「いやはや、いつ以来かしらねぇ」
刀剣類管理局局長室。折神家当主に相応しく程々に飾られたその部屋に、明るい口調で語らう女性が居た。
内に何かを秘めていそうな糸目に着物という、上品な格好をしている女性は、同じ理由で呼ばれたもう一人の女性と局長室の主──折神紫に話しかける。
「
「ええ、局長もいろはさんもお変わりなく」
江麻と呼ばれた女性は、教師のようにキチッとした服装に身を包み、着物の女性──
「いやぁほんまにお変わりないのは紫ちゃんと違う? 昔とさほど見た目が変わってない気がするわぁ」
「ここへは同窓会の為に呼んだのでは無い。単刀直入に聞くが、逃亡した二人の潜伏先に心当たりはあるか」
いろはと江麻とは同年代の筈だが、制服を着させて学生だと言い張ればそれで通じるだろう見た目をした若い肉体年齢の紫。二人は紫の問いに、申し訳なさそうに答える。
「ごめんなさい、特には」
「同じく。すみません、何故こんなことになってしまったのか……」
「そうか、では質問を変える。平城学館学長、刀剣類管理局への届け出によれば、小烏丸は平城預かりの適合者なしとあったのだが?」
返答によっては……と鋭い眼光が暗黙に告げる。飄々とした態度で、平城学館学長こといろははあっけらかんと答えた。
「伝え忘れていてすみませんねぇ。でも、
「十条は小烏丸、衛藤が千鳥。両名はそれらの御刀と適合している」
「小烏丸と千鳥……局長、私からもお聞きしたいのですが、あの男性は、なぜ御刀を──それも刀使としての力を振るえていたのですか?」
江麻の言葉に紫は窓の外へ視線を逸らし、間を置いてから二人に振り返り言う。
「管理局……と言うよりは折神家にて、数年前まで私はとある御刀を管理していた。
だがある日、厳重に封じていた筈の御刀は姿を消して、ここから遠く離れた地────秋田の中等部にて行われた適性試験に使う御刀の中の一本に紛れていたのだ」
その言葉に疑問符を浮かべるいろはが、江麻に代わって聞く。
「それはつまり……紫ちゃんが
「……さてな。そして、どういうわけかあの御刀は少年を刀使に選び、力を与えた。──あいつが十三の時だから……もう四年前の話だが」
◆
「────それで、俺は折神紫に『俺が刀使であることを世間から隠してもらう』代わりに、中学を卒業した後で折神紫に仕える事になったのさ」
「へぇ……そんな事があったんですね」
「……だから親衛隊『第五席』なのか」
逃げ回り、走り回り、トラックの荷台に隠れては隙を見て逃げる。そんな事を続けていた三人は、御刀と制服を隠すための衣服や道具を買いに様々な店を見ていた。
「親衛隊の席は入った順だからね。だから、結芽は一番強いけど四席だし、俺は最後に入った事になってるから五席。ぶっちゃけ実力なんてサポート特化の夜見にすら負ける程度だけど」
「現に獅童真希に秒殺されていたからな」
「姫和を助けようとしたんだから、お礼くらいしてくれても良くないかな?」
「ふん」
「えぇ……」
可愛くねえの。
そう言って二人に倣って御刀と最低限の日用品を入れる為のギターケースを選ぶ勇人は、ギターケースでエアギターをしている所を姫和に叩かれて止められている可奈美を見た。
あの時真希の薄緑から姫和を庇った可奈美には、姫和と勇人を助ける理由は無かった。本人は『決着が付いていないから』と笑ったが、その瞳の奥に有ったのは、単純な姫和への興味。
可奈美程の剣術好きであれば惹かれて然るべきだろう、姫和の行った超高速の迅移とそれを利用した突き技。もしもあれを受けていれば、初見の可奈美は為す術無く負けていたはずだ。
勇人は可奈美が姫和を助けた理由をなんとなく知っている。
こんな凄い刀使が殺されるのは勿体無い。だから助けた。それだけである。
「……怖いねぇ」
可奈美に興味を向けた事でガタリと揺れた御刀を、勇人は柄を小突いて止める。
「騒ぐな、宿を見つけたら磨いてやるから」
「何か言いました?」
「いやなんも。それより、お金貸すから下着とかタオルも買っときな。女の子はそういうの必要でしょ?」
逃げて直ぐに口座から引き出した親衛隊としての給料の一部を可奈美達に渡す勇人。可奈美が断ろうとしたが、横から姫和が手を伸ばして掠め取る。
「えっそんな……悪いですよ」
「そうか、なら甘えるとする」
「って、姫和ちゃん!?」
「これから逃げて態勢を整えて、私は何としてでも折神紫を討たねばならん。貰えるものは何だって貰うし、利用できるものは使う」
そう言いながら大型デパートの下着売り場に歩いて行く姫和は、直前に買った黒のパーカーを制服を覆い隠すように着込んでいた。
同じような格好の可奈美は、勇人を見てから姫和を追い掛ける。
「もぉー! 待ってよ姫和ちゃーん!」
「……逃亡犯の名前を堂々と呼ぶなよ」
当然のようにバレかけたせいで、女性用下着店に勇人が突入しなければならなくなったのはまた別の話。
◆
ビジネス旅館の一室を借りることが出来た三人。勇人と姫和の資金を折半しつつ買ったコンビニ弁当を食べ進めていたが、姫和は勇人と初めて会話したときよりも明らかに不機嫌であった。
「ひ、姫和ちゃん?」
「あぁ?」
「ひぃ……お、怒ってる?」
付け合わせの漬物を乱暴に放り込み咀嚼する姫和は、眉を潜めて可奈美に言い返す。
「当然だ! 学生だけ、しかも男女で泊まるなど余程の理由でなければ納得されない。だからと言って──」
海苔で巻かれていない塩おにぎりを食べている勇人を睨むと、割り箸が折れそうな強さで握り拳を作り続けた。
「なんだよ」
「何故私とお前で兄妹の設定にしたんだ! お前のアホ面具合なら可奈美とで充分だろう!?」
「……アホ面……っ!?」
塩おにぎり
「だって可奈美は茶髪だし、俺と姫和は同じ黒髪だしねぇ。そっちの方が信憑性があるじゃんか。可愛かったぞ? 録音すれば良かった」
「く、ぎぎ、ぎぃ……!!」
親衛隊専用のスマートフォンは追跡防止で既に捨てているため、今手元にあるのは元々所持していた古いガラケーのみ。
惜しいことしたな。と呟く勇人に飛び掛かりそうな程に苛立ちギリギリと歯を擦らせる姫和は、可奈美に羽交い締めにされている。
「落ち着いて姫和ちゃん! 私も可愛かったと思うよ!」
「フォローになっていない!!」
「(まあボイスレコーダーがあるんですけど)」
受付にて制服にシワが出来る程に強く脇腹を掴み、顔を赤くしながら小さい声で『お、お兄ちゃん……』と言っていた姫和を思い出しながら、壁に背を預けて残りの緑茶を飲み干す。
あの時のあの顔は、確かに年相応の子供のモノだった。 いつも辺りを警戒する怪我をした野良猫のような顔つきは、させるべきではないというのに。
「(年長者として……と言えたら良いんだが、
真横に立て掛けた御刀を横目で見る。 角度が悪かったのか、ずり落ちて柄が肩に落ちてきた。
「…………悪い、油が無いんだ」
二人に聞かれないように小声で言った勇人の言葉に、拗ねた子供のように御刀はゴトンと音を立てて畳に落ちた。
「……ねえ勇人さん、その御刀って……勝手に動いたりするの?」
「可奈美、御刀が勝手に動くわけ無いだろう」
「だ、だよねぇ」
頭を掻いて笑う可奈美。そろそろ寝ようか、と提案した勇人を前に、姫和は信じられないものを見たような顔で驚いた。
「勇人、お前……私たちと寝るつもりか?」
「俺で一つ、二人で一つな。はいお休み」
「はぁ!?」
反論される前に、壁際に敷いた布団に潜り込んでしまう勇人。深くため息をついて、渋々、姫和は可奈美と同じ布団に入った。
「……寝相が悪かったら畳の上に転がすからな」
「失礼だなぁ姫和ちゃん、私の寝相が悪いわけないじゃん!」
────可奈美が友人の柳瀬舞衣に電話してしまった事で宿泊地点を嗅ぎ付けられ、逃げる事になった勇人達。明け方に飛び起きたとき、最初に視界に入ったのが畳の上に転がされて眠っている可奈美の姿だったのは言うまでもない。
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