【完結】神刀ノ巫女   作:兼六園

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祭りと祀り

 後日、朝の訓練を終えた姫和たちは、舞草の刀使・孝子の言葉を耳にする。

 

「それまで! まだまだ連携に甘いところはあるが、良くなってきているぞ」

「あれっ? もしかして私たち褒められた?」

 

 とぼけるように問う可奈美にエレンが返す。

 

「もしかしなくてもそうデスよ」

「孝子が褒めるなんて珍しい」

「調子に乗るなよ。お前たちはまだ1本も取れていないんだからな」

 

 げんなりした顔で続けた薫に、孝子は厳しく答える。そんな薫の横で、ふと姫和が口を開く。

 

「──ところで、勇人は何処に行った?」

「ああ……アイツなら先に風呂に入ってるぞ。女性の風呂は長いからな、そろそろ上がる頃だろうし……お前たちも汗を流してこい」

「ケッ、勇人の野郎……一人で風呂を独占とはいいご身分だな」

 

 朝からの訓練で疲れ気味の薫は顔をしかめながらそう言って、早速と風呂場に向かった。

 それに着いて行く姫和たちもまた、汗を流すためにと薫を追従する。

 

「…………」

 

 その背後で、夜見が暗い表情を作っていることには気づかないまま。

 

 

 

 

 

 ──風呂場に到着し、薫が脱衣場に繋がる扉をガチャリと開け放つ。中では上半身が裸の勇人が、その手にシャツを掴み、いざ着ようとした体勢で固まっていた。

 

「…………」

「────」

 

 男の半裸姿を見てピシッ、と固まった薫たちを一瞥して、ふと目が合った姫和を見ながら勇人は胸元を隠して続けざまに言う。

 

「きゃー姫和ちゃんのえっちー」

「──男のクセに胸を隠すな!!」

「というのは冗談として……ああ、訓練終わったから風呂浴びに来たのか」

「……おう。さっさと出ろ」

「言われなくても出るっての」

 

 早く風呂に入りたい薫に催促され、中断した動きを再開してシャツを着ると、脱衣場から出た勇人にふらりと夜見が近づく。

 

「……勇人くん」

「夜見、どうした?」

「……いえ、その……」

 

 夜見はそっと指をシャツ越しにヘソの辺りに這わせて、ざらりとした感触を覚える。

 勇人の脇腹にある刀傷。それは、ノロの過剰投与で暴走した夜見が負わせたモノだった。

 

「……傷、治せる筈では」

「この傷か。これは……まあ、気絶中に縫われちゃったのもあるけど、もう塞がってるし、無理に消す必要もないだろうからなあ」

「……そうですか。私の傷は、全部治すのに」

「女の子の柔肌とはまた話が違うでしょうよ」

「…………そうですか」

 

 夜見の見上げる瞳はじとっとしている。

 彼女はどことなくムスッとした表情で、そのまま脱衣場に入ってしまった。

 

「──負い目……ではなさそうなんだよなあ。乙女心ってのはわからん」

 

 やれやれとわざとらしくかぶりを振って、勇人はその場を後にする。それから暫くして、勇人が目にしたのは、制服ではなく浴衣を着こんだ少女たちだった。

 

 

 

「馬子にも衣装ってやつだな」

「…………ふん」

「勇人さん、なんでそんな的確に駄目な選択肢ばっかり選ぶの?」

「ちょっと違ったか」

「だいぶ違うよ……?」

 

 脛を蹴ろうとして、しかして浴衣のせいで脚を上げられない姫和は、鼻を鳴らして歩き去る。呆れた顔で指摘する可奈美は、勇人にそう言って彼女を追いかけていった。

 

 それぞれが好きなように祭りを楽しむ光景を見ながら、勇人は目立たないようにと竹刀袋に自身の御刀を入れて背中に回している。

 

 ふと、勇人の隣に歩を合わせる夜見が、ちらちらと窺うように見上げてきた。

 

「……どうですか」

「いいと思います」

「……そうですか」

 

 ──ぶつんと会話が途切れた。夜見の足取りが重くなったのを察して、勇人は続ける。

 

「──あー……あんまりこう、女性の衣服を褒めるっていうのは慣れてなくてだな」

「……はい」

 

 気まずそうに顔を逸らした勇人が言い訳をしながらも、足を止めて夜見と向き直る。そして、夜見の着ている紺色の浴衣を見て言った。

 

「似合ってるよ」

「……………………はい」

 

 シンプルだが、今はこれだけでいい──と、勇人からの褒め言葉を染み込ませるように、ゆっくりと間を置いてから夜見は呟く。

 

 

「──お二人サーン、グランパが今日のお祭りのメインイベントに招待したいそうデス」

 

 日が傾き始めた頃、エレンに呼ばれて集まると、そこには姫和たちが既に揃っていた。

 舞草の拠点がある村の人々が集まる場に混ざると──そこで巫女装束を着た先輩刀使の孝子と聡美が舞を披露している。

 

 飾られている御神体に背中の御刀がガタリと反応するように揺れて、勇人は中身を察しながらもフリードマンへと問いかけた。

 

「フリードマン、アレの中身はノロだな」

「わかるかい? その通りだよ」

「……折神家に回収されていないノロが、まだ存在していたのか」

 

 姫和がそう言って御神体を見やる。

 

「数は減ったがね、それでもこの国にはノロを祀る社が幾つも存在するんだよ。丁寧に敬い、祀るんだ。そうだな──可奈美くん、君はノロがどうやって生まれるか知っているかい?」

 

「えっと……」

 

 流石にそこまでは、という表情を作る可奈美に代わって、後ろに座っていた舞衣が答えた。

 

「御刀の材料である珠鋼を精錬する行程で、不純物として分離されたモノ……です」

「流石だ、舞衣くん。御刀になる程の力を持つ珠鋼から分離されたノロは、ほぼ御刀と同等の神聖を帯びているんだ。いまだに人の持つ技術では、それを消し去ることはできない」

 

 フリードマンの言葉に、可奈美が質問を返すように口を開き言った。

 

「でも、ノロを放置すると荒魂になっちゃうから、折神家が管理してるって……」

「ふぅむ。それは不正解だね」

「えっ!? ……あ」

「フッ、場所を変えようか」

 

 思わず声を荒らげた可奈美に、周りの事情を知らない民間人が視線を向ける。

 苦笑をこぼしながらのフリードマンの提案に頷いて、可奈美を筆頭に勇人たちが席を立つ。

 

 そして、フリードマンの解説は続き、ノロを巡る厄介な事情を知ることとなった。

 

 経済的な理由で社を減らしたがった政府がノロを纏めようとし、しかし一定以上のノロが集まればスペクトラム化して荒魂となってしまう。

 

 そうならないようにと、明治の終わり頃から当時の折神家が厳重にノロの量を管理していた。だが──戦争が近づき、国はノロの軍事利用を求めて、ついに(たが)が外れてしまったのだ。

 

「ノロが持つ神性──隠世に干渉する力を増幅させ、まさに君達刀使にのみに許された力を解明し、戦争に使おうとしたのさ。戦後、米軍が研究に加わったことでノロの収集は加速した。

 表向きは『危険なノロは分散させず一か所に集めて管理した方が安全だ』と言って、日本中のノロが集められていった。

 

 ──しかし、思わぬ結果が待っていた」

 

 一拍置いて、彼は言う。

 

「ノロの結合。スペクトラム化が進めば進む程、彼らは知性を獲得していったんだ」

「それってつまり……ノロを沢山集めたら頭のいい荒魂が生まれたってことですか?」

「簡単に言えばそういうことだね」

 

 フリードマンは可奈美の簡潔なまとめに教師のような笑みを浮かべ、それから真剣な表情に切り替えると勇人たちを一瞥する。

 

「今や折神家には過去に例がない程の膨大なノロが貯め込まれている。それが……」

「……タギツヒメの神たる所以か」

 

 姫和がギリ、と歯を噛み締めて呟く。

 その隣で、勇人が続けて言葉を発した。

 

「問題はそれだけではないぞ。もしその大量のノロが何かのはずみで荒魂に……いや、大荒魂になってしまったら、もう俺たちでどうにか出来るレベルを超えてしまう」

 

「それこそ、相模湾岸大災厄のようにね。あの大災厄はノロをアメリカ本国に送ろうと、輸送用のタンカーに満載した結果起きてしまった事故。つまり、人の傲慢さが引き起こした人災だ」

 

 当時その場に居たフリードマンは、「彼らの眠りを妨げてはならなかったんだ」と続け、改めて祀られている御神体を遠巻きに見た。

 

 

「ノロは人が御刀を手にするために、無理矢理生み出された……いわば犠牲者だ。

 元の状態に戻すことができないのなら、せめて社に祀り、安らかな眠りについてもらう。それが今の我々に出来る、唯一の償いなんだよ」

 

「──犠牲者、か」

 

 勇人の口からポロっとこぼれた言葉。その脳裏に過るのは、折神紫──タギツヒメ。

 

 荒魂が御刀を生み出す過程の犠牲者だとしても、それは人を襲っていい理由にはならない。災厄を起こしていいわけでもない。

 しかしそれでも──タギツヒメという荒魂は、獲得した知性で、何を考えてきたのだろうかと、勇人はふとそんなことを考えていた。

 

 

 

 ──真実を知った勇人が縁側で民間人たちの動きを観察していると、制服に着替えた可奈美と姫和が近づいてくるのを視界の端で捉えた。

 

 二人が勇人の横に並んで座ると、それぞれが自身の御刀を見て、可奈美が問う。

 

「──運命だったのかな。

 お母さん達が使っていた御刀を持つ姫和ちゃんと私が出会ったのって」

「────」

「ロマンチックだねぇ」

 

 照れ隠しのように、姫和は勇人の膝を小突いた。そして、おもむろに呟く。

 

「──行ったのだろうか」

「どこに?」

「お祭りだ。お前の母親と私の母は、一緒に、行ったのだろうか」

「……うん、きっとそうだよ」

 

 そう言いながらも、可奈美と姫和の表情は決心したように凛としている。

 勇人は小さくため息をつきながらも、傍らに横たわらせていた御刀の鞘を握った。

 

 

 

 

 

 ──拠点の室内で朱音とフリードマンに向き合う三人が、行動方針を伝える。

 

「では我々と行動を共にすると言うのですね?」

「はい。歪みを正し、刀使を本来の役目に戻すと言うのであれば、目的は同じです。

 私たちでその元凶、折神紫を倒す」

「俺が役に立つとは思わ────ん」

 

 ピクリと、勇人が反応したように立ち上がる。その理由を問うより早く、慌てた様子で孝子が御刀を腰に携えて部屋に入ってきた。

 

 

 その理由は、外にあった。村を──舞草の拠点を囲うように、本来なら刀使のサポートをするはずの部隊が構えていたのだ。

 

『こちらは特別機動隊です! この地域は特別災害予想区域に指定されました! 我々の指示に従い速やかな行動をお願いします!』

 

「折神家……!」

「妙な気配がすると思ったらこれか」

「でもなんでバレたんだろう?」

 

 姫和と勇人、可奈美の声に続けて朱音が立ち上がりながら言う。

 

「今はとにかく動きましょう」

「では、戦略的撤退と行きますか」

 

 フリードマンもまた続き、三人と孝子を連れて表に出る。外で薫とエレン、舞衣、沙耶香、舞草の刀使と合流しつつ移動すると、

 

「グランパ、これからどうするんデスか?」

「逃げるしかないが、やはり潜水艦だろうね。あれの所属はアメリカ海軍のままだから、警察組織の彼らが手を出せる相手ではない」

「仕方ないけど、だいぶズルいな……」

 

 勇人が呆れた様子で言い、背後では孝子と聡美が一言二言作戦を交わす。

 

「二手にわかれよう。私たちは朱音様を連れて桟橋に向かう」

「私の方で仲間と一緒に足止めをするわ」

「聡美、あとは任せた」

 

 孝子が可奈美たちを纏めつつ朱音とフリードマンを逃がそうとし、聡美が機動隊を迎え撃つ算段を整え──じゃあと勇人が声をあげた。

 

「俺も足止めに参加する」

「勇人さん!?」

「勇人、正気か?」

「正気ですが……」

 

 可奈美と姫和に驚かれながらも、勇人は腰の御刀に手を置いて理由を話す。

 

「この状況を楽しもうとするじゃじゃ馬が来るかもしれないからな。そうなったら……はっきり言って舞草の刀使は何も出来ない」

 

「……じゃじゃ馬…………あの方ですか」

 

 夜見が勇人の言う相手の正体を理解したのか、普段の無表情をわずかに歪める。

 聡美を含む舞草の刀使たちが『何も出来ない』と評されて眉を潜めるが、言い合う暇もないからと、勇人と夜見を連れてその場に残った。

 

 分かれた孝子率いる朱音たちが抜け道を通って潜水艦に向かい、その姿が見えなくなった頃、不意に上空からヘリコプターが現れる。──その中から何者かが飛び降りてダンッと着地すると、薄い紫色の髪を揺らして愉快そうに笑う。

 

「……あーあー、本当に来ちゃったよ」

 

 勇人の嫌そうな声を聞きながらも、少女は無視して声高らかに啖呵を切った。

 

 

 

「──折神紫親衛隊第四席、燕結芽。四席って言っても……一番強いけどねッ!」

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