「ねねちゃん、どこ行くの~?」
『ねっ』
防衛相の施設内を歩く可奈美は、ねねの先導でタキリヒメの部屋まで通される。
中に入った彼女は、暇そうに御刀の柄頭を手のひらで玩ぶ勇人と、祀られている部屋から表に出てきているタキリヒメを見つけた。
「っ──!」
「おー、来た来た」
「……抜かぬのか? お前は、我との立ち合いを望んでいたはずだ」
反射的に自身の御刀を構える可奈美に、タキリヒメは淡々と問い掛ける。
「──はいっ!」
ちらりと勇人を見て、それからどうぞと言わんばかりに肩を竦める彼からタキリヒメに視線を戻すと、可奈美は千鳥を鞘から抜いた。
「……よくもまあ、立ち合いとはいえタギツヒメの片割れ相手に戦えるもんだな」
呆れ気味の勇人を前に、御刀を鞘に納めた可奈美はタキリヒメへと向き直る。
「あっ、ありがとうございます! おかげで見えた気がしました、あなたの事が!」
「我は初めからここにいる」
「そうじゃねえだろ」
小声で呟く勇人をよそに、タキリヒメの言葉に可奈美は考えるように口を開いた。
「そうじゃなくて、えっと……なんか穏やかな海みたいだなって。大きくて広くて、何もかも受け入れてくれるような……それこそ人間も荒魂も。うまく言えないですけど」
天才肌ゆえに感じ取った情報の言語化が苦手なのだろう、それでもなんとか言葉にして、可奈美はタキリヒメに質問を返す。
「あ……あの! 私の剣は、私は……どんな風に見えましたか?」
「千鳥の娘。貴様は……」
「────待て、二人とも」
カタ、と勇人の御刀──朧月夜が揺れる。
「勇人さん?」
「敵だ。たぶん、タギツヒメが荒魂引っ提げてカチコミに来たな」
「えっ──!?」
「……ふん、我を取り込みに来たか」
「だろうな。……ここに居ろよ」
タキリヒメに釘を刺しつつ、勇人は可奈美を連れて隔離された部屋から出て行く。
防衛相の外に出た二人が見たのは、黒い
「みんな、遅れてごめん!」
「遅いぞ可奈美、勇人!」
「状況は?」
同じくS装備を着込んだ姫和たちと合流し、勇人が手短に問いただす。
「見ての通りだ、突然綾小路の連中が襲いかかってきた。市ヶ谷周辺に大量の荒魂が湧いたが、そちらは親衛隊の二人が対応しにいった」
「そうか……手が足りてないな、せめて結芽が居たら助かるんだが」
──あいつら秋田で休養中だからなぁ、と呟く勇人は、ふと可奈美に跳ぶように斬りかかった刀使を視界に納める。加勢しようとしたが、横合いから割り込んできた別の刀使に御刀を振りかぶられて、咄嗟にそちらの対応をした。
「あっ、ぶねぇ」
逆手に持った朧月夜で鍔迫り合いに持ち込む勇人は、相手の膂力に違和感を覚えた。
S装備を着込んでいるとはいえ、並の刀使がおいそれと出していいパワーではない。
そして、
明らかに正気ではないとわかる少女を前に、勇人の御刀が押しきられた。
「うぉ──ぐぇ……なんちゃって」
「は──うぁっ!?」
不意に、ザンッと写シを切り裂かれ、勇人の体が生身に戻る。ぐらりとよろめいた動きに油断した少女は、そのまま再度写シを貼り直した勇人に返す刀で両断される。
「はいノロ没収~」
「ぐあっ」
更に、勇人は倒れ伏す生身の少女に容赦なく朧月夜を突き刺す。端から見たら殺人現場だが、勇人の御刀は、
そうして体内とS装備のノロを朧月夜に吸収させた勇人だったが──うえっ、とえずいて表情を苦々しく歪めながら言った。
「気持ちわる。なんだこれ」
朧月夜を通して感じ取ったノロは、あまりにも気持ちが悪い。不快感そのものを頭の中に流し込まれたような感覚に、反射的に全てのノロを吸収する前に少女から引き抜いて口許を押さえた。
──その後も新型のS装備と妙なノロによる強化を受けた刀使たちに押し込まれてきた勇人たちは、防衛相の室内まで下がりながら戦う。
「ピンチだひよよん、なんとかしろ」
「勝手なことを言うな」
祢々切丸を大上段に構える薫の軽口に鋭く返す姫和。そんなとき、綾小路の刀使たちの中から、見覚えのある黒いフードの少女──タギツヒメが現れて口を開いた。
「久しいな、我が分身」
「は? ──あっ、タキリヒメ!? 出てくるなっつったろうが!」
「────ふん」
自分達を無視してそう言ったタギツヒメの視線を辿ると、勇人は部屋から出て来ていたタキリヒメを見つける。勇人の怒号を無視して、タキリヒメはタギツヒメに斬りかかった。
「ほう……これが貴様の答えか」
「人の可能性、失うには惜しいと判断したまで」
「──愚かな」
そして打ち合いを始めた二人。その場に混ざろうとした可奈美は、自身に異様に執着している少女にまたもや邪魔をされている。
「…………ちっ、クソっ!」
一瞬、自分が行ったところで、と思考し、その考えを頭から振り落とすようにかぶりを振って駆け出す。敵の刀使と衝突する可奈美たちの隙間を縫って、勇人はタキリヒメに加勢した。
「タギツヒメ!」
「貴様では力不足だ、去ね」
タギツヒメの冷静な言葉が冷徹な声色で放たれ、勇人は呆気なく二刀流に切り刻まれる。何度目かの写シを貼り直す彼をよそに、タギツヒメは打ち合いのさなかでタキリヒメの腕を落とす。
「本来であれば、我らの間に力の差は無い。だが人ごときを必要とした貴様と、不要とした我──それがこの結果だ」
「く、そっ!」
「──去ね、と言った筈だ」
「がっ」
二人の間に割り込んだ勇人は、タキリヒメを貫こうとした御刀の刺突を受け止める。
御刀同士がぶつかり合い、耳障りなカリカリという金属音が響き渡る。何度も何度も邪魔をする勇人に対し、苛立たしげに眉を潜めたタギツヒメは、即座に写シを切り裂くと────
「身の程を知れ、藤森勇人」
「なんっ──づぁっ」
──ひゅん、という風切り音。その後、不意に右腕から重量が無くなる。遅れてぼとりと何かが落ち、カランと続けて金属が床を叩く。
視線を後ろに向けるとそこには──自身の右肘から先と、何が起きたか分かっていないかのように握られたままの御刀が一緒に落ちていた
「────ぁ」
「寝ていろ」
「ぉごっ!?」
ドンッという衝撃が脇腹に走り、勇人は御刀と右腕から数メートル離れた壁際に叩きつけられる。結局守り通せないまま、掠れた視界の奥でタキリヒメはタギツヒメに斬られ、そしてノロを奪い取られていた。
「勇人さん……タキリヒメっ!」
「ああ……そんな顔をしていたのか。千鳥の娘、そして藤森勇人」
「ぐ、ぁ……タキ、リ……ヒメ」
腕の断面から血が溢れる勇人はそれとなく左手を御刀に向け、呼応するように
「衛藤可奈美。どこまでも飛ぶ姿が見えた。その刀のもう一つの名のように、雷すらも切り裂いて……。飛べ、人よ。速く、高く、遠く……」
その言葉を最期に、タキリヒメは、その体を散り散りに崩して消滅した。