十条家の縁側を箒で掃いている姫和は、ふと、やって来た車の音を耳にする。
「──五條学長」
中から出てきたのは、姫和の通っている学園・平城学館の学長──五條いろはだった。
──集められた落ち葉がパチパチと火の粉を散らし、それを見ながら、箒を傍らに立て掛けた姫和が縁側でいろはと会話を交わす。
「この家……私がいない間も、誰かが手入れをしてくれていたようですが」
「家は人の手が入らへんとすぐに痛むからね。朱音様が気を使ってくれはったんよ」
そう言ったいろはが、少し迷うように口をつぐむと、おもむろに続ける。
「……なぁ姫和ちゃん、もしかして刀使辞めるか迷ってるん?」
「──岩倉さんから聞いたんですか?」
いろはの問いで姫和の脳裏に過るのは、御前試合の時に置き去りにした、チームメイトである岩倉早苗の顔。
「早苗ちゃんが何か悩んだ顔してたから私が無理矢理聞き出したんよ。責めんといてあげてな」
「……20年前、私の母はタギツヒメを討ち損じました。折神紫に憑依したタギツヒメは刀使を使ってノロを集めさせ、その力を増していきました。それを知った母は、全ては自分の責任だと悔やみ続けた。この世を去るその日まで……」
その手の中にある、姫和の母──十条篝に宛てたかつての手紙を、姫和は焚き火に放る。
「だから私は、母のやり残したことを成すと誓いました。折神紫を討つと」
「……一人でよう戦うたね」
労うようないろはの声に、姫和は穏やかな表情でかぶりを振って否定する。
「一人じゃありません。多くの人に助けてもらいました。私が気付いてなかっただけで……それに、あいつにも助けられましたから」
「あいつ? ──ああ、藤森くんやね」
「…………ええ。まあ」
「そういえばあの子、今どうしてはるん?」
「…………そう、ですね」
「……?」
なんと答えるべきか、とでも言いたげな顔で言い淀む姫和。
不思議そうに首をかしげたいろはだったが、その原因が背後から声をかけてきた。
「──ただいま姫和。里山さんちの薪割り終わったぞー、あとそこの車誰の?」
「あら」
「…………せめてあと二時間は帰って来ないで欲しかったのだがな」
「酷くない……?」
声の主──藤森勇人は、どこか古さの感じられる服を着て、刃にカバーを填めた斧を肩に乗せて柄を握り、腰には御刀が吊るしていた。
「……ああ、確か姫和のところの……えー、あー、すいませんここまで出てるんですよ」
「もう消化終わってる位置やね……」
ヘソの辺りに指を差す勇人に、いろはは静かに指摘し、姫和は呆れながら助言をした。
「五條学長だ。名前くらい把握しておけ」
「いや、だって……折神家に居たときからあんまり関わったことなかったし。──ところでそんな学長さんがどうしてここに?」
「ほら、姫和ちゃんが刀使辞めるかも~って話があってな? 色々とお話ししたかったんよ」
へえ、と言葉少なに返しつつ、勇人は箒の側に斧を立て掛けながら姫和に意識を向ける。
「まあ良いんじゃないか? 姫和の戦いは一区切りついたんだ。今までずっと緊張の糸が張り詰められてて、疲れちゃったんだろ」
「……タギツヒメ本体を討つまでは、続けるつもりではある」
だが──と続けた言葉は尻すぼみする。続かない言葉に、いろはが付け加えた。
「どうにも身が入らへん、って所やな。それはそれでもええと思うよ。
姫和ちゃんはもう十分戦うたんやから、一度よく考えてから返事くれる?」
「……はい」
「ゆっくりでええんよ、藤森くんも居てくれるんやから。……あ、いっそ寿退社でもする?」
「は?」
いろはの表情はにやにやと、相手をからかうような厭らしい顔をしている。
「なんも誤魔化さなくてええよぉ。うんうん、姫和ちゃんも心を許せる相手が必要やんなあ。わかっとるわかっとる」
「わかってませんよね」
「いやあ、姫和ちゃんにも春が来たんやなあ。このままひっそり隠居……っていうのもええと思うんやけど、実は──おっとこれは秘密やった」
「わざとらしい……」
口許を押さえてすっとぼけた顔をするいろは。勇人と姫和は顔を見合わせ、乗せられていると分かっていながらも質問をぶつけた。
「学長さん、お遊びは良いので、ちょっと真面目にお願いしますよ」
「……さっき、鎌倉の紗南ちゃんから連絡があってな。また姫和ちゃんの力を貸して欲しいって直々の御指名らしいけど、ちょっとややこしい事になっててな」
「というと?」
いろはが一拍置くと、神妙な面持ちで言う。
「荒魂を討伐した後で、ノロの回収班が何ヵ所かで襲われてるらしいんよ」
「……荒魂に……ですか?」
「それが相手は刀使らしいんよ。フードを被った、所属不明の謎の刀使」
ノロを奪う、所属不明の、謎の刀使。この3つの要素から、姫和は不意に、じとっとした目付きで勇人を見上げて呟いた。
「──勇人?」
「俺じゃないわ。あれから四ヶ月、毎日この家で暮らしてるんだから分かるだろ」
「あらあらあらあらあらあら!」
「『あら』が多い……!」
幾つになっても、女性は恋愛話に対する嗅覚が鋭いのだろう。異様なテンションの高さを維持するいろはに、勇人はあっけらかんと返す。
「その謎の刀使が
「──それは、まだわからないわ。逆に聞くけど何か知ってたりしぃひん? 例えば、何時かに連絡が来たことはなかった?」
「いや無いですね………………あ」
顎に指を当てて考え込む勇人だったが、すっとんきょうな声を漏らして視線を斜めに上げる。
目敏くその動きを見た姫和が、一歩近づいて指を胸元に押し当てながら問う。
「なにが『あ』だ。……おい、勇人、些細なことでもいいからきちんと話せ」
「はい。あのですね、一ヶ月くらい前に、夜中に突然電話がかかってきまして。寝惚けながら電話に出ようとしたら、出たときには通話が終わってましてね。非通知だったから……もしかしたら真希が公衆電話でも使ったのかなあ……と」
「…………。はぁ」
指を擦り合わせて、これから叱られることを理解している子供のように視線を右往左往させる勇人。姫和は大きくため息をつくと、改めていろはに向き直り、決心したように口を開いた。
──鎌倉の一角に建てられた刀使の為の寮。そこの出入口付近で、
「またこっちに来たら一緒に戦おうねっ!」
「はい! 私綾小路に戻ったら、衛藤さんのことをみんなに自慢します!」
「私も、凄い刀使と知り合いになったって」
「うん! じゃーねーっ」
手を振って二人を見送った可奈美の元に、また別の二人の人影が歩み寄る。
「──すっかり有名人だな」
「可奈美も今や大人気か」
「……ん? ──あっ!」
振り返った可奈美が視界に納めたのは──平城学館の制服を身に纏った姫和と、折神紫親衛隊のワイシャツのみを着た勇人だった。
「今日からまたこっちに出向だ」
「しばらくは一緒だな。可奈美」
「勇人さん! 姫和ちゃん!」
二人を見て朗らかに笑みを浮かべた可奈美は、二人に纏めて飛び付くように駆け寄りながら、心底待ちわびたように提案した。
「──立ち会いしよっ!」
「開口一番にそれ?」