獅童真希の突然の乱入により、タギツヒメは撤退の構えを取る。
迅移を繰り返して近場の神社まで後退するが、背後に回った可奈美に一太刀入れられていた。
「──消えた!?」
直後にタギツヒメはその場から姿を消し、辺りには静寂が訪れた。すると、おもむろに真希が防衛相の方へと顔を向ける。
「……これはっ──どういうことだ? タギツヒメがもう一体居る……!」
「止まれ!」
「真希、待て」
「退け」
御刀を構える姫和の前に立ち、後ろ手に姫和を制しながら、防衛相に向かおうとする真希と向き合う勇人はため息混じりに言った。
「寿々花が今頃、舞草の連中に付き合って荒魂と人体に関する実験をしている」
「──なに?」
「夜見と結芽も別行動だが……お前の独断はさぞかし寿々花を苦労させてるだろうな」
「…………」
瞳を紅く輝かせる真希は、その威圧感を潜ませると、握っていた御刀を鞘に納める。
「そんじゃあ、見舞いにでも行くか」
朧月夜を鞘に納める勇人は、そう言ってから一拍置いて、着ていたコートを切り裂かれたことを思い出して小さく項垂れていた。
──室内にバチン! と乾いた音が響き渡り、思わず勇人たち三人は顔をしかめた。
此花寿々花に平手打ちを食らった真希は、頬を痛々しく赤くして言葉をぶつけられる。
「たった一人で戦って……英雄にでもなるおつもりですかっ!!」
返す言葉もない真希を見て、部屋に合流した折神朱音と長船の学長・真庭紗南が口を開くと寿々花に続けて声を投げ掛ける。
「獅童、此花も戦っていたんだ。人体と融合した荒魂を除去する研究に協力してくれた」
「おかげで研究は飛躍的に進みました。時間はかかるかもしれませんが、いつかあなた達の荒魂も除去できるでしょう。あなた達の戦いは、無駄にはしません」
「────そうか」
真希はだらりと力を抜き、その手に握られた御刀に寿々花が自身の手を添える。
「まったく……この薄緑は我が鞍馬流に縁深い御刀。ですがこのようにされては、もうしばらく預けておくしかありませんわね」
「……ああ」
「──さて、突然で悪いがお前たちには明日、朱音様に同行してもらう」
「またですか」
「今度はどこへ?」
紗南の言葉に呆れ気味の勇人に続いて可奈美が口を開くと、朱音は神妙な面持ちで返した。
「刀剣類管理局局長、折神紫の下へ参ります」
──潜水艦へと接近する中継に乗っている船の中。とある一室に纏められた元親衛隊の勇人ら三人は、適度に距離を空けている。
僅かな気まずさを誤魔化すように、真希は勇人を見て、そのまま勇人も寿々花へと視線を飛ばす。そんなキラーパスを回された寿々花は、かぶりを振ると真希を見て言った。
「どのような顔でお目にかかればわからない、といった所でしょうか」
「……お見通しのようだね」
「お前が分かりやすいだけだろ」
「……そうかもね。僕は、紫様が荒魂を取り込んでいることは知っていた。けどそれが……タギツヒメだとは知らなかった」
──もし知っていれば、と続けた真希に、被せるように寿々花が言う。
「──斬っていた?」
「それはわからないが……少なくとも、荒魂を受け入れなかったとは思う」
「そういや、真希はなんで荒魂なんて体に入れようと思ったんだ?」
自身の御刀──朧月夜を片手に、勇人は真希におもむろに問いかける。真希もまた手元の薄緑を見て、ポツポツと呟くように返した。
「戦い続けるための力が欲しいと思ったからさ。どんな光でも、やがては闇に飲まれ消えてしまう。膨大な闇に立ち向かうには、自らも闇を受け入れるべきだと思ったんだ」
「あら。親衛隊第一席ともあろう者が、案外臆病でしたのね」
「僕は自分の弱さを知った、だからそんな闇に立ち向かうことを決めたんだ。誰よりも先にタギツヒメを見つけ、この手で討つ。共に滅ぶのも辞さない覚悟でだ」
力強く言葉を締めくくる真希だが、そんな彼女に寿々花と勇人は呆れた表情を浮かべる。
「はぁ……加えて愚か。極端なのですわ」
「そうだね、タギツヒメを討つどころか、周囲を混乱させてしまった。まさか3体に分裂して争ってるなんて想像もしなかったよ」
「下手したらお前も入れて4体扱いだぞ」
「それについては申し訳ないと思っているよ。……そういえば寿々花、君はどうして荒魂を受け入れたんだ? 聞いたことがなかったね」
「はっ──」
わなわなと体を震わせると、寿々花は背凭れの方から真希の隣へと正座のフォームで飛び込む。その滞空時間の長さに一瞬勇人が目を見開くが、気にしなかったことにして視線を逸らした。
「気付いていませんでしたの。どうしても溝を開けられたくない方がいたからですわ!」
「たったそれだけのことで? そんなに想われる相手が羨ましいよ」
「………………鈍感」
「えっ」
「こいつマジか……」
本当に気づいていないらしい真希に、寿々花と勇人は同時にため息をこぼしていた。
──潜水艦内部にて、真希と寿々花、勇人と可奈美と姫和、朱音とかつて逃亡を手伝っていた元刀使の恩田累、そして数ヶ月振りに顔を見る折神紫が一堂に会していた。
「……病院で療養中の局長が、まさか武装した潜水艦の中とは」
「医療施設を完備してますから、あながち嘘というわけでもないんですよ」
「紫様はもう荒魂じゃないんですよね?」
「ああ」
姫和の言葉に朱音が答え、その横で可奈美が紫に問いかける。短く肯定した紫に続いて、累が可奈美たちに説明した。
「何度も検査しましたが、局長の体からは荒魂は検知されませんでした。肉体年齢はなぜか17歳で止まったままですが……」
「とんでもないアンチエイジングだな」
「ねー。いいよねー」
「累さんもう少し取り繕って」
勇人のジョークに、累は恐らく本心だろう言葉を返す。そんな漫才をよそに可奈美は、さらに紫へと気になったことを問う。
「どうやって克服したんですか?」
「克服したのではない。捨てられたのだ」
「タギツヒメが自らの意思で局長を排斥したのではないかと」
横合いから可奈美に情報を追加する累を見ながら、勇人が代わって質問をした。
「あのとき俺は真希と戦ってたんで、状況をよくわかってないんですけど……」
「……あの夜、タギツヒメと同化していた私は十条達に討たれた。諸共滅びる寸前だったが、奴はこの肉体を捨て隠世へと逃れた。荒魂を巻き散らしたのは、その後の追跡を攪乱するためだ」
「トカゲの尻尾切りですね」
あっけらかんと、可奈美は言い切った。あんぐりと口を開いて驚愕する真希と寿々花をよそに、紫は小さく笑みを浮かべて言う。
「ふっ……そうだな、私は切り捨てられた尻尾だ。だがそうも言ってられない事態となった」
「三女神ですか」
「うむ。かつてタギツヒメだったものが3つに分裂した。各地でノロを奪取しているタギツヒメ……防衛省の手にあるタキリヒメ……残りのもう一体は──」
紫に続けて、寿々花が呟く。
「──イチキシマヒメ……宗像三女神ですわね。荒魂が神を名乗るなんて」
「僕が向かったとき、タギツヒメはタキリヒメを狙っていました。なぜ同じ一つだったもの同士が争っているのですか?」
「それを説明する為にお前達を呼んだのだ」
「そして、あなた達に会わせたい者が」
「まさか、残りの3体目……イチキシマヒメがここにいるのですね?」
真希の疑問を紫は中断させ、累が放った言葉に姫和が察する。早速と全員を案内する紫に先導されて潜水艦の奥へと向かう傍ら、背中に立てられた朧月夜が無反応なことに勇人が首を傾げた。
「タギツヒメの一角が居るのに朧月夜が反応しないのか。細工してたり?」
「そりゃねー、タギツヒメの目から隠す潜水艦よ。色々と細工をね~」
そう言いながらハッチのハンドルを回す累は、扉を開けると邪魔にならないよう横へと動く。
その部屋の中に居たのは──タギツヒメたちと同じ白い体を薄く発光させ、二人とは違い口許を妙な形のマスクで覆った少女だった。
「──衛藤可奈美、十条姫和、藤森勇人……そうか……我はここで滅ぼされるのか。我という個となり短い生涯だったが致し方ない」
「なにこのネガティブちゃん」
「短い生涯だった……短い……」
「滅ぼすつもりなら元より保護しない」
「紫さま、こいつ大丈夫なんですか?」
くぐもった低い声で淡々と生きることを諦めている少女──イチキシマヒメに、勇人はなんともいえない不安感を覚えていた。