【完結】神刀ノ巫女   作:兼六園

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御刀の真実

 

 

 ピリ、と空気が振動したような気がした。それは怒りの含まれた疑問。唐突に突き付けられた言葉に噛み付かぬよう、勇人はあぐらをかいた膝の上に置いた手を強く握り締める。

 

「──先生が、俺に御刀(こいつ)を?」

「はい」

「……折神家と、関係があったんですね」

「……はい」

 

 

 よりにもよって。そう呟く勇人の小声が静かな和室に響き、びくりと朱音がその身を震わせた。

 

「聞かせてください、俺はまだ冷静です」

「──藤森さんと我々の関係と、その御刀の話は、一つに収束します。ですが先ずは、御刀のことは置いて話をします」

「……構いません」

 

 

 一文字に口をつぐむ勇人だが、その口角は僅かに痙攣していた。カッと湧いた激情を押さえ込もうとして、更には呼応した御刀が傍らで揺れ動く。

 

「──始まりは、私と姉が母から聞かされた事が発端でした。母が数十年前に現役の刀使だった頃、秋田に赴いた際の任務で些細なミスから怪我をしてしまったらしいのです

 

 その時に怪我を診てくれたのが若い頃の藤森さんでした。藤森さんは父が経営していた孤児院を引き継いだ直後だったようで、それから藤森さんと母は友人になりました

 

 孤児院が経営難と知った母は藤森さん達への恩返しを兼ねて、最低限の金銭面での援助をしたらしく──それは私たちが刀使となり姉と篝さんの三人で向かった時も続いていました……」

 

 

 懐かしむようにしみじみと、朱音は優しい声色で語った。その声は勇人を落ち着かせるには充分であり、緩んだ目尻は朱音をも落ち着かせる。

 

「──私たちが向かったのは二十年前、相模湾岸大災厄の少し前の時期でしたから、当然ですが勇人さんはまだ産まれていませんね。

 母は藤森さんを『意外と頑固だ』と言っていましたが、歳を取れば性格も変わるのか、そこまで頑固には見えませんでした。

 

 ですが、あの孤児院で暮らしていた子供たちは楽しそうで──ちょうど引き取りに来たらしい人も、藤森さんが見極めているのか優しい方ばかりでした。しかしそれも十年後──今から十年前、あの事件が起きるまではの話です」

 

 

 相模湾岸大災厄が鎮まってから十年。朱音が大人になり、折神紫が当主となった後に起きた孤児院での虐殺事件。

 

「藤森さんと勇人さんを除くスタッフと保護されていた孤児の全員を殺害される事件は、恐らく調べればネットにも載っているでしょう。そこから数年後に藤森さんが持病で倒れて入院し、数日経ったある日──連絡が来ました」

 

「先生から?」

 

「はい。なにかあったときに折神家を頼るよう母に言われていたようで、貴方を折神家に預けたいという旨の相談を姉にしたらしいのですが──」

 

 

 ああ──と勇人は納得したように言う。御刀と適合したことが判明した直後に折神家が自分を匿った事に合点がいったのだろう。

 だが、次の朱音の言葉が勇人を更に混乱させた。

 

 

「姫和さんに手紙を送るよりも前、勇人さんが中学に上がる直前にこう言われました。

 ──折神家の蔵にある五振りの御刀の内、かつて妖刀と呼ばれていたモノを勇人さんの通う中学校に届くよう手回しして欲しいと」

 

 

 全員の目線が、自然と勇人の傍らに置かれた御刀に向く。夜空を押し込めたような、星の散らばる濃紺の鞘とそれに反した純白の柄。

 

 荒魂からノロを奪い取れて且つ人の傷を治せる御刀を、まさか妖刀と呼ぶのかと。その力を使うことが多い勇人や実際にノロを奪われた夜見は、朱音の言葉を信じられないでいる。

 

「妖刀……? なんで先生がそんな事を、そもそもなぜ俺と適合すると知って……」

 

 

 ギチ、と握り拳を作る指の骨を軋ませる。

 

「落ち着いてください。残念ながらその真意を知る人が誰も居ない以上、私は貴方に知ることを語ることしかできません。 ──話を続けても?」

 

「──続けてください」

 

 

 ふぅと深呼吸を挟む勇人が朱音を見る。その瞳に反射する勇人の顔は、酷いものだった。

 

「藤森さんは姉が姉ではない、違うなにかが折神紫の振りをしている事を、ある時姉が映ったテレビの映像から判別したようで……災厄の以前に渡した連絡先を通じて私に電話してきたみたいでした

 

 警視庁への出向中の隙を突いて折神家に戻った私は、その代の当主しか立ち入ることを許されていない蔵に侵入し──五振りの御刀を見つけたのです。その内の一つが……」

 

 

 これか。小さく言いながら、勇人の左手が御刀を掴む。こくりと頷いた朱音は尚も続ける。

 

「勇人さんの御刀は、それを打った刀匠が四振りの御刀を拵えた後の一品でして……何故その御刀が勇人さんと繋がってしまったのか、という謎に関しては分かりかねます

 しかしあの断言から察するに、それが貴方の力になることはわかっていたようです」

 

「……そうですか」

 

 

 時計の針の動く音だけが響く。朱音が藤森と折神の関係についての話を一旦終わらせると、今度は勇人の御刀の話題に切り替えようとするのだが──

 

「勇人さんの御刀についてなのですが、その──あまり人前では話せないと言いますか……話しづらいと言いますか」

「それはまたどうして」

 

 

 仕方ないとでも言いたげに深く呼吸を挟むと、朱音は勇人を見てハッキリと告げる。

 

「……その御刀は刀匠──星月式(ほしづきしき)が人を殺める為に打ち、怨嗟を込めて振るい続けたことで、妖刀へと変異した御刀だからです」

 

 

 瞬間、刀使たちの時間が止まった。

 

 

 

 

 

 ◆

 

 その日は忙しく、珠鋼という特殊な金属を用いた御刀とかいう稀有な刀数日掛けてを打ち終えたのち、荒魂なる怪物を斬り払う剣士を育てている神社に奉納する用事があった。

 

 刀匠・星月式は一人娘が待っている家に歩を進め、やがてたどり着き玄関を開けようとした。そして簡単に開いた事に違和感を覚える。

 

 

 護身用の脇差を懐から抜いた式が中に入ると、そこに居たのは────娘だったモノであった。

 

 はだけた着物に嗅いだことのある異臭。保管していた売り物の刀が幾つか無くなっており、泥が草履の形として残っている。

 

 

 ──盗人が家に居た娘を辱しめ、あまつさえ殺し、終いには刀を盗んでいったのだろう。光の無い瞳が天井を映し、見下ろす式が映ると、その頬には赤い雫が垂れていた。

 

 鬼の形相で血涙を流す式は踵を返すと草履のまま床を踏み、部屋の奥から余った珠鋼と、昔近辺に落ちてきたとされる月の欠片なる胡散臭い金属を繋ぎとして持ち出してくる。

 

 娘だったモノを再度見下ろす式の顔は怒りを通り越して虚無と化し、ただただ、盗人への殺意だけが満ちていた。

 

 

 ──それから一時間程で、式の家から金属を打つ音が響いていた。なんてことはない、いつも通りの仕事の一つ。

 強いて違うことを挙げるとするならば、その刀は歪だった。

 

 

 半端な量の珠鋼に月の欠片──隕鉄を混ぜ、更には砕いた骨を混入させていたのだ。肉を燃やし、骨を混ぜ、珠鋼と隕鉄の合金を無言で打ち続ける。徐々に刀身の形となって行くそれを、式は仕上げに血で冷やした。

 

 

 ボコボコと熱で泡立つ血の池で出来上がる一本の刃は妖しく輝き、式は淡々と刀身を柄や鍔と組み合わせ、一つの刀にする。

 

 刀身が反射する式の顔に、人としての情などは欠片も残っていなかった。

 

 

 

 

 ◆

 

 

「──これが、その御刀……妖刀・贄磔(にえのはりつけ)が誕生した経緯です」

 

 

 その場の空気が、重く沈んでいる。勇人の背後で話を聞いていた少女達は顔色を悪くし、勇人でさえ眉をひそめて不快感を露にしていた。

 

「……こいつにそんな仰々しい名前があったとは思いませんでしたよ。俺からしたら、これは傷を癒すへんな御刀ですから」

 

「傷を癒す力があるのは、恐らく珠鋼と共に使った月の欠片……正確には月の隕鉄なのですが、それを混ぜたからでしょう。月の魔力──なんて言葉がある通り、月には不可思議な力が存在します」

 

 

 まあ、引力等のあれこれが原因なのですが。と茶化しながらも、式と妖刀の話をした本人の朱音もまた気分を悪そうにしている。

 

「私は妖刀(それ)を、勝手ながら『神刀』と呼んでいますけどね」

 

「さいで。 ……それにしても、随分と詳しいですね。星月式の過去をどうしてそんなにも知っているんですか?」

 

 

 勇人の言葉に、数拍置いてから返した。

 

「それは簡単です。先程の話に出てきた神社の管理者が、折神家の人間だったからですよ。蔵に妖……神刀と共に保管されていた他の四振りこそが、星月式の打った御刀・四季四刀(しきしとう)なのですから」

 

 

 あっけらかんと言い、朱音は咳払いをしてから尚も語る。

 

「……話を戻しますが、星月式はかつてその御刀を利用して、娘を殺めた盗人を探し求め──遂に復讐を成し遂げました。

 ですが問題はそこからです。式は御刀が持つ力に溺れ、娘が亡くなった事も相まって自暴自棄になり、ある時人斬りに堕ちました」

 

 

 そう言い終えると、朱音は懐から古ぼけた一冊の本を取り出す。パラパラと捲り、あるページを見ながら続けた。

 

「星月式の事は、当時の折神の人間が書いたこの本に記されています。しかし同時に、これを読み解いて行く過程で恐ろしい事実を知ってしまったのです」

 

「それは、どのような……?」

 

「式は御刀だけに限らず、力と長い命を求めました。皆さんにはこう言えば分かるでしょうか」

 

 

 

 ──星月式は、ノロを求めたのです。

 

 

 

 ハッと息を呑む音が、背後から聞こえた。勇人もまた真意を悟って目尻が強張り、無意識に妖刀であり神刀でもある二律背反の御刀の鞘を握り締めていた。

 

「……敵はタギツヒメだけではありません。星月式は今もまだこの世に荒魂として存在し、姿を誰にも見せずに当時からずっと生きているのです」

 

 






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