折神家局長代理・折神朱音を護送する車に乗る勇人、姫和、可奈美の三人は、前日の沙耶香の誕生日祝い後に問い掛けた質問の返答を脳裏に想起させていた。
『謎の刀使は、今の所確認されてるのは二人です。一人は獅童真希で間違いないでしょう。そしてもう一人は……そもそも刀使ではありません。タギツヒメです。
──今のタギツヒメは、人に取り憑いているわけではありません。驚くことに、荒魂自体が、人の姿で現れたのです』
──現在、市ヶ谷の防衛相に向かっている三人は、朱音からの言葉に耳を傾ける。
「これからとある重要な相手と面会します。正直なところ、何が起こっても不思議ではない。なので、あなた達に同行をお願いしたいのです」
「俺たちに、ですか」
姫和を中心に、左右に座るうち、右側の勇人が向かいの朱音に返す。こくりと頷く彼女を見て、勇人は五ヶ月前に見た三つの光を思い返すと、まさかなと独りごちた。
防衛相に到着し、朱音を先頭に中へと入る勇人たちは、銃器を装備した軍人と御刀を帯刀した刀使たちを視界に納める。
「なんかピリピリしてるね」
「軍人に、刀使まで居るのか──あれは」
可奈美の言葉に姫和が続け、その中には、かつて舞草で世話になっていた先輩刀使の孝子と聡美も混ざっていた。
「孝子さん! 聡美さん!」
「あなたたちも来ていたのね」
「私たちは昨日付けで配属されたんだ。お前たちは朱音様の護衛だろう、気を付けろよ」
そう言って持ち場に戻る二人をよそに、三人は朱音に連れられ施設の奥へと入って行く。厳重な扉の奥に通されると、そこには──
「……なんだここ、祭壇……?」
広い空間に似つかわしくない階段と、その上に立てられた祭壇。ポツリと呟いた勇人は、自身の御刀・朧月夜を通して、不意に全身に危険信号が駆け抜けるのを感じとる。
隣で同じように御刀が反応して構えた姫和と可奈美と同時に朧月夜の鯉口を切ると、祭壇の中からおもむろに人影が現れた。
「──構えを解いてください」
朱音の言葉を耳にしても、三人は警戒を止めることが出来ない。その人影──目元を手のような形のお面で隠した白い女性を警戒しろと、剣士の本能が叫んでいる。
それでもなんとか自制し、いつでも御刀を抜ける程度に構えを緩めた三人を尻目に、朱音は女性を見上げて口を開いた。
「拝顔を賜り光栄です。タギツヒメ」
「その名が指す者は別にいる」
「では、何と?」
「タキリヒメと呼ぶ事を差し許す」
立ち位置としても話し方としても、他人を見下している言動の女性──タキリヒメは、お面で目を隠していながらも、それでも正確に勇人たちを見ながら言葉を返す。
「……承知しました。私の名は──」
「折神朱音、衛藤可奈美、十条姫和……藤森勇人」
「──タキリヒメ、率直に伺います。貴女は我々に仇なす者なのでしょうか?」
「質問は許さぬ。イチキシマヒメを我の前に差し出せ。お前達の手にあることは分かっている」
タギツヒメ、タキリヒメ、そしてイチキシマヒメ。その名前の並びに、どこか覚えがある勇人は眉をひそめる。タキリヒメは更に続けて、淡々と言葉を紡ぐ。
「人にとって真の災いはタギツヒメ。そしてイチキシマヒメの理想に人は耐えられぬ」
「故にあなたに従えと?」
「我はタキリヒメ。霧に迷う者を導く神なり。人よ、我がお前達の求める最良の価値をもたらそう。タギツヒメは以前よりも力を得ているはず。時間は限られている」
──扉が閉まり、祭壇から離れた瞬間、崩れ落ちそうになった朱音を勇人が支える。
「大丈夫ですか」
「……ええ、大丈夫です。──姉様は一人でこんなものを抑え込んでいたのですね……」
額に汗を滲ませる朱音を連れて、三人は車まで戻る。窓の外の景色が流れて行く様子を横目に、勇人の横で可奈美は朱音に問い掛けた。
「朱音様! あの……何が一体どうなってるんですか!? 教えてください!」
「……わかりました」
ここまでくれば隠し事は出来ない。そう考えて、朱音は真相を語り始める。
「姉の中に居た大荒魂があなた達に倒された後、3つに別れました。先程会ったタキリヒメ、各地でノロを集めてるタギツヒメ、そしてもう一つが、イチキシマヒメです」
「ああ……なんでしたっけ、
ようやく合点の行った勇人の言葉に頷いて、朱音は一息つくと更に続ける。
「私達は考え違いをしていました。姉はただ大荒魂に体を支配されていたのではなく、その身をかけてずっと抑え込んでいたのです。それが今は、それぞれの目的を果たすために己の意思で自由に動いている……非常に危険な状態です」
「タギツヒメは災い、イチキシマヒメは……理想? で、タキリヒメは……あの態度からして支配を目的としていると見るべきですかね」
鞘の切っ先の方を車内の底に立てて、肩に柄を乗せながら勇人は呟く。
「──政府の一部はタキリヒメを手放したくないようですが、それは難しいでしょう。あれは人がどうこうできるものではありません」
「イチキシマヒメがこちら側にあるというのは、本当ですか?」
「ええ。絶対に安全な所で保護しています」
姫和の問いに、朱音は断言する。それから三人は、後日の防衛相の警備任務の日程を決め、解散することとなった。
「……タギツヒメ、ねえ」
勇人は不意にそう呟いて、脳裏に折神紫の顔を思い浮かべる。自身を保護し、ここまで育て、御刀まで宛がったのは、紫なのかタギツヒメなのか。その真意を探るタイミングが掴めないまま、任務当日へと、時間は流れていった。
──勇人は呆れた表情で、端末の画面を見る。視界に収まっている画像には、見覚えのある顔をフードで隠した女性の姿があった。
「真希のやつ……隠れるの下手くそか」
「獅童さん、ここに来たってことは狙いはやっぱりタキリヒメなのかな」
「奴が何かしでかす前に止める必要があるな」
可奈美と姫和の声に、勇人はそうだなと小さく返し、それから可奈美が姫和の表情を見ながら一拍置いて質問を投げ掛ける。
「まさかこんなことになるなんてね……姫和ちゃん、大丈夫?」
「正直なところ、まだ気持ちの整理がつかない。折神紫からタギツヒメを引き剥がしたことで、全て終わったと思っていた」
「……ねえ、姫和ちゃん。タキリヒメは斬らなきゃと思ってる?」
「そうだな。だが、お前はどうなんだ?」
いまだ燃え尽きたように覇気のない姫和は、可奈美に同じ質問を返す。彼女は考えるように俯くと、ポツポツと言葉を漏らす。
「私……私は、昨日感じた事を思い出してみたんだけど……うまく言えないけど、あのタキリヒメは、前に戦ったあのタギツヒメとは違う感じがしたなって……」
「漠然としないな」
ワイシャツとスラックスの上にチェスターコートを羽織り、その中に帯刀用装備で垂直に立てた御刀を隠す勇人がぼやく。
──その直後、突如として三人の端末に同時にアラートが鳴り響いた。
「──! 勇人、可奈美!」
「わかってる。──予測の対処法もな」
御刀抜きながらそう言って、勇人は二人と共に迅移を発動して防衛相に急ぐ。
軍人と刀使が突破され、門や入口のガラスが破壊されている光景を見つつ、悠々と侵入しているフードの人物を発見した。
「──シッ」
「ふん」
即座に接近した勇人の袈裟斬りを両手の二振りで受け止め、流れるように切り刻み蹴り飛ばす。受け身を取って写シを貼り直す勇人を見ながら、謎の刀使──タギツヒメは、両側から挟み込むように斬りかかった可奈美と姫和の一撃を防ぐ。
「大典太と鬼丸……タギツヒメか!」
「千鳥と小烏丸……幾度と相まみえるとは、余程の縁と言える」
「黙れ、今度こそ貴様を討つ!」
「無駄だ、我には
ぼう……と怪しく、鮮やかな橙色の瞳が輝く。タギツヒメの能力──いわゆる未来予測は、その場の三人の動きを精密に計算する。
予測通りに小烏丸を弾き、無防備になった姫和。それを庇うように動く可奈美と御刀を打ち合うタギツヒメは、心底不思議そうに口を開く。
「なぜお前達がタキリヒメを守る? 我らの間に人間風情が入ることは許さん」
「うるせえな……大量殺戮を起こしかねないやつを止めないわけにはいかないだろうが」
背後からの首を狙った一閃。
タギツヒメはあっさりと避けつつ、そう言って斬りかかる勇人の顔を見やる。
「──よう、タギツヒメ。俺に何をさせたくて力を付けさせたかは知らないが……その予測を上回らせてもらうぞ」
「ふん、面白い……出来ないことは口にするものではないぞ」
「どうだかな。お前の力は『予測』であって『予知』じゃない」
御刀のぶつかり合う金属音が施設に響き、並の人間ではまず到達し得ない技量によって操られる二振りの御刀に腕を飛ばされ、胴体を両断される。それでもなお勇人は即座に体勢を整えると、迅移を織り交ぜて高速で動く二人に邪魔をされるタギツヒメへと、朧月夜を
八幡力を発動しながらの膂力で投擲されたそれは、槍投げもかくやと言わんばかりにタギツヒメを狙って飛来する。
「──ふっ、御刀を投げる刀使か」
それを首を傾げるだけでかわすタギツヒメ。しかし、投げた姿勢の勇人は伸ばされた右手を引き寄せる動きを取ると──あらぬ方向へと飛んで行った朧月夜が回転しながら
「っ、チッ」
めったに使わないため勇人本人も忘れそうになるが、朧月夜──妖刀とも呼ばれていた
その動きを利用したブーメランのような一撃は、タギツヒメの御刀を押さえ込むように鍔迫り合いに持ち込んでいた可奈美と姫和のアシストも相まって、肩を掠めるように浅く切り裂いた。
そのまま戻ってきた朧月夜を掴み、三度目の写シを貼った勇人は、二人を八幡力を起動して凪ぎ払ったタギツヒメと衝突する。
「お前の予測はあくまでも予測だ。もし未来予知なら、この場に俺たちが来ることを知っているはずだから襲撃をずらすだろう。
でもそうではない。未来は読めないし心も読めない。ただ凄まじい思考能力で高度な演算をしているだけなら、弱点は二つある」
「────」
「一つはどうしても演算には限界があること。そしてもう一つは──」
そこで一度区切り、タギツヒメの御刀に
彼は勢いを利用して下がりながら、着ていたチェスターコートを脱いで、ばさりとタギツヒメの眼前に広げるように投げる。
「目眩ましか」
フードの奥で、タギツヒメは勇人の行動に嘲笑の表情に口角を歪める。しかし、ふと演算を行うも、姿が隠れた勇人は踏み込んでこないという結果を
「弱点その二、第三者の乱入はどうあがいても計算できないから、乱入者の行動が
「────タギツヒメ!!」
──裂けたコートの奥から現れた獅童真希の薄緑が、タギツヒメの胸元に突き刺さった。