「──折神朱音が投降?」
「今更そんな事をして何になりますの? 先程の現象といい、何が起こっているのでしょう」
特別祭祀機動隊本部にて、親衛隊第一席・獅童真希は、送られてきた情報をおうむ返しした。
その隣で、第二席・此花寿々花が、刀使の間で起きた例の現象を思い返しながら呟く。
眼前の画面には横須賀の海が映され、そこに朱音が潜伏している筈の潜水艦が現れた。
中から上がってきた朱音は、横須賀に集まった野次馬、刀使、警備員、その場の全員へと、大荒魂の復活という危機が迫っている事への警告をせんと声高らかに語る。
「──たっだいまーっ!」
すると、二人の背後にある出入口の扉が開き、そんな快活な声が聞こえてきた。
声の主──第四席・燕結芽へと振り返った真希と寿々花は、結芽
「ああ、お帰り、結芽…………」
「舞草の方はどうでしたか……」
「見て見て、おにーさんたち拾った」
「ただいまー」
「……戻りました」
あっけらかんとした態度で、藤森勇人はひらひらと手を振って二人に愛想笑いを向ける。
その横では、申し訳なさそうに元々の暗い表情を更に暗くしている皐月夜見が立っていた。
──折神家の客室に集まった五人のうち、勇人と夜見は、御刀を別室に離されたうえでその両手を手錠で拘束されていた。
「十条姫和を庇った裏切り者が戻ってきて、なにもされないとでも思っていたのか?」
「なんだい、人が親切にも情報共有の為に戻ってきてやったってのに」
「……情報だと?」
ガチャガチャと手錠を鳴らす勇人に、真希は苛立ちを隠そうともせず返した。
「何故姫和は紫様を斬ろうとしたのか、何故俺はあいつを助けたのか、舞草が──朱音さまが、何故紫様と敵対しているのか。
どうせ姫和たちもこっちに来るんだ、その前に本当の事を全部教えてやる」
「──良いだろう、嘘偽りは語るなよ」
「ああ。先ず大前提として、俺たちが紫様紫様と崇めているあの人は人間じゃない」
「嘘偽りは語るなと言ったはずだが……?」
──言ってねえよ、と口を衝いて出そうになった言葉を噛み潰して、勇人は表情を歪める。
「お前が話を聞く気が無いなら寿々花に交代させるぞ。……ったく、続けるからな」
真希が自身の御刀・薄緑の鍔に置いた手を離すのを見届けてから、勇人は続ける。
折神紫が大荒魂・タギツヒメであること、ノロを集めているのは復活のためであること、舞草はその事を知っている折神朱音とフリードマンが反旗を翻す為の組織であること。その全てを、真希と寿々花と結芽に向けて話した。
勇人が全てを語り終えた後、真希は言葉を脳裏に反芻させるように考え込む素振りを見せると、それでも尚、その意思を曲げるつもりはないとばかりに凛とした口調で言う。
「仮にそれが事実だとしても、僕は紫様の刃である意思は変えない」
「その行動が、大荒魂復活の片棒を担ぐことになるとしてもか?」
「当然だ」
──
強さに固執する真希は、圧倒的強者の折神紫の腕っぷしに惚れ込んでいるのだ。強さが第一である真希にとって、『大荒魂だから』というのは折神紫に逆らう理由にはならない。
「勇人、わかるか? 紫様のもたらした技術は僕たち刀使の力を向上させてきた。
「
手錠で動かしづらい手を床や壁に向けながら、勇人は飄々と言い返す。
ざわ──と真希の圧が強まり、その体内から荒魂に似た気配が流れ出る。
「例え駒でも、僕はこの強さで荒魂を狩り、人を、部下を守ってきた。それの何が悪い!?」
「何が悪いか、なんて……そんなこと一つしかないだろ。
「────」
「夜見の手前あんまり言いたくないが、ノロの投与というドーピングにまで手を出して、人の道を外れてまで手に入れたのが
ソファに座る自分から見て斜め左下、床の奥にある別室に
そんな時、不意に寿々花の手元にある
『寿々花さん! ストームアーマーのコンテナが潜水艦から射出されました!』
「なっ──予想着地点は!?」
『折神家に向かって飛んできてます!』
その説明は、この場の五人を驚愕させるに充分だった。真希と睨み合っていた勇人は、苦笑を溢しながら遠くからの爆音を耳にする。
「……やっぱり来たな、いや流石にコンテナに乗り込んでくるとは思ってなかったけど」
「くっ……まさか即行動で本拠地に乗り込む選択を取ってくるとは……!」
「──さて、どうしますか真希さん。わたくしたちは乗り込んできた彼女たちを押さえたうえで勇人さんたちを見張らなければなりませんが」
端末を懐に仕舞った寿々花は他人事のように軽い口調で語り、カールした髪を指で弄る。
「えー、私は見張りたくないよー。めんどくさいし、ほっといても何も出来ないでしょ」
「……私としましても、御刀が無いので、抵抗の意思はありませんが……」
ちら、と、駄々をこねる結芽の隣で夜見は勇人に視線を向ける。当の本人は一拍間を空けると、思い付いたように結芽に声を掛けた。
「なあ結芽、御前試合の時に居た可奈美って子を覚えてるか? 決勝の時の黒髪じゃない方だ」
「あ~~~、うん、覚えてるよ」
「
「────へぇ?」
暇そうにしていた結芽は、一瞬で面構えを凶悪なモノへと変える。
獲物を見つけた肉食獣もかくやと言わんばかりに八重歯を見せる笑みを浮かべると──
「じゃあちょっと見てこよ~っと」
「っ! 待て結芽、勝手に動くな──」
真希の制止も届かず、結芽は御刀を手に部屋から素早く出ていってしまった。
「よし、この場の戦力一人減った」
「あら、まあ。やりますわね」
「……勇人くん、小狡いですよ」
二人からのじとっとした視線をそれとなく無視しつつ、勇人は真希に向き直ると口を開く。
「俺としては姫和たちが紫様を倒すのを手伝わないといけない。お前はそれを止めないといけない。困ったことに意見が別れたわけだが」
「──まさかとは思うが、勇人、お前……僕と戦おうしているんじゃないだろうな」
「そうだな。いっちょ喧嘩でもするか、そろそろ勝ち星を挙げたい所だったんだ」
勇人はそう言うと、薄緑を構えて鯉口を切った真希に対して、その場に立ったまま右手を左斜め下に向けて手のひらを床へと翳す。
「御刀も無いのに戦うつもりか? 言っておくが──殺すつもりでやるぞ」
「おいおい逸るなよ真希、具体的に言うとあと十秒だけ待ってくれ」
「……なんだって……?」
「ああ、そういえば言ってなかったし、見せたこともなかったな。実は俺の御刀は──」
そこで区切ると、勇人が翳した手のひらの先、下の階の部屋から、何かがぶつかる音が断続的に聞こえてくる。そして──ドンッ! と轟音を奏でて、床を突き破って勇人の御刀が現れた。
「──呼ぶと独りでに飛んで来る」
右手に柄が納まり、左手で鞘を握ると同時に八幡力を起動。御刀を通して発生した怪力で、手錠の両手首を繋ぐ鎖を引き千切りながら、そのまま鞘から刀身を抜き放つ。
「ぐっ──、勇人ッ!!」
「今回で一勝させてもらうぞ、真希!」
反射的にだがそれでも冷静に薄緑を抜刀して、勇人の一撃を受け止めた真希は、彼の八幡力で押し込まれながら背中で窓をガラスを割って外の森へと揃って姿を消した。
「さて、わたくしはどうしましょうか」
「……此花さんは、獅童さんを手伝わなくてよろしいのですか」
「あら。それを言うなら、夜見さんも御刀を取りに行って加勢すればよろしいのでは?」
「……いえ、私では足手まといでしょうから」
部屋に残された二人は、淡々と、静かに会話を交わす。どこか遠い目をした寿々花は、おもむろに呟くようにして夜見へと語り掛けた。
「勇人さんの言葉は真実なのでしょう。紫様の文字通り人並外れた実力やカリスマ性を鑑みれば、人ならざる何かしらが紫様の振りをしていると考えるとしっくり来ます」
「……貴女は、どうして」
「冥加刀使になったか、ですか? それは単純、真希さんに追い付きたい、勝ちたい、ただそれだけのこと。ですがまあ、あそこまで盲目的になられては、ライバルとは呼べませんから」
──ですので、と続けて、寿々花は懐から手錠の鍵を取り出して夜見の手首から手錠を外すと、柔らかく笑ってこう言った。
「一度、痛い目を見てもらおうかと」
「……ふ、ふ。そう、ですか」
イタズラっぽく片目を閉じて、寿々花は夜見に語る。もうじき、決着が着くのだという、漠然とした確信だけが二人の間にあった。
──気がつくと、勇人は足元が真っ赤な水で満たされた空間に立っていた。
「真希と一緒に落ちて気絶でもしたか」
こりゃ夢だな、という自覚。
何故ならば、その空間には、もう一人──少女が立っていたからである。
「……ああ成る程、あんたが星月式の娘か。骨を球鋼と月の隕鉄に混ぜて、血で冷やした御刀……だったな。あー、初めまして?」
勇人が近づき、少女に右手を伸ばす。握手を求めたが、少女は勇人をじっと見つめるだけで、それ以外の反応を示さないでいる。
「なんでこのタイミングなのかは知らないが、こっちの声が聞こえているなら聞いてくれ。
俺はあんたの親父さん──星月式を止める為に、先ずはタギツヒメを倒さないといけない。その前に、真希にも勝たないといけない」
少女は勇人をじっと見る。それはまるで、勇人が相応しいかを確かめるように。
「さんざん力を使っておいて、俺があんたに何を返せるかなんてわからない。
でも、どうしても力になりたい相手が居て、どうしても勝ちたい相手が居るんだ」
改めて右手を差し出すと、勇人は少女の紅い瞳を見据えて、力強く宣言した。
「──お前の
あまりにも身勝手で、あまりにも都合のいい言葉。けれども何百回と燕結芽に、獅童真希に負けて負けて負けて負けた勇人にとって、次で引き寄せる勝利こそが、何よりも大事なのだ。
それをわかっているからこそ、少女は──勇人の御刀は、差し出された右手を握り返した。
「……もうお前は、ただの御刀じゃない。妖刀でもない。名前を考えたんだ、お前は──」
意識が浮上するなか、その名前を聞いた少女が、嬉しそうに笑った気がした。
──土埃を払って、獅童真希は離れた位置に落下した勇人を警戒する。写シを張って薄緑を構えると、少しして勇人が起き上がった。
「……さっさとお前を拘束して紫様の援護に向かう。構えろ勇人、これが最後だ」
「──ああ、そうだな」
「──っ」
ゆらりと、鮮やかな蒼い光を放つ御刀を手に写シを張る勇人。その姿を木々の隙間から射し込む月光が照らし、真希は、雰囲気がガラリと変わった勇人に疑問が湧く。
「藤森勇人、唯一の男性刀使。お前はいったい──なんなんだ?」
霞の構えを取り、真正面から真希を捉えた男に、そう問いかける。
ゆっくりと瞼を閉じて、静かに鋭く切っ先を真希へと向けると、勇人は答えた。
「俺は元親衛隊・第五席、藤森勇人。
──朧月夜の刀使だ」