夜空を見上げながら、藤森勇人は舞草の屋敷の縁側でぼんやりと手元の携帯を玩んでいた。
カコカコカコ、とやや古いガラケーのボタンを片手間に押してメモ帳に会話の内容を残していると、おもむろに背後の襖が開く。
中から現れたのは、艶のある濡羽色の髪を腰まで伸ばした少女──十条姫和だった。
「──勇人、まだ起きていたのか」
「そっちこそ。姫和も夜更かし?」
「……眠れないだけだ」
後ろ手に開けた襖を閉めると、姫和は勇人の隣に座り縁側から外を見やる。
「なにをしていたんだ?」
「ん、ちょっとメモをね。朱音様に色々と知らされて、正直頭がこんがらがってるよ」
「ああ、なるほどな」
恐ろしい怪物である大荒魂──タギツヒメに憑依されている現当主・折神紫、その部下の一人であり孤児院出身の勇人は、現状の渦巻く問題の中心に近い場所に居た。
「まず孤児院の先生……藤森さんが紫様の親と交流を持っていて、いざとなったら折神家を頼る約束をしていた。そして先生は病気で亡くなる前に言われた通りにして、俺が折神家に向かうことになった。何故俺があの御刀に選ばれたのかはわからないし、紫様が何故俺を匿おうとしたのかもわからない」
「その御刀の力を危惧したからじゃないか? ノロを吸い取れる御刀だ、それがもし自分に使われたら──そう考えたのなら、目の届くところに置いておく方がコントロールしやすいからな」
「……なるほどね。もしその通りなら、俺はとっくに殺されてる筈だけど……気まぐれか、はたまた────、いや、待てよ」
──どうした? と聞き返して勇人を見上げる姫和は、思案に思考を割く勇人の言葉を待つ。
「さっきの朱音様の話が本当なら、俺たちはタギツヒメ以外にも大荒魂化しているだろう元刀匠・星月式の相手もしないといけない」
「ああ」
「……紫様──いやタギツヒメは、俺を星月式に対するカウンターとして、手元に置いておきたかったんじゃないか?」
「──そうか、星月式の打った御刀と適合したお前なら対抗できるかもしれないし、なにより一番狙われる可能性が高いだろう」
「そう。つまり……俺は星月式を釣るための疑似餌だったんだよ」
勇人は自慢気にそう言って姫和と顔を見合わせるが、姫和はそれに呆れ顔で返した。
「…………なあ、勇人。自分から囮説を補強していて悲しくならないのか?」
その質問に、勇人は答えなかった。ただただ悲壮感漂う背中を見せて用意された寝室に戻る勇人の後ろ姿は──あまりにも哀れだった。
──翌日、早速と舞草に訪れた勇人と姫和を含めた四人に、舞草のメンバーである古波蔵エレンと益子薫を含めた八人でのチーム戦の訓練を行っていた。衛藤 可奈美、柳瀬 舞、糸見 沙耶香、そして勇人と同じ折神紫直属の部下である元親衛隊・皐月 夜見が、舞草所属の刀使こと長船女学院の少女らと刃を交わらせる。
「荒魂との戦いはチームプレイだ! 攻撃手、遊撃手、指揮手はそれぞれがお互いの動きを良く見ながら動け!」
そう告げられながら動く少女たちの傍らで、勇人と夜見は元親衛隊であるという理由から、先んじて二人一組の動きを確かめられていた。
「──っ、ふっ」
「……くっ……シィッ」
勇人の御刀と夜見の水神切兼光が交互に振るわれ長船の刀使に迫るが、二つの刃を少女は巧みに受け流す。返す刀で振るわれる刀身を受け止めて流しつつ、さながら卓球のダブルスのように動く二人は攻め立てる──が。
「──そこまで!」
数分の攻防はリーダー格の刀使の掛け声で終わった。勇人と夜見は兎も角として、慣れない戦い方を教わった姫和たち六人は疲労を見せる。
「一人一人はまずまずだが、やはり集団戦はこれからだな。それと──元親衛隊の二人、お前たちは連携は出来るのになぜ個人個人で戦うと途端に弱くなるんだ? 連携は出来るのに」
「そこ強調する必要ある?」
「……私たちは刀使の中では下の下です。勇人くんはまだしも、私はノロを体内に取り込んで強さを取り繕っていたに過ぎませんから」
御刀を鞘に納めて背中に回す夜見は、そう言いながら涼しい顔をしてリーダー格の刀使──米村 孝子に視線を向ける。
「まあ、俺たちに限っては、下から数えた方が早いだろうな」
「……親衛隊は折神紫直属の部下なんじゃなかったのか?」
「あー……そうだな。そもそもその気概でやってるのは獅童 真希……親衛隊第一席くらいだと思うぞ。二席の此花 寿々花は真希をライバル視してるだけだし、三席は夜見だし、四席の燕 結芽は……忠誠心なんて無いだろうな、子供だし。
でも親衛隊の中で一番強いのは結芽だから、戦うなら気を付けた方が良いぞ。ちなみに俺は立場的には第五席だが実力はお察しだ」
「親衛隊の順番、めちゃくちゃじゃないか」
「……私たちの番号は単なる入った順です」
こいつらもしや相当アレなのでは──と言いそうになった孝子は、そっと口を閉ざした。
──夕方になる頃にようやく修行も終わり、解放された勇人と夜見は舞草の刀使を観察していた。そこにふらふらと歩く薫と、その傍らを歩く姫和と可奈美、舞、沙耶香が近づいてくる。
「だぁ~~疲れたー」
「お疲れさん」
「……お前らは疲れてねえのかよ」
「夜見はよく任務に出てるし、俺も真希とか結芽に立ち会いという名のサンドバッグにされてたからなあ。慣れだよ、慣れ」
「言ってて悲しくならねえのか」
薫の指摘に勇人はそれとなく目を逸らした。それから可奈美の声に反応した。
「アレって前に山でエレンちゃんたちが着てたS装備だよね。お母さんたちの時代には、こんなものは無かったんだっけ」
「……あったら──」
「──君たちの母親は亡くならずに済んだ?」
姫和の呟くような言葉を引き継いで、横合いから現れた老人──エレンの祖父・フリードマンが現れながらそう言った。
「写シや迅移といった特殊能力を使えるとはいえ刀使は生身の人間だ、この技術によって救われる少女たちは増えるだろう」
刀使を強化するパワードスーツ、S装備を着込み何かの検証やらを行っている刀使を見て、フリードマンは更に続ける。
「隠世技術の開発が進めば文字通り世界は一新するだろう。僕の祖国のように、他人の庭に入ってでもこの技術に触れたい人間はいくらでも居る筈だ。しかし何故、折神紫はこの技術を広めたのか? その思惑を理解しようと、僕もまた日々研究し続けている。そして辿り着いたのは、とてもシンプルな結論だ」
一拍置いて、彼は口を開く。
「アレはより効率的に、刀使にノロを回収させるための装置なんじゃないか、とね。折神紫──いや、タギツヒメにとって、この程度の技術はお茶を淹れるのとそう変わらないのかもしれない」
フリードマンの考察に、神妙な顔つきをする可奈美たち。その横で、勇人はおもむろに思い付いたように独りごつ。それに反応して夜見が白い髪を揺らして顔を勇人に向けた。
「──お茶、ねぇ」
「……どうしましたか」
「いや、そういえばあの時、紅茶を淹れてくれる約束をしてたなぁと思って」
「…………バカ」
「え──っ」
──今思い出したのか、とでも言わんばかりに小さく罵倒して、夜見は珍しく表情を僅かに歪めるようにムスッとした表情を作る。
「うるせーぞバカップル」
という薫の気だるげな声が、しかして鋭く二人にツッコミを入れていた。
だが、これで終わりではない。かつて山で勇人たちを追ってきた親衛隊の内、夜見が使用していたノロのアンプルの一本。
それを持ち帰ったエレンが長船の学長に託した所までは順調であった──が。
想定外、否──想定出来るわけもなかったのだ。そんなたかがアンプル一本に入っているノロを通じて、
「──見つけたぞ……朱音」