カツカツとヒールを鳴らして歩み寄る高津雪那を前にして、結芽の口から重苦しい、面倒くさそうにするため息がついて出た。
「お前は下がっていろ」
「はいはい、わかりましたよ~っ」
ニッカリ青江を鞘に納め、帯刀用の固定器具を使い背中に合わせて垂直に立てる。雪那と沙耶香たちの間に居た結芽は、その場から三人の間に立ちつつ距離を取った。
「沙耶香、おいたは終わり。帰るわよ」
「────嫌、です」
「……なんですって?」
自分の言うことなら何だって聞いてきた沙耶香の明確な否定。雪那は眉をひそめると、小さくため息をついてから返した。
「……続けろ」
「──私は、ずっと、高津学長に言われるがままに剣を振ってきた。何も考えないのは、何も想わないのは楽だった。だけど、衛藤可奈美たちと戦って、燕結芽と戦って、胸に熱いものが灯って────」
これを、無くしたくない。そう言った沙耶香の穏やかな笑みを見て、雪那はただ、そうか──と呟いてから間を置いて続ける。
「ならば、好きにしろ」
「…………えっ?」
「紫様の剣となる者に余計な感情など不要。戻りたくないというのなら、帰ってこなくて結構。ただし分かっているわね」
沙耶香の隣の舞衣を一瞥し、雪那は言う。
「私の元を去るということは、自分の責任を自分で背負うということになる。私はもう貴女を守れません。そのうえで尚考えを改めないのなら、さっさと何処へでも行きなさい」
「え、あっ……」
言うだけ言い終え、来た道を引き返すように歩き去る雪那を見て、見られておらず意味がないと分かっていながらも、沙耶香は腰を折って頭を下げた。
「──お世話になりました」
「沙耶香ちゃん……」
その背中を擦り、雪那の背中を見送る舞衣は、横合いから近付いてくる結芽に意識を向けて警戒心を露にする。
「いやぁ、意外だったね~。 私も飽きちゃったし、そろそろ帰ろっかな」
「……燕さん」
「ああそうだ、舞衣おねーさん。もしもおにーさんに会ったら伝えてくれない? 『これで貸し借り無しだ』って」
「えっ……?」
聞き返そうとした舞衣から離れ、雪那を追いスキップをする結芽。長いようで短い、少女たちの闇夜の激闘は、こうして静かに幕を下ろした。
鋪装された石畳を歩く雪那と並んで歩みを進める結芽は、あっけらかんとした態度で雪那に言い放つ。
「おばちゃんが沙耶香ちゃんに構ってたのってさ、ほんとに紫様の剣にするためだけだったの?」
「────何が言いたい」
「ほんとは、他のわるーい大人に騙されないか心配だったんじゃない? だって、沙耶香ちゃんっていつもポケーっとしてるから」
その言葉に、雪那は一瞬、ピタリと動きを止める。その脳裏にふと、二十年前に見た折神紫の後ろ姿を思い返す。
高津雪那は折神紫のカリスマ性に惹かれていた。そして自分よりも遥かに才の有る刀使に、更には折神紫の付き人に嫉妬していた。
──きっと、成りたかったのだろう。そんな二人のような強く賢く優しい刀使に、成りたかったのだろう。
だが結局、糸見沙耶香をそんな二人の代わりに側に置かせたところで、側に居るのは雪那ではなく沙耶香だ。──今になって、そんな簡単なことに雪那は気付いた。
「────私は、何をしていたのだろうな」
「……おばちゃんなんか言った?」
──さあ、な。そう言って、雪那は足早に立ち去る。結芽が追い掛ける頃には、視界の端から光が上り始めていた。
◆
「──舞衣ちゃーん!」
伊豆某所。舞草の拠点として使われている里のとある道に停められた黒塗りの車から、二人の少女が降りてきた。坂道を駆け降りてその内の一人に勢いよく抱きついた衛藤可奈美は、友人──柳瀬舞衣との再開を果たす。
「可奈美ちゃん! 久しぶり、だね」
「うん! あ、沙耶香ちゃんも来てくれたんだ! 嬉しいよーっ」
「……うん」
沙耶香の両手を掴み、大袈裟に握手を交わす可奈美。後から遅れてやって来た姫和と勇人が、舞衣と沙耶香の下に現れた。
「いやはや、まるで何ヵ月も潜水艦に押し込まれていた気分だな」
「確かに閉鎖空間では時間の感覚が狂うが、それはいささか盛りすぎだ」
肩を押さえながら首を鳴らす勇人と、指摘する姫和は、舞衣と沙耶香にじゃれつく可奈美を見て苦笑をこぼす。
「久しぶり。二人とも元気だった?」
「藤森さん、お久しぶりです」
「藤森勇人……十条姫和……」
「累さんの家以来か。 大変だったそうだな」
可奈美を引き剥がして勇人に会釈する舞衣。沙耶香は相変わらずの無表情のまま二人を見ると、小さい声で勇人へと言い放つ。
「……ん。燕結芽と戦った」
「えぇー、あぁ……まあ、予想はしてたよ。怪我は無い? あいつ、ハイになると手加減しないからさ」
「いえ……私も沙耶香ちゃんも無事です。でも、燕さんが藤森さんに伝えてほしいことがあると言っていました」
珍しいな……と呟いて、勇人は舞衣に向き直ると聞き入る体勢に入る。
「──で、結芽はなんて?」
「これで貸し借り無しだ、と」
「貸し借り……ふうん、そういうこと。二人とも
舞衣たちの頭に浮かぶ疑問符と首をかしげる動きに答えようとした勇人と、それを見ていた可奈美と姫和の後ろから、更に数人現れた。それはねねを頭に乗せた薫とエレン。そして、舞衣たちからすれば敵側である筈の皐月夜見だった。
「ウェルカーム、我々舞草はお二人を歓迎しマース!」
「おーっす」
「……こんにちは。柳瀬さん、糸見さん」
「っ──親衛隊の、皐月さん……!?」
丁寧に腰を折って会釈する夜見に、舞衣は反射的に御刀を引き抜こうとする。──が、間に割り込んだ勇人が慌ててそれを止めた。
「タンマタンマ、夜見は敵じゃないんだ──けど、情報量的に一言だと説明できない」
「ご安心を。私は勇人くんの味方ですので」
「ユートの、と断言する辺り
クツクツと笑うエレンが、咳払いを一つに視線を集めると、指を立てて笑みを浮かべて言う。
「さ、さ。立ち話もなんデスから、皆さんを泊めるつもりでもある奥の家に向かいマショウ! 是非とも会わせたい人もいるのでネ」
「会わせたい人って?」
可奈美の問いに、ウィンクで答える。
「それは会ってからのお楽しみデスよ」
◆
「──頭が爆発しそうだ」
畳張りの和室に座る勇人は、眉間を指で押さえながらも眼前の女性から語られた事の発端の全容をなんとか噛み砕こうとしている。
「あの、大丈夫ですか? まだ貴方に関するお話を残しているのですが……」
「んおぉ……大丈夫です、はい」
二十年前に起きた相模湾岸大災厄の真実。十条姫和と衛藤可奈美の母親の真実。折神紫の正体。──そして、タギツヒメという大荒魂。
数十分から一時間、女性の口から放たれた言葉の数々は、勇人やその後ろに居る少女たちを混乱させるには充分だった。
眉間を揉んで深くため息をついた勇人は、話題を切り替えるように女性の名を呼ぶ。
「それで
傍らに置かれた夜空のような色合いの鞘に納められた御刀を指で突く。朱音と呼ばれた女性──折神朱音は、勇人の声に肯定する。
「えぇ。ですがそれを語るには、先ずは藤森勇人さんと──
あの事件。この言葉にピンとこない姫和たち少女等だが、勇人の斜め後方で座る夜見だけがびくりと正座のまま体を震わせる。
「あの事件……とは、なんのことを言っているんだ?」
「──十年前に秋田で起きた猟奇殺人事件」
姫和の問いに、勇人はあっけらかんとした口調で答える。振り返らないまま、申し訳なさそうにする朱音を見据えながら。
「は……?」
「十年前、秋田の孤児院──今は保護施設って呼ぶものか。まあ孤児院で統一させてもらうが、ある時そこにいた十一人の孤児と、四人のスタッフが、たった数時間でなにかに殺されたんだよ」
秋田
「なにか──犯人は、人じゃないの?」
おずおずと、可奈美が更に問う。ふっ、と。勇人が鼻で笑ったのを可奈美だけが耳にした。
「死体はバラバラ、壁には大きな傷、机や棚は粉々。まるで荒魂の仕業のようだったのに、荒魂の目撃情報は愚かスペクトラム計の反応も無かったそうだ」
「お前、詳しいな。まるで──」
「当事者みたい……か?」
薫の代わりに、精神が繋がっている頭上のねねが驚いた。勇人の静かな声色の裏で渦巻く激情に呼応して、御刀が畳の上でガタガタと揺れる。
小さくため息をつく朱音は、一息置いてから言った。
「藤森勇人さんは、藤森某が経営していた孤児院で暮らしていた十二人居た孤児の内の一人です。当事者みたい、ではなく──彼は当事者にして被害者だったのですよ」
「俺は先生と一緒に外に出ていたから被害を免れたがな。あれからもう十年か……ああ、また本筋からずれる。朱音様、あの事件とこの御刀に、結局どういう関係があるんですか?」
あ、と思い出したように朱音は声を上げる。
「……すみません。ですが、その、これを伝えたら、勇人さんが困惑すると思い……」
「どういうことですか」
目線を右往左往させる朱音。やがて決心したかのように深く息を吸い、勇人の目を見て言った。
「──その御刀を貴方の手に渡るよう私に手を回させたのが、孤児院の院長であり貴方の父親代わりでもあった藤森先生だったのです」
「…………は?」
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