【完結】神刀ノ巫女   作:兼六園

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宗像三女神の思惑

 ネガティブな言動のタギツヒメの分身、イチキシマヒメ。彼女を側に座らせた折神紫は、勇人たちを見て口を開いた。

 

「タキリヒメの所在が知られ、襲撃を受けた。よって我々はタキリヒメの防衛に当たる」

「そうか……お前達はタキリヒメ側につくのか。我はまた誰からも求められない」

「こいつ面倒くさいぞ」

「我々にとって好ましいのは3つに分かれた現状だ。できればこのまま維持したい」

 

 勇人のぼやきを誤魔化すように、紫はイチキシマヒメに諭すように言う。

 

「そうだな。本来はそうあるべきなのだろう、とはいえ、我は元々奴等に切り捨てられた存在なのだがな」

「タキリヒメはあなたを差し出せと言っています。あなたの力を欲しているのでしょう」

 

 イチキシマヒメの言葉に、紫に次いで朱音が答える。その言葉に、イチキシマヒメはくぐもった声で呟くように返した。

 

「我を差し出すのか。我を取り込めばタキリヒメの勝利は揺るぎないものになる。タギツヒメを倒し、この戦いには勝利するだろう」

「いえ。刀剣類管理局は、あなたをお守り申し上げる判断をしています」

 

 根気よく会話を交わす朱音に、おもむろに可奈美が質問を投げ掛ける。

 

「あの~……よくわかってないんですが、取り込むとか勝利とかってなんなんですか?」

「──それにはまず、彼女達が3つにわかれた理由を説明しなければなりませんね」

 

 朱音がちらりと視線を向けた先に立っていた累が、一歩前に出ると、全員に聞こえるように声色を高めて説明を始めた。

 

「──ノロのスペクトラム化。ノロは融合することで、脳のようなものを形成し、高度な知能を有していきます。その過程で感情が芽生え、ノロから荒魂となる。そんな全ての荒魂が最初に抱く感情は、喪失感と言われているわ」

「…………珠鋼から引き離されたが故の喪失感……ってことか」

「そう。珠鋼という神性を奪われた喪失感──この餓えにも似た喪失感を埋めるために、ノロは本能的に結合を求めるの」

 

 勇人の言葉に頷いて続けた累。そんな彼女に、荒魂を受け入れた身である真希が言う。

 

「荒魂を取り込んだ僕達には理解できる。あの乾きには、抗いがたい……」

「結合を繰り返し、より知能が発達すると、喪失感は怒りに変わります。自分の一部である珠鋼を奪った人間に対する怒りですね」

「そりゃ、荒魂も俺達に襲い掛かるわけだな」

「荒魂を鎮めるための武器が荒魂を生み出したそもそもの原因とは、皮肉なお話ですわね」

 

「そう。全てはお前達人が、強欲に神の力を盗み取ったのが原因だ」

 

 勇人と寿々花が続けて口を開くと、その会話にイチキシマヒメが割り込んだ。

 仕方ないとばかりに話の軌道修正をした紫は、そのまま彼女に視線を向ける。

 

「……話を戻す。私と一体化していた大荒魂が3つに別れた理由だが──」

「──(タギツヒメ)の知能は高度に進化し、やがて論理矛盾に陥った。人に対する思考が3つに別れ、それぞれに対立し始めたのだ。怒り、怨嗟といった原初の感情から生まれたのがタギツヒメ。奴は人への報復を望んでいる」

「シンプルだな」

 

 ちらりと勇人を見るイチキシマヒメは、眠そうな瞳を向けながら更に続ける。

 

「一方、人を支配管理し、導くことを望んでいるのがタキリヒメ。奴はこの世界に、一柱の神として君臨するつもりだ」

「──お前はどうなんだ」

 

 簡潔な姫和の問いに、イチキシマヒメは拘束具を思わせる衣服の下から両腕を伸ばしながら答える。姫和の傍で、勇人はそれとなく「腕あったんだ……」と呟いていた。

 

「我は、我がこの世界に存在する意味を求めた。我々荒魂はこの世界にとって不要な存在なのだろうか? 不要なものが存在する意味は? 模索し、やがて見つけた。人と荒魂を融合させる術を。人という種を進化させる術を」

 

「──ってことは、真希たちに荒魂を混ぜる方法はお前が考えたのか?」

 

「然り。……そして鎌倉での夜、紫と分離し幽世へと逃れた(タギツヒメ)は、もう修復不可能なほど深刻化した論理矛盾を解決するため、それぞれの思考を個として分離・独立させた」

 

 わざわざ伸ばした両腕を再度収納するイチキシマヒメ。彼女の隣に立っていた紫が、説明を締め括るように言った。

 

「三女神は勝利した者が敗者を取り込み、最終的に幽世にある本体を手に入れる」

「勝者が敗者を取り込み凶神(まがかみ)となれば、20年前を上回る危機が訪れます」

「まずはタキリヒメの防衛だ。海中にいる限りイチキシマヒメは安全だからな」

 

 紫と朱音の言葉に、勇人が返す。

 

「……で、守ってもらうためにイチキシマヒメは保護を求めてきたと」

「そうだ。我には頼る者がいない。かといって、自分が戦う気にもなれない」

「曲がりなりにもタギツヒメだったんだから強いとは思うんだが」

「──そこそこ強い。が、結果の分かり切ったことはしない。それよりも、藤森勇人。お前は我の側につく気はないか?」

「ないけど」

「……そうか」

 

 どこかしゅんとしたような顔をするイチキシマヒメに眉を潜めながら、勇人は朱音に問う。

 

「そういえば、防衛相のタキリヒメはともかくタギツヒメってどこで活動してるんですか?」

「タギツヒメはおそらく、綾小路を拠点としています。もしかしたら高津学長や相楽学長が付き従っている可能性が──」

 

「高津のおばちゃんと相楽学長が、ねえ」

「…………?」

「────」

 

 それとなく姫和の腕を引いて自分の後ろに隠しつつ、勇人は朱音に相づちを打ちながらイチキシマヒメに視線を向けていた。

 

 

 

 

 

「三女神で本質的に危険なのはイチキシマヒメです。とは言っても、当面の危険度で言えばタギツヒメでしょうけれど」

「まずは防衛省と連携し、タキリヒメ防衛にあたる。タギツヒメさえ討ち取れば、残りの二神とは対話による交渉も可能だと考えている」

 

 イチキシマヒメを残して別室に移った全員のうち、朱音と紫がそう言うと、可奈美が再度質問を投げ掛けた。

 

「あの、隠世にあるっていう本体を先に倒すとかは出来ないんですか?」

「隠世は理論上『無限』とされているからね。現世から座標を特定できる特別な繋がりでもない限り、存在の特定も難しいわ」

「なるほど。三女神と本体の間には、その特別な繋がりがあるということですわね」

 

 先と同じように累が答え、寿々花が続いて口を開く。その光景を見ていた紫が、おもむろに可奈美と姫和、勇人の三人に声をかける。

 

「──衛藤、十条、藤森。少し良いか」

 

 

 

 ──三人は小さな個室に通され、ソファに座らされる。狭かったため、紫の隣に勇人が、そしてその対面に姫和と可奈美が座った。

 

「今も私が許せないか?」

「──はい。あなたが荒魂に憑依されていた20年、母は全て自分のせいだと、亡くなるその時までずっと悔やみ続けていた」

「……十条、衛藤。すまなかった」

 

 凛とした声色だが、その表情には後悔が滲んでいる。紫は二人を見て、更に続けた。

 

「20年前、大災厄のあの日、特務隊の隊長を務めた私はお前達の母親と共に最後の戦いに臨んだ。私の役目は現世にしがみつくタギツヒメを、隠世へ押し込み穴を塞ぐことだった。

 そうすればタギツヒメは篝と共に隠世の底へ落ち、散り散りになって消えていた」

 

 一拍置いて、紫は言う。

 

「タギツヒメは消滅を免れる術を模索していた。そして、二人を助ける代わりに私と同化することを提案した。友人達を失いたくなかった私は、何千人もの犠牲者を出した荒魂を受け入れ……」

 

 そこで区切り、絞り出すように締めた。

 

「後はお前達の知っている通りだ。美奈都も篝も救えず、一人だけ死に損なったままでいる」

 

「でも、うちのお母さんは死ぬまで幸せそうでしたよ。死ぬまでってなんか変ですけど、剣術だっていっぱい教えてくれましたし、刀使の仕事を誇りに思うって」

 

「可奈美の……お母さんが?」

 

 しかし、そんな紫に、可奈美はあっけらかんとそう言った。姫和の呟くような言葉に頷いた可奈美を見て、紫はポツリと、そうかと返した。

 

「──篝と美奈都は刀使の力を半ば失い内側からタギツヒメを封じた。本来篝が背負うはずだった半分を美奈都が受け持ったのだ。

 その影響で、二人は現世と隠世、その同時に存在する稀な存在となった」

 

 ほんの少し、僅かに、憑き物が晴れたようにして、紫は二人の背にある御刀を見る。

 

「その際、お前達の持つ御刀、千鳥と小烏丸にも同じことが起こったのだろう」

「時々ある共鳴はそのせいなんだ」

 

 納得したように可奈美が言うと、姫和もそれとなく自身の御刀──小烏丸を見る。

 紫の隣で話を聞いていた勇人は、ふと、気になったことを紫に聞いた。

 

「そういえば紫さま、うちの先生と知り合いで、なにかあったら俺を引き取るようにって約束してたらしいですけど──」

「ああ、そうだな」

「それってつまり、下手したら…………紫さまが母親になっていた可能性があるってことですよね。しかも中身はタギツヒメ」

「…………そうだな」

 

 改めて考えたのだろう、紫の表情はどことなく苦々しく歪んだように見える。

 勇人もまた天井を見上げると──紫を見ておもむろに口を開いて問うように言った。

 

「────母さん?」

「藤森、後生だ。やめてくれ」

「すいません俺もちょっとキツいです」

 

「なにをやってるんだ……」

「あはは……私はいいと思ったよ?」

 

 何気ない一言で二人揃ってダメージを負っている光景を目の当たりにして、姫和と可奈美は、呆れたように苦笑をこぼしていた。

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