「ふーん、ふふんふーんっ」
「まあご機嫌ですこと」
同じ親衛隊のお嬢様の口調を真似しながらも、勇人の顔色は普通だった。
決勝戦の会場、正殿の周囲を歩く二人だが、先行してスキップを刻む結芽の背中を追って歩く様は、どこか犬の散歩に見えなくもない。
「みっけ、
「へ? ……うわわっ!」
「あーあー、やんちゃなんだからなぁもう。怒られるの俺なんだぞ……」
目的の人物を見付けた結芽が、走り寄って背中に飛び乗る勢いで突撃する。
飛び付かれた少女──衛藤可奈美は、いたずらっ子のような顔でにんまりと笑う結芽に背後を取られて困惑していた。
「貴女は……親衛隊……?」
「おっ居合のおねーさんも居るじゃ~ん」
「そ、そろそろ降りてくれないかな?」
「こら」
「あうっ」
背中にへばりつかれておんぶのような姿勢を取らされている可奈美から、結芽を剥がしつつ襟首を掴んで持ち上げる。
「まったく……いやぁ悪いね、うちのじゃじゃ馬が。準決勝の二人のアレを見て興味持っちゃってさ」
「あ、親衛隊の人と上で見てた人!」
「すごい覚えられ方だな」
可奈美は結芽を猫の首をつまんで持ち上げるようにしている勇人との──その腰に帯刀用の器具を取り付け、背中へと縦に備え付けている御刀に興味を向けた。
夜空を押し込めたような黒の混ざった濃い紺色に、星のように白と金の粒が散らばった鞘と、汚れ一つ無い純白の柄。
美術品として展示されているモノをそのまま持ち出した、と言われれば信じてしまえる程に、その御刀は美しかった。
「えっと、ところでお二人は……」
「ああごめんごめん。俺は藤森勇人で、こっちの生意気な小娘が燕結芽。そっちは舞衣ちゃんと可奈美ちゃんだよね?」
「はい。あの、勇人さん! 御刀はなんて銘なんですか? 流派は!?」
「おぉう」
本来なら先ず存在しない唯一無二だろう男の刀使に、可奈美はぐいぐいと近寄り興味津々で聞いてくる。
結芽を持ち上げたまま後退りする勇人は、舞衣に落ち着けられている可奈美に対して一つづつ答えた。
「あー、名前は実は無いんだ。いわゆる無銘だよ。それと流派も特に無くてね、親衛隊同士での立ち会いで鍛えた我流になるかな」
「ふふっ。我流なんてカッコつけてるけど、おにーさんって私とか真希おねーさんに勝ったこと無いじゃん」
「えっ……そうなんですか?」
「そうなんだよねぇ、俺って弱いの」
そう言ってカラカラと笑う勇人。
呆れながらも勇人の手から逃れた結芽は、舞衣の敷いたものなのだろうレジャーシートの上で立ち上がっていた可奈美に近寄ると、その両手を握って爛々とした眼差しを向ける。
「だからさっ、えっと……可奈美おねーさんだっけ? 私と立ち会いしようよ! 試合が終わってからで良いからさ」
「へっ!? ──ほんと? 是非お願い、結芽ちゃん!」
「んふふ、私って親衛隊最強だからさ~。可奈美おねーさんくらい強そうじゃないとやる気でないんだよねぇ」
舞衣と勇人を余所に勝手に指切りまで済ませてしまった二人に、勇人が代表して舞衣に謝った。
「……なんかごめんね」
「いえそんな、こちらこそすみません……」
売り言葉に買い言葉で謝罪を繰り返す二人を見て、またもいたずらっ子のような顔をすると、結芽は舞衣に言う。
「──そうだ、居合のおねーさんも一緒にやろうよ! 楽しいよ?」
「共犯者を増やそうとするんじゃありません」
「えー! いーじゃん減るもんじゃないし!」
「そうだよ舞衣ちゃん、やろうよ!」
「えっ……えぇ……?」
結芽の提案に、先の同校対決の悲劇は何処へやら。可奈美はその双眸を輝かせ、結芽と共に舞衣に迫る。勇人はそれを見て同情していた。
大の剣術好きと、大の戦闘好きが合わさればどうなるか。そんな簡単な計算すら出来なかった勇人の不用意さか招いた混沌を、決勝の準備を知らせるチャイムと放送が救う。
「おっと、もう時間だからそろそろ戻らないとな。よし行くぞ結芽、真希にどやされる」
「えっ!? ちょっと! まだ居合のおねーさんとの約束してない!」
「舞衣ちゃんね。それじゃ、決勝頑張れよ」
「居合……じゃなくて舞衣おねーさーん!?」
これ幸いと結芽を引き摺り走り去る勇人。舞衣と可奈美は、過ぎ去った嵐を見ているかのように、その背中を見送っていた。
「……可奈美ちゃんも、準備しなきゃね」
「そ、そうだね……」
◆
「──御前試合が終わったら、覚えておいてくださいますわよね? 勇人さん」
「悪かったとは思ってる」
眼前を先導して歩く濡羽色の髪をした女性の後ろで、赤い髪を揺らす少女が勇人に言葉を向ける。耳元でカールした髪を指で弄りながらもやや苛立たしげに言ってきた。
「まったく……わたくしや真希さんが会場に居る間、紫様の付き人をするという任務を夜見さんと共に任されていながら、それを無視して真希さんと共に予選会場に居るなど……
お陰でわたくしが貴方の代わりを勤めていましたのよ?」
「……結芽のワガママに付き合っててだな」
「それついさっきの事だよ~」
「裏切ったな……!」
暇そうに歩く結芽にそう言われ、勇人が慌てる。赤毛の少女──
「というか結芽、今の言い方だと勇人に向けたのがワガママだって自覚してることになるじゃないか」
「……ひゅー、ひゅーひゅーっ」
『(下手くそ……)』
そっぽを向いて掠れた口笛を披露する結芽は、真希たち三人から同時に同じ事を思われる。濡羽色の髪の女性の横を歩く鶴の翼を連想させる髪の少女が、小声でそれとなく聞いた。
「……止めなくても、よいのですか」
「構わん、会場に着けば嫌でも黙る」
「……承知しました」
凛とした声が帰って来た鶴翼の髪色の少女、皐月夜見。無機質な声色の夜見は、真希と寿々花、結芽に三方向から言葉を投げつけられている勇人をちらりと見る。
決勝戦会場の正殿に繋がる出口間際まで来た六人の内、後ろの四人は夜見から掛けられた声に意識を逸らされた。
「……皆様方、そろそろ私語を慎みください」
「いや俺は被害者では」
「元々は、勇人くんが私と共に付き人を任されていたのをサボったことが原因でしょう」
「──そうだけどさ」
ぐうの音も出ない正論に黙らされ、勇人は夜見の横に立つ。観客と正殿に囲まれた決勝の戦場。正殿側の屋根の下に置かれた椅子に女性が座り、傍らに親衛隊の勇人等が控える。
──刀剣類管理局局長。折神家当主。二十年前の英雄。最強の刀使。呼ばれかたは様々ではあるが、女性の名を呼ぶならばこうだろう。
──
紫の椅子の左側に夜見と勇人、右側に真希と寿々花が立ち、間に結芽が挟まれているのは余計な動きを制限するため。齢十二の少女に退屈な時間をじっとしていろと言うのは無茶ではあるが、そればかりは我慢してもらう他無い。
「ふぅ……なあ夜見、後で紅茶淹れてくれないか」
「はい」
「なら、頑張るかなぁ」
小声の会話だが、すぐに切り上げ注意はされなかった。 数分置いて、決勝進出者の可奈美と姫和が現れると、数メートルだけ間を空けて均等に立つ。
審判の言葉がつつがなく続き、二人はそれぞれ、可奈美が千鳥を抜き、姫和が小烏丸を抜く。
可奈美が八双の構えを取り、姫和は左の肘で刀身を隠すように首の横で水平に構え切っ先を下げていた。
勇人の知識には無いが、それは鹿島新當流の車の構えと呼ばれている。小烏丸を構えた姫和はそれこそ、小烏と言うよりはまるで爪を獲物へ向ける猛禽類のようであった。
可奈美が発する相手への僅かな敵意を塗り潰すように、姫和がチリチリと殺気を放つのを感じ取る。不思議に思い、思案する勇人だったが。
「(可奈美ちゃんに向けるなら分かるが……なんで俺たちの方に向けるんだ──ああ、いや、なるほど。そう言うことか)」
ちらりと姫和は開始の合図が来る直前に紫の方を見て、男性刀使の珍しさから微かに勇人へ視線を向ける。意図を察した勇人が小さく首を横へ振った事に目を見開いたが──
開始の合図が響いた刹那、御刀を握っていた事で条件を満たしていた可奈美と、姫和に注意を向けていた勇人だけが姫和の発動した迅移を捉えた。
夜見の腹を押して背後に倒すのと姫和の小烏丸による突きが紫の二振りの御刀に弾かれるのは同時で、一秒にも満たない時間の中で行われた複数の行動に、観客席の人達は反応できていない。
「──それがお前のひとつの太刀か」
「くっ──がッ!?」
落胆したような声を出す紫から飛び退いて体勢を建て直そうとした姫和。その背中から、突如御刀の刃が伸びた。冷静に姫和の写シを剥がしたのは背後に回っている真希だった。
へたり込んだ姫和の足は腰が砕けたように動かず、続けて上段から振り下ろされた真希の御刀に切り裂かれるのを待つようにまぶたを閉じる。
だが、姫和の耳に届いたのは、己の肉を切り裂く音ではなく、御刀同士が衝突する耳障りな金属音だった。まぶたを開いた姫和が目にしたのは、御刀を抜き放ち寸前で真希の御刀を受け止めている勇人の姿。
「……やりすぎだ」
「紫様を狙った賊だ、当然だろう」
カリカリと音を奏でて鍔迫り合いに持ち込む勇人だが、御刀を弾かれ、半歩下がった際に左腕を斬り飛ばされた。片手では真希の力強く振り抜く剛剣を受け止めきれず、階段横の柱に強かに叩き付けられ、写シを維持できず解除する。
「おっ、ぐ……」
肺から酸素が押し出され、視界が明滅するが、まだ握れている御刀を使い隠世へとアクセスして二度目の写シを貼り直す。
写シの再使用に要した時間はほんの二秒、されど真希からすれば動けない姫和に一太刀浴びせるのには充分すぎる。
「よせ!」
「──ふッ!」
「──はぁッ!!」
再度、真希の御刀に割り込む金属音。
その正体は、本来なら姫和と立ち会っていただろう可奈美と、その手に握られた千鳥だった。大きく後ろへと、真希の腕を御刀ごと弾き、今度は姫和へと手を伸ばす。
「迅移!」
「っ……!」
手を握り、姫和は立ち上がりながら可奈美と共に迅移を使い加速すると、会場から逃げるべく走り出す。
追おうとした真希に勇人が切り込む。力で負けながらも辛うじて剛剣を受け流す勇人に、真希は正しく獅子のように吼える。
「勇人! 何故十条姫和を庇った!」
「……一つはやり過ぎ、二つは──ちょうど良いから」
峰に手を置いて水平に構えた御刀で真っ直ぐ振り下ろされる御刀を受け止めるが、支えきれず、瞬間的に増した筋力を以て勇人の肩から腰までを切断されて写シが剥がれた。
その隙にと、うずうずしていた結芽が表情を歪め愉快そうに嗤いながら二人を追う。
「……あっはぁ!」
「結芽! ……紫様、僕も追います」
「────いや、お前は追うな」
「なっ……!?」
あろうことか、真希は命を狙われた張本人の紫に、二人を追うことを禁じられる。
ハッとして写シを剥がした筈の勇人に視線を戻せば、そこには既に勇人の姿がなかった。押して倒された夜見を起こす寿々花には頼れず、今逃げた三人を攻撃できるのは警備員と警備に配属された刀使、そして結芽だけであった。
「っ──何故です紫様!」
「…………」
紫は答えない。
ただ、じっと、結芽に弄ばれていように三人がかりで斬り掛かる勇人達を見ていた。
「(千鳥と小烏丸、幼い二羽の鳥よ……)」
願わくば、再び
それだけを願って、紫は静かに、その口角を歪めていた。
◆
「──あっはははっ!」
「当たら、ねぇっ……!」
「遅いよおにーさーん!」
跳び、跳ね、斬り、蹴り飛ばす。手負いの姫和を庇う可奈美を更に庇い、走りながらの剣戟を繰り返し、門前まで近づく勇人は、真希に二回、結芽に二回と写シを剥がされ、五回目の写シも既にボロボロと所々が剥がれ落ちていた。
天才的な腕を見せる結芽の三人の間をすり抜ける迅移は、勇人の脳と動体視力が反応するのだが、どうしても身体が追い付かない。
「勇人さん!」
「さっさと行け!」
「……姫和ちゃん、行くよ!」
姫和を支え、可奈美は刀使の能力の一つである筋力増強の術、八幡力を発動して門を跳躍で飛び越える。それを見送った勇人は、背後からの袈裟斬りにとうとう写シを剥がされた。
「ぐ、おっ……!?」
「……相変わらず弱っちぃ」
御刀の腹で手のひらで叩いて、結芽はつまらなそうにぼやく。逃げる姫和達を追うことを名目に可奈美へと御刀を向けたはいいが、勇人に割り込まれて不満だったらしい。
警備員数名と警備配属の刀使数名。加えて結芽に囲まれた勇人は、脂汗を浮かべて御刀を構える。六回目の写シが貼られた事に警備配属の刀使達がざわめいた。
「ねえ、おにーさん。なんで庇ったの?」
「……そうしなきゃいけないと思った。それだけだ」
「────」
呼吸を整えながら、勇人は言う。
結芽はその言葉に聞き覚えがある。それはかつて、結芽が勇人に言われた言葉だった。
制服の胸元を御刀を握っていない手で掴む結芽は、少し考えると、呆れたような──仕方ないとでも言うような顔で呟く。
「……わかった、行きなよ」
「…………は?」
「仕方ないから、見逃してあげる」
にっこりと笑い、結芽がそんなことを言い放った直後、警備員と刀使達に向かって自身の御刀の峰を一瞬で叩き込んだ。
迅移特有の高速移動が繰り返され、『秒数』として数える前に勇人を囲んでいたそれ等を地面に斬り伏せたのだ。御刀を鞘に納めて、結芽が振り返る。
気まぐれにも程がある結芽の行動に眉を潜めるが、今も非常線を張られているだろう故に時間がない勇人が行える行動は一つのみ。
「礼は言わないぞ」
可奈美と同じく八幡力で門を越え、向かいの屋根に着地する勇人。結芽は届かないと分かっていながら、ぽつりと呟いた。
「──言わなくていいよ。でも、逃げたからには……捕まえるのは私だけどね」
結芽は「怒られるだろうなー」と言いながら、枯山水のような模様を描く地面を踏み鳴らして、紫の元へと歩いていった。
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