純白の襲撃者
──十条姫和、衛藤可奈美含む六人の刀使と戦い、敗北し幽世へと逃げたタギツヒメは、その身の一部を切り離し空高く打ち上げていた。
後に「鎌倉危険廃棄物漏出問題」と呼ばれるこの出来事以降、関東一帯では、切り離されたノロが原因となり荒魂が頻出するようになった。
──そんな戦いから四ヶ月後、関東から遠く離れた土地、秋田の一角を二人の少女が歩いていた。一人は鶴の翼のような先端が黒い白髪を揺らし、一人は淡紅藤の髪を腰まで伸ばしている。
「ねぇ~夜見おねーさーん、まだ着かないのぉ~? もう疲れたんですけどー」
「あともう少しです」
「さっきも聞いたんですけどー」
腰に御刀を携え、今となっては反逆者の証である折神紫親衛隊の隊服ではなく、それぞれの所属していた鎌府と綾小路の制服を着ている二人──皐月夜見と燕結芽。彼女たちは、秋田でかつて起きた事件の現場である、藤森勇人の暮らしていた孤児院に向かっていた。
「そういえばさぁ、夜見おねーさんとおにーさんって秋田出身なんだっけ」
「はい」
「家族って居るの?」
「……居ますよ。両親と兄が」
それと、犬も。と続ける夜見。数十分どころか数時間歩いているにも関わらず汗ひとつ流れていないのは、故郷を歩いているが故の慣れか。
「夜見おねーさん妹だったんだ。言われてみれば妹~って感じカモ?」
「妹って感じ……ですか」
ピンとこない表現に歩きながら悩む素振りを見せる夜見。そんな時、ふと、顔を上げた先に──廃墟と化した建物を見つけた。
今や誰も興味の無い、とっくの昔に終わった事件として放置されている孤児院。
「ここがおにーさんが住んでた家?」
「……はい」
「──私たちなんでここに来たんだっけ」
ふう、と呼吸を整えながら、結芽がおもむろにそう言って小首を傾げる。無表情を崩さずに、夜見はポツポツと説明を始めた。
「……現在、折神家の代表となった朱音様からの指示です。ごく少数にしか伝えられていない情報ですが、どうやらとある特殊な四振りの御刀──四季四刀なるモノが、あの日の戦いに乗じて紛失……恐らく盗まれたのだとか」
「盗まれたぁ~? そーゆーのって『管理がずさん』って言うんじゃないのー」
「……四季四刀を打った刀匠が造った御刀を持っている勇人くんに、亡くなる前、その御刀を渡すよう助言をした藤森先生。そして、この件で唯一存在している心当たりである孤児院に情報を探りに来た、ということです」
「あー、そうだったね」
──それはそれとして、元折神紫親衛隊への風当たりの強さから逃がすための避難先でもあるのだろうが、それを夜見が口に出すことはない。
そんな会話をしながら、もはや意味を成していないバリケードテープの残骸を避けるように屈み、夜見と結芽は院内に侵入する。
瓦礫、ガラスの破片、破けたベッドのシーツ。所々に生活の名残が見え、さしもの夜見でも、僅かに表情を悲哀に歪めていた。
「夜見おねーさん、平気?」
「……大丈夫です。さて、なにか四季四刀や勇人くんの御刀の情報が探れればとは思っていましたが……どこを探せばいいのでしょう」
「
「────」
ゲームか映画の『あるある』を口にしたのだろう結芽の言葉に、理解しつつもダメ出しはしない夜見。推理小説を逆から読むがごとき指摘に、どことなく、説得力のようなものはあったのだ。
軋む扉を開け、廊下に散らばるゴミを避け──ふと、大人数で座れる食堂に視線が動く。そこには、おおよそ人間では不可能な、壁や床を抉った爪跡が刻まれていた。
「──爪、跡……!?」
「……? どうしたの、おねーさん」
「……いえ、でも、これは……」
「おねーさん?」
──藤森先生、及び藤森勇人を除いたスタッフ・孤児が皆殺しにされた凄惨な事件。
嫌な思い出として、幼少期からそこで情報をストップさせていた夜見は、てっきり、
だが、これではまるで──
「荒魂に、襲われた事件だった……?」
「ん? あれ、そうじゃないの? 私ずっと荒魂が犯人の事件を調べてるんだと思ってた」
あっけらかんとそう口にする結芽だったが、夜見は話し半分に思考を回転させる。
「……紫様……いえ、
だから、誰も、不自然なくらいにここでの事件を口にすることがなかったんですね」
額に手を当てて、重苦しいため息をつく。それからかぶりを振って、夜見は結芽に言った。
「……院長室に行きましょう」
──ガチャ、とドアノブを捻る音が、静かな室内に響き渡る。中に入った二人は、目に見える資料や本を軒並み抜き取られたがらんどうの院長室を視界に納めていた。
「うわー、なんもないじゃん」
「……事件が起きてすぐに、警察が何度も来ていた覚えがあります。証拠らしい証拠は、もう既に存在していないでしょうね」
「でもデスクは残ってるし……」
「ゲームのやりすぎです」
ぶぅ、と頬を膨らませる結芽は、デスクの引き出しを開け放つ。
しかし上から順に開けて行くと、一番下だけに鍵が掛かっている事を理解する。
「──夜見おねーさん、鍵が掛かってる」
「……本当ですか?」
「うん。どうする? 開けちゃおっか」
「……どうでしょう、開けるにしても鍵はありませんから……業者に連絡、いえ朱音様に報告──「ちゃきーん、マスターキー」
ガゴッ! という鈍い音。それは、結芽が自身の御刀・にっかり青江の切っ先を隙間にねじ込み、テコの原理でこじ開ける音であった。
「…………燕さん?」
「いいじゃん、どーせもう誰も使ってないんだしぃー。……ってあれ、なんだろ」
御刀を片手に、結芽は壊れた引き出しの中から、封筒を見つける。表紙には、簡潔かつ達筆に、『遺書』とだけ書かれていた。
「い、遺書!?」
「……藤森先生の遺したものでしょうか。ひとまず、それを回収して今日のところは帰りましょう。燕さん、その封筒をこちらに──」
すっ、と右手を伸ばした夜見。
言われた通りにして封筒を渡そうとした結芽は、ふと、視界の端の窓ガラスに、
「──っ! 写シ!!」
「……!」
結芽が叫ぶと同時に、握っていた御刀で防御の構えを取る。
反応が一拍遅れるも、空いた左手で御刀・水神切兼光の柄を握り、写シを起動した夜見は──結芽の御刀と電気が衝突する瞬間を捉えていた。
「う、づっ……!?」
「へぇ、いい反応速度だな」
「……貴女は」
広くはないが狭くもない院長室に、突如として現れた女性。病的なまでに白い髪を背中で一房に纏めている女性は、パリパリと、その身と右手の御刀に、オレンジの電気を纏わせていた。
「アタシぁ……まあなんでもいいだろ。
「──! そういうことですか」
「誰だか知らないけど、横入りはやめてよねっ」
たんっ、と軽やかにデスクを飛び越えながら、結芽は女性に御刀を向ける。
容赦なく、的確に、首を捉えた軌道。だが、女性は口角を歪めるようにして笑うと──
「ノロマ」
「がっ──!?」
「ぐ、うっ……!」
──バチンと電気を爆発させたようにして、一瞬の内に結芽を叩き落とし、夜見を壁に叩き付けた。
「じゃ、こいつは貰っていくぜ。お前らに……いや、勇人のやつに読まれると不味いかもしれねぇからな。悪く思うなよ」
「……くっ……」
「──タギツヒメはまだ生きてやがる。世界が憎くてしょうがないアレを倒すのが最優先な以上……余計ことに意識を割いてほしくねーんだ」
ひら、と封筒をうちわのように動かしながら、女性はそう言って辛うじて写シを解かないでいた夜見に語りかける。
勇人の名前を口に出した瞬間から向けてくる強い敵意に、女性は「愛されてんなあ」と小声で呟くと、天井に顔を上げて叫んだ。
「──もういいぞ!
「……!?」
「ま、そういうわけで勇人のことは任せとくぜ。あの無茶したがりは、どっかで絶対に、シャレにならん大怪我するからな」
はっはっはっ、と乾いた笑い声を漏らして、女性がその場から瞬く間に姿を消す。空中に残ったオレンジの残光が薄れて消えた──直後、二人の居る部屋の天井がひび割れて崩壊する。
「燕さん!」
「っ──わかってる、っての!」
混乱と困惑が混じるなか、二人は迅移を用いて院長室から脱出する。その勢いで外まで飛び出すと、まるで上から重機で『圧』を加えたように崩れて行く廃墟の光景が広がっていた。
「──あの女性は、こう言っていました。『お前らと似てはいるが、お前よりは純度が高い』と。この言葉が指す意味は一つだけです」
「……まさか……」
夜見は完全に瓦礫の山となった孤児院を見ながら、先程の女性の姿と言動、持っていた御刀を思い出し、その正体を看破した。
「彼女は、我々と同じ体内にノロを入れた人間です。元冥加刀使の私たち以上の量を体内に保有していると見ていいでしょうね。
そして──あの御刀が、盗まれた四季四刀のうちの一振りなのでしょう。使い手に電気を纏わせ高速移動を可能とさせる能力があるとは想定できませんでしたが」
「いやあ、無理無理。あんなの誰だって想定できるわけないって」
制服の埃を手で叩いて払う結芽がそう言って、御刀を鞘に納めると、不満そうに言った。
「やられっぱなしでムカつくんですけど!」
「……そうですね」
「もういいもん、帰っておにーさんと立ち会いして発散するから!」
そんな結芽に、夜見は淡々と告げる。
「……勇人くんは、十条さんのご実家に厄介になっていますから会えませんよ」
「えぇ~っ!?」