする明眼と透覚の同時使用を戦いながら実行する、というのは無茶なのだろう。

 

しかし、それは沙耶香を見捨て戦いをやめる理由には決してならない。 結芽から一歩下がる沙耶香と入れ替わり前に出る舞衣は腰を緩く曲げた低い前屈みのまま躍り出ると、自身の体を利用して隠していた御刀による居合を試みる。

 

「―――せァ!」

「二度も通じるわけ、無いじゃんっ!」

「そう、かな……?」

 

 

難なく避ける結芽の眼前を過ぎ去る舞衣の御刀は、初撃の軌跡をなぞるように逆袈裟斬りで結芽に食らいつき、返す刀で下から上へと垂直に振り上げられる。

三撃目の切っ先が写シで守られた制服を浅く掠め、さしもの結芽でも目を見開いた。

 

「……けっこーやるじゃん。」

 

 

余裕のあった笑みが消え、されど不敵に二人を見やる。 明眼と透覚の同時使用で疲労が溜まっている舞衣と、『無念無想』と同じ方法だがどこか違う技能にまだ慣れていない沙耶香。

 

ほとんど無傷の結芽が優勢である事に変わりはない事実が、あまりにも無慈悲であった。

 

「おねーさんも結構やる人みたいでびっくりしたよ~。 もう一人の方の逃げたおねーさんがダントツで強かったから無視してたけど、ちょっと馬鹿にできないかも。 だからもう手加減しないけど……いいよね?」

 

「―――しまっ、つぅっ……!?」

 

 

刹那の内に胸に突き刺さるニッカリ青江の刀身が、舞衣の発動しようとした明眼と透覚を中断させた。 写シにより軽減された刺突の痛みは無視できるものではなく、そのまま跳ねるように跳躍した結芽の前蹴りで地面を転がる。

 

「舞衣!」

「沙耶香ちゃんは後!」

 

「速い……がっ!?」

 

 

転がった勢いのまま立ち上がり、結芽が立っていた方に御刀を構えるが、体を撫でる斬撃は背後から発生する。 二段階以上の迅移を行える筈の沙耶香ですら追えない速度の動きで、結芽は舞衣の全身を切り刻んだ。

 

写シを維持できない程に切り払われ、疲労が積み重なり舞衣はとうとう膝を突く。

 

 

呼吸を荒くしてなんとか意識を保つ舞衣を一瞥した結芽は、攻撃的な動きで横合いから割り込みつつ結芽へと仕掛ける、桃色の虹彩を輝かせる沙耶香の村正を受け止める。

 

「燕結芽……っ!!」

「あは、良いよ良いよ……沙耶香ちゃん!」

 

 

舞衣を巻き込まないように結芽を後方へと御刀で弾き飛ばし、迅移で追いかける沙耶香。

 

考えながら戦うという慣れない事を即興でしなければならない現状、沙耶香の勝ち目は正直に言うと薄い。 だが舞衣の尽力を無駄に出来ず、負ければ鎌府に戻らされる事は必然だった。

 

 

徐々に暗がりに追いやられる結芽を見て、舞衣は写シを張らないまま暗さを利用して側面に回る。 たかが数回、ほんの数分顔を合わせて会話した程度の間柄だが、舞衣は結芽の強さに反した未熟さを見抜いていた。

 

結芽は強さを見せつけることに固執している。 故に、あくまでも殺そうとしている訳ではないのだ。 これで相手が獅童真希であったなら、容赦なく切り捨てられていたことだろう。

 

 

つまり、付け入る隙がある。

 

 

偶然にも蛍光灯が切れた街灯まで下がらされた結芽は、村正とぶつかり甲高い金属音を奏でるニッカリ青江を星眼に構え直し、手の甲に汗が跳ねる沙耶香に肉薄する。

 

しかし、不意に横から割り込む気配に振り向き、それが舞衣であると理解するや、結芽は呆れたようにため息をついた。

 

「また居合? 三回も通じると思って――」

 

 

二度目の写シを剥がし、沙耶香との戦いに集中しようと気だるげに意識を向けた結芽の視線の先に居た舞衣は、写シを張っていなかった。

 

咄嗟に振り上げたニッカリ青江を振り下ろすのをやめた結芽の躊躇いが生んだ明確な隙を前に、改めて二度目の写シを張った舞衣は御刀・孫六兼元を鞘から抜き放つ。

 

 

白く発光する幽体が照らす肉体に携えられた鞘を固定する器具に、鞘が納まっていないことに結芽が気付いた頃には、孫六兼元の一閃を身をよじる事で避けた結芽の脇腹に、同時に振り抜かれた逆手持ちの鞘が鈍い音を立ててめり込んだ。

 

「ぁが」

 

 

そして反射的に振り下ろしたニッカリ青江が舞衣の肩を袈裟斬りに裂いてその写シを剥がすのと、背後から飛び上がりながら落下の勢いを加えた沙耶香が村正を振るうのは同時であった。

 

「はぁああ――――ッ!」

「っ……舐めるなぁッ!」

 

 

右脇腹――すなわち肝臓を鞘で殴られる未知の体験と鈍痛に一瞬視界に星が散らばるが、結芽は振るったニッカリ青江を器用に反転させると、その身をも反転させ沙耶香の胴体を両断する。

 

「つ、ぁっ!?」

「沙耶香ちゃん……!」

「…………ふぅーーーっ」

 

 

写シが剥がれ地面を転がり、舞衣の傍らまで墜落する沙耶香。 それでも尚、二人の健闘は結芽の幽体から左腕を奪うという結果を残した。

 

写シを解除して五体満足に戻った結芽のニッカリ青江が、ゆらりと二人に向けられる。

 

「――――何をしている、燕結芽。」

 

 

だがその行動を止めたのは、背後の街灯の下から聞こえてきた、高津雪那の声だった。

 

 






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