【完結】神刀ノ巫女   作:兼六園

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最強と最弱

 ──都合何度目かの『写シ』を張り直す勇人は、荒くなった呼吸を整える。

 写シの張り直しを待っていたかのように『迅移』を用いて高速で接近する刀使──燕結芽の御刀を受け止めると、手元に衝撃が伝わり、ガギッと金属音が響いた。

 

「っ……防御に徹すればなんとか「──なるって思ってるぅ?」──がっ!?」

 

 ──背後からの声に反応するよりも早く、勇人の写シは左腰から右肩へと逆袈裟で切り裂かれる。なんとか剥がれた写シを即座に張り直した勇人だが、振り返った先で既に二の太刀を振るっていた結芽の一閃に、新たに張った写シを再度剥がされながら地面を転がった。

 

「こんなとこでコソコソしてるから、おにーさんもちょっとはレベルアップしてるのかと思ったけど……ほんとにちょっとだけなんだね~」

 

 つまらなそうに御刀の峰でポンポンと手のひらを叩きながらそう言った結芽に、何度も写シを張り直したことで体力を浪費している勇人は吐き捨てるように返す。

 

「ちょっとで悪かったな」

「ホントだ、よっ!」

 

 弱々しく張り直される写シをもう一度剥がせば勇人を倒せるだろうと考えたのか、容赦なく結芽は御刀を構えて肉薄する。

 そこに、横合いから二人の少女──舞草の刀使・聡美と元親衛隊・夜見が割り込んだ。

 

「──はっ!」

「……ふっ!」

「おっとと」

 

 二人の振るう切っ先に当たる直前で急ブレーキを掛けた結芽は、急停止からの迅移による急加速で、聡美と夜見の意表を突きながらすれ違い様に切り捨てる。

 

「くあっ!?」

「…………っ!」

 

 続けて、連続で行う迅移で勇人の周囲を回りながら、過剰なまでに全身を切り裂く。

 勇人が反射的に振るった御刀は結芽の肩を僅かに掠めるだけに終わり、とどめとばかりに放たれた蹴りで二人の傍らに倒れ込んだ。

 

「うごごご……っ」

「その辺のおねーさん達よりはマシだけど、もう少し頑張りましょうって感じぃ?」

 

 あははと渇いた笑い声を上げる結芽は、境内に現れた特別機動隊の隊員に対して、勇人と夜見を見ながら一言だけ告げる。

 

「この二人は親衛隊だからこっちで預かるね~、そっちのおねーさん達は任せるよ」

 

 舞草の刀使を全滅させた実力のある結芽は、有無を言わさぬ物言いで締め括る。それから乗り込んできたヘリコプターに二人を乗せると、自分もまた中に入ってその場を後にした。

 

 

 

 

 

 ──ヘリコプターで折神家に向かっている最中、勇人と夜見は、結芽から折神家側で何があったのかを聞かされていた。

 身ぶり手振りと擬音混じりの語りを理解するには時間を要したが、なんとか話を聞き終える。

 

「まぁ~そんな感じ? 沙耶香ちゃんを連れ戻そうとしたのに、高津のおばちゃんがあっさり諦めててビックリしちゃった」

「それはまた、キツい性格してるわりには珍しいことをしてるな」

「……勇人くん」

「おっと、悪い」

 

 向かいに座る夜見が、勇人に声をかける。ノロを人体に投与するという人道を外れた実験をしていたとはいえ、それで力を得て刀使になった夜見からすれば、高津雪那──彼女は恩人なのだ。

 

「高津のおばちゃんもなんだかんだ夜見おねーさんのこと気に入ってるんじゃない? なんかおねーさんがそっち側に付いてから露骨に元気ないし。萎びたほうれん草みたいになってたよ」

「ふっ……ほうれん草」

「……高津学長」

 

 小さく笑う勇人の向かいで、夜見は複雑な感情を表情に浮かべる。

 高津雪那が上昇志向の気難しい性格であることを理解しているため、本当に自分を気にかけてくれているのかと疑問に思っていたのだ。

 

「まっ、これから折神家に戻ればあの人も元気になるでしょ」

「……そういえば、俺たちを連れ帰ることにしたのは真希か紫様の指示か?」

「んーん。私が勝手に決めた!」

「そっかあ」

 

 ──姫和たち元気かなあ。現実逃避気味に、勇人はそう思った。その直後。

 

「およ?」

「……これは」

「──どうなってる?」

 

 ヘリコプターの中で、三人の体が突如としてレイヤーで分けたかのように前後にブレた。

 三人が知る由もないが、時を同じくして潜水艦の中でフリードマンから聞かされているだろう姫和たちは、この現象が隠世で大きな変化が起きたことが原因ではないかと語られている。

 

 そして、そのあとに大荒魂が現れたということ。とどのつまり、この現象が起きたということは、大荒魂の復活が近いということになる。

 

「あ、戻った」

「……折神家に急いだ方がいいかもな」

「えー、なんで?」

「あとで真希と寿々花が揃ってるところで、全部教えてあげるよ」

 

 ──親衛隊は、折神紫の正体が大荒魂・タギツヒメであることを知らない。

 ゆえに、潜水艦組も折神家と戦うだろうと見越して先んじて敵陣のど真ん中に向かおうとする勇人と夜見だが、心配するべきは折神紫の強さに惚れ込んでいる真希にあった。

 

「あいつ絶対聞き入れないよなぁ」

「おにーさん、なんか言った?」

「いやなにも。結芽、悪いけどパイロットに急いでもらうように言ってくれないか」

「いーよっ」

 

 にひっ、と笑って、結芽は言われた通りにパイロットと話し込む。それを見ながら、夜見は不思議そうに勇人に問い掛けた。

 

「……燕さんは、どうしてそこまで勇人くんに懐いているんですか?」

「わからん。ああでも、こいつの病気を御刀の力で治したことがあるからそれが理由かも」

 

 ちらりと、傍らにある、厳重に封をされた御刀を収納する箱を見やる勇人。

 それはノロを取り込み、エネルギーに変換して所有者や他者の体に変化を与える力を持つ。

 

 事情により妖刀じみた出自の御刀は、傷を治したり、高い出力の八幡力に耐えられる肉体強度を得るだけではなく──体内の病原菌や悪い細胞を無害なものに変えることも出来たのだ。

 

「……ご病気、だったんですね」

「──うん? そーだよっ、なんとかっていう……こきゅーきけー? の病気だったの」

 

 幼さもあるが、今となっては完治している自身の病気には詳しくないのだろう。しかし間延びした言葉とはいえ、夜見は結芽の病気が呼吸器系の病だったのだろうとだけ察していた。

 

「折神家で顔合わせした時にすぐ気付いたよ、ほっといたらこの子死ぬなーってさ」

 

「だからって私と二人になった時にいきなり御刀で『グサッ!』は酷いと思うんですけどぉ」

 

「……勇人くん、流石にそれは……」

 

「いや、だってさあ、当時から病人だったのにめちゃくちゃ強かったんだぞ? 

 不意打ちでもないと避けられるし、刃が皮膚に刺さってないと効果発揮しないし……」

 

 手をまごつかせながら言い訳する勇人に、夜見はじとっとした目付きで続ける。

 

「……説明をすれば良かったのでは?」

「『この御刀の力があれば君の病気を治せるよ』って言われて信じると思うか?」

「……それは」

「ムリムリ。あの時の私も反射的に鞘に入れたままの『にっかり青江』で頭ぶん殴ったもん」

 

 傍らに立て掛けている御刀をちらりと横目で見ながら結芽が言う。

 それから一転、勇人の横に座っている結芽は、足元に目線を向けながら呟いた。

 

「……ねえ、おにーさん、治さない方がよかったんじゃないの?」

「何をだ?」

「私の病気。だってほら、そうしたら、あの村で私と戦わないで逃げられたかもしれないし」

 

 結芽は幼い。けれども刀使という戦う者として、譲れない理由があるから勇人たちが自分たちに歯向かってきていることを理解している。

 

 病気を治してくれたという恩もあってか、彼女は遠慮がちにそんな質問をしていた。もっと噛み砕いて言うのなら、『私は余計なことをしたのではないか』と、そう考えているのだろう。

 

「なんで紫様に敵対してるのかとかわかんないけど……真希おねーさんは御前試合の決勝の人を殺す気だったし、もしかしたら、このまま連れて帰ったらおにーさんも殺されちゃうのかな」

 

「────、なあ、結芽」

 

 そう呼ばれて上目遣いで勇人を見上げた結芽は──おもむろに両手で頭を撫で回された。

 

「んわわわわわっ!?」

「ばーか。ガキんちょが一丁前に余計な心配なんかするなっつーの」

 

 淡紅藤色の髪がわしゃわしゃと乱され、けれども嫌ではない感触に結芽の体は脱力する。

 隣に座っている勇人にもたれ掛かる結芽は、そのまま続けて言葉を投げかけられた。

 

「姫和たちはそう簡単に殺されないし、俺だってしぶとく生き残ってやるさ。それに、『子供の病気なんか治さなければ良かった』だなんて考えるやつはこの世に居ない。居てたまるか」

 

「…………うん」

 

「才能があって刀を振るのが好きな子が元気に動き回ってる。それで十分だろ、俺たちが境内に残ったのも、自分の意思だからな」

 

 ──それで捕まってちゃ世話ないがな、と締めた勇人に、夜見も呆れたように薄く笑みを浮かべる。そんな二人を見て、結芽は。

 

「じゃあ、私のこと、嫌いにならない?」

「ただちょっと普通より強くて小生意気なだけのやつを、嫌いになるわけないだろ」

「……ええ、そうですね」

「──ふぅん。そっか……あれっ、いま私のこと生意気とか言ったよね?」

「言ったっけ?」

「言ったでしょお!」

 

 誤魔化すように結芽の頭をぐわんぐわんと撫で回す勇人に、彼女は大型犬が飼い主に噛みつくように「うがーっ」と威嚇する。その様子を見ながら、夜見は物静かにその光景を見守ってた。

 

 

 

 

 

 

 

「…………ふふっ」

 

『嫌いになるわけないだろ』

 その言葉を反芻している結芽は、胸の内に暖かいモノが灯る感覚を覚える。ヘリコプターの中で暴れ終え、結芽は改めて窓の外を見る振りをしながら、ガラスの反射越しに勇人たち見た。

 

 若き刀使たちとタギツヒメの決戦が近づくなか、幼い最強の刀使は、幼いなりに小難しい悩みを抱えていたのだが──それをも受け入れた勇人に、結芽は小さく、小さく言葉を紡ぐ。

 

「立ち合いでは勝てないくせに、こういう時だけはカッコいい大人っぽいんだもんな~」

「なんか言ったか」

「なんでもないもーん」

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